書店散策をしていると「時間活用術」の類書の多さに眼を見張
る。それだけ時間の活用術の必要性を感じているのだろう。せかせ
かと時間に追われ仕事にその大半を費やす。自分の時間が生み
出せない焦りを感じてのことだろう。店員さんの話でもよく売れてい
るという。長い人生のスパンを視野に入れるとその時期に遣り遂げ
なければならない数多のことがあるに違いない。個々人の事情や
背景があって一概には言えないが先人が悪戦苦闘して生み出した
時間活用術 なるものの定理みたいなのもがあるに違いない。類書
も自己の体験や経験から生み出したハウツウであると思う。でも年
代、事情、背景、職種に違いがあっても概して共通する時間活用
のハウツウがあるはずだ。それを自分に引き寄せて参照すればよ
い。若い時は時間は無限にあるような錯覚にかられる。老いた人
には時間が経つのは速い様に感じる。人間の生存期間は100年
そこそこのスパンで限られている。だから老若男女、時間について
は錯覚している。ある説によると老境に入るに従って1日が1時間
に感じられ、1年が1日の様に感じられるという。それは<発見の
数が減る為に生じる錯覚>だという。・・・そこで時間の有効な活用
の必要性がでてくる。私は若い時から如何にして時間を生み出す
かに腐心し類書を渉猟してきた。私なりの帰結は「すきま時間」を
如何にして生み出すか、という一語に尽きる。仕事中でも勿論、<
ほどほど>にではあるが四六時中、「すきま時間」を探し出すこと
に専念した。なんだか悲壮感が漂うが、そうではない。リラックスし
ながら同僚と歓談しながら、一人になった時にまず 読書する時間
を生み出した。それから仕事、趣味、自己実現に必要な事柄の渉
猟・散策に明け暮れた。実に充実した時間が持てた。このブログも
一日も欠かさず記述公開しているが何の苦もない。下書きなしにパ
ソコン上で主述だけ合うように気をつけて思いつくままに書きなぐっ
ているだけである。偶に後日、読み返してみると誤字脱字が、稀に
ある。論理の展開も窮屈なところが目に付く。まあ、致し方ない、と
諦めるしかない。兎に角、書き続けることに専念している。時間の
活用は人それそれぞれに違うが自己の事柄の必要に応じて生み
出していけばよい。次回はもう少し<時間と人生>について拙稿を
開陳したい。・・・
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