フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

9月30日(月) (後半:「昔日の客」初訪問篇)

2019-10-01 23:50:18 | Weblog

(承前) 

関口良雄『昔日の客』(夏葉社)という本がある。著者はその昔大森にあった古書店「山王書房」の店主で、作家との交流や本にまつわる話を書いた随筆集である。周囲のすすめもあって自身の還暦の記念にこれまで書いたものを一冊の本にまとめようとしたが、残念ながらその準備の段階で亡くなった。享年59歳だった。ご子息の直人氏が父親の遺志を引き継いで神保町の三茶書房から『昔日の客』を出版したのは1978年10月のことだった。その味わい深い文章は多くのファンを得た。しかし入手はしだいに困難となり、古本市場では数万円の値の付く幻の名著となったが、著者の33回忌を迎えるのを機に、2010年に夏葉社から復刊された。私はこの復刊本を西荻窪の雑貨店「FALL」で今年の5月に購入した。カフェ仲間で陶芸作家の清水直子さんの作品展が「FALL」であり、たまたま同時時にそこで夏葉社の出版物のフェアをやっていたのである。私はそこで本書を手に取り、パラパラと目を通して、たちまちその文章に魅了され、購入したのである。

下の写真はそのとき「FALL」で撮ったもの。

数日前に清水さんからメールをいただき、昔「山王書房」があった場所にカフェ「昔日の客」が開店したらしいと教えていただいた。これはもう行くしかあるまい。

カフェ「昔日の客」は池上通りから新井宿特別出張所の角を少し入ったところにあった。レトロな外観は「山王書房」を意識したものなのだろう。

下の版画は著者の友人だった山高登が「山王書房」の店先で道路に水を撒いている著者を描いたもので、『昔日の客』の裏表紙に印刷されている。

 

他に客はいなかった。「失礼します」と引き戸を開けて中に入る。 店主さんらしき女性に自分は『昔日の客』の読者である旨を告げると、彼女は「ありがとうございます。では、主人を呼んでまいります」と言った。

入口の上に掛けられた「山王書房」の額は当時のもので、『人生劇場』の尾崎士郎が書いたものだそうだ。

 入口入って奥は小上がりにあっていて、著書の書になる「自画像」という詩が額に入っている。

 ズボンが太くなったり
 細くなったり
 髪の毛が長くなったり
 短くなったり
 話が長くなったり
 短くなったり
 気が長くなったり
 短くなったり
 鼻の下が長くなったり
 短くなったり
 一日が長くなったり
 短くなったり
 そして
 財布が少しは肥った事もあったが
 その後はずーとやせたままで
 先が長いと思っていたが
 だんだん短かくなってきた 

 その額の左隣りには著者の写真が飾られている。 

コーヒーを飲みながら、ご子息の直人氏とお話をした。話の中で、直人氏は小山台高校の先輩(5つ上)であることがわかり、思わず握手をした。共通の先生方の話や運動会の話題で盛り上がった。さらに早稲田大学の先輩である(商学部)こともわかったが、早大出身者は世間にあふれているので、高校のときほどの驚きはなかった(笑)。

 

 著者の俳句が2つ、額に入って飾られていた。

 春愁や日本のどこも日が暮れる 銀杏子

  石に散る落葉よ翼のある精霊  銀杏子

 『銀杏子句集』としてまとめられている。加藤楸邨による句評も収められている。一時期、楸邨の主宰する「寒雷」に参加していたそうだ。もしお店に在庫があるのであれば購入したかったが、ないという。でも、出版元の三茶書房には置いてあるとのこと。神保町なら散歩がてら行ってみましょう。

いろいろと興味深いお話ありがとうございました。大森は蒲田の隣町ですので、また散歩の足を延して訪問させていただきます。「不定休」とのことなので、その点がちょっと不安だが、ツイッターにお休み情報は随時あげているそうなので、フォローさせていただくことにした。「いらっしゃるときは言ってくだされば開けますよ」と言われ、恐縮する。そのうち文学好きの教え子を連れて伺わせていただくかもしれません。そのときはよろしくお願いいたします。

 11月20日(水)19時から太田文化の森ホール(カフェ「昔日の客」のすぐ近く)で馬込文士村演劇祭立ち上げ企画「リーディング講演&トークイベント」が開かれるそうで、トークイベントに直人氏と夏葉社の島田潤一郎氏が出演されるそうなので、さっそく申し込む(ただし抽選)。

私はカフェ好きではあるが、馴染みのカフェに繰り返し通うタイプで、新規開拓はあまりしないのだが、カフェ「昔日の客」は馴染みのカフェの一つにしたいカフェである。ただし、他の馴染みのカフェのように卒業生を連れて行くことはちょっとためらわれる。そのときに私と店主ご夫妻との間で交わされるであろう、文学的(とくに近代日本文学的)会話に付いて来られるかどうかが心配だからである。せっかく連れて行っても所在がないのでは申し訳ない。

簡単なテストをしてみよう。以下の作家の中で作品を読んだことのあるものに◎、作品を読んだことはないが名前は知っているものに〇を付けよ。

 正宗白鳥 尾崎一雄 久米正雄 室生犀星 尾崎士郎 上林暁 伊藤整 武田麟太郎 野呂邦暢

以上は、『昔日の客』の中に出てくる作家である。(夏目漱石や志賀直哉や芥川龍之介や川端康成といったビッグネームは省略した)

◎が一つでもあれば合格。あるいは〇が三つあれば合格としよう。その人はカフェ「昔日の客」に連れて行ってさしあげます。そうでない場合は、ただの通りすがりのカフェ好きとして、お一人であるいはお友達と行ってください。ご主人が登場するのは「『昔日の客』を読んで来た客」のお相手をするときだけのように思えるが、違うのかしら? 

*追記:奥様よりメールをちょうだいした。「私たち夫婦は義父のように文学に明るくはありません」「むしろ主人は音楽の仕事を長年していたので、80年代、90年代のポップスについてたくさん語ることができると思います」「どうぞ文学好きではない方にもいらしていただければと思います」とのこと。はい、わかりました。文学が得意でない卒業生も連れてまいります。

帰りは、大森駅まで歩くことにした。

 商店街の中に「村松書店」という古書店がある。ちょっと覗いてみる。

内田百閒『冥途・旅順入場式』(岩波文庫)を購入。 

 もう日が暮れようとしている。

 「昔日の客」秋夕日(せきじつ)の人となる たかじ

 夕食は7時半。

 茄子のピリ辛炒め。

 映美シュウマイ。

 アボカドとトマトとレタスのサラダ。

  『昔日の客』の口絵の版画(山高登)には「大森曙楼旧門附近」とタイトルが書かれている。本門寺境内に上がる「めぐみ坂」の途中の風景である。銀杏子お気に入りの散歩道だったそうである。(しかし、現在はこのレンガの塀や教会の尖塔は取り壊されている)。

 実は私もこの「めぐみ坂」は好きである。(写真は過去のブログから)

 

『銀杏子句集』を入手したら、それを鞄に入れて、吟行してみようかしら。

2時、就寝。


9月30日(月) 晴れ (前半:「HITONAMI」一周年篇)

2019-10-01 15:01:18 | Weblog

9時、起床。

トースト、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

今日から新しい朝ドラが始まった。しかし、それについてすぐに感想を書く気分ではない。たとえて言えば、半年付き合っていた彼女と別れたばかりの男が、すぐにに新しい彼女の話を始めるみたいなものである。 そんなチャラチャラした男にはなりたくない。しばらくは喪に服するように黙っているか、もしくは元カノの話をするのが礼節ある男のとるべき態度であろう。

といわけで最終回の『なつぞら』。天陽の畑で作業をしながら話す泰樹となつ。

「わしが死んでも悲しむ必要はない」 

「じいちゃん・・・」 

「わしはもうお前の中に残っとる」 

天陽の畑に寝転がって楽しそうに笑う二人。 

草原に一人で寝転がる泰樹。

 

満足そうに、静かに目を閉じる泰樹。たぶんこれはそう遠くはない泰樹の死を予感させる。しかし、番組中でそこまでは描かなかった。それでよかったと思う。11月2日のスピンオフドラマでもまだ生きていてほしい(遺影で登場するのではなくね)。

整骨院で治療を受けてから、花屋に行って「HITOMANI」の一周年のお祝いに持って行く花を買う。 

秋空の下を花を提げて歩く。 

「HITONAMI]に到着。 

「一周年おめでとうございます」 *一周年のパーティーは一昨日の土曜日に夜に開かれたが、私は行けなかった。

客は私一人だけ。料理が出てくるのを、梅ソーダを飲みながら、沢木耕太郎『深夜特急』を読みながら、待つ。

注文したのは、味噌煮込みハンバーグ、スペイン風オムレツ、じゃがいものジェノベーゼ、季節の野菜の揚げ浸し。 

食後に今シーズン最後のカキ氷(ほうじ茶あずき)。 

そして番茶を飲みながら、もうしばらく読書。 

オガサワラさん、2年目もよろしくお願いします。スタッフのみなさんも、よろしくお願いします。

今日はもう一軒、寄りたいカフェがある。

池上通りを大森方向へ歩く。

(後半に続く)