噛みつき評論 ブログ版

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検察の理系音痴を暴露した高裁判決・・・東京女子医大事件

2009-04-13 10:00:47 | Weblog
 01年に東京女子医大で心臓手術を受けた女児が死亡した事故で、3月27日、東京高裁は業務上過失致死罪に問われた佐藤医師に対し、無罪とした一審判決を支持し、検察側控訴を棄却しました。そして検察側は上告を断念し、上告期限が過ぎた4月11日、医師の無罪が確定しました。

 しかし一審と二審は同じ無罪ながら、判決理由はまったく異なったものであり、解釈の混乱が見られます。裁判の争点は医療の専門的な問題であり、その理解には科学的な理解力が必要な領域であったことがその理由と思われます。

 事故の発生から8年を経てようやく無罪が確定したわけですが、この事件から検察とマスコミ、東京女子医大に関する様々な、そして重要な問題を読み取ることができます。次は東京高裁の判決の一部です(佐藤医師のブログ 紫色の顔の友達を助けたいより)。

『検察官は、非科学的な東京女子医大の報告書に安易に立脚し、その論理と結論を無批判に受け入れた。このことは、学会で全く支持されることがなかった「吸引ポンプの回転数を上げたことが陽圧をもたらした」との結論、さらには物理学の初歩も弁えない「圧の(不)等式」が東京女子医大の報告書と検察官の冒頭陳述要旨だけに現れていることからも明白である』
『しかも、検察官による過誤による被害を受けたのは佐藤医師とその家族だけではない。事案の真相が明らかになることを望む患者家族と社会も、佐藤医師の無罪が確定すれば、本件手術の責任を誰が負うのかという点について何らの回答も与えられないこととなる。このような状態をもたらした検察官は、その捜査と公判について真剣に反省すべきである』

 検察の科学的な無知・無能を強く批判し、佐藤医師ら関係者に多大な被害を与えた起訴の結果についても厳しく批判した結論はまことに適切なものと思います。私は、検察の無思慮な行動が医療崩壊の大きな原因になったこともこれに付け加えたいと思います。

 福島県立大野病院事件など、医師の逮捕が相次いだ背景にはマスコミが常に被害者の側に立ち、医療側の責任を追及することに熱心すぎたことがあります。軽率にも警察・検察はそれに乗せられ、医療を理解する能力を持たないまま逮捕・起訴に踏みきりました。これらが医療崩壊の大きな要因になったことは以前述べました(医療崩壊を推進するマスコミ報道)。

 「これだけ社会問題になると、誰かが悪者にならなきゃいけない。賠償金も遺族の言い値で払われているのに、なぜこんな難しい事件を俺たちが担当しなきゃいけないんだ」
 佐藤医師は警察でこのように言われたと記しています。被害者側に立ち「処罰されるべき犯人がいる筈だ」という認識がマスコミによって作られ、それを動機として動く警察の本音が見えます。まるで魔女裁判です。

 事故の中には予測不可能なものや因果関係が不明なものが数多くあります。誰かが悪者にならなきゃいけない、と無理に加害者を作ることは言語道断です。時にはわからないものは仕方がないというあきらめも必要です。「仕方がない」ということを認めず、何がなんでも責任追及というマスコミの姿勢は社会から寛容さを奪います。

 医療に関する判断能力のない人間によって、裁判に引きずり出されるのは大変恐ろしいことです。判断能力のない者が判断するのは実質的な無免許運転と同じです。今回は高裁の聡明な裁判長の判断で最悪の事態は免れたものの、検事並みの科学リテラシーの低い裁判官ではどうなっていたかわかりません。また理不尽な逮捕を続ければ、医療側に事故を隠したいという動機と正当化の理由を与えることでしょう。

 悪者に仕立て上げられた医師の8年に及ぶ心身の負担など、被害は察するに余りあるものがあるでしょう。ご自身のブログなどに書かれた文章の膨大な量は理不尽なものに対する怒りを物語っているように感じます。

 今回の事件が深刻なのは、これが一検事の暴走によるものでなく、数年間にわたる検察全体の意思がかかわったと考えられることです(10名以上の公判検事が交代して担当)。被害者(遺族)の立場に偏ったマスコミの正義面(つら)をした報道に検察が動かされたと見ることができ、マスコミと警察・検察を動かしたものは軽率な「子供の正義感」だといえるでしょう。「汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼす」という山本夏彦の言葉をまた思い出します。

 科学を理解する能力が低いこと、能力がないまま無理やり罪人を作ろうとしたことが露呈したわけですが、それらは警察・検察の体質に根ざしたものであるだけに重大です。何のペナルティもなしで済ませてよいものでしょうか。この高裁判決は簡単に報じられ、上に引用した、検察批判の部分は私の知る限りマスコミでは問題にされていません。

 検察の大失態をなぜ大きく報道しないのか、まったく不可解です。この事件に関しては、マスコミと警察・検察はいわば共犯関係ですから、検察を叩くと矛先がマスコミ自身に向けられることを心配しているのでしょうか。しかしマスコミが沈黙すれば、検察を強く批判したせっかくの高裁判決の意味が薄れてしまいます。いつもの横並び一斉報道こそが検察の体質を変えるのに有効です。

 マスコミはこの事件を大々的に報道して警察・検察介入の下地をつくっただけでなく、実名報道によって医師に甚大な被害を与えた一方の当事者でもあります。その経緯を考えれば当然事件の最終的な判断が示された理由を詳細に報道し、医師の名誉を回復する責任があります。

 また医療全体への影響を考慮せず、軽率にも自分で理解不能な事故を立件するという検察の体質を放置してよいとは思えません。問題の重要性が理解できていないのか、それともよってたかって弱いものを叩くのは得意だが、強いものは別、ということでしょうか。どっちにしても困ったことであります。

参考サイト
(読売新聞)手術死、2審も医師無罪…東京女子医大事件
(読売新聞)[解説]東京女子医大事件2審も無罪、医療ミスの立証困難
日経メディカルに掲載された医師による記事
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