アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

札幌地区地名 アイヌ語ポスター

2006-11-23 04:37:36 | インポート

この数日、クリスマスを控え、アイヌ奨学金募金趣意書を全国に発送するための下準備や、今日、開催される札幌地区の集会に備えて、センターアピールをする準備などで追われていました。<o:p></o:p>

昨日はセンターリーフレットと札幌地区内の諸教会の建つ地名のアイヌ語説明ポスターを印刷し、千部を三つ折りにして封筒に入れました。些細な作業ですが二日かかりながら、地道に祈りをこめて今日の集会に間に合わせました。<o:p></o:p>

以前にもUPしましたが、今回は札幌地区内の教会・伝道所・センターの写真と、それぞれのアイヌ語地名をA2版のポスターにしました。<o:p></o:p>

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写真の部<o:p></o:p>

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昨年に、山田秀三の「北海道の地名」を参照にしつつ、各教会ごとにアイヌ語地名説明をつけたポスターを作製して送らせて頂いたのですが、好評?でしたので今年は地区ごとにまとめ、近隣の諸教会の地名を知って頂こうと考えました。<o:p></o:p>

三つ紹介します。<o:p></o:p>

茨戸<o:p></o:p>

 ばらと。発寒川下流部(札幌北部)は、湿原が多く、昔は川筋の至るところが沼だったことから、「パラ・ト(広い・沼)」という名がつけられた。(札幌北部教会)<o:p></o:p>

 

新発寒 <o:p></o:p>

発寒:「ハッチャム(桜烏)」の意か。かつて、桜烏が多くいた。ことからつけられたのか。「ハッシャム(葡萄の傍)」、「ハシ・シャム(灌木の傍)」の意もあるようである。<o:p></o:p>

 

厚別<o:p></o:p>

厚別川は(hash-ush-pet 柴木・群生する・川)ハシュペッ、あるいは略してハ・ペッ(hash-pet 雑樹・川)と呼ばれた。このhを落とした形で呼ぶ場合が多かった。それが東北弁のなまりでアツベツとなり、漢字が当てられたと推測する。(厚別教会)

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ほとんどの地名がアイヌ語です。地名からアイヌ民族の歴史と文化を丁寧に学ぶこともしたいです。

札幌地区でアイヌ語ではない地名もありました。<o:p></o:p>

 

麻生<o:p></o:p>

 帝国製麻株式会社琴似製線工場の跡地であり、1959年からつけられた町名ゆえ、麻生のアイヌ語はない。(麻生教会)<o:p></o:p>

 ちなみに「札幌」は、昔はsatporo(さとほろ)とも呼ばれた。サッ・ポロ・ベツ(乾いた大きい川)の意。豊平川が峡谷を出て札幌扇状地(今の市街地)で急に乱流し、乾期には乾いた砂利河原ができる姿からつけられたようである。<o:p></o:p>

 

北広島<o:p></o:p>

輪厚。かつては「うっつ」と呼ばれていた。「ウッ・ナイ(肋・川)」の意。沼や他の川が肋骨のような形で繋がっている姿をこうよんだようである。「ウッ」という呼び名が、「ワッ」という呼び名に変形していったらしい。(北広島教会)<o:p></o:p>