のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

イメージの詩

2009年08月31日 | 日記・エッセイ・コラム

 民主党の大勝、ほどなく政権交代。
 この歴史的な日に、選挙に関係なく仲間と一杯やった知人は、調子こんでタバスコをビン一本飲み干し、泥酔して帰宅後に家で嘔吐。真っ赤なタバスコを吐き出したわけですが、「父ちゃんが血を吐いた!」と大騒動になったそうです。
 しばらくは牛乳だけ飲んで清く正しい生活を続けるようです。

 先行きの見えていた選挙よりも気になっていたのが台風の行方で、テレビを見ながら天気予報や台風情報を気にかけていましたが、いつもの台風と違って情報が少ないことが気になりました。
 幸い、風も吹かず、雨も少なく台風の影響を気にすることなく田んぼも畑も元気です。

 国会議員もだいぶ若返ったようです。新しい時代を期待しています。
 よしだたくろうの「イメージの詩」を思い出しました。

古い船には新しい水夫が
乗り込んで行くだろう
古い船をいま 動かせるのは
古い水夫じゃないだろう
なぜなら古い船も 新しい船のように
新しい海へ出る
古い水夫は知っているのサ
新しい海のこわさを

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コスプレ

2009年08月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 冬が厳しい我が家の界隈では小中学校の夏休みが終わりましたが、まだ夏休みの宿題が終わっていない子供達もいます。知人宅を訪ねたら、小学生6年生のの息子が夏休みにやるはずだった漢字の書き取りをやっていました。

 漢字の書き取りなんかパソコンでやれば早いぞ。コピーしてペーストすればすぐ終わる。とからかうと「そんなことしたらおぼえられないじゃないか!」とふくれていました。

 まだ作文が残っているようで、夏休みに遊びほうけたツケに追われているようです。

 この年代は43年ぶりに行われた全国学力テストを受けた年代ですが、彼は平均点を上げたのでしょうか?下げたのでしょうか?

Ts3g0030a コスプレ団体のイベントがあり、興味本位で見たものの、自分の作り上げたキャラクターになりきっている彼女らを見て、世界が違う。まったく違う人類だ。近づきがたいものがありました。

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書道?

2009年08月27日 | 日記・エッセイ・コラム

 県内在住のパキスタン人知人。教育パパで、剣道を通じて子供達に武士道を学ばせているそうですが、自分でも日本の精神を会得しようと書道を勉強しているようです。
 パキスタンはアラビア文字を使っていますが、抑揚のつけかたなど漢字でも応用できるようで、結構見栄えの良い字を書きます。悪筆の私よりもはるかにまともな字を書きます。
 「日本は文字一つにも心があるでしょ。これが素晴らしい!だから僕も書道を通じて心を勉強しています。」と熱心です。アリさんだから「有山」と言う名を使って書を学んでいるそうです。

 子供達の名前は奥さんのお父さんがつけたので日本の名前ですが、書道を続けてきたら、子供達の名前に用いた漢字の意味が良くわかるようになり、「義父さんの気持も理解できるようになりました。」と語っていました。

 9月はラマダン月。イスラム教の彼には断食の一ヶ月ですが、神様も時々余所見をするようです。

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2学期

2009年08月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 朝起きると肌寒さを感じる気候になってきました。
 小中学生の新学期が始まったので通学路に立っていると、大きな荷物を抱えた小学生達が目に付きました。夏休みの宿題の工作です。大きすぎて軽トラで運んでもらった子供もいるようです。

 知り合いの息子さんにあったので、どんな物を作ったのか聞いたら、近くの雑木林を調べてクワガタムシのいる木を記した地図を作ったそうです。

 海水浴に行ってきた子供の絵を見せてもらって感じたのは、女性が普通にビキニの水着を着ていて、私の時代ならそりゃもうにやけたものですが、当たり前で何のいやらしさもない。「時代が変わったんだんだなぁ。」

 夜、ウラジオストクの友人から「韓国の人工衛星打ち上げ失敗したみたいですね。ロシアの古い技術を使ったんですから当然です。」とメールが来ました。
 テレビでその関連のニュースを見たら、軌道よりも遠い地点で衛星の切り離しをしてしまったようです。
 ロシアだって最新の技術を出すはずはないので、使い古された技術なんでしょうが、それにしても実績のある国の技術を使っても失敗するとは。

 幸か不幸か、自然に恵まれた我が家の界隈。面白い視点で観察しているなと呆れる、ボケ~とした村の子供達がとんでもない新技術を発見するかもしれない?と期待しています。

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熊の親切

2009年08月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 今年はトウモロコシを100本ばかり植えましたが、忙しい私に成り代わって収穫はクマがやってくれました。毎年、サルやタヌキに取られるのは覚悟していますし、今年はその分を数に入れても自分たちが食べる分を念頭に作付けしたのに、サルやタヌキにやられないように森の熊さんが気を利かせてくれたようです。本当にありがたい限りで、一本も食べられなかったのは今年が初めてです。プルトニウム入りのトウモロコシ食べさせて絶滅させたる!と腹立っています。

 ロシアの民話に熊の親切というのがあります。ウサギの顔に蚊が止まったので、親切な熊は蚊を打ち落とそうとウサギの頬を叩いたら、ウサギは軽く吹っ飛んで死んでしまったという話です。「小さな親切大きなお世話」を「熊の親切」медвежья услугаというわけです。

 このところイノシシが姿を見せなくなったら熊が勢力を盛り返してきたようで、クマサルイノシシ農民は、日露中朝のせめぎあいのような仁義なき抗争を繰り広げています。

 ルールを持たない者が強いのが争いごとの基本。非核三原則に縛られた農民はいいように弄ばれています。日米安保条約に基づいて役場に何とかしてくれと鳴きついても、バナナを入れた檻を仕掛けるのが精一杯。

 そこに、「バナナなんぞよりおらがの米が一番うめえから、これならクマが入ってくれるべぇ。」と、婆さんが檻の中に自前の米を入れに入ったら檻の扉がしまって出られなくなったり、政権交代に関係なく知恵比べは続いています。

 「そんなところに自動車停めたら泥棒にステレオを盗まれるぞ!」 「ステレオをとられないように見ててくれ。」

 戻ってみるとステレオはあるが自動車はない。「自動車は?」「俺はステレオが盗まれないようにに見ていただけさ・・・」

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2009年08月23日 | 日記・エッセイ・コラム

 スーパーの駐車場の近くで演説大好きなあの政党が選挙演説を行っていました。候補者が演説しているわけではなく、党員のおじさんがプロパガンダを読み上げているだけ。

 不在者投票も済ませたし、関係ないと自動車に乗り込んだら、パンフレットを持った30代の女性がこちらに向かって走ってきました。そのまま発進するのも危険ですから窓を開けてパンフレットをもらい「ご苦労さん」と声をかけて顔を見たら、知り合いのナースさんでした。普段着だと気がつかないものです。 

 「絶対投票に行ってくださいね。」と言われ、既に投票を済ませていたものの、「わかりました。」と愛想よく微笑んでスーパーを後にしました。

 あの政党が政権をとることはないでしょうが、「庶民」を旗印にしながら高みから物を言うからなのか、候補者、支援者の顔が見えないのが距離を遠くしている思いがします。

 「顔」について考えると、今回はたぶん民主党が政権をとることになるでしょうが、鳩山さんはじめあの政党の人たちは顔の表情が乏しいのが不気味です。何を考えているのかわからない?

 国外の人たちにとって、日本人の顔は能面のように表情がない「恐い」顔に見えるようで、最近は政治家にも表情豊かな人が増えたなと思っていましたが、逆戻りしそう。

 国内問題など勤勉で努力を怠らない日本国民がいる限り、政権がどうなろうが何とか良い方向にもっていけるので心配はしていませんが、問題は外交。チョイ悪オヤジどころか、本物の悪オヤジが手招きするしたたかな諸外国を相手に、法や社会の庇護の下での子供のような発想しかない人たちがどう立ち回れるのだろうか?

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モナム~ル

2009年08月22日 | 日記・エッセイ・コラム

 古いカセットテープを引っ張り出して聴いていたら、笑福亭鶴光の「イザベル~関西篇」が入っていました。
 深夜放送のラジオから録音したもので、チューナーの制度が低かったこともありますが、ソビエトのラジオ放送の音が雑音のようにまとわりついた録音になっていました。

 当時はロシア語なんか分からなかったので、何を言っているのか迷惑な雑音放送だと腹立っていましたが、ブレジネフがシベリア方面を訪問するようなことをアナウンサーが喋っていたので、1982年以前に録音したものでしょう。

 10代の頃はラジオの深夜放送を聞きながら勉強するのが毎日でしたが、ソビエトの極東放送には本当に腹立っていました。強力な出力で、日本のラジオ局に近い周波帯で日本向けプロパガンダ放送を流し続けていました。
 救いは時々心地よい音楽を流すので、そんな時は少しラジオのダイヤルを回して極東放送の音楽を聴きましたが、今にすれば懐かしい思い出です。

 「イザベル」はシャンソン歌手のシャルル・アズナブールの歌ですが、アズナブールの家族は帝政ロシア崩壊の時代にフランスに逃げてきたアルメニア系だそうです。

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記事

2009年08月21日 | 日記・エッセイ・コラム

 友人のウクライナ人陶芸家が20日の上毛新聞に出ていました。
 夕方、彼女の工房に行って話を聞いたら取材に来たのは5月末ごろで、今頃記事になって出たようです。文化部の仕事ですからすぐに記事にはならないのでしょう。

090820  7月頃から体調を崩して9月にはウクライナに帰る予定になっているので、日本にいる間に記事になっただけでも良かった。
 工房は標高1000m付近なのですっかり秋の様相、萩の花が咲き、ススキの穂が出ていました。

 キエフまでの飛行機についての話題になりましたが、日本から一番おすすめはウィーン経由。その日のうちに乗り継ぎできるのが利点。
 安く帰りたいからイスタンブールかフィンランド経由で帰るという話でしたが、アエロフロートでモスクワ経由については、不便、時間があやふや、危険とすこぶる評判が悪い。

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金大中

2009年08月20日 | 日記・エッセイ・コラム

 世界陸上の女子棒高跳びで圧倒的な力を誇るロシアのイシンバエワが、3回のジャンプ全て失敗してまさかの記録なし。勝負の世界ですからこういうこともなければ面白くありません。
 フィギュア女王と呼ばれながらついにオリンピックの金メダルを手にできなかったイリーナ・スルツカヤは勝っても負けても「これも人生」が座右の銘。

 韓国の元大統領、金大中氏が亡くなりました。
 昭和48年に金大中誘拐事件があり、毎日事件の経緯が報道されていたことをおぼえています。
 当時は南朝鮮のゲリラくらいにしか思っていなかったので、まさか後に韓国大統領になり、ノーベル平和賞までもらうとは思っていませんでした。

 全羅南道出身の知人が言うには、韓国国内でも冷遇されているこの地域の人たちにとって、全羅道を背景に出馬した金大中氏が大統領になった意味は大きいそうです。かつての百済ですね。

 朴政権の時代、父が韓国旅行に行き夜11時過ぎは外に出られない戒厳令がしかれ、「こりゃぁ、また南北朝鮮戦争が起きるのでは?」と気にしながら過ごしてきたと言っていました。
 当時は北の背後にソビエト・中国と言う赤いバックがついていましたから、ここから東西全面戦争なんてしなりをもありえなくはない時代でした。

 太陽政策、南北融和で緊張をといたかのように見えた金大中政権でしたが、右手で握手して左手で拳銃突きつけあっているのはどこの国家間でも同じこと。

 韓国の政権が末期になり、人気が衰えてくると日本叩きをして目線を変えるのが常套手段でしたが、金大中時代はわりとそれが穏やかだった気もします。
 自分の国に拉致されて海に放り込まれるところを、日本に自衛隊のヘリが追走していたために命拾いしたのですから、迂闊に日本叩きなどできるはずもありません。

 隣国と仲がよくなくても当然で、それ故に国境があるわけです。

 この春元大統領が自殺(暗殺説もある)したばかりの韓国ですが、今回のほうが庶民の衝撃は大きいのでは?

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成人

2009年08月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 衆議院選挙の投票所入場券が送られてきました。30日は投票に行けそうもないので、早々に不在者投票をしてこようと思っています。

 そういえば、成人と言えば20歳でしたが「18歳で成人」が検討されているようで、酒やタバコや選挙権ばかりに目が行きがちですが、「責任」も同様に持たせることになります。精神的な自立も大きな問題だと思います。

 以前、USAでスーパーに行って洗剤を買ったとき、「混ぜるな危険」の商品でしたが、「子供には危険性を説明してください」と言う主旨が書かれていました。日本なら「お子様の手の届かないところに」ですが、「危険性を説明しろ!と自己責任を押し付けるような書き方はしないでしょう。

 でも訴訟大国USA。目線を変えれば責任を曖昧にした言い回しより、危険を説明して自分の責任、と明確にするほうが良いのかもしれませんし、なまぬるい寄り合いではない厳しさも感じられます。

 自己主張と我が強いことを取り違えた人が多いだけに、将来的に日本もわけのわからない訴訟が増えることでしょうが、自分で自分の首を絞めることになるやも知れません。

 日本国憲法には「納税」「教育」「勤労」の義務しかないのですが、厳しいい方をすれば、すねかじりで納税もせず引きこもって学校にも行かず、仕事もしていないような奴まで同じ「国民」と言うのも理不尽な気がします。

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2009年08月15日 | 日記・エッセイ・コラム

090815  夏の暑い最中にお盆と言うのは少々違和感を覚えるのは、私が小学校の頃のお盆は8月末で、朝起きて布団から出る時に「寒いな」と感じる季節に入る頃でした。外で鳴く虫の声もヒグラシゼミかコオロギなど寂しい鳴き声に変わる季節でした。

 お盆の間は殺生を禁止されていたので、お墓で藪蚊が飛んでいても、追い払うだけで殺してはいけないと言われていました。
 むかえ盆には提灯を持ってお墓に行き、帰る道すがら蝋燭の炎が提灯に燃え移り、篠の棒の先っちょに、提灯の針金だけがぶら下がった常態で帰ってくるのが幼少期のお盆の定番。

 夏休みが8月20頃まででしたが、お盆の最中は半日で授業が終わり、家に戻るとナスやキュウリで仏様が乗ってくる乗り物を作ったりしましたが、ナスはウシで、キュウリが馬だった気がします。私的にはナスがゾウに思えてなりませんでした。

 8月半ばのお盆を我が家の界隈では「新潟お盆」と呼んでいましたが、どこでどう変わるのか?何年か年月を経て、少しずつお盆が早くなり、今では新潟お盆と同じ時期にお盆のイベントを行っています。

 夏休みがなくなってみると、「お盆」の持つ意味より、お出かけシーズンの様相が濃くなりました。観光地でも仏様ほっとけのかき入れシーズン。ガツガツあわただしいお盆というのが近年の風潮。

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ほろ苦い思い出???

2009年08月14日 | 日記・エッセイ・コラム

 夜、お盆で里帰りしてきた同級生を囲んでお馴染みのメンバーが集まって一杯やりました。誰が何をしているなど、情報が飛び交いました。

 宴もたけなわになり、消防団長がズボンを脱いで尻に孔雀の羽をはさんで踊りだした頃、私は30年以上会っていない女性の同級生の話題になり、福島に嫁いでいることや、苦労したのかしわだらけになって、昔の面影がないなんて話題になりました。
 「電話かけてみるよ。」と女性の同級生が福島県へ電話をしたら当人が出て、誰と誰が集まっているなんてにぎわしました。

 消防団長にすれば福島の同級生は忘れえぬ人ばかりか、一頃結婚するしないの仲だったそうです。私は赤貧洗う貧乏学生だった頃です。
 当初は照れて電話に出ることをためらっていましたが、皆に促されてズボンをはいてなをもズボンの尻から孔雀の羽を出しながら「元気でやってるの?」と電話に出た途端、急に世界が変わってしまって他の人が入り込む隙がない。延々電話で話し続けていました。

 尻から孔雀の羽を出したまま、帰りの車の中で「お互い違う人生を選んでしまったけど、これでよかったんだよなぁ。」とすっかり自分の世界にうっとりしていて、「おめえなあ、柔道なんていくら強くなったって、いい恋愛ができなければ意味がないってことに気がついたか?」と余計なアドバイスまでしてくれました。
 甘い思いでもほろ苦い思い出もかなぐり捨て、そのころ夢中になっていた柔道の後遺症でこの歳になってあちこち痛み出して苦しんでいるのに、失恋の後遺症は甘い思い出だけで痛みがないのかね?

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拝啓天皇陛下様

2009年08月13日 | 日記・エッセイ・コラム

 例年のことですがこの次期になると戦争に関するテレビ番組が多くなります。今年はやけにNHKが力を入れているなと思っていましたが、いつのまにかノリピーの覚せい剤事件が戦争報道を上回り、さらに東海方面の地震で、2週間ちょっと後の衆議院選挙など忘れられているような雰囲気。

 新盆の挨拶で知人宅に顔を出したらナンタラ政党の支援者申込書のような書類があり、署名しているところでした。
 「今回はここを指示するの?」と聞くと、「そうではないけど、頼まれたらなんでも受け入れてやるんさ。今回の選挙じゃ3件目だ。断るよりも喜ばれたほうがいいじゃないか。」
 人の良い人徳者ですが、流れに逆らわない八方美人のような一面とか、したたかさもある人物。思想信条などに振り回されません。

 やがてく馬割れるナンタラ政党の葉書の支援者の欄や、カンタラ候補の推薦者の欄に名前が載るのでしょうが、よほど興味を持っている人でもなければ「こっちにも名前が出ているぞ?」なんて気にも留めないでしょう。
 政権交代が取りざたされて注目されるべき選挙のはずですが・・・

 話は戦争に戻って。太平洋を経験した人たちが少なくなるにつれて「悲惨」「無残」ばかりが取りざたされる傾向が強くなる思いがします。戦争を皮肉をこめた「笑い」で語れたのは実際にその現場を体験した人たちの特権だったのかもしれません。
 今の時代ならこんな映画作れないでしょう「拝啓天皇陛下様」。 渥美清演じる山ショウが大好きでした。戦争が終わると食い扶持がなくなるからと、カタカナしか書けない山ショウが天皇陛下に「もう少し戦争続けてくれ」と手紙を書く シーン。

 復員してきた山ショウ。このあと汲み取り屋になるのでした。

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雑談

2009年08月12日 | 日記・エッセイ・コラム

 お盆シーズンの始まりの静岡の地震で東名高速道路が一部壊れ、復旧作業が急がれています。やっぱ、第2東名が必要だなと、こういう事態になると「無駄ではない」思いもします。
 無駄なのは途中で権力者たちに中間搾取されるお金なんですが、袖の下裏金大国の中国ではこういう犯罪には死刑が適用されることがあります。日本も贈収賄に「死刑制度」を???

 私の周りでも出現した新型インフルエンザ、地元の新聞を見たら、幼児から中高生に流行っていると出ていました。
 私の周辺では女子高の吹奏楽部でインフルエンザが流行りだし、今月はじめのお祭りで吹奏楽部の生徒達と接した生徒達がインフルエンザにかかった例が多いと伺っています。

 下の弟一家が来たので新型インフルエンザの話になりました。幼稚園児の甥と姪がいますが、幸い夏休みで他の子供達と接する機会が少ないので、「この休み中に流行が去ってくれれば」。

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流行がやってきた?

2009年08月11日 | 日記・エッセイ・コラム

 明け方、東海方面で震度6クラスの大きな地震があったようで、朝のニュースはその様子を伝えていました。
 こちらも揺れたようですが熟睡していたので全然気がつきませんでした。

 台風と地震でとんでもない事態なったものだと思いつつも、まだ自民党政権なので、万が一の際の自衛隊の災害出動など躊躇なくできるだろうなと妙な安堵感もありました。

 ニュースを見ていて物騒だったのは、これが予測されている東海地震ではないということで、裏返せば、こんな物ではないレベルの地震がまだ控えているということです。
 新潟の地震の前に浅間山の噴火がありましたが、東海地震の前には富士山でも噴火するのだろうか?

 午後、ウラジオストクの友人から電話があり、浜松に住んでいる友達に電話が通じないと言うので、こちらからかけてみると「電源が入っていないか、電波の届かないところにいる」のメッセージ。夕方再度電話をしたらつながりました。バッテリーが弱くなってすぐ電圧が下がってしまうようです。

 知り合いの高校生が野生動物や高山植物の研究をしていて、尾瀬を中心に山に行って調査をしています。
 テンやフクロウなど我が家の界隈に出現する動物のことを教えたら興味津々で、人の生活圏に野生動物が戻っているのか、山奥が騒がしいから人里に出てくるのか?などと興味深い話題で盛り上がりました。

 先週は体調が悪くて調査に出られなかったと言っていたので、布団蹴飛ばして寝冷えしたんだろう!と笑いましたが、夕方彼女の父親から電話があり、「うちの娘が新型インフルエンザにかかっていたって、さっき病院から連絡があったんだ。」「やたら元気だったじゃない。死んじゃったの?」「簡単に治ってごらんの通り元気なんだけど・・・治ってから言われてもなぁ。」と娘さんが会った人たちに気をつけるよう連絡を取っているそうです。
 新型インフルエンザ?遠い昔に世界を騒がした記憶がありますが、ピンときません。

 そんなわけで、もし新型インフルエンザに感染していたら細々報告いたします。

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