のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

交配

2006年01月31日 | 日記・エッセイ・コラム

 このところ国際パスポート取得が難しくなっているロシアですが、元ロシア軍将校と電話で話をしました。
 ロシアでは軍や国家機密に関する部署に勤務した人は退官後5年間は国際パスポートを取得できない暗黙の規約があります。明確に5年とが限ったわけではなく、8年の場合も10年の場合もあるようです。
 ソビエト崩壊の混乱期に人材流出が相次いだロシアですが、こうした問題に特に厳しくなっているのがプーチン以降。

 経済混乱の沈静化はエリツィン政権末期には起こっていたので、プーチンの功績とは言いがたいですが、マフィアの暗躍を押さえ込んだことは大きな功績のようです。
 ソビエト崩壊によって秩序が崩壊し、非合法で財を成したり名を上げる人物が成り上がってきましたが、考え方が遊牧的です。「家畜は草原に放してやれば自分で食べて肉をつけて帰ってくる、それを食べればよい。」国家にとってマフィアも家畜も同じなんですね。

 家畜といえばロシアでよく見かける牛ですが、一見ホルスタインに似ているけれど、ホルスタインが白黒まだらに対して、こちらは茶と白のまだら。やっぱガイジンなんだなぁと感心する問題ではなくて、ホルスタインではなくエアシャーという種類の牛だと思います。
 ホルスタインよりも体が小さく、乳用と肉用の兼用種です。ホルスタインはドイツ(オランダ)方面の出身ですが、エアシャーはスコットランド出身です。乳脂肪が高いのでチーズを作るには向いています。
 ホルスタインも寒さに強いけれど、もっと強靭な品種です。向こうで見かけるたびに1頭欲しいなと思うのですが、20kgの手荷物に収まりそうもありません。

 日本の和牛も実は混血種で、明治時代にアーバディーアンガスやショートホーンやブラウンスイスなどヨーロッパの品種を掛け合わせて作り出した牛です。

 戌年ですから犬の話題も。

 闘犬で有名な土佐犬はあのソース顔を思い起こしていただければわかるとおり、マスチフという大型犬の血が入っています。
 西洋が日本に押し寄せるようになって、闘犬で日本の犬がことごとく大柄な西洋犬に負けてしまったために、西洋犬の遺伝子を入れて安岡力也さんのような犬を作り出したわけです。
 秋田犬も大型の犬は土佐犬を交配しているので西洋犬の血が入っており、一般にいられている大きな犬を”あきた”(大館犬)と元々いた秋田犬(マタギのクマ犬として活躍した犬)は別の種類です。

 ペットが家族の一員でもあるロシア。日本の犬のファンも多いです。
 友人の1人はどうしてもあきた犬を飼いたいと真剣に探しています。フィギュアスケートの女王イリナ・スルツカヤがあきた犬を飼っているそうで、アメリカで手に入れたそうです。名前はバルス。牡です。
 本当にこれがあきた犬?日系アメリカ犬になっちまったんですね。犬のクリスティー山口。

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爆音

2006年01月30日 | 日記・エッセイ・コラム

 正月を迎えた中国、みんな浮かれ気分のようです。
 夕方、奥さんの里帰りに同行してハルビンから電話がありました。電話の背後では爆竹が鳴る音と人の叫び声。
 ”暴動で人民解放軍が発砲でもしているんですか?”と冗談交じりに聞くと、「爆竹です。いたるところ紙くずだらけです。」

 中国の正月名物には凧揚げもありますが、寒いハルビンで凧揚げが始まるのは氷雪祭が終わって、氷の建物が撤去される頃で、松花江の河川敷に凧を持った家族がたくさん出現します。
 何より今は爆竹で楽しんでいるようです。

 毛沢東が野良犬を嫌っていたので、3?4年前まではペットを飼うことを規制していた中国ですが、最近はペットブーム。
 規制されていると闇商売が成り立つもので、北京の公園などでは闇の犬販売がいて、シートを広げて子犬を売っている路上販売。公安(警察)が来ると、瞬時にシートをたたんでどこかに消えてしまい、またしばらくたつと舞い戻ってきて店を出すなぞの商売が成り立っていたようです。
 規制緩和でペットショップができるようになると姿を消します。
 しっかりペットを管理できないと食われてしまいますから、野放しなんかできません。

 管理できないくせにペットを飼う日本人。飽きればどこかに捨てるので困ります。一昨日あたりから我が家の界隈に野良犬が出現しています。ポインター系の雑種のようですが、これから発情シーズンなので、雌犬を飼っている家では警戒しています。
 土曜の夕方、ワゴン車で来てこの犬を置いて立ち去る人の姿を風呂帰りのお婆さんが目撃していました。

 捕食目的ではなく、捕まえようとしたのですが、逃げ回って手がつけられませんでした。
 近所の人が言うにはこの野良犬も雌犬のようです。この寒空の下で生きていけるのだろうか?と心配しますが、ゴミをあさるしかない都会と違って山の中には食べ物がいます。猟犬の血を引くなら何とか生き抜くのではなかろうか?
 我が家の近くにも獣の足跡はたくさんあります。

 バブルの頃”ハンター”と呼ばれる人たちが出現し、猟犬の訓練をしてきた犬を買って来て、狩猟シーズンが終わると山に置き去りにしたり、射殺して捨ててしまうことがありました。
 猟師とハンターを一緒にしないでくれと猟友会の人も怒っていましたが、元々このあたりには生息していなかったイノシシが姿を見せ始めるのもこの頃からでした。
 イノシシといえば、昨日のニュースで、埼玉県の秩父方面で高校生がイノシシに襲われて怪我を下ニュースが流れていました。その場所が焼き肉屋の駐車場近くで、「焼肉」の看板が妙に意味ありげに何回もテレビ画面に出ていました。

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雪深し

2006年01月29日 | 日記・エッセイ・コラム

 新年好!旧暦の元旦です。餃子食べましたか?

 北京では13年ぶりに新年の爆竹が解禁になったそうで、危険な行為があった場合はすぐに取り締まるという話でしたが、危険の概念が違います。人民大喜びで危険な爆竹を楽しんだようです。

 近所のフィリピン奥さんが言うにはマニラでもクリスマスや新年に爆竹を鳴らすのだそうで、大やけどをする人や指を吹き飛ばされる人もでるそうで、「でもおめでたいことだから誰もやめようとは言わない」ようです。

 旧暦の正月とは無関係のウラジオストクですが、このところ中国資本が幅を利かせているので、爆竹こそやりませんが、中国料理店が特別な料理を出すとかで、ウラジオストクスタッフは予約していたようです。
 私にはハルビンで食べる中国料理よりもウラジオストクの中国料理のほうが口に合います。
 理由は薬味の香菜(コリアンダー)。ハルビンでは人類みんなこのハーブが好き!と暗黙の了解でたっぷりでてきますが、ウラジオストクの中国料理ではあまりお目にかかりません。

 タイ料理にもコリアンダーはよく使われますが、何しろ辛いので口が麻痺してしまってあの臭みが薄く感じます。それでも苦手だから取り出して食べますが、こちらに住む対人の奥さんが言うにはコリアンダーなしのタイ料理では本物を食べたといえない!と申しています。

 夕方、27日の日記で紹介した日露カップルの夫から電話があり、今日は一日豪雪地帯の雪堀のボランティアに参加してきたそうで、明日は全身筋肉痛になる予定だそうです。高校の7年後輩ですが、まだこの年代なら翌日に疲れが出るんでしょう。おじさんなんか代謝が遅くなっているもんですから、翌々日に疲れが出ます。
 子供の教育のために世の中に貢献する父親を勤めてきたら、奥さんは子供を教育のためにスキー場に連れて行く不憫な現実。
 「”社会のため”なんていいながら、あいつら自分のことしか考えていないんです。」ボクもそう思うんだ。


 地元の畜産家のおじさんたちが沖縄に研修という名の宴会旅行に行ったので、牛の発情があったときの人工授精を頼まれていたのですが、今朝「おらがの牛が発情したげだから来てくんねえかい」と電話をもらい出かけていきました。
 山の上ですが南向きの日当たりの良いところなので、雪はそれほどないと思って出かけて行ったのですが、自動車が通った気配もない。
 4WDだから走って走れないことはないのですが、いよいよなら機材をそりに積んで歩く覚悟で、一度歩いて雪の深さや雪質を確かめたら、何とか走れそうな深さだったので、自動車に戻って突入しました。

 家から牛舎までは自動車やトラクターで動いているので、わだちがありました。
 オヤジさんが沖縄旅行に行き、オカミさんが1人で留守番しているので、自分でトラクターに乗って牛舎に行くことはできても、除雪まで手が回らないとか。
 7年前の今頃この家に人工授精に来てとんでもない吹雪になって帰れなくなり一晩泊めてもらったことがありました。吹き付けた雪で、写真の道が瞬く間に左右まっ平になりました。

 帰りは登り道がやばそうだなと思っていたので、牛の人工授精を済ませた後、トラクターを借りて公道まで除雪して帰ってきました。60馬力のトラクターの後ろにアタッチメントで投雪機をつけた代物ですからパワーが圧倒的で、快適でした。

 この一帯の農家は満州引揚者が何件かいます。昔は酪農が中心だったので、牛乳を回収に来るトラックが毎日来ていました。
 今は手間のかからない和牛の繁殖に切り替えた高齢者農家が多くなり、除雪も自分の自動車が通れれば十分な程度にしかやっていません。

 日当たりさえ良ければ見晴らしが良くて気持ちよい土地なんですが、良い部分もあり、悪い部分もあり、便利も不便も含めて人も土地も良さがわかるのではなかろうか?

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春節前日

2006年01月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 春節前日の旧暦の大晦日、ハルビンでは家族全員で餃子を包んでいることでしょう。

 日本のおせち料理のように年末にさまざまな餃子を作りおきして、正月休みの間はそれを食べて過ごします。
 最近では惣菜の店もにぎわうようで、春節のご馳走をこうした店で調達する家庭も多いようです。

 外食や惣菜の購入に関して、中国人とロシア人は随分異なる感覚を持っています。中国では外食が安いこともあって気軽に外で食事をしたり、惣菜などを買ってきて食べますが、ロシアでは外食の習慣は少なく価格こや少ないこともあってあまり一般的ではありません。調理した惣菜を販売する習慣も少なく、今まではせいぜい冷凍したペリメニ(ロシア風餃子)を見かける程度でした。ロシアの惣菜商売はこれから伸びる分野でしょうね。

 新年には爆竹を鳴らして邪気をはらうのが中国の慣わしですが、政府は爆竹を禁止しています。その多面、一頃はゲリラ的爆竹が横行したそうで、何気なく公園に出現した家族が、突然カバンから爆竹を取り出して点火!場鬼畜の破裂音にキャッキャと騒ぎながら、颯爽と姿を消す。

 最近は取り締まりも黙認、というより取り締まる役人も家に帰れば、隠れて爆竹を鳴らして喜んでいるのですから、庶民の力は恐ろしいものです。
 一応、縁起物の飾り物として店先にも並んでいます。

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知力体力

2006年01月27日 | 日記・エッセイ・コラム

 タレント事務所で大暴れして逮捕されたアフリカ系タレントのボビー・オロゴン氏が年齢を7歳サバを読んでいて、実は39歳と聞いてびっくりしました。
 身体能力の高さを買われて総合格闘技にも出場し、昨年末のK-1ダイナマイトでは元横綱の曙に勝ったオロゴン氏。39歳であの体力には驚かされます。
 オリンピックで体格的に劣るアジア人が優勝することがいかに難しいか、今度のトリノ五輪も期待しないことにします。

 いろいろな血が混ざったアメリカ大陸や、元々大柄な人が多いスカンジナビア半島の人たちと比べると、ロシア人は決して大柄ではありませんが、ロシア女性の骨格なんて日本の男性並です。特に肩パッドなど不要なほどがっしりした肩幅の広さなど、なで肩の日本男性よりもしっかりしているように感じます。
 こんな連中と命を削るような体力勝負してはならないとしみじみ思います。

 「今度の日曜、夫を雪かきで鍛えてください。」朝、地元のサンクトペテルブルグ出身の奥さんから電話がありました。
 世の中のために尽くす父親の姿を見せないと子供たちの教育に良くないと彼女は言います。「だって、それが武士道の精神でしょう!」
 新渡戸稲造が言うところの"the soul of Japan"や”公”の心なんてものはとっくの昔になくなっていらぁ!と思いつつも、なるほど、こういう精神で子供を育てているんだ!さすが哲学者の娘。感心感心!。こんな立派な女性と結婚しなくてよかったぁ。

 ”あのね、私達はそんなご大層な精神でよそ様の雪かきをしているんじゃないのね。他にやる人がいないからしかたなく手が空いている人がやっているだけ。そういう環境に住んでいるだけなの。世の中に尽くすなんてご立派なこと考えていないの。こうしてやったら相手が助かるだろうな、と、それだけなの。武士道だの精神だの大義名分振りかざす人間にはろくな人間がいないでしょう。口で言う前に行動していれば、くだらない言葉は要らないでしょう。○○君だって毎日仕事で世の中に貢献しているんだから、休みの日は休ませてやることも大切なことなんだよ。”

 「ロシアでは男の人は軍隊で国に尽くして、体も鍛えられるけど、日本はそういうことがないから怠けてばかりで全然体力がないんですよ。」
 消防団で一生懸命練習していたぞ!あなたの夫は。「国に尽くす」この概念も現代日本人にはありませんね。
 体力に関しては先ほども上げたように、日本人に期待してはならないのだけど、体格がよ大きく体力が強いものが生き残ってきた大陸と育ってきた環境も違います。さりとて、ずるがしこいのが生き残るというのもどうかと思いますし、ロシア人はこういう手合いを毛嫌いします。
 ”私は暇人だからいろいろほかのこともやっていらるけど、○○君は肥満児なんだから体力的に無理させちゃ駄目だよ!でも、あなたは大切な問題にチャレンジしているのですから、とても素晴らしいと思います。”ぜんぜん回答や援護になっていないけど、なぜか納得してもらえました。

 夕方ハズバンドから電話があって”苦労してるようだね”というと、「子供の教育のことでいろいろ本読み漁りすぎて頭でっかちになっているんですよ。彼女の唱える理念にも共感できるだけど、自分で思い込めば何とかなると思っているもんだから、そのためにどうするかがずれているんですね。まあ、誉められない親や子供が多いから、彼女がいいカンフル剤になってくれればと思うのだけど、私も子供も大変ですよ。」

 品格の欠けた人間が多いので、これからの時代に要求される人物を彼女なりのつかんでいるような気もしますが、外国人との間に生まれた子供には、偏見を抑えるためにより高い人格が求められることも事実です。そこに彼女なりのテーマを見つけたのですから、これもまた立派なことだと思います。

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怪奇祝い

2006年01月26日 | 日記・エッセイ・コラム

 先週から中日辞典片手にネットで中国の製品開発の情報を調べているのですが、検索サイトでヒットしても掲示されないページが多くて苦労しています。
 ハルビンの西郷ドンが言うには、この何ヶ月間で特に厳しくなっているとか。日本のHPにもアクセスできない時があるそうです。「中国のインターネットはゲームをやるだけの道具になってしまった」と西郷ドンは言ってます。
 言論の自由がない国ですからこれも道理か?


 昨年末健康検査でひっかかった近所の50代の奥様、ガンの疑いが晴れ、すし屋で寄せ鍋を囲んで奥様方が集まっての快気祝い。
 何でこの程度のことで快気祝い?と言われると、この日は対立する奥様グループのドンの誕生日。そこにはご近所奥様勢力を二分する仁義なき戦いがあります。
 どちらにも顔を出せないとしり込みする奥様もいれば、どちらがおいしい料理が出るか決め手で”政治的”なことにまったく配慮していない奥様(外国人)もおり、嵐がやってきそうな前哨戦です。

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軍服

2006年01月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 シベリア内陸(西シベリア)のケメロボでは氷点下50度の寒さが続き、死者がたくさん出たという話を聞きました。ほとんどがホームレスの人々だそうです。
 2000年の11月に、ウラジオストク駅でなくなっていたホームレスを見たことがありました。まだ夜になって氷点下になるような季節でしたが、朝、散歩がてらに駅のほうに行くと、警察官が現場調査をしているところで、硬直した遺体をトラックの荷台に放り込むとそのままトラックは走り去ってしまいました。

 日本では例年にない大雪が続く冬ですが、平均気温としてはそれほど低いわけではなさそうです。冬暖かくなってきたのは1980年代に入ってからだと思いますが、毎日寒暖計で気温を記録している地元の農家の人が言うにもこの20年ほど冬の気温が上がってきていて、今年は決して気温が低いわけではないと言うことを行っていました。
 我が家では一年中11度の地下水を使っていますが、例年、体感の頃になると水道が凍り、水道管に撒きつけた熱線に電源を入れるのですが、今年はまだそれさえしていません。

 10年前の今頃はモンゴルに行きましたが、その直前に2週間は毎晩我が家の外気温が?10度を記録していましたが、今年は今のところ?8度止まりです。

 ロシア軍の軍服の外套が暖かくて動きやすそうなので、いつか調達してこようと思っているのですが、ウラジオストク市内には軍人用の店があるとかで、今度行ってみようかと思っています。
 10年前にロシアに行った時、軍の毛皮の帽子を路上で売っていたのを見かけて買ってきましたが、ロシア人は頭が小さいから私の頭はすっぽりと入らないので、知り合いのお医者さんにプレゼントしました。この人は余計な髪の毛がほとんどないから滑るようにかぶれました。「若い頃はこの帽子のようにふさふさしていたんだ!」と今でも冬になると愛用してくれています。

 日露戦争やシベリア出兵で、日本軍がロシア軍に手を焼いたのは寒さもありますが、雪を利用したカモフラージュだそうで、白い布をかぶって雪の中に臥せっていて、近くに来ると突然雪から出てきて銃撃する。
 徴兵に行くとこうした訓練もするようですが、退役後は狩りにその技術を応用しているようです。

 それにしても、鹿狩りに行くのにマシンガン持って行くのか?何でこんなものが一般家庭にあるんだ?ロシアの男達がやることもようわからん。

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スケート

2006年01月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 前回のソルトレークオリンピックのフィギュアスケート競技で、採点の不正があり、不可解な優勝をしたエレーナ・ベレズナヤ、アントン・シハルリゼ組は金メダルを剥奪され、フィギュアスケートの採点規準が感覚的なものから、より機械的なものに変更されました。
 これによって日本のフィギュアスケート選手もすいぶん苦労をして新しい採点方法でも評価に対応してきました。

 世界的な評価では女子フィギュアスケートではロシアのイリナ・スルツカヤがダントツで優勝だろうといわれています。
 ところがそういわれて喜ばないロシア人もいるようで、「これでロシア人が金メダルを取ったらまた採点方法が変わってしまうだろう」と懸念しています。

 長野オリンピックジャンプ競技で日本勢が活躍したら、スキーの長さを身長に比例してと長身選手が多いスカンジナビア有利にレギュレーション変更してしまったように、冬季オリンピックの背景には西側ヨーロッパ主導のルール作りがあることを強く感じます。しかし。ロシアは主流派ではなく弱い立場のようです。

 ソルトレークシティオリンピックのフィギュアのロシアペアの場合明らかに裏取引があったわけですから、金メダル剥奪は当然にしても、その後の世界選手権では実力発揮して優勝。優勝が決まった瞬間、舞台裏ではエレーナ・ベレズナヤが泣きながら玄関の外にいるアントン・シハルリゼには知っていき飛びついた光景が印象的でした。妙にかわいかったが、このペアは女性が年上。

 イリナ・スルツカヤの優勝よりも、日本人三選手が活躍した場合のほうが採点規準変更される可能性が高いのではなかろうかと、私は懸念しています。
 次世代は4回転ジャンプの安藤美姫やトリプルアクセルを軽々こなし、4回転の期待もできる浅田真央などジャンプが得意な選手が主流になるでしょうから、よほどヨーロッパにジャンプの得意な選手でも出てこない限り、ジャンプの得点が低くなるかもしれません。

 環境がいいから必ずしも優れた選手が出てくるわけではなく、フィギュアスケートなど温かい名古屋勢が主流です。
 何より自分が楽しむことがスポーツの重要な基本で、”勝たねばならぬ”だったら日本のアルペンスキーなどスキー人口と世界的選手の比率が圧倒的に低すぎてしまいます。

 リレハンメルオリンピックの女子フィギュアスケートで、当初下馬評だったのがUSAのナンシー・ケリガンと刺客を雇ってナンシーをぶん殴ったトーニャ・ハーディングで、オリンピック以後プロにおなっていくら稼げるばかりに間が行ったアメリカ人の愚かさを見る思いでしたが、その隙に優勝したのはウクライナのオクサナ・バイウル。ソビエト崩壊の余波があったころでしたので、コーチは亡命、彼女の父親は混乱期に行方不明の悲劇を背負って出てきて一躍時の人になりました。こういうどんでん返しがあるからオリンピックは面白い。

 このとき、かつての氷上のヒロイン、二大会連続金メダルの東ドイツのカタリナ・ビットが統合ドイツの代表選手で出てきて、”Where have all the flowers gone (花はどこへ行った)”で内戦中のサラエボについて世界に問いかけました。彼女のスケーティング技術は既に時代彼方の物でしたが、このメッセージには胸を打たれました。こういう選手を出してくるドイツもすごいと思いました。

 ”花はどこへ行った”はUSAのフォークシンガーのピートシーガーが作ったとされていますが、マレーネ・デートリッヒが"Sag mir wo die Blumen sind"とドイツ語で歌ったり、60年代ベトナム戦争真っ只中にはUSAのPPMが反戦歌として世に広めました。元の歌詞はロシアのショーロフが書いた小説”静かなるドン”に出てくるコサックの子守唄。
あしの葉はどこへいった?
少女たちが刈り取った
少女たちはどこへいった?
少女たちは嫁いでいった
どんな男に嫁いでいった?
ドン川のコサックに
そのコサックたちはどこへいった?
戦争へいった

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地吹雪

2006年01月23日 | 日記・エッセイ・コラム

 朝、地吹雪に見舞われました。昨夜から雪が降り出し40cm程度降り積もっていましたが、運動がてらハルビンとモスクワにエアメールを出しに郵便局まで2km程度の道を歩いて行きました。
 郵便を出して帰る途中、徐々に雪の降り方が激しくなり、強烈な風が途切れることなく吹きつけ1m先も見えない吹雪になりました。国道の自動車はその場に止まったまま風が過ぎるのを待っていますが、フロントスクリーンに見る見る雪が吹き溜まって、寒いけれど、歩いて出かけて正解だったなと思いました。

 やっとこ家にたどり着いてみると、昨夜から家の前の道路に降り積もっていた雪が跡形もなく吹き飛んで消えていました。風の通り道だったようです。そのかわり風下の土手などは雪が吹き溜まっていました。
 エアメール一つ出すのに随分大変な思いをしました。

 除雪車が来るとほっとします。

 町では自衛隊の災害出動で”豪雪非常事態宣言”発令、町長と役場の課長が温泉旅館で宴会(会議)していたことが数日前の新聞にも出てしまいました。非常事態は雪以外にも起きています。雪と一緒に処分してもらいたいです。

 雪の処分と言えば、水の流れている堰に放り込んでおけば早く消雪することができます。あるとないとでは大違いですが、最近はこうした水路に下水や排水を垂れ流したり、蓋をしてしまうので、水路の価値がわからなくなっています。

 雪の中を歩いているおばあさん。絵になります。この冬はたくさん写真を写そうと思っていたのですが、大雪のおかげで、屋根の雪落としや除雪をしているところを観光客などの写真に撮られて、写す側から写される側になってしまいました。カメラ向けられるとあまり気分が良いものではありません。故に気を使います。

 今日は家庭で作る焼き饅頭。甘党ロシア人にはうけるおやつです。私は胸焼けがするので極稀にしか口にしませんが、お祭の屋台と言えば焼き饅頭。スーパーの駐車場などにも移動販売が来ます。子供の頃は大変なご馳走でした。群馬県の名物で、よそ様にはなじみがないと思います。
 焼き立てがおいしいので、焼いて販売している店に行って、どくだみ茶でも飲みながら店で食べるのが一番おいしいのですが、焼いてないものを買ってきて自宅で焼いて食べる方法もあります。
 冬は炭火や練炭など暖房に使っている家もあるので、遠赤外線でしっくり妬くことができますが、近代化とともにこうした環境も遠くなっています。
 裏技は電子レンジで暖めてしまうことです。
 うっかりガスの火に当てると真っ黒焦げになります。さりとて、このおこげの香ばしさも捨てがたい。そこで、まず先に火であぶって焦げ目をつけます。これがなければ焼き饅頭らしくありません。今回は魚を焼くグリルで焦げ目をつけました。あまり長くグリルに突っ込んでいると魚臭くなってしまいます。

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インターナショナル

2006年01月22日 | 日記・エッセイ・コラム

 暖房用の灯油を買いに行ってきました。1リットル71円!昨年は43円でした。一昨年は35円でした。そのうち値下がりするだろうからと買い控えていましたが、値上がりする一方です。こんな馬鹿なことがそう長くは続かないと思うので、必要最低限だけ買うようにしています。

 スタンドで、イラン人の婿さんに会いました。産油国のイラン人でも石油を買うんだ!と当たり前だけどすごく感動的な発見でした。
 このところイランとUSAの関係が悪化していますが、日本とイランは悪い関係でもないので、日本が採掘権を持っている油田があります。イランとUSAの関係が悪化してペルシア湾から石油が出なくなれば、中国トンビに油揚げをさらわれます。
 原油高の一番のネックはUSAなのに。

 彼の奥さん(日本人)がいうには、日本からの技術支援で彼の妹の家族はリンゴや葡萄などの高い生産性を持つ果樹園を経営しているそうです。カスピ海を超えてロシアやグルジアにもリンゴを輸出しているそうです。こうした日本とイランの良好な関係をもっと広く知ってほしいとのこと。
 日清のどん兵衛”地中海風海鮮うどん”最近発売されたそうですが、彼の大好物になってしまい、「毎日でも食べたい」と言っています。イランに住む妹家族にも送ったそうです。
 ”優しいお兄さんだねぇ。もしかして、子供の頃妹の運動靴欲しさにマラソンに出なかった?”と昨年の11月8日に紹介したイラン映画「運動靴と赤い金魚」に引っ掛けて聞くと、「あの映画見ましたか?イランでもとっても有名ないい映画!うれしいなぁ!」と喜んでいました。
 件の”地中海風海鮮うどん”。日清の商品ですからおいしいのでしょうが、どうしようかなぁ、恐いなぁ。一度買い物かごに入れたものの、定番のきつねどん兵衛にしました。

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寒椿

2006年01月21日 | 日記・エッセイ・コラム

 東京方面では10cmを越える積雪だったようですが、こちらは雪など降っていません。「雪の多い土地の人は大変だねぇ」とテレビを見ながら他人事のようにつぶやいて快感でした。
 ハルビンでも東京の積雪のニュースは放送されたようで、自動車が大渋滞していることや、電車が遅れたり飛行機が決行になったニュースが流れたようです。神奈川や千葉などを加えると100人を超すけが人がでた模様ですが、「犠牲者に中国人はいるのか?」と質問されました。
 
 一度降った雪がなかなか溶けないハルビンの感覚では、東京は壊滅状態に感じるようですが、半日日が当たれば消えてなくなります。

 地区の温泉維持費や区費をご近所から集金する日なので、昼時に外に出たら身にしみるような寒さ。我が家の玄関の寒暖計は?5度。
 外の積雪は解けませんし、屋根の雪も溶けないからにツララもはりません。
 「今日は温かいです25度しかありません。」と言えるロシア人はやはりサーモスタットが壊れている。

 こんな寒さにもかかわらず、昨夜の夜更け、我が家の周囲をフケネコ(発情したネコ)がうめき声を上げながら徘徊していました。夜、布団にもぐりこんでから何の声か?としばらく耳を立てていると、布団の中から我が家のネコがするするとでてきて、窓枠に上がって外を眺めていました。しばらくすると寒くなったのか、また布団の中にもぐりこんできました。

 ”忘却とは忘れ去ることなり、忘れえずして忘却を語る心のむなしさよ””君の名は”の有名な冒頭の語りですが、そういえば何か大切なことを忘れていたように思えて、なんだっけなぁ?と思いながら布団にもぐっていました。
 寝付く頃になって昨日が生後一ヶ月で亡くなった妹の命日で33回忌だったことを思い出しました。母の7回忌さえ忘れていた一家ですから、父や弟が憶えているはずもありません。おちおち死んでもいられません。

 お墓に花を持ってお参りに行ってきましたが、日当たりが良い場所なので、日に当たって溶けた雪の表面が凍り付いていてスコップも刺さらない状態でした。雪の上に乗っても沈みません。
 昨年は今年ほど雪の量はありませんでしたが、冷たい風が吹いたので寒さに弱い山茶花は枯れてしまいました。昨年雪かきの手伝いに行った新潟の被災者から寒椿(雪椿)の苗木をもらってきて植えてみましたが、寒さには強そうです。厳しい冬を耐え忍んで春先に雪を咲かせる花で、苗木をくれた人からのメッセージを感じています。

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バレエ

2006年01月20日 | 日記・エッセイ・コラム

 株や証券について興味がないので傍観していますが、今月17日に始まったホリエモンのライブドアの不正取引問題で、翌日の18日は一般投資家の株の「約定」と言うのが殺到し、東証のシステムがダウンして取引不能になる事故が起こりました。東証が使うコンピューターですから世界最高峰の演算処理能力を持つコンピューターなんでしょう。それでもダウンするのか?と民衆のパワーに感心してしまいましたが、翌日には通常に戻っていました。
 
 こんなことでせっかく上向いて来た日本の景気が失速するようでは困りますが、ライブドア騒動でヒューザーと議員問題が陰に隠れた気がしますし、ヒューザーや構造計算偽造問題で中国から袖の下もらって自殺した外務省職員問題も陰に隠れてしまいました。

 株取引を仕事にしている会員さんが女性との交際や結婚について、「株の取引と同じで仲がよくなったり悪くなったり、その日によって相場のように変化するもんですねぇ。」と語っていましたが、18日の東証機能停止など「もうこれ以上はあんたとやってられない!別れたる!」と爆発し、翌日には遺恨を残しながらもちゃっかり元の鞘に納まっている夫婦のようなものでしょうか?見ているほうが”やってられるか”とあきれます。
 妥当なたとえではありませんが、株式にたとえるなら結婚は長期を見込んでの”投資”で、目先の利益確保の”投機”とは異なります。10年、20年先を見越して投資先を育てて行くのが結婚なので、後利益優先の投機なら夜の街でしょうか?


 昨日はオペラだったかバレエだったかの公演を見に行くとかでウラジオストク事務所は早仕舞いしていましたが、私はまだバレエの本場ロシアで見たことがありません。私が行くタイミングに合わせてウラジオストクには来ないようです。
 ”演目は?”「わからないけど夢のような美しさで楽しかったです。」
 この感覚がうらやましいです。

 十数年前レニングラードのバレエ団が来日した時に見に行って、すっかり魂を抜かれてしまい、将来娘が生まれたらバレエをやらせ、レニングラードかモスクワに送り込んで著名なプリマドンナのサインや記念品もらってなんでも鑑定団に出したいたいと思うことは思っても、親の体格を慮れば柔道か砲丸投げが妥当だろうなとあきらめています。

 バレエやオペラなど余計な解説が多くてうんざりしますが、向こうでは”難しいことは良くわからないけど見て聞いてうっとりするから楽しい”と庶民の娯楽で行けるのが痛快です。

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文字

2006年01月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 最初の文面がドイツ語だったので、そのつもりで目を通していると”文字化けしたのかな?”と首をかしげるような言葉が出てきて、これがラトビア語か!と感動していました。

 ラトビア語に遭遇するのは初めてですが、キリル文字ではなくローマ文字を使っています。ローマ字を使っているのでウムシュタウトなどの癖を把握すれば読むには読めても、意味はまったくわかりません。なるほどロシア人が独自の詩をつけるのもうなずけます。


 午後、エアメールを出しに郵便局に行ったらイラン人の婿さんがいました。家族に手紙を送りに来ていました。
 封筒のあて先がペルシア語、つまりあのミミズがのたくったようなアラビア文字で書かれていました。
 ヨルダンに友人がいたこともあって、アラビア語を少しかじったことがあったり、パキスタンではアラビア文字を使ったウルドゥー語に遭遇しているので、ペルシア語の文字も読めなくはないのですが、手書きですらすらと書かれたものは見当が付きません。

 これで届くんだろうか?郵便局員が言うには「あて先の国の名前さえローマ字でわかるように書いてくれたら後は行った先の国の問題です。」そういえば、昨日届いたロシアからの年賀状もJAPAN以外は日本語でした。「配るほうからすれば、日本語で書いてもらったほうがありがたいですけどね。」と言っていました。

 ”わけのわからない文字に翻弄されて大変な仕事だね”と言いつつ、私が手にしていたエアメールは”To Russia”以外はあて先をキリル文字で書いた封筒でした。 1月13日の日記で紹介した”百万本のバラ”の原曲だったラトビア語の歌詞の”マーラが与えた人生”について、ラトビア方面に詳しい大学の後輩に情報協力をお願いしたら、なんとラトヴィア大学の図書館から元の歌詞が送られてきました。
 ヨーロッパの図書館の司書さんたちは、どこにどんな資料があるか把握しているプロなので、この程度のことは朝飯前でしょうが、こんな異国の、どこの馬の骨ともわからない者のために動いてくれるとは驚きです。感激するやら恐縮するやら、もっともっとロシアやその関わりについて勉強して、もっともっと理解してもらえるよう努めなければならないと身が引き締まる思いでした。
 こんなことやっててどれだけ世の役に立っているのかわかりませんが、ありがたいものだと感謝しています。

 

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ミソ

2006年01月16日 | 日記・エッセイ・コラム

 ウラジオストクの友人から年賀状???が来ました。12月27日に出したようなので、2週間少々で届きました。
 いつも3月のお彼岸のころや2月の節分のころに届くので、今回は随分スムーズで早かったなぁと感心しています。郵便事情が良くなったのだろうか?

 昔のウラジオストク開拓時代の写真の絵葉書が入っていました。


 ホリエモンのライブドア社に証券取引法違反で捜査が入った模様です。テレビでは”風説の流布”の罪が問われると言うようなことを言っていました。

 ”風雪の流布”で気象庁にも一太刀浴びせてやりたくなる、毎日続く雪との格闘。

 自衛隊が災害出動してくれているので、どんな機材使っているのか見に行きたいけれど行ってる間がありません。

 トラックで行商している商店のオヤジさんが「ご苦労さんだね!」と缶コーヒーと味噌を差し入れてくれました。
 缶コーヒーはわかるのだけれど、何で味噌なんだろう?しかも北海道物。

 「味噌なんてのはおめぇ、何年も寝かして熟成させたほうがいい味になるんだぃ!」 また変なのがでてきた!
 正味期限を2005年10月8日と解釈すべきなのか?ロシア式に2008年5月10日と解釈すべきなのか?細かいことは抜きにして食って死ぬようなことはないでしょう。

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マーラが与えた人生

2006年01月13日 | 日記・エッセイ・コラム

 昨夜の深夜、何気にBSを見ていたらバルト三国のラトビアの首都リガの光景を放送していました。
 きゅうりやキャベツの酢漬けが市場で売られていて、その酢漬けの汁をジュースとして販売していました。
 実はこれ、ウラジオストクで体験しました。家できゅうりの酢漬けやキャベツの酢漬けの漬物を作り、さらにその漬物の汁を飲まされる。ただでさえ酢の物は苦手なのですが、これを向こうの家庭は大喜びで飲んでいました。

 ラトビアの文化大臣のライモンド・パウルスがでてきたのには驚きました。”百万本のバラ”の作曲者です。元々はレオン・プリディエスが作ったラトビア語の歌詞でアイヤ・ククレという歌手が世に出しました。
 ところが、ラトビア語の歌詞なのでロシア人には言葉の意味がわからない。そこでアンドレイ・ヴォズネンスキーと言う作詞家が放浪の画家ニコ・ピロスマニをモチーフにロシア語の歌詞をつけて大ヒットしました。

 

 テレビではその前のラトビア語の詩で歌った歌が流されていましたが、”百万本のバラ”とはまったく中身の違う歌詞です。
 しかもこれがまた素晴らしく心にしみる歌詞でした。原曲は”マーラが与えた人生”背景にはソビエトに組み込まれたラトビアへの思いがあります。

 「マーラが与えた人生」

 子供のころ泣かされると
 母に寄り添って
 なぐさめてもらった
 そんなとき母は笑みを浮かべてささやいた
 「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」

 時が経って、もう母はいない
 今は一人で生きなくてはならない
 母を思いだして寂しさに駆られると
 同じ事を一人つぶやく私がいる
 「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」

 そんなことすっかり忘れていたけど
 ある日突然驚いた
 今度は私の娘が
 笑みを浮かべて口ずさんでいる
 「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」

 小国ラトビアの首都リガは16世紀からポーランド、スウェーデン、帝政ロシア、ソビエトの近隣諸国に支配下に置かれながら生き延びてきた歴史を持ちます。

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