のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

雑談

2019年02月18日 | 日記・エッセイ・コラム

 晴れていましたが、風が南風になったり北風になったりで、木を伐倒するのに大わらわでした。

 汗まみれになってちょっと休むと体が冷えるので、できるだけのんべんだらりと負荷をかけず休まないように作業しました。

 世間一般ではインフルエンザの流行は落ち着きを見せ、これからはハシカが流行するみたいですが、ハシカはとっくに済ませちまっているし、それより周回遅れでやってくるインフルエンザの方が怖い山村。

 流行に先駆けて先月インフルエンザになった70代のおじさんが言うには「熱が出て幻覚が見えた。」とかで、日頃酒を飲みすぎると幻覚を見る人なので、そりゃぁ気持ちよかったでしょう。と問うと、「酒の幻覚とは全く違う。ありゃぁきつかった。」と申してました。

 風邪とインフルエンザは別物ですが、風邪が呼び込むものなので要警戒。風邪と共に去りぬの年寄りも出ているのでホント気をつけよう。

 4月から施行される「特定技能」に関する入管法の改正で、イランとトルコが除外されるみたいです。日本にとっては人畜無害な国だと思うのですが、なぜそこにニーハオが入っているのだろうか?最近は刑務所に占めるベトナム人が多くなっている。明らかにUSAに配慮した判断だと思いますが、いかがなもんかな?

 技術を学びに来たベトナム人が除染作業に使われていたなんてことが問題になっているようですし、安易に外国人労働者を入れると国の名を汚すことにもなりかねない。

 入管法改正で怪しいブローカーが商売できなくなるのなら意味があるけれど、労働環境の悪化を招くなら「鎖国」の方がこの国の体質に合っているようにも思える。

 でも、常時仕事を出してくれるなら、山仕事に外国人を使ってもいいかな?

 森作りにもそれぞれの樹木の物語があるので、ただ人手を入れればいいというわけではないのですが、クオリティーは下がるでしょうね。

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久々の休みでした

2019年02月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春ぞ忘るな

 朝、一時東からの風が吹いていたので、お!珍しいなと思っていたらほどなく北風になって雪が舞いました。

 河原に行ったら鴨が6羽水辺にいました。鳥猟はもう終わったのであとはいつ北に帰るかなんでしょうが、この冬の奇妙な気象状態を考えると、案外例年より遅いんじゃなかろうか?

 お寺の会議があったので仕事を休んで午前中はお寺に行ってました。今年は能登の総持寺を横浜に移転させた石川禅師没後100年忌だそうで、その法事の焼香師として住職が総持寺に行くことになりそうで、11月に檀家衆もバスをチャーターして一泊二日で総持寺に泊まるツアーに行くことになりそうです。思い切り先の話ですが、旅行に行ければ久々に布団で寝られそうです。

 昨年はたまたま6月19日の桜桃忌にお江戸に行く用事があったので太宰治の墓参をしてきましたが、今年は「二十歳の原点」の高野悦子没後50年。6月24日は月曜なので前日に西那須野に墓参に行ってこようかと目論んでいます。高野悦子も生きていれば70歳。学生運動崩れの口うるさい婆さんになっていたかもしれないと想像すると、あれもまた人生。

 岡田奈々さんと言ってもAKBではなくて元祖の方ですが、33年ぶりに新曲を出すそうで、DVDボックスが1万7千円するのだとか。

 いまだに中村雅俊が自分のライバルだと思っている2年先輩が「絶対買う!でも、どこで売ってるんだ?」と力が入ってます。やはり、おぢさん狙いの販売テクニックなんでしょうね。若い人ならこんな高額なお金を出せそうにない。

 我々世代の人生を大きく狂わせた「俺たちの旅」で中村雅俊の妹役で出ていたのが印象的で、この世のこんなきれいな人がいるもんだべか?とあこがれたもんでしたが、歌と言われても「青春の坂道」しか思い出せない。

 とにかく衝撃的な歌唱力でした。あの時代は風吹ジュンだとか浅田美代子だとか、絶妙に音程を外して歌える歌手が多かったけれど、今のAKBよりは聞き取りやすかった。

 カラオケの普及で一見歌がうまくなっているように思えるけど、一本調子の歌唱力で声が単なる楽器になっているような歌手が多い中、あの音程の不確かさと実妙に揺れる抑揚は貴重かもしれない。

 音痴に歌うってのは意外と難しいもので、音の外し方も個人によって規則性があるもんです。そしてなぜか最初と最後はリズムも合致する。この辺の巨頭になると音程は不確かでも聞いていて不快感がない。大場久美子で時代は終わったのかな?

 歌唱力はともかく、DVD買ったら見せてもらおう。

 そんな衝撃的なニュースが駆け巡る中、インドでは開通したばかりの高速鉄道が牛をはねる事故が起きたようです。

 インドでは牛と言えば神様も同じ。吉野家もすき家も商売できない国ですが、牛はその後どうなったんだろう?ニーハオだったら近隣住民が持ち帰って食っちまうことでしょうが、インドだからねぇ。

 牛丼食いてぇ。

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私利滅裂かもよ

2019年02月16日 | 日記・エッセイ・コラム

 トランプさんをノーベル平和賞候補にと安倍首相が推薦?金ちゃんとの会談を評価?

 動物園のクマの檻の中に入った人の勇気を称賛するかの如く奇妙な評価ですが、そのクマは人食いグマで本来なら猟師に射殺されているのが常道。クマの飼育員(ニ-ハオ)は称賛の対象にはならないし、勝手にクマにエサを与えいているニダも対象にはならない。

 金ちゃんは兄の正男ちゃんはじめ側近をずいぶん殺しているし、金ちゃんの名の元に殺された人民は蓮舫の仕分けで殺された人たちより多いかもしれない。金ちゃんにノーベル平和賞やるようなことになればいよいよあの財団も正気ではないことが世に露呈されることでしょうが、トランプさん暴走前に首に鈴付けろってことかな?

 先週、伐採していた林の中にクマが入れそうな穴を見つけましたが、翌朝、その周辺の伐採に入った時に熊がはい出た足跡を発見しました。

 冬ごもり中のお住まいをぶっ潰してしまったようで、クマにしたらとんでもない災害だったでしょうが、こんな人里近くに紛れ込みやがって、テメエ、北のスパイか!というのがオジサンたちの姿勢。昔はクマのお住まいと連合赤軍のアジトは山奥と決まってましたが、近年家のすぐ後ろの藪の中や大阪のとある町にクマや連合赤軍は潜んでいる。

 私が小学校の頃は人里にクマが出た情報が駆け巡ると、通学に大人たちが同行してくれたものですが、連合赤軍事件が起きたときも鎌や鉈を手にしたオジサンたちが通学に同行してくれたのでこいつら同類ということになってます。

 金ちゃんのパパが日本人拉致し始めたころ、日本では連合赤軍のハイジャック事件などがあって「人名は地球より重い」と物理の原則を覆すような判断がまかり通ていた時代で、脅迫に屈して捕獲した犯人を野に解き放つような時代でした。その陰で拉致事件が起こっているのに目を背けていた。

 やはりそこから見直さねばまた同じことが起きるかもしれない。

 ニーハオでは伊藤忠商事の社員がスパイ容疑で拘束されているようですが、いったい何をして拘束されているのかは発表されていない。権力のあるものが「あいつはスパイ」と言えばお縄となってしまうので、それを恐れる気もわからなくはないけれど、野放しにしておくというのはいかがなもんだろうか?責任なくて楽ちゃぁ楽なんでしょうがね。

 ハリウッドならランボーが命懸けで奪還に行くのですが、日本ではな~ンの手立てもできない。

 どうも我々の中には妙な安心感があって、震災のような危機が来ると結束して自己犠牲してでも相互助け合う精神が出来上がっているけど、忘れるのも早ければ、そのために予防することには案外鈍感。いつどこで起こるかわからない天災と違って人災はほぼ計画されている。

 天秤ばかりは重たい方に傾くものですが、なんかそこんところに不可解な重力が働いている。

 まあ、私が腑に落ちたところで娑婆にとっちゃぁどうってことないんですけどね。

 越後の三俣神楽スキー場でまたバックカントリースキーヤーが行方不明になっているようです。天気は山の中に入れるような天気ではなかったはずで、こちらでは気温は暖かかったもののやや南風の湿った雪が降っていました。苗場山は雪で全く見ることができない天気でした。

 多分、あの山の中ではゲレンデを出たら方角もままならない状態だったと思います。

 歩いているならまだしも、スキーで滑ってくると分岐点などをうっかり通り越してしまうことって結構あるんです。引き返して上り返すのがセオリーで、次は天候が回復するまで雪に穴掘って待つのが常道ですが、疲れているとそれもままならなくなって「下りて行けば何とかなるだろう」とどうにもならなくなってしまうのが最悪のパターン。

 登山始めたころによく先輩に言われたことですが、「全員が死んでも自分だけ生きて戻って来い。」ってことで、「連れて行ってもらう」感覚では山に入るなってことです。

 なんか今日は考えがまとまらない。私欲が巻き起こって支離滅裂ならぬ私利滅裂状態。

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発見したこと

2019年02月15日 | 日記・エッセイ・コラム

 コンビニのカフェラテは時々利用します。

 紙コップの上にかぶせるプラスチックの蓋についている突起物。あれが何なのか?長年の疑問だった。ストローをさす場所だと思っていたが、熱いコーヒーをストローで飲むっていかがなもんだっぺ?ゴミになるだけだから蓋は付けずに買ってました。

 今日、コンビニの外でカップに蓋をしたままコーヒーを飲んでいる若者を見かけ、「馬鹿かこいつは?」と横目で見ていたら蓋したまま飲めるみたい。

 実証実験する必要があるのですぐに店に戻ってカフェラテ買ってきて試してみたら、蓋したままで飲めるじゃん!クールなホットコーヒーじゃん!

 もしかしたら村で最初にカップにふたをしたままコーヒーw飲んだおじさんになったかもしれない。とってもアーバンな雰囲気で、軽トラの運転席で蓋つきコーヒー飲みながら感慨にふけってました。

 静岡新聞に屋山太郎氏が書いたコラムで、「福島瑞穂の妹は北朝鮮で生存している。」という文が問題になったらしい。

 さもありなんといった話だが、拉致されたんだろうか?自ら亡命?

 事実ではないと騒いでいるらしいけれど、屋山太郎ほどの人物が何の根拠もなくこんな記事を書くはずがない。

 そう書かれて「やっぱりなぁ」と思われる行動言動も問題じゃなかろうか?

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飛び火

2019年02月14日 | 日記・エッセイ・コラム

 朝は雪が降っていたので「仕事になるかな?」と空模様を眺めてましたが、風がなかったので伐倒には好都合。

 昼頃には風が吹き出しそうなので、雪が降る中さっさと大仕事を片付けました。予想通り11時ごろからは北風が吹き始めましたが、今日は風神様の裏をかいてこちらの勝ち!

 多分下界は空っ風になっていると思いますが、埼玉県の春日部市でプラスチック工場の大火災。消火活動は難航したと思います。

 昨年の春に村であった建物火災の時も強い風が吹いていて、500m離れた畑の枯れ草に飛んできた火の粉が引火するなど「思わぬ飛び火」を体験しました。火事場は現役の消防団に任せ、我々おじさんたちは軽トラの荷台にバケツに入れた水と如雨露をもって風下を巡回しました。

 飛び火は大丈夫だったかな?

 東海道新幹線にハシカに感染した40代女性が乗った。これがニュースになるご時世になったのか!

 ハシカ、オタフク、水ぼうそう。私なんか学校に上がる前にしっかりかかっていてので、これって子供の頃に患っておく「義務」のような感染症だったはずですが、時代は変わった。

 失恋で絶望のズンドコに陥っている中学生に「失恋なんてハシカのようなものさ。経験して強くなる。」なんて言えない時代になったってことでしょうか?それどころか失恋した40代女性が新幹線に乗ったとニュースになるのだろうか?

 通常ハシカは一度患うと免疫ができて二度目はなくなるものなので、失恋はインフルエンザに近いのかな?この冬の流行はH3N1型の失恋とか、H1N1型失恋を抑えるワクチンとか、失恋特効薬のタミフルを服用すると奇妙な行動をとるようになる。なるほど!やっぱインフルエンザだな。

 ハシカをワクチン投与で回避しようとするようになったのは私たちのずっと後の世代ですが、1977年生まれから90年生まれまではハシカのワクチンの投与が行きわたっていなかったか何かで、感染する可能性が高いと言われてます。

 風疹のときもそんな不備があったっけかな。

 ニダの国は牛さんの口蹄疫が大流行しているみたいです。これは人間には感染しませんが、民主党政権の時に宮崎で大騒動になったことがあります。

 あんときはあれだ、農水大臣が赤松とかいう松枯れ病みたいなやつで、口蹄疫問題が出たときにハワイかどっかに行ってたんだ。その前に「口蹄疫じゃないか?」と騒がれ始めたときに民主党議員がとことん無視して手を打たず、事態が明確になった時は国会お休みで外遊で遊びまわって、九州は獣医師が不足していたし、まさに悪夢だったんだ。

 あの口蹄疫もニダから入ってきたと言われていました。

 家畜改良増殖法などで家畜の移動には厳しい規制がある日本と違って、衛生観念も法の概念も異なる連中なんですからまたパンデミックになりまっせ。

 学者さんを営んでいる後輩がノルウェーのアカデミーの会合に行って来たら、百田尚樹氏がノーベル文学賞の候補に挙がっているという話を聞いて来たそうです。

 「永遠のゼロ」「カエルの楽園」「フォルトナの瞳」などの小説が評価されているようです。が、「今こそ韓国に謝ろう」の日本的な嫌みの感覚がガイジンさんにはわからなかったのか?翻訳家の能力の問題だったのか?「なんであんな本を出すのだ?謝る必要なんてないじゃないか?」と言われたそうです。

 平成の初めに「ほめ殺し」なんて言葉が流行りましたが、こうした皮肉った言い方はストレートにものをいう人たちにはわかりにくいのかな?

 毎年秋の恒例行事の村上春樹より、案外百田尚樹のほうが賞を取る可能性があるかもしれない。

 おちゃらけたふざけた人間ですが、何者かが憑依したような小説を書くので読んでいても面白いです。浅田次郎なんかも何かが憑りついたような小説を書きますね。ミューズの神だろうか?

 どっちも髪はないけど。

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顔つきがねぇ

2019年02月13日 | 日記・エッセイ・コラム

 夕方の気温-5℃。

 寒かったで家に戻るなりストーブで背中を温めていたら一時間ほどうたた寝してしまいました。

 半月の左側にオリオンが良く見える放射冷却日和。

 水泳の池江選手が白血病になったとかで、オリンピックの担当大臣が「がっかり」と言ったことに対して国会では大臣の資質がないと騒いだようですが、「残念」や「びっくり」だったらどうなんだろう?何を発言しても揚げ足取りになるような気もするのですが、「がっかり」はうかつな言い方だったかもしれません。その前に質疑に立つ議員にそれを突っ込む資格があるのか?またブーメランが突き刺さらないよう要注意。

 それに比べて「悪夢の民主党政権」は計算された発言だったのでしょう。何より事実でしたし。

 高速道路無料どこか、休日の1000円乗り放題もなくなってしまったし、通勤時間帯の半額もなくなってしまった。まさに政策のブーメランでしたが、民主党政権下の時は個人的には一度も高速道路を使わない3年ちょっとでした。

 そういえば、すべての陳情は小沢さんを通さないと受け付けないなんてこともやってましたな。おかげで地方行政は凍り付いた。

 沖縄の基地問題だって火をつけたのは鳩ポッポでしたし、ニーハオが尖閣諸島の周りを我が物顔で往来するようになったのもこいつらの時だった。いまだに尾を引く悪夢になっている。

 蓮舫の仕分けで起きた水害で家族を失った人たちなど悪夢以外の何物でもないと思うけど。

 今まさに悪夢の真っただ中を爆走しているのは隣国のニダ半島で、文ちゃんの数年後は恒例の死刑になっているか、金ちゃん統治下で粛清されているかで、いづれにせよ死んじまったら悪夢も終了ですな。人民どうなろうが知ったこっちゃない。

 文ちゃんと言えば天皇は戦犯の子発言の議長も文ちゃんなんですな。「がっかり」よりももっと巨大な湿原ですが、開き直ってます。これも一つの態度だと思うけど、何を言っても無駄だから粛々と事務的に報復が一番効果的なんでしょうね。

 思いついたことをすぐに口にしてしまうからこうした事態になるのでしょうが、リベラルアーツとしては論理学と修辞学の欠落ってことかな。日本のオリンピックの大臣もニダの議長も、スナックでおねえちゃんはべらせてご機嫌で演歌歌ってそうな顔つきだもんな。

 顔つきっていえば、あおり運転する犯人ってみな同じような顔している。村にも何人かに多様な顔つきがるので今後注目して観察してみよう。

 明日は2月14日。平将門が打ち首になった日なのでチョコレートでも食べようか。

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元気あるのかな?

2019年02月12日 | 日記・エッセイ・コラム

 朝から午前中はちらちら雪が舞っていましたが積もるほどは降らず、北風が吹くひたすら冷たい曇り空でした。

 白蝋病の影響なのか、五十肩なのか?右肩が重くて持ち上げるにもだるい。しかも指先が冷たく痛い。

 ”私の上に降る雪は ひどい吹雪となりました 私の上に降る雪は いとしめやかになりました” 中原中也の「生ひ立ちの歌」を思い出しながら山仕事をしてましたが、この詩って小学生の頃に「柔道一直線」に出てきた詩でした。少年キングで読んだものかテレビだったかは定かではありませんが、北海道の柔道少年が意味不明の詩をつぶやきながら出てきて、のちのミラーマンになる石田信之さんが演じてました。

 ”湿った野原の黒い土 黒い草の上を夜風は吹いて 死んだっていいよう 死んだっていいよう と うつくしい魂はなくのであった。

 同じく中原中也の「妹よ」など、今の高校生どころか私の高校生の頃だってこんな詩をつぶやきながら柔道やってる奴はいませんでしたが、当時小学生だった私は「高校生ってこんなことを言いながら柔道をするのか?」といたく感心しました。

 ンで、”幾時代かがありまして 冬は疾風吹きました”と、中原中也の詩を口にしながら丸太を運んでみると異様にきつかったので、黙って黙々と運ぶに徹しました。

 このところ、若くして自殺した歌人の江口きちとか石田マツにのめりこんでいた延長か?高野悦子の「二十歳の原点」シリーズをまた読み返し、今日は三島由紀夫の「金閣寺」を読んでいますが、三島も自殺してる。

 中原中也は病死だけど32歳くらいで死んでいる。

 なんだかまともな死に方をしない作家の作品ばかり気に入っているので、何か憑りついたかな?

 そんな私とは逆の道を行くがごとくやたらお元気なリチャード・ギアに第二子誕生だとか。リチャード・ギア69歳。80歳まで生きたとして小学校卒業までしか見られない。

 まあ、大スターですからね。亡き後に奥さんがパートで子育ての心配もないんでしょうし、保育園のことなんかも眼中にないんでしょうが、リチャード・ギアの奥さんって35歳。

 単純計算で年齢差34歳。40歳のとき6歳の女の子ですよ。これって犯罪に近いものがあるというより完全にギルティー!じゃなかろうか?

 「愛と青春の旅立ち」は放映されたのは昭和57-8年だったと思いますが、映画館に見に行ってザックの苦悩に共感し「苦労してはんな。」と感動した憶えがあります。

 ところが今やこのスケベジジイ、見境なく子どもなんか作りやがって無責任極まりない!子供の将来どうするんだよ!

 34歳差って私の年齢に換算すれば20代半ばってことでしょう。

 いいんじゃないんっすか?私、気にしないと思ふ。年取るって守備範囲が広くなってス・テ・キ!野球なら名ショートってところですかね。

 若い娘に言い寄られたらどうしよう!ホント、リチャード・ギアが困った前例作っちゃったから不安な日々を送りそう。

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紀元節って

2019年02月11日 | 日記・エッセイ・コラム

 騒がれた寒波も大したこともなく、雪もそんなに降らなかったので山の中は雪不足であることには変わりがありません。

 週末にはまた雪の可能性があるみたいですが、雪かきが必要な程度に降ってくれれば都合がよいのですが。

 建国記念日。紀元前660年ごろ神武天皇が即位した日で、当時のカレンダーでは一月一日。紀元節と呼ばれていましたが、戦後GHQとコミンテルンの暗躍で一度は消えた祝日でした。

 様々な論議があった末に「建国記念日」として復活したのは昭和41年だそうですが妙によく覚えていて、朝から祖父母が赤飯を焚いて、隣の4歳上のイサちゃんがうちに来て一緒に赤飯を食べて、「学校が休みになるからよかった!お前、毎日休みでいいよなぁ。」と話していて、ソリ乗りに連れて行ってもらいました。建国記念日=赤飯=ソリ乗りが半世紀たってもまだイメージに残っています。

 イサちゃんは我々のパイオニア的存在で、フォークソング狂いすれば我々も影響受けて、ロックを始めればまた影響受けて、高校出て写真学校に入りプロカメラマンになりましたが、また影響受けて、後にバイクですっ転がって死んでしまうのですが、ソコントコだけは影響受けずに生き延びています。

 「団塊の世代」なる言葉を生み出した堺屋太一さんが亡くなりましたが、ポスト団塊、そのあとの三無主義世代などと呼ばれ、詰め込み教育最前線の世代が我々でしたが、オイルショック以降の不景気な時代に世に押し出されるような不毛な時代、何をやってよいのかもわからない思いで満ちていました。

 ちょっと上の世代は悶々としながら楽しめることを模索していたようで、私たちはそのあとをなぞっていけばよい気楽さを感じた思いがします。

 私の村の4年上の世代は軒並み大学受験に失敗して浪人を続出させた世代で、受験の様相が変わったころだと思います。イサちゃんも受験に失敗して写真の専門学校に行ったのですが、模範囚と呼ばれた地区の区長はしっかり合格して浪人しなかったのですから、やっぱロックとフォークが人生狂わせていたんでしょう。特にビートルズが悪かった!

 って考えると、あの時代ギターかき鳴らしていた連中はみんな浪人していたぞ。のちの校長先生になって定年したカズヒコちゃんなんか、それこそ髪の毛を肩まで伸ばして泉谷しげるを歌ってましたが、今やその髪の毛もすっかりなくなってしまいました。

 若い、否、幼いなりに娑婆にあらがっていたのでしょうが、エネルギーを抑えきれなかったんでしょうね。

 戦没者の年齢を見ると18-20歳が多いけど、世情のせいばかりではなくそれもわかる気がします。まぁ、姑息なアラ還の半分じいさまたちにはできないことです。

 ってなわけで、閉店間際のスーパーで赤飯半額になっていないかなぁとのぞきにいったら、時すで遅しで何もない!

 時代に取り残され続けた人生を垣間見る思いでした。

 先月スーパーの見切り品でジンジャエールを買いました。

 もともとはスパークリングワイン、つまりシャンペンの良い子でも飲めるバージョンとして開発された飲み物みたいで、果たしてシャンペンに似た味がするのだろうか?と買ってみたのですが、ついついビール(発泡酒)で割ってシャンディガフというカクテルもどきにして飲んでます。

 昨日の夕方スーパーでタコの足が半額になっていたのでわさび醤油でおかずにしようかと買ってきたのですが、冷蔵庫にキムチの「ごはんがススム君」の白菜がほぼない状態で汁だけ残っていたので、キュウリとタコのぶつ切りを加えてタコキムチを作っておきました。

 日頃酒を飲まないので晩酌をしないし、酒のアテというのは全くよくわからないのですが、タコキムチと発泡酒とジンジャエールで晩酌の真似事なるものをしてみました。

 こんな手間暇かけてまで酒を飲みたいものだろうか?横着物には晩酌は似合わない。

 スキー場に京都から来ている学生バイトがおり、嵐山に住んでいて渡月橋まで歩いて10分ほどだと言ってました。

 あの界隈はよく死体が遺棄されており、早朝に犬を連れて散歩する人やランニングをしている人が桂川のほとりの死体を発見して沢口靖子の出番となる場所です。

 よく死体を見つけるんか?と聞いたら、そんなこと一回もないです。と言ってました。朝が苦手で早起きも嫌いみたいですが、京都情報の宝庫の科捜研の女を見ていないと言うので、よくそんなことで京都市民と言えるもんだと問題意識のないお花畑に腹が立ちましたが、バイトが終わって都に帰国したら、毎朝早起きして散歩をして桂川のほとりや神社の石段の下の死体を発見しなさいとアドバイスしておきました。

 4月から科捜研の女が始まるのでつぶやきシローに似た第一発見者が出ていたら彼です。

 もともとあの辺りは嵯峨野とか化野など、亡くなった人を風葬する場所だったので、科捜研の女でよく死体遺棄されているのも古来からの文化なのかもしれない。そこに切り込む科学のメス。やっぱ沢口靖子だねぇ。

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北海道でっかいどう

2019年02月10日 | 日記・エッセイ・コラム

 北海道からスキー場にバイトに来ている十勝娘がいます。

 ピョンチャンオリンピックの女子スケートでパシュートとマススタートで金メダルを取った高木菜那選手と高校の同級生だったのだとか、っていうより友達みたいで、高木選手と並んで金メダルを首にかけている写真を見せてもらいました。

 スッゲェー!オリンピックに出た選手は身の回りに何人もいますが、金メダルはいない。しかも金メダルを自分の首にかけたことなんかない。

 菜那選手は小柄な選手だなとオリンピック映像を見て感じてましたが、比較対象が無駄に大きいいオランダ人だったので、普通の日本女性サイズなんだろうと思ったら、150cmあるかないかで、十勝娘と比べてもかなり小柄。これで世界一になれるんだ!としみじみ感心しました。

 高木菜那選手の妹の美帆選手も金銀銅の三つのメダルを取りましたが、地元では妹の方が評判が高くて期待されているので菜那選手も随分プレッシャーを感じていたそうです。それで、金二つ。

 昨年は北見軍団の「そだね~」が日本標準語になってしまいったし、北海道って役者が多いですね。

 悪天にもかかわらずなんだか大混雑の一日で、帰宅するのに雪が積もっても1時間もあれば楽勝の道のりが、大渋滞のために2時間たっぷりかかりました。

 多少遅れればスーパーのお惣菜半額タイムにぴったりかな?と期待していましたが、遅くなりすぎて半額物はほとんど終わってました。わずか2-30分なんですけど。

 考えてみれば昨年の冬も、大雪のためにわずか2-30分地区の会議に遅れたために1年間の大役を背負わされてしまった。

 今日は何の予定もない日で良かった。

 スキー場で呉君に濃厚チーズのお菓子を食べさせました。近年見かけることがなくなったカールのようなお菓子でこってりチーズ味。

 「これは臭豆腐の味がします。」と呉君は即座に反応しました。臭豆腐はニーハオの発酵食品で豆腐を腐らせた珍味。臭いはウンコのにおいがします。日本で言うならクサヤの干物のような匂いです。

 味は、と問われるとこってりしたチーズのような味がします。

 臭豆腐が嫌いな于君は「これはだめだ!」と食べられなかった。

 チーズにもウンコのにおいがする高級チーズがあるそうですが、発酵食品の行きつく先はウンコのにおい?

 チーズと言えばお江戸のやんごとなきお家でいただいたシェーブルチーズと言うチーズが食えなかった。シェーブルってフランス語でヤギのことですが、食べてみたらヤギ特有のツーンと来る腋臭のようなにおいが鼻を衝く。

 幼少のころ小児結核で栄養のあるヤギの乳を飲まされてきた身といたしましては一発で「これヤギの乳だ!」とわかりましたが、どうにもいやいや飲まされていた記憶がよみがえってきて食べられなかった。

 アルプスの少女でハイジやペーターがヤギの乳を直接飲むシーンが出てきますが、あれは絶対やらせだ!と思ったもんです。しかも、あんなもの生で飲んだら腹を壊すに違いないと思った。

 このところのお気に入りはチーズの燻製です。

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大した寒さではなかった

2019年02月09日 | 日記・エッセイ・コラム

 この冬一番の寒波どうだったんでしょうね?

 今朝、毛の抜けたタヌキが道路の横で死んでいるのを見かけました。凍死でしょうが、タヌキじゃねぇ。

 こちらは朝の気温-5℃と決して寒くはなかったのですが、時間がたつにつれて気温が低くなり、お昼ごろには-8℃程度まで下がりました。こりゃ夕方にはえらいことになるぞ!と、期待していたら3時ごろには温かくなって、気温が+5℃。

 こちらではメディアが騒ぐほどの寒波ではなかったようです。

 この連休は旅順の于君と綏芬河の呉君が来ていますが、呉君のふるさと界隈なら氷点下40度が珍しくもない。

 町の交流事業で奄美大島の中学生がスキー教室に来ていました。町のゼッケンをつけていたのですぐにわかりましたが、やたら上手な子供たちがいるので「え?」っと思ったら地元のガキどもの皆さんでした。

 こちらの子供たちだって海に行ったらみじめなものだろうから、夏の交流会も楽しみですよ。

 豚コレラのブタを殺処分に自衛隊が協力しているようですが、携わった自衛官の精神面に配慮し心理カウンセリングなどケアをするのだそうです。

 PTSD(ポーク トンソク ストレス ディスオーダー)ってやつですかね。

 豚とはいえ、命あるものを殺処分するというのは大きな精神的負担になります。ニーハオ人にはないだろうけど、日本人には特に心的負担は大きい。

 でも、たとえ植物であろうが命を食して命を維持しているのですから、生きてきた道の途上は命を奪ってきた歴史でもあります。

 食するためではなく殺すというこの心の痛み。わからなくない。

 一昨日から今年の干支で豚骨スープとっているのですが、今年の干支を醤油で煮込んだチャーシューの煮汁で醤油ラーメンができそうです。

 しかし、冬になるとこんなものばかり作っている生活って、なんだか悲しくも思える。まっとうなものを食いたい。

 夜、知人から電話がかかってきて「タンノイって知ってるか?」

 「何?熊の胆?お湯に入れてくるくる回れば熊の胆で、そのまま沈めばブタの胆だヨ。」「そうじゃねぇよ。ステレオのスピーカーだよ。」

 解体に行った家にあったステレオをもらってきたら唯一使えるのはスピーカーだけだったそうです。「スコットランドか英国のスピーカーでボーズやJBLと並ぶ高級品だよ。」と教えたら大喜びしてました。多分、世が世なら何十万円もするものだったでしょう。

 メカオタで機械ものには興味津々だけど、音楽なんか全然興味ない人なのでそのうち飽きたらと淡い期待も持てますが、そんなに金や手間暇かけて聞くほどの音楽も最近は出会えない。

 昭和の時代にソニーのウォークマンのコマーシャルでチンパンジーがヘッドフォンつけて感慨深そうに聴いている映像がありましたが、平成も終わりになってスマホからイヤホン引っ張って何やら聴き入っている若者が増え、ダーウィンの進化論を根底から覆すような姿に見えてならない。

 時代に取り残されているのはこちらなんでしょうから愚痴ってもしょうがないけど、なんだか空虚だなぁ。

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優しい時間

2019年02月08日 | 日記・エッセイ・コラム

 昨夜、寝ていたら家の外からブタさんの鳴き声が聞こえた。

 この付近に豚さんを飼っている農家はいない。ってことは、今年の干支?そうだそうだそうに決まった!

 韓国同様関わらないに越したことはないのでそのまま寝ました。

 朝、家の周りに地下足袋のような偶蹄類の足跡が。

 豚コレラが流行したら連中も数を減らすのだろうか?それより養豚農家への悪影響の方が心配ですが、豚コレラのワクチンを打ったらその段階で日本の豚さんは検査の対象になってしまうのだとか?

 ニーハオかニダから来た伝染病なんでしょうが、これもまた困った流行りものです。

 豚さんと言えば、最近フランス物の豚肉が出回っているのを見ました。ドングリ食ってトリュフを探して、その行く末は日本の食卓。

 豚さんにも国際競争がのしかかっている。

 このところ「値上げ」のニュースが良く流れる。デフレ脱出に繋がってくれるといいのだけど、入ってくるものが増えないことには意味がない。

 スタバが主力商品の大半を値上げするのだとか。と言われてもスタバなんぞないし、片手で数えられるほどしか行ったことがない。さらに、メニューがなんだかわかんねぇ。だから、どうだっていいや。

 私がお江戸に出たころには喫茶店のチェーン店と言えば珈琲館とルノアールくらいの物でしたが、そのうちドトールという安い立ち飲みコーヒー店が文字通り怒涛の如く増え始め、スタバが出てくるのはお江戸を出た後でした。

 ルノアールや珈琲館はよく利用してました。仲間との会合や待ち合わせ、安いモーニングセットなど利用してましたし、テーブルに資料広げてレポート書きなどに利用していたこともありました。

 ドトールはあまり利用したことはなかったのですが、近年は喫煙コーナーがある東京駅の中のドトールを利用したことがあります。

 スタバに至ってはこの5年以内だとお江戸の聖心女子大付近のスタバと前橋のスタバに行っただけで、メニューがなんだかわからないし、サイズがどうのこうの言われてもついていけない。最近はコンビニコーヒーでサイズだカフェラテだとさえ緊張してしまう。

 行きつけの喫茶店はサイフォン式で、自宅ではデロンギのエスプレッソマシーン。今朝は雪も降って寒かったし、ストーブの上でやかんがお湯を沸かしていたので、たまにはコーヒー豆を手挽きしてドリップコーヒーにしてみようか!

 平原綾香の「明日」をかけて、”森の時計はゆっくり時を刻む”と「優しい時間」を過ごすことにしました。寺尾聡に大竹しのぶの幽霊に長澤まさみに、私に似ているといわれる二宮和也は麿赤児の陶芸の弟子だったな。

 窓の外に降る雪を眺めながらミルをカラカラと回してコーヒー豆挽いていたら、ネジが吹っ飛んだ。

 結局いつものごとく電動ミルで挽くことになりましたが、文明の利器って便利です。こっちの方が易しい時間かも?

 寒波到来でこの三連休は都会の方が大きな影響を受けそうですが、案外休日で通勤に支障が出なくて幸いかもしれません。大雪という予想も出ていますが、こちらの概念とは違うので雪の規模がわかりませんが、お出かけは控えめに。

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リベラルって?

2019年02月07日 | 日記・エッセイ・コラム

 朝、知り合いの大工さんのところに行ったらラジカセから吉田拓郎の歌が延々流れていました。

 ♪僕の髪が 肩まで伸びて 君とおなじに なったら 約束通り 町の教会で 結婚しようよ♪

 私はまだ小学生の頃でしたが画期的な歌だったようです。当時17-8歳だったこの大工さんはお江戸の大工の棟梁宅に住み込みで修行中で、長髪が流行っていたとは言え髪の毛が伸びたら結婚しようなんて、なんて世の中に歯むかった奴だろう!と感動したんだそうです。「俺はいつまでもこんな大工でいるわけじゃない。今に見てやがれ!」と野心はあったものの、「何やっていいかわかんねぇからとりあえず大工やりながらこの歳になっていた。」と言うことです。

 のちに時代は♪就職が決まって髪を切ってきた時に もう若くないさと君に言い訳したね♪と「いちご白書をもう一度」の世界になるのですが、吉田拓郎にすっかり魅了されちまった大工さんは「俺も髪を伸ばして社会にあらがおう!」とささやかな抵抗をするのですが、大工の棟梁が坊主頭大好きなので、月に一度はおかみさんにバリカンで頭を刈られていたそうです。

 「拓郎の歌を聴くと若い頃の煮え切らない気持ちが思い出せてなぁ。まだもう一花咲かせられるんじゃないかって野望がわいてくるんだぁ。髪の毛伸ばそうかなぁ?」って、今や眉毛のラインから上はテカテカになっているので、今から髪の毛を肩まで伸ばしたところで西遊記の沙悟浄か八墓村の落人にしか見えないので、そろそろ年齢相応に諦めを身に着けるのも術じゃねぇかと思うのだけど、♪僕の神が 首まで抜けて♪になる日も遠くない。

 歌が人生に与える影響って案外大きいんですね。

 ♪君故に 永き人生(ひとよ)を霜枯れて 永遠(とわ)に春見ぬ 我が運命(さだめ)ながろうべきか 空蝉(うつせみ)の (はかな)き影よ 我が恋よ

 古賀政男が作詞作曲した「影を慕いて」をまじまじ聴いてみると重厚だわな。自分の失恋をモチーフに作った歌だそうで、この絶望感など22-3の若者が語れるセリフじゃないと思う。

 この年代の若者なんて月に一度は失恋していても平気で生きていそうなものだと思うけど、今のおめでたい若者なんて根拠のない「元気」「大好き」「頑張って」で失恋なんて苦にもしないと思うけど。人生かけちゃったんでしょうね。

 古賀政男は軍の要望にものらりくらりとかわしながら軍歌のたぐいは極力参加しなかった人ですが、作詞家の西條八十は「若鷲の歌」「同期の桜」など軍歌に名作を残しています。

 当然、戦後の戦犯騒動で西條八十は戦意をあおったとGHQの調査対象になるのですが、「西條八十はリベラリストである。」と許されます。

 西城八十が亡くなったのは大阪万博の頃で、その時は全然気になっていませんでしたが、中学生だったか高校生の頃に西城八十を取り上げたテレビドラマがあり、山口崇が主演していたと記憶しています。戦後の戦犯作りでおびえる西城八十に「リベラリスト」の一言で許されるシーンがあり、リベラリストってなんだべ?と調べたことがありました。

 同時に、何をやってもこれれを言えば許されるのだべか?とご都合的に考え付いたものでもありました。リベラリストでもテロリストでも悪いものは悪いんだけどね。

 「自由主義者」これが当時辞書か何かで調べたリベラルでしたが、そんじゃぁフリーダムとどう違うんだべか?なんてことも考えました。

 ”Freedom”では身勝手まで含まれることからあまり褒められた「自由」じゃないはずですが、日本の”Liberty”ってもっとお下劣に見えてしまう。本来こちらには秩序があるはずなんですけど。

 今はっきり言えること。リベラルってクズだ!in日本の場合。

 クジラ嫌いのオーストラリアではニーハオ大富豪の黄向墨の永住権と市民権をはく奪したようです。

 豪の二大政党に多額の献金をしていた不動産屋みたいですが、あの国も当然ながら外国からの政治献金を禁止する方向みたいですが、議員の二重国籍も認めていないので、昨年はそれで辞職した議員が数人いたようです。

 それに比べて日本は甘いよね。二重国籍がのうのうと党の代表になってたり、禁止されてる外国からの献金を受けている議員がのうのうとバッジ付けていたり。法が機能していないとニーハオやニダを笑えません。偉きゃ白でも黒になる。これじゃなぁ。

 って、辻元の外国人からの献金は1万円だったとか。あの女の価値なら1万円は妥当だわな。その程度の値打ちしかないけど、クビ切るには十分な金額です。

 ニダなら落ちた犬は叩けの文化なので、関西生コン問題で叩かれるのも当然の所業なんでしょうな。

 しっかり吊し上げなければね。

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いろいろ考えられました

2019年02月06日 | 日記・エッセイ・コラム

 一日おきに寒い日と暖かい日が交互できそうです。週末には記録的寒波が来て三連休をめちゃめちゃにしそうです。「極渦崩壊」と言って北極にたまっていた冷気が分裂して一つは既にUSAに到達して極寒をもたらしましたが、もう一つがシベリア経由で日本襲撃しそうです。

 ニダ崩壊で難民が北上してくれる分には「ようござんした」ですが、日本に来るのだけは避けたい。海に謎の怪獣でもいればいいのだけど。

 立春過ぎると樹木が水を吸い上げ始めるので「凍裂」という木が裂ける症状が出やすくなります。

 凍裂の時は薪割で薪を割った時のような音が響くのですが、きれいに縦に裂け目が入ったのならまだしも、途中からくじけて折れてしまう木も少なくありません。

 暖冬だったのでどこかで雷様が元を取るだろうとは予測していましたが、南岸低気圧ではなくて寒波でボーナス査定を上げる目論見ですな。

 このところ郷土の薄幸の歌人石田マツの本を書き写しているのですが、朝、石田マツの末の妹と同級生の人と会って話を伺うことができました。

 「道なくて」に妹が小学校に入学するときの日記が出ていますが、その時のことをよく覚えていました。「ときちゃんは頭の良い子だったけど、家が貧しくて高校には行けず、学校に来るのに藁で編んだ靴を履いていたなぁ。マッちゃんはおれのねえさんと同級生だったけど、百姓が忙しくて学校にはあまり来られなかったみたいだ。でも成績はいい子だったから独学で勉強してたんだっぺなぁ。」と思い返してました。

 「前の年の昭和31年が不作の年でさ、親が食い物のことで相談してたのを子供心に憶えているよ。山の中だったマッちゃんのあたりはもっと被害が大きかったんべなぁ。おれたちの入学式が終わってマッちゃんは高崎の方に出稼ぎに行ったんだ。」

 短期間ですが、群馬町の観音寺の田中という大農家のところに住み込みで養蚕の手伝いに行ってます。こちらではまだ桑の芽も出ない季節ですが、下界では蚕が飼えるほど芽吹いていたんでしょうね。

 昭和32年と言えば朝鮮戦争特需や戦後復興で都会は景気が上がり始めたころですが、こちらはまだじり貧にあえいでいました。

 苗場スキー場で中学生のスキー全国大会があるので見に行ってきました。男子のスーパー大回転の競技が行われてました。

 午前中で競技は一段落したので、雪まつりの状態を見に十日町に足を延ばしました。

 峠を越える途中、雪崩の跡が山のあちこちに見られました。

 建設途中の雪像が崩れて死者を出したため、メイン会場はステージも雪のゲージツも取り壊されて、ここでのイベントは中止になるようです。

 何かと有名になったNGT48のイベントも予定されていたようですが、どうなるのだろう?

 もうちょっと足を延ばして松之山温泉に行って風呂に入ってきました。

 例年より2mくらい雪が少ないだろうか?

 家に戻ってきてパソコンを立ち上げると辻元が外国人から献金を受けていたニュースが乗ってました。

 外国人と言ってもフランス人やアメリカ人ではなく、隣接するニダかニーハオ何だろうけど、あの連中を「外国人」とひとくくりに入れるのは他の外国人に迷惑ではなかろうか?

 帰る途中、湯沢駅に立ち寄ってきましたが、ハードのスーツケース転がして歩く人たちが闊歩していて空港のようでした。

 その会話にほとんど日本語がない。

 ノースフェースやデサントのウェアを着ているのはほぼ異国の言葉をしゃべってました。デサントはニダ語が目立ちました。あれって日本のメーカーだと思うのだけど。

 春節休みということもあるのでしょうが、ニーハオ客が異様に目立ってました。

 川端康成「雪国」の町もブランドが落ちたような気がしますが、来年の今頃はどうなっているだろう?観光は水ものです。

 私と同じくワークマンの冬物コレクションを着ているおじさんの集団がいました。話に聞き耳を立てているとオリンピックの建設現場に出稼ぎに行っている兼業農家のおじさんたちで、休暇で一時帰国して家の周りの雪かきをしてきたようでした。

 ひところはスキー場がこうした投機労働力の受け皿になっていましたが、今はスキー場もつぶれる一方で、冬季従業員を雇うと社会保険や厚生年金を負担せねばならないので派遣会社に労働力を依存しています。そこから派遣されてくるのがチンピラにもなれない不良もどきや日本語も怪しい外国人だったりするのですから、スキー場に安全だサービスだなんて求めるのも酷な気がします。

 早ければこの秋の消費税、遅くても安倍首相引退後、景気が崩れるのは目に見えていますが、好景気人手不足の波が来る前に終わってしまうのは山村の常みたいです。

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2020年の朝鮮

2019年02月05日 | 日記・エッセイ・コラム

 朝5時前に変な夢で目が覚めました。

 ショッカーのようなベレー帽かぶった組織にとらわれた私は、富士山のふもとで改造人間作りに加担させられるのですが、アドビのフォトショップで動物や人間の写真を合成して三次元プリンターで簡単に怪人が作れちゃうんですなこれが。浅田真央ちゃんとセイウチを合体させて氷を武器にした怪人を作り出そうとしたところで目が覚めてしまった。

 最近の仮面ライダー事情は全く分かりませんが、誰がどうやって倒すのだろう?それより、還暦も近い人が見る夢ではないと思うけど。

 ニーハオの国なら今日が新年だから初夢になっちまう。一応富士山が出てきたんだけど、やっぱ春節なら万里の長城だべか?

 ストーブに火を入れてお湯を沸かしながらふと思い出したのが「ウルトラQ」という怪獣ドラマのこと。

 ケムール人という宇宙人が出てきた時の話で、2020年の世界から来た宇宙人で人類の未来の姿なのかもしれないと思ってしまいました。2020年なんてはるか未来の向こうで、自分には関係ないと思っていましたが、何となくその手前まで生き延びています。

 当時のウルトラQのケムール人の回は「2020年の挑戦」という題でしたが、2020年の朝鮮はどうなってるんでしょうね。

 金ちゃんバッジを胸につけねたみと整形でゆがんだ顔で統一人民となった金ちゃんケムール人が人類に害を及ぼしているのだろうか?

 金ちゃんと言えば、たびたび金ちゃん漁船が日本に漂着してまれに生きた金ちゃん人民が捕獲されてますが、日本が無事に生きて送り返していることにたいして金ちゃんの妹を通じて謝意があったようです。

 そんなに喜んでもらえるなら日本に勝手に住み着いている金ちゃん族も送り返してやらばいいのに。もっと喜んでもらえるでしょう。

 隠れ金ちゃん族の巣窟となっているとうわさされる関西生コンは「全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部」という無駄に長い名称で、また15人ほど逮捕されましたね。

 そんな中で明るく与党批判している辻元ってバカ丸出しですが、火のないところに煙を立てようと籠池事件をでっちあげたら、だんだん事実があばかれておまけに関西生コンも所業が世に出て辻元自身の周りが火の海になっているだけど、馬鹿は死ななきゃ治らないというのは深いなぁ。

 黙っていれば関西生コンももう少し悪さできたんでしょうが、身を亡ぼすことになっちまったようです。

 鳥も鳴かずば撃たれまいとはよく言ったものです。

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鬼っているんですね

2019年02月04日 | 日記・エッセイ・コラム

 立春ですね。

 立春って、町議会議員が台湾に行ってやってるやつね。ううん!それは買春って言います。立春ってのは暦の上での春って意味で、「春」を買うためにある場所が「立つ」んじゃないんだよ。

 台南にあった町の出張事務所が閉鎖になるようです。前町長のセクハラ事件でイメージも下がったし、インバウンドとやらのカタカナの客も来ないし、掛け声だけの観光なんざやめっちまえってのが大方の町民の本音。

 明日から陰暦の正月。ニーハオ観光客を当て込んでいる観光地も少なくないでしょうが、こちらはそんなの来ないから清潔で静かですよ。

 化粧品などをはじめ日本国内産の需要が増えて、海外に出ていた工場を日本での生産に戻す企業も増えているようです。

 次のステップは「日本人が作った」になるのかな?企業は安価な労働力を外国から入れようと考えているようですが、現場が混乱するばかりか価値を下げることになるだけなのに。

 90年代、安価な労働力を求めて海外に生産拠点を移す企業が増えましたが、80年代中ごろからのニダでの生産で懲りたにもかかわらずニーハオ進出して煮え湯を飲んだ企業も少なくはない。なんたって約束事を守れないのですから当然です。

 AIの時代を迎えより省力化した製造になるので、果たして手放しで喜べるかどうかはまだ先を見てになるのでしょうが、我々が思う以上にメイドインジャパンの信頼は大きい。神の領域と思い込んでいるニダとは大違いです。

 越後の国の十日町雪まつりで雪像が崩れて1名亡くなったようです。

 知り合いが雪像作りをやっていたので手伝いに行ったり雪運びに行ったりと、このところ毎年出かけていましたが、三日あるイベントのうちの平日を狙って出かけてました。今年は三連休になってしまったので見に行けないなとあきらめてました。

 多分、十日町高校のグランド当たりでの事故かな?と推測してますが、このところ妙に暖かかったので雪が緩んでいたのでしょう。

 吊るし雛を見たり反物を見るのも楽しみでしたが連休で混雑が予想されるので、今年は16日の晩に塩沢の雪譜まつりに出かけてみようかと思ってました。

 千葉県で小学生が虐待死した事件で、父親に続いて黙認していた母親も逮捕されたみたいです。

 それも当然として、亡くなった子供が虐待されていることを学校に報告した文書をこの父親に見せた教師って「責任がありません」って言えるんだろうか?

 父親の暴力にそれを黙認する母親。すがった学校からは密告するかの如く語った内容を親に暴露され、当然、父親の暴力は過激になりますわな。不憫だけれど、ようやく安住の地が見つかったらそこはあの世だったみたいな腹立たしい事件です。

 虐待というわけではないけれど、意地の悪い婆さんに支配され自死した同級生がいました。子供の頃から支配欲の強い祖母に耐えかねて中一の時に崖から飛び降りたのですが、木に引っかかって大ケガをしたにとどまり、学校的には通学途中の事故という形にしていました。大方の事情は皆知ってましたが。

 家政学校を出て勤めに出たものの、祖母に家に引き戻され20歳の時に服毒自殺してしまいました。

 たまたま千葉のこの事件のことを話題にしていて、自死した同級生の話題につながったのですが、彼女の父親ものちに農薬飲んで亡くなり、母親は出て行ってしまいました。

 平成になって福祉の関係でこの家を訪ねる機会があったのですが、まだお婆さんは健在で、出てくる言葉は恨み言悪口呪いの言葉ばかりで、隙あらば食いついてやろうという意欲を感じる人でした。鬼というのか修羅というべきか、救いようがない人っているもんだなと思えました。

 施設で亡くなったようですが、葬儀もなかったそうです。

 施設で亡くなったといえば、数年前99歳で亡くなった鬼のような婆さんがいました。嫁をいびり倒して子供二人連れて嫁は沼に入水。子供の一人はまだ見つかっていないと思います。ほどなく息子も自死。それでも婆さんやたら元気で、近所も迷惑こうむっていたようですが、体が動かなくなったら早々に施設に送り込んでしまったというのが本音です。

 家族を食い物にして生き残る鬼っているもんだなぁとお茶飲みながら話題にしましたが、千葉の事件の両親って、ほどなくまた娑婆に出てくるのでしょうね。まだ1歳の娘もいるようですが、どうなるんでしょうね。鬼は外より檻の中がいいと思うんだけど。

 鬼と言えば、逮捕された大沢何たらというタレントの息子。何年か前にDNA鑑定で実の親子ではなかったと問題になった事件がありました。母親は喜多嶋舞であることは確かだから白馬のルンナの孫であることは確かです。

 実の子供でないのに「息子がご迷惑かけて」と謝罪する大沢というタレントも不憫だけど、本当の父親が誰か黙ったまま息子の不祥事にもすっとぼけてる母親っていかがなもんか?喜多嶋舞って鬼だ。

 豆まいたくらいでは駆除できそうもないな。

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