最近読んだ本に、フランス小説の短編でギ・ド・モーパッサンの「首飾り」と言う小説があります。「庶民の家に生まれた美女は不運で、美女は金持ちの家に生まれなければならない」と世間では受け止められているとモーパッサンは冒頭から皮肉を始めます。
マルチドは安月給とりの家に生まれた美女でしたが、低い身分であったために下級役人ロワゼルと結婚することになります。気位の高い美貌を鼻にかけた性格のマルチドにはそれが不満でなりません。自ら着飾りたくてもそれを満たす収入がないのでマルチドの生活は質素そのものでした。それでも内心は欲望でめらめらしています。毎日大富豪になったらと空想ばかりしています。
夫のロワゼルはそんなマルチドとの生活をとても満足して気に入っており惜しみなく愛情を注いでいます。華やかな場に出て注目を浴びたい妻のために、苦労して舞踏会の招待状を手に入れますが、舞踏会にきて行くドレスがありません。シンデレラなら魔法使いのおばあさんがドレスとかぼちゃの馬車とガラスの靴をレンタル期間限定で出してくれるのですが、ロワベルは安月給の役人です。
猟銃を買うためにためておいた400フランのお金をはたいて、マルチドのためにドレスを買います。それとて決して舞踏会でひけらかせるほど上等なものではありませんが、彼の親族の中でももっとも高級なドレスでした。
マルチドには舞踏会につけていくアクセサリーもありません。幸運なことに彼女にはフォレスチエ夫人という富豪の友人がいました。マルチドは彼女からダイヤをちりばめた首飾りを借りることに成功しました。
着飾ったマルチドは舞踏会に行き、その美貌とエレガントさと愛らしさで舞踏会に出席していた男性諸子はもちろん大臣の注目まで浴びました。マルチドにとってまさに夢の中の出来事のようで、彼女はこのひと時に酔いしれました。夫のロワゼルもそんな可憐な妻を持ったことに満足していました。
家に帰りドレスを脱いで、マルチドはとんでもないことに気がつきます。先ほどまであったはずのダイヤの首飾りがなくなっています。
マルチドとロワゼルは弁償のために同じ首飾りを探し回りますがなかなか見つかりません。ようやく紛失したものと同じ首飾りを見つけたのですが、その値段たるや3万6千フラン。
夫のロワゼルは親から譲り受けた遺産全てとあちこちから金を借りまくり、なくした首飾りと同じ物を買い、フォレスチエ夫人に無事返すことができました。この日からマルチドとロワゼルの赤貧洗う借金返済の日々が始まります。
夫婦は屋根裏部屋に住み爪に火を灯すつましい暮らしをし、身を粉にして働き続けること10年。美女マルチドは自分の容姿のことや身なりのことなどまったく気にしないたくましい女性になっていました。10年がかりで借金を返し終わり、街の中で偶然にフォレスチエ夫人に会います。
マルチドは実は借りた首飾りをなくしてしまいよく似たものを買って返したこと、そのために多額の借金を背負い、ようやく返し終えたことを誇らしく告げます。言われたフォレスチエ夫人にも隠していた秘密がありました。マルチドに貸した首飾りは実はイミテーションで500フラン程度のものだったのです。それを聞いたマルチドですが、自分の成し遂げた人生とその誇りを思うともはやそんなことはたいしたことではありませんでした。
イミテーションの首飾りをなくしたがために全ての財産を失い、10年も質素極まりない借金生活をして本物のダイヤの首飾りを買って返したマルチドの人生は何だったのだろう?という疑問以前に、この艱難で精神的に著しく成長したマルチドもまた印象的です。
いろいろ考えるべきテーマの多い小説です。会員女性達に読ませて見たい小説です。どんな反応が出るだろう?「ロシア女性を首飾りのように考えている日本男性」などと皮肉を言われるでしょうか?まあ、イミテーション見たいな女性もいますから。
影が薄いけれども、派手好きな妻の夢のためにあまりにも多くを失った夫のロワゼルも奥深い人間だと思います。
バブル崩壊以降失われた10年だ20年だと迷走している日本ですが、イミテーションの首飾りの賠償に四苦八苦しているように思えてしまいます。これで人格的に成長できれば良いけれど、ばら撒き手当てを当て込んで人格は単に陥っているような情けなさも感じます。