アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

N・G・マンロー

2006-11-15 11:45:30 | インポート

月曜日(13日)に、アイヌ奨学金キリスト教協力会の委員会が行われ、翌日、二風谷のNG・マンローのお墓を訪ねました。<o:p></o:p>

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右の墓碑は1986年に「マンロー先生慰霊の会」(代表:貝沢 正)によって作成

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スコットランド人医師であったニール・ゴードン・マンローは1930年に遺跡調査で<st1:MSNCTYST Address="平取町" AddressList="01:平取町;" w:st="on">平取町</st1:MSNCTYST>二風谷のアイヌコタンを訪ねます。そこでアイヌ民族の貧窮状況を目の当たりにして、放っておくことができず、彼は研究よりも治療を優先し、そのままコタンに住みついて治療に専念。彼の活躍により結核や難産の死亡者が目に見えて減少したそうです。<o:p></o:p>

日本が戦争に入り、スパイ扱いされて官憲が付き、生活は苦しくなるばかりであっても彼は無料診療だけでなく、貧しい人にはパンや小麦粉・卵や衣類まで渡していたそうです。 <o:p></o:p>

さらに、コタンの生活を向上させるために、マンローは各地から果樹などをいろいろと取り寄せて、それらを自邸の畑で実験し、コタンの人たちに夢と希望を与えていったようです。

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アイヌ民族と共に暮らし、病を癒した彼のことをもうしばらく調べてみたいと思います。<o:p></o:p>

まずは、資料集めからしないと・・・。<o:p></o:p>