のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

里山会議

2020年03月15日 | 日記・エッセイ・コラム

 「里山を使った町作り」の講演会に行ってきました。

 私は裏方なので受け付けの1時間前に行って準備などをしていましたが、誰も来ない。

 日時をまちがえたか?パンフレットを見るとおよそあっている。コロナで中止?と疑ってみたが、12:30に来てくださいとメールが入ったのが今朝のこと。

 受付の準備も終わったものの、名簿も届かない。1時間ほど受付で本を読みながら過ごしていると、受付開始10分前に講師一行が入ってきました。「お昼食べてたんだ。」だってさ。

 2時から講演会などが始まり、私はほとんど受け付け席で講師の著書の販売などをしていました。

 合間に産直の売店を眺めるとイナゴの佃煮が並んでいました。

 秋になるとイナゴを獲って売れるのですが、私が小学生の頃は学校の授業の一環でイナゴ獲りをしました。玉ねぎを入れる大きな網袋に針金で口を作って虫取り網のようなものを作り、田んぼの畔で飛び交うイナゴを捕まえる。

 これを用務員室の大きな鍋で煮て、業者に売って先生方の飲み会の費用にしたり、図書館の本を購入したり、先生方の飲み会の費用にしたり、学校の用具を買ったり、先生方の飲み会の費用に充ててました。

 産直と言っても、地元商店のコーナーなので地元産以外の食材が並んでます。

 いくら何でもこの山奥でイワシとサバの煮物はねぇだろう。と言うと、結構売れているんだそうです。

 近くに店がないから、近所の人たちの買い物の場にもなっているのだとか。つまり、スーパーの出店みたいなもんですね。トイレットペーパーの果てまで並んでいる農産物直売所。完全に生活の場です。

 考えてみれば、みんな田畑を作っているんですし、自分で作れないものを購入するわけで、現地住民とすればこれでいいのかもしれない。

 一緒に受付をしたおじさんが「インフルエンザと比べても、世界的に見ても決っして死亡率が大きくない今回のウィルスになんで騒ぐんだべぇ?」と言うので、戦争だからですよ。と答えました。

 これには、たぶんニーハオが開発中だった生物兵器だろうという予測もありますが、ウィルス同様戦争の形も変わっています。

 ナポレオン以前の戦争は人のいない場所で軍人同士がけんかしてましたが、そこに一般人が徴兵されて参加するようになった。これじゃたまらんと欧州の会議で生まれた言葉が「ピース」で、それ以前は「平和」なんて言葉がなかった。

 第一次大戦では飛び道具と新兵器で、その頃から飛行機や潜水艦が開発されて核や生物兵器、化学兵器などの研究も始まり、第二次大戦ではこうした兵器が使われ、軍や国家以外も攻撃対象にされた。

 もはや、民間人だからって安心していられない時代なんですが、今回ははからずもニーハオからこうした研究が漏れちまったと言うのが現実じゃなかろうか?否、案外これを想定して無節操な人民を世界にばら撒いたのかもしれない。

 金で人様の心を狂わせて平気で兵器人間を送り出す。

 この手法って小学生の頃に放送していたレインボーマンの死ね死ね団と同じじゃねぇか!

 と、言うと「おめぇさんも見ていたんかい。おらぁ中学生だったけど、水の化身ダッシュ3が俺の役だったんだ。」

 中学生にもなってレインボーマンごっこ?なるほど、この村に残れるわけだ。と感心しつつも、ありゃぁいい番組だったよなぁ。と同感でした。

 里山の未来は・・・危うい気がする。

コメント
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