フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

3月9日(木) 晴れ

2023-03-10 13:24:36 | Weblog

8時半、起床。

ハムトースト、目玉焼き、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

本日の『舞いあがれ!』。せっかく開発したランプだったが、生産と販売を大手の家具メーカーにもっていかれてしまった。あらら。でも、これで挫ける舞ではあるまい。久留美の父親がカフェのマダムにプロポーズする。「老後が安心だから」とか言って、断られる。久留美にも叱られる。そんな言い方ではダメに決まっていると。玉砕した彼だが、こちらも再トライを決意する。二つの再トライはコネクトするのかしら。

今日は書斎の大掃除をする。自主的な行動ではなく、妻にそう命じられたからである。「私も手伝うから」と。当面の目標は床に掃除機を掛けられるようにすることである。とくに机の下やテレビの前のスペースはもう長いこと掃除機をかけていない。

大掃除は昼前から始まった。妻が次々に「これ、いる? いらないよね?」と私に聞いてくる。「いらないかな」と私が答えるとすばやくゴミ袋に入れたり、雑誌などの場合は紐で縛る。妻は去年、彼女の母親が施設に入る際に、実家の大掃除を義姉と二人でやって、断捨離のエキスパートというか、断捨離神の化身になっているのである。

昼食は「カップ麺で済ませたら」と言われたが、懇願して1時間の昼食休憩時間をもらい、「吉岡家」に食べに行く。今日は暖かい。

稲庭うどんと蛸の唐揚げ。

私にとっての定番のメニューである。

帰宅して作業再開。NHKの英会話講座のテキスト(CD付き)、中国語会話講座のテキスト(カセットテープ付き!)、旧くなった旅行ガイドブック、『散歩の達人』など雑誌のバックハンバー、分厚い辞書、過去の授業資料、昔の年賀状。

私だけではないと思うが、年賀状は捨てずに全部とってある。大学院生の頃に年賀状を使って個人的ネットワークの通時的変化について日本社会学会で発表したことがあるくらいだ(この手法はなかなか面白いのだが、唯一の欠点は、一緒に住んでいる家族同士では年賀状のやりとりをしないので、個人的ネットワークの中心にある同居家族のことがブラックボックスになるという点である)。今回、年賀状は即捨てるというのではなく、本棚のそこここに年別に置かれている年賀状の束を1つの段ボールにまとめた。これについてはタイミングを見計らって処分することにする。分量は少ないが、手紙も基本的に全部箱に入れてとってある。「結婚前に君からもらった手紙もあるよ」と言ったら、「恥ずかしいから全部捨てて」と妻は言った。「私たちが死んだ後に子どもたちに読まれた恥ずかしいでしょ」と。死んだら恥ずかしいもなにもないと思うが、そういう事態を生きている間に想像すると恥ずかしいのだろう。「いま、朗読してみようか」と言おうとして、断捨離神の怒りに火をつけそうなのでやめておいた。

6時過ぎに皮膚科に行く。

左手の中指の側面のイボはあともう一息のようである。液体窒素を塗ってもあまり痛みを感じない。

夕食は「マーボ屋」でテイクアウト。

酢豚(黒酢)。

唐揚げと新ジャガのスパイシーパウダー合え。

食事をしながら『リバーサルオーケストラ』第9話(録画)を観る。今季の冬ドラの中ではこれが一番楽しみに観ている。「ホテル」や「レストラン」と並んで「オーケストラ」も再起ドラマの定番であるが、料理は実際に味わうことができないが、音楽は実際に聴くことができる。今日はチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」とベートーベンの「運命」を聴けた。来週はいよいよ最終回。チャイコフスキーの交響曲5番が聴ける。

大掃除再開。床が見えて来た。

捨てるものたち。

チャイはずっとは興味津々でわれわらのそばにいた。「隙あらば入ろう」としている。

風呂から出て、就寝したのは2時だった。

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