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政治家という職業のミスマッチ

2012-01-02 10:21:33 | マスメディア
 2004年に表面化した米国カトリック教会性的虐待事件では過去52年間で神父4450人に疑いがあり、件数は約11000件に上ると報じられました。日本でも聖職者による同様な事件が何件かありましたが、これには彼らの資質に問題があったと考えられます。

 そもそも異常性欲者や過剰性欲者を聖職に着かせたのが間違いだったわけです(聖職でなく性職ならよかったのでしょうけど)。これは性格と職業とのミスマッチであるといえるでしょう。少し大雑把ながら、性格と職業という観点から政治家を考えてみたいと思います。

 「政治家に正直や清潔を求めるのは、八百屋で魚をくれというに等しい」・・・これは警視総監や法相を務めた故秦野章氏の有名な言葉です。時代の差を感じますが、なにぶん正直すぎて、当時でも物議を醸したそうです。少し時代を遡るともっとすごい人物がいます。55年の保守合同の立役者、三木武吉です。以下、彼の発言をWikipediaから引用します。

『戦後、公職追放解除後の第25回衆議院議員総選挙では、選挙中の立会演説会で対立候補の福家俊一から「戦後男女同権となったものの、ある有力候補のごときは妾を4人も持っている。かかる不徳義漢が国政に関係する資格があるか」と批判された。ところが、次に演壇に立った三木は「私の前に立ったフケ(=福家)ば飛ぶような候補者がある有力候補と申したのは、不肖この三木武吉であります。なるべくなら、皆さんの貴重なる一票は、先の無力候補に投ぜられるより、有力候補たる私に…と、三木は考えます。なお、正確を期さねばならんので、さきの無力候補の数字的間違いを、ここで訂正しておきます。私には、妾が4人あると申されたが、事実は5人であります。5を4と数えるごとき、小学校一年生といえども、恥とすべきであります。1つ数え損なったとみえます。ただし、5人の女性たちは、今日ではいずれも老来廃馬と相成り、役には立ちませぬ。が、これを捨て去るごとき不人情は、三木武吉にはできませんから、みな今日も養っております」と愛人の存在をあっさりと認め、さらに詳細を訂正し、聴衆の爆笑と拍手を呼んだ。』

 対立候補に対する切り返しも見事で、ユーモアと自信、政治家としての有能さの一端が伺えます。しかし現在では、このようなタイプの政治家が当選し、頭角を現すことは恐らく期待できないでしょう。

 むろん相対的な話ですが、清廉潔白の人は学者や教育者には向いていても政治家には向かないように思います。政治にはきれい事ではすまない部分、表には出せないことがあるわけで、それらを適切に処理する能力と清潔さは相反することが多いからです。秦野章氏の言葉はそのあたりの事情をうまく表しています。

 年金未納問題や事務所経費の使途といった些細な問題をマスコミが針小棒大に取り上げ、選挙結果に重大な影響を及ぼすようになりました。このようなマスコミの姿勢が清潔ではあっても能力の足りない政治家を輩出する一因になったと思われます。まさに「角を矯めて牛を殺す」の模範例と言えるでしょう。

 ところが、年末に載った朝日の世論調査ではちょっと意外な結果が出ています。首相に求められるものは何か、9つの選択肢から重要と思われる資質を選ばせる設問では、「決断力」が63パーセントで断トツの1位なのに対し、クリーンさが最も少なく5%となっています。裏返すとクリーンではあるが決断できない政治家像が見えてきます。

 クリーンさがたったの5%ということはある程度のダーティさに対する寛容を示すものであり、政治家の些細な不祥事を「食い物」にしてきたマスコミの姿勢に対する批判とも受け取れます。そこにはマスコミに乗せられた結果、今の政治状況になったという認識があるのかもしれません。まあこれは私の希望的観測に過ぎませんが。

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