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静聴雨読

歴史文化を読み解く

自由が丘の将棋道場・2

2010-07-13 07:22:37 | 将棋二段、やりくり算段
私が、自由が丘の「高柳道場」に足を運ぶことになったきっかけは覚えていません。

ある日、道場の門をくぐると、思わぬ人に出会いました。私の「先輩」が将棋を指しておられたのです。「先輩」の将棋好きは知っていましたが、まさか道場で会うとは。

「先輩」と数局指しました。その結果、「先輩」の私の将棋への評は、「君の将棋は、序盤の構想がなかなかいいが、終盤になると、もたつくなあ。」というものでした。まさにその通りで、終盤にもたつく傾向は今になっても直っていません。

「先輩」は根っからの「将棋好き」で、その後も一貫して、将棋を楽しんでおられたようです。時々、お相手をすることがありましたが、近年では、「先輩」は仲間を募って、年に数回、「合宿」と称する将棋大会を開いていました。私もある時期その「合宿」に参加しましたが、対局中煙草を吸う人がいたり、へべれけになりながら将棋を指す人がいたりして、嫌気が差したため、この将棋大会への参加を取りやめました。  (2010/7)


自由が丘の将棋道場・1

2010-07-11 06:37:06 | 将棋二段、やりくり算段
東京・自由が丘は若者の支持を集める街で、おしゃれなブティック・エスニックの香り漂う小物店・気の利いたレストランなどが軒を連ねています。その街中に、将棋道場が一軒ありました。1970年代か80年代かのことですが、その当時から、ブティック・エスニックショップ・レストランなどと将棋道場が交じり合っていたのかどうかは記憶が定かでありません。いずれにしても、ハイカラな街では、将棋道場はひときわ異彩を放っていたことは間違いありません。

囲碁の仲間が集まるところを碁会所というのに対して、将棋の仲間が集まるところは一般に「将棋道場」と呼び習わしています。

さて、道場の名前は「高柳道場」。高柳敏夫八段(後に、名誉九段)の主宰する道場で、東京・渋谷にあった「高柳道場」が「本店」だとすれば、自由が丘の「高柳道場」は「支店」でした。高柳氏の奥様が席主を勤めておられました。

高柳氏は弟子を多く育てたことで有名です。その一番弟子は、中原 誠第十六世名人。ほかにも、高柳一門には数多くの俊秀が集まっていました。高柳氏は「将棋界の名伯楽」と呼ばれていました。  (2010/7)


将棋改革試案

2009-05-06 08:51:55 | 将棋二段、やりくり算段
(1)棋士が多すぎる

現在の将棋界は、名人戦のスポンサー変更問題で揺れている。毎日新聞社主催から朝日新聞社・毎日新聞社の共催に移行しようとしているのだ。背景に、慢性的な財政不安とスポンサーからの契約金増額のもくろみがあるといわれている。

財務状態の改善は緊急の課題だ。その中で、棋士が多すぎるという現実にも目を向けるべきだ。日本将棋連盟に所属する現役棋士は、122名+αである。内訳は:名人:1名、A級:10名、B1級:13名、B2級:23名、C1級:30名、C2級:45名、フリークラス:α名(不明)

毎年4名の棋士が生まれるが、現役を退く棋士は年に4名はいないから、棋士数は年々増え続ける構造になっている。当然、それが、連盟の財務状態を圧迫する。

これを、思い切って、名人:1名、A級:10名、B級:12名、C級:16名、D級:20名、E級:28名、フリークラス:α名(不明)+35名、にすることを提案したい。対局専門の棋士は35名の削減になり、87名になる。
当面、この線になるまで、種々の改革を実行していくのはどうだろう。

とくに、級間の移動をよりダイナミックにして、実力の高い棋士が上位の級に昇級しやすくするとともに、従来以上に下位の級への降級を促進することだ。
A級←→B級 自動昇降級2名
B級←→C級 自動昇降級2名 ほかに入替戦参加2名
C級←→D級 自動昇降級3名 ほかに入替戦参加3名
D級←→E級 自動昇降級4名 ほかに入替戦参加4名
E級 降級点10名
E級→フリークラス 降級点2回で降級

例えば、B級とC級との間では、少なくとも2名が入れ替わり、多ければ4名が入れ替わることになる。これで人材の流動化が一気に進み、力のある棋士が下の級で鬱々とした日々を過ごすことが少なくなるだろう。

級間の移動をよりダイナミックにして、実力の高い棋士が上位の級に昇級しやすくするとともに、従来以上に下位の級への降級を促進すると、結果として、しばらくの間は、フリークラスの棋士が増加することになるだろう。 

(2)指導棋士を尊重しよう

現在、C2級以上の中堅棋士で、年間の対局数が20局程度という人が多くいる。プロ棋士としては明らかに対局数が少なすぎる。フリークラスの棋士は順位戦に参加しないから、さらに10局程度年間対局数が少ない計算だ。年間20局程度かそれ以下の対局しか指さない棋士は、別の見方をすれば、もったいない。それで、対局棋士としての役割のほかに、「指導棋士」としての役割を担ってもらい、将棋の普及に邁進してもらうのはいかがであろうか?

しかし、誰でも指導棋士に適しているとは限らない。私の考える指導棋士の要件は次の通りだ:

1 指し手を正しく読み上げられること。将棋盤のマス目は、縦を筋(または、路)と呼び、右から1、2、・・・、9という筋(路)番号がついており、また、横は段と呼び、上から一、二、・・・、九(または、1、2、・・・、9)という段番号がついている。先手の飛車は2八に、後手の飛車は8二にある、というふうに表現する。ところが、棋士によっては、3六銀と呼ぶべきところを7四銀と呼ぶ人がいるのだ。高位者から若手まで、この「呼び間違い病」がかなり曼延している。これは、指導を受ける人の理解をはなはだしく殺ぐ。

2 指し手を、一手一手省略せずに、盤面上で再現できること。例えば、2四歩、同歩、同角、同角、同飛、という手順があった場合、駒がすべて2四のマスで交換になるので、プロの棋士の中には、該当する駒を2四のマスに動かすことなく、盤上から駒台に移動させてしまう人がいる。指導を受ける側からいえば、急ぐことなく、駒はゆっくり動かしてもらいたい。そのほうが理解が進む。この「指し急ぎ病」もかなり曼延している。

3 当たりは柔らかく、しかし、指導相手に阿らないこと。これは難しい要件で、指導棋士を続けていくと、アクが身についてしまいがちだ。

以上挙げた要件を一言で要約すれば、「指導棋士は、指導相手のことを慮ることができなければならない」ということだ。  

それでは、指導棋士にふさわしい棋士を、棋士名簿から勝手に引いてきてみよう。次のような棋士が浮かぶ。

現B1級:中川大輔七段・野月浩貴七段
現B2級:浦野真彦七段・屋敷伸之九段
現C1級:小林健二九段・北島忠雄六段・近藤正和五段・中座真五段・勝又清和五段
現C2級:武市三郎六段・小林宏六段・有吉道夫九段

以上は、「囲碁・将棋チャンネル」で、指導棋士としての才能を確認した棋士たちである。多いようで意外に少ない。そう、指導するということは、難しいことだ。尊敬を受けて当然と思う。

この12名で普及部を組織したらどうだろう。級位や年齢を問わないことにして、役割を分担してもらう。
普及部長:小林健二九段
地域普及担当:野月浩貴七段・武市三郎六段
職域普及担当:中川大輔七段・小林宏六段
学域普及担当:北島忠雄六段・近藤正和五段・中座真五段
政・財界普及担当:有吉道夫九段・屋敷伸之九段
詰将棋普及担当:浦野真彦七段
大道詰将棋退治担当:勝又清和五段

こんな感じで、普及活動に対しても、然るべき報酬を用意して、個々の努力に報いる体制をとる。対局とぶつかった場合は当然普及を優先する。 というより、ぶつからないように事前に調整する。  

(3)「家元制度」を止めよう

「指導棋士」を拡充して、指導棋士に対する報酬を上げ、指導棋士への尊敬を集める手段を講じるべきだと述べた。

一方、アマチュアの棋士を対象とした「普及指導員」という資格があるという。現在、474名が「普及指導員」として、日本将棋連盟から認定されている。

「普及指導員」の要件はいくつかあるが、そのうちの一つに、「三段の免状を持つこと」というのがある。三段の免状を取得するためには、52,500円を連盟に納める必要がある。さらに、三段の免状を申請できるのは、二段の免状を持つ者に限られるらしいのだ。二段の免状を取得するためには、42,000円を連盟に納める必要がある。要するに、「普及指導員」の資格を得るためには、94,500円を連盟に納める必要がある。

このシステムについて、将棋界に詳しい人に尋ねると、「将棋界も『家元制度』を気取っているのですよ。」と答えが返ってきた。
華道などで「師範」の資格を取得するために家元に「上納金」を払うのと同じ慣行を将棋界も踏襲しているらしい。

志をもって将棋の普及に当たろうとするアマチュアから「上納金」を取るとは! むしろ、「普及指導員」として認定したアマチュア棋士には、免状取得に要した費用を返還するくらいの配慮があってしかるべきだと思う。

将棋の普及活動は将棋ファンの裾野を広げるために欠かせぬ活動だ。そのためには、プロ棋士から「指導棋士」を生み出す努力と、アマチュア棋士が進んで「普及指導員」を志願するような制度的配慮とが併せて求められていることを日本将棋連盟は認識してほしい。

(4)幻の七冠王

将棋界には7つのタイトル戦がある。昨年は、羽生善治がこの7つのタイトル戦のすべてに登場して話題を集めた。「すわ、二度目の七冠王か?」と騒がれたわけだ。

羽生は4つのタイトルを獲得したものの、「七冠王」は成らなかった。
しかし、敗れた3つのタイトル戦のすべてで、羽生はフル・セットの戦いを演じたのだ。今一歩で七冠王を取り逃がした印象が強い。

羽生に不運だったのは、対局日程が過密だったことだ。2つのタイトル戦を平行してこなさなければならないこともあった。名人戦が終わらないうちから、棋聖戦が始まる、という具合に、同じ週に2つのタイトル戦を戦ったこともあった。タイトル戦の対局は各地を転戦するから、東京からの移動の負担も加わる。この過密日程は改善しなくてはならない。

ここで、思い切って、一部のタイトル戦の日程を短縮することを提案したい。
二日制・七番勝負のタイトル戦のうち、王位戦と王将戦を一日制・五番勝負に変える。
これだけで、2つのタイトル戦を平行して行う事態は避けられる。

年間カレンダーに各棋戦を当て嵌めてみると:
 4月・5月 -名人戦
 6月   -棋聖戦
7月     -王位戦
 8月     -(空き)
 9月  -王座戦
10月・11月-竜王戦
 12月    -(空き)
 1月・2月 -王将戦
 2月・3月 -棋王戦

7つのタイトル戦を順列に並べても、なお、 8月と12月に空きができるのだ。これらの月はファン・サービス月間として、各地で「将棋まつり」などのイベントを催したり、朝日将棋オープン戦や将棋日本シリーズなどの準決勝・決勝を公開対局で集中的に開催したりすれば、ファンは喜ぶにちがいない。 

(5)対局時間を短く

囲碁の張栩名人は、日本の棋戦の対局時間が長すぎるという。国際対局では3時間が普通だそうだ。そのため、張栩名人は、国内の対局でも意識して早く打って、国際的に通用する棋力を養いたいといっている。見上げた心構えだ。

将棋界では、まだ国際対局が少ないから、対局時間短縮の必要性は現実の課題になっていないように思われる。

しかし、次のようなケースを考えてみよう。

将棋の順位戦は各人の持ち時間が6時間だ。朝10時に開始して、昼食休憩と夕食休憩を挟み、両者が持ち時間をすべて使うと、深夜24時に持ち時間を使い切ることになる。以後は、「1分将棋」といって、1分以内に指す指し手が終局まで続く。対局によっては、深夜1時までかかる場合も稀ではない。

これは明らかに尋常ではない。一昔前の「精神主義」が残っているのではないか。また、棋士の体力的負担も見過ごせない。

これを、仮に、各人の持ち時間を4時間に短縮したらどうだろう。夜20時には「1分将棋」に入り、21時前後には勝負がつくことが期待できる。

今はインターネットで対局の模様を同時進行で観戦することができる。ありがたいことだ。そのようなネット観戦者のためにも、対局のスピード・アップを願いたいものだ。

併せて、対局開始時刻を9時にすることも実施していただきたい。いまだに、のんびり10時に対局を開始していることは信じられない。「将棋指しは朝弱いから」というのは言い訳に過ぎない。朝9時に対局を開始すれば、上記の順位戦も夜20時には決着がつく。 (2007/3-2009/2)


2008年のベスト・ファイト

2009-01-12 07:53:58 | 将棋二段、やりくり算段
2008年が終わり、将棋の7大タイトル戦は、タイトル防衛が5、タイトル奪取が2という結果になった。タイトル奪取はいずれも羽生善治によるもので、新たに名人と棋聖のタイトルが羽生に渡った。

さて、以下はややマニアックな2008年のベスト・ファイトの話だ。

第1位:竜王戦挑戦者決定トーナメント・丸山忠久九段(先手)対羽生善治名人(後手)戦

今はやりの後手番一手損角換わり戦法の出だし。140手ほどの勝負の前半70手まで、前例のある展開(つまり、事前研究が可能な展開)で、後半は、丸山が猛烈に攻め、羽生が必死にしのぐ闘いが続いた。控え室の検討陣の評判は先手勝勢にまでなった。ここから、羽生の粘りがものすごく、3回にわたり、「底」(一段目)に捨て駒をして、丸山の攻めを遅らせた。「3一歩」「2一香」「5一桂」がそれで、まるで、川の決壊を防ぐための「土嚢」のように見えた。最後の5一桂を見て、丸山は投了した。

昔、大山康晴名人の終盤は二度あるといわれたが、羽生の終盤は大山を彷彿とさせる域まで達したといえる。

第2位:竜王戦第4局・羽生善治名人(先手)対渡辺 明竜王(後手)戦

渡辺が第1局から第3局まで落とし、いきなり「カド番」になってしまった。

第4局は羽生の先手番。渡辺は絶体絶命にピンチに立たされた。
将棋の進行も終始羽生の優位で進み、対局直後の渡辺の感想で、「何度も負けを覚悟した。」というほど渡辺は追い詰められた。しかし、そこからの渡辺の粘りがすさまじかった。手段を尽くして「入玉」(王将を相手陣に入れること)を目指し、ついに入玉を実現して、勝ちきってしまった。

羽生の側にも二、三、最善手を逃す逸機があったようだが、終盤は渡辺の鬼気迫る執念に根負けしたようにも見えた。

第3位:王位戦第7局・羽生善治名人(先手)対深浦康市王位(後手)戦

両者3勝で迎えた最終局。これもおなじみ、後手番一手損角換わり戦法の出だし。
羽生が先攻して急戦になり、深浦の防戦にも破綻が出たかと思われたところ、巧みな応接で危機を脱出してしまった。ギリギリの局面での深い「読み」が深浦を王位防衛に導いた。

以上3局とも、先手有利といわれる将棋で後手番が勝利したところが共通している。
また、すべて、羽生善治の登場する対局だが、これは偶然ではなく、それだけ、昨年の羽生の活躍ぶりが著しかったということだ。  (2009/1)