噛みつき評論 ブログ版

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ソーカル事件の教訓・・・裸の王様は生きている

2008-11-06 16:29:20 | Weblog
 1996年に起きたソーカル事件をご記憶の方もあるかと思います。私が知ったのは最近なのですが、非常に興味深いものなので簡単に紹介したいと思います。

 ニューヨーク大学物理学教授だったアラン・ソーカルはポストモダン・ポスト構造主義の思想家達が物理学や数学の用語をよく理解もせず誤用し、難解で意味のない言説を弄していることに対し、ある悪戯を実行しました。彼は物理学や数学の用語を使ったパロディー論文を作り、一流誌である「ソーシャル・テキスト」誌に送ったところ、見事に掲載されました。すぐにソーカルはそれがでたらめの論文であることを発表し、大騒ぎになったのがこのソーカル事件です。でたらめ論文が、同分野の研究者達によるチェック(査読)をパスして一流誌に掲載されたわけで、チェックシステムの信頼が失われ、フランス現代思想への強い批判となりました。

 難解な哲学思想のいい加減さを指摘したソーカルはさらに1997年、数理物理学者ジャン・ブリクモンとともに「知の欺瞞」を著し、その中でラカン、ボードリヤールなどの著名な8名の思想家を批判します。いま読み始めたばかりですが、楽に読める本ではなさそうです。

 このフランス思想(「利己的な遺伝子」で思想界にも衝撃を与えたリチャード・ドーキンスは高級なフランス風エセ学問と呼んでいます)は高級なものと思われていたが、実はそれほどのものではなかったというわけです(私自身は理解していませんのでなんとも言えませんが、少なくともなくては困るものではなさそうです)。まあこれは別格としても、難解と思わせることで権威を高めようとする文章にはよく出会います。

 若い頃、哲学書に限らず難解な文章に出会って苦労された方は多かろうと思います。そして理解できないのは自分の頭が悪いせいだ、と思われた方もおられることでしょう。私にも経験があり、知人からも同様のことを聞いたことがあります。無駄に時間を費やした上、劣等感まで頂戴したわけです。もっとも私の場合、文章のせいでなく読解力が原因ということも多かったと思いますが。

 立花隆氏は若い頃、カントの著作を読んでもさっぱりわからなかったが、後年ドイツ語を習得して、原文で読むと実に簡単に理解できたと書いています。訳者は読者に理解させることを目的にしたのでしょうか。それとも訳者が理解しないまま翻訳したのでしょうか。とにかく、読んでもわからない本が売れ続けるという不思議な現象があったように思います。

 少し意味合いが違いますが、裁判の判決文は極めて長く、二重否定や三重否定を多用する読みづらい文が中心で、とても一般の理解に配慮したものとは思えません。これも一般人には難解な世界を築くことで権威を維持する効果があるのでしょう。また法曹以外からの雑音を封じるという意味があるのかもしれません。

 話を戻しますが、「知の欺瞞」に対する有力な反論はまだないそうです(日本語版への序文)。それにしても世界中で出版されるほどの影響力を持つ「高級な」フランス思想に重大な「欺瞞」の蔓延があり、部外者であるソーカルが指摘するまで、それが表面化しなかったという事実に驚きます。人文科学には曖昧さがつきものという事情を考慮したとしてもです。

 そこには、高級思想を理解できないと言えばバカだと思われるかもしれないという思いがあったのでしょう。皆わかったふりをしていただけで、高級思想はまさに裸の王様であったということになるのでしょうか。音楽や絵画など「高級」な世界では、わかったふりが偽物を育てることは珍しくないように思います。