世界一健康長寿のニライの風来坊

豊饒を齎す理想郷は海の彼方の蓬莱島!ニライの島夢郷!!その桃源郷を求めて南の風来坊は今日も迷走する。

流離の旅路・漂泊に憧れて今日は やんばる路 を行く!

2007年06月28日 | Weblog

人は孤独な存在である。忙しさにかまけて己の人生を思考停

止に追いやる。何時までも生き長らえられると勘違いして、否、むし

ろそう思い込むことによって死から遠ざかり卑近な現実に没頭す

る。その方が厳粛で尊厳な死を遠ざけ考え込まずに済む。自己を

深刻な現未来に追い込む事より安易に生きられる。気が楽なので

ある。でも厳然たる必然の死の到来を考える事なくして、より良く

生きる術 はない。死を避けては より良い人生は生きられない。甘

んじて受け入れる―甘受する―事が個々の人生を豊かにする。漂

泊の詩人、杜甫も芭蕉も生涯、旅に生きた 放浪の旅人 であった。

人は誰しも生来、漂泊に憧れるものだ。流離(さすらい)の旅は非

日常の最たるものなのだ。かの「奥の細道」も「野ざらし紀行」も生

涯を旅に明け暮れた芭蕉の人生の痕跡である。単なる俳句の題材

蒐集ではなかった。人間生来の 漂泊の性 を見出した旅路だった。

定年退職を待たずに己の自己実現に傾斜していく心意気は さすら

いの旅路 漂泊と軌を一にする。芭蕉は鎌倉初期の歌仙 西行 に

私淑した。その 西行 も宮廷官吏を捨て武士の身分を捨て出家し

た。そして放浪の旅に出て 漂泊の半生 を過ごした。当事は 世捨

て人 が一世を風靡した。卑近な日常を逃れ非日常に旅する日本

的 流浪の民 が一種のステイタスだった!?・・・西行の四国の山

奥の庵を去る心境を詠んだ代表的歌にその心情が読み取れる 

「ここをまたわれ住み憂くて浮かれなば 松はひとりにならんとすら

ん」。 芭蕉も 奥の細道 の冒頭に「月日は百代の過客にして、行

きかふ年も叉旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口をとらへて

老いをむかふるものは、日々旅にして旅を硒とす。古人も多く旅に

死せるあり。予もいづれ年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の

思ひやまず、・・・」と。 西行も芭蕉も共に孤独で寂寥のあまり<漂

泊の思いやまず>で生涯を旅に明け暮れ友とした。小生も先人の

古跡を辿り国頭の山奥深く ヤンバル路 に漂泊の流離を試みた。

世知辛い世相を逃れる如く暫し一服の休養を己に課し ヤンバル路

に非日常を求めた。・・・

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