なつかしい昔の国鉄の映像(山陰)
暇なのでYou Tubeを見ていると、なんと京都夜行の車内アナウンスがあるではないか。
昔、高校生の頃に、ボート部の友人と連れ立って、夏休みに京都旅行をしたことがある。その時に使ったのが米子を夜の10時くらいに出発して、京都に翌朝の6時くらいに着く、その名も京都夜行だった。ディーゼル車に牽引された普通列車でほとんど各駅に停車しながら、京都まで行く。
その頃できたばかりの京都の四条通りのマクドナルドでハンバーガーやマックシェイクを食べた。
そして帰りも同じく京都夜行。こちらも京都を夜10時くらいに出発して、米子には朝の7時半くらいに着く。
それ以降、大阪の大学に入ってからも、米子に帰省する時に、なぜか京都夜行を使っていた。まぁお金がなかったからだろう。いつだったか、たぶん正月休みで帰るときだったのだと思うが、目を覚ましたら、ちょうど霞あたりで、停車した駅のホームは雪が1mくらい積もっており、さらに延々と雪が降っているところだった。あの幻想的な絵図は忘れられない。
もう一つの思い出は、米子発京都行きの特急「あさしお」だ。これはたぶん京都に受験に行った時に初めて使ったのだと思うが、それ以来、数回これを使った。当時はすでに伯備線の特急「やくも」が走っていて、こちらのほうが大阪に行くのに速いのだが、なぜか「あさかぜ」を何度も使っていた。
今回探してみたらこの「あさしお」もあった。しかも丁寧な解説もついている。私が乗ったのはこんな朝早く出る号ではなかったと思うのだが。
今は高速バスで4時間(5000円)の時代だ。これだって、数人しか乗っていないような時もある。たまにやくもと新幹線を利用するが、こちらは3時間半(1万円)だけど、快適さはこちらも負けていない。
さらに伯備線の生山から根雨のあいだのどこかから撮影したものだと思われる、雪の中を行き交う列車という映像もすごい。たぶん明け方から一日かけて撮影したのだと思うけど、寒いなかを大変な苦労をしたと思われる。これも感動的な映像だ。
さらに、かつて伯備線を蒸気機関車の三重連が走っていたのを撮影したものもある。これは作者も書いているように「新日本紀行」を真似て作ったもので、周辺の農村の風景や人々の暮らしを描いているのも素敵だ。
こういうのを見ると撮り鉄たちの思いがよく分かる。
暇なのでYou Tubeを見ていると、なんと京都夜行の車内アナウンスがあるではないか。
昔、高校生の頃に、ボート部の友人と連れ立って、夏休みに京都旅行をしたことがある。その時に使ったのが米子を夜の10時くらいに出発して、京都に翌朝の6時くらいに着く、その名も京都夜行だった。ディーゼル車に牽引された普通列車でほとんど各駅に停車しながら、京都まで行く。
その頃できたばかりの京都の四条通りのマクドナルドでハンバーガーやマックシェイクを食べた。
そして帰りも同じく京都夜行。こちらも京都を夜10時くらいに出発して、米子には朝の7時半くらいに着く。
それ以降、大阪の大学に入ってからも、米子に帰省する時に、なぜか京都夜行を使っていた。まぁお金がなかったからだろう。いつだったか、たぶん正月休みで帰るときだったのだと思うが、目を覚ましたら、ちょうど霞あたりで、停車した駅のホームは雪が1mくらい積もっており、さらに延々と雪が降っているところだった。あの幻想的な絵図は忘れられない。
もう一つの思い出は、米子発京都行きの特急「あさしお」だ。これはたぶん京都に受験に行った時に初めて使ったのだと思うが、それ以来、数回これを使った。当時はすでに伯備線の特急「やくも」が走っていて、こちらのほうが大阪に行くのに速いのだが、なぜか「あさかぜ」を何度も使っていた。
今回探してみたらこの「あさしお」もあった。しかも丁寧な解説もついている。私が乗ったのはこんな朝早く出る号ではなかったと思うのだが。
今は高速バスで4時間(5000円)の時代だ。これだって、数人しか乗っていないような時もある。たまにやくもと新幹線を利用するが、こちらは3時間半(1万円)だけど、快適さはこちらも負けていない。
さらに伯備線の生山から根雨のあいだのどこかから撮影したものだと思われる、雪の中を行き交う列車という映像もすごい。たぶん明け方から一日かけて撮影したのだと思うけど、寒いなかを大変な苦労をしたと思われる。これも感動的な映像だ。
さらに、かつて伯備線を蒸気機関車の三重連が走っていたのを撮影したものもある。これは作者も書いているように「新日本紀行」を真似て作ったもので、周辺の農村の風景や人々の暮らしを描いているのも素敵だ。
こういうのを見ると撮り鉄たちの思いがよく分かる。