読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『北朝鮮へのエクソダス』

2011年09月17日 | 人文科学系
テッサ・モーリス・スズキ『北朝鮮へのエクソダス』(朝日新聞社、2007年)

北朝鮮へのエクソダス―「帰国事業」の影をたどる
テッサ・モーリス・スズキ
朝日新聞社
1959年から10年近くに渡って続いた在日朝鮮人の北朝鮮への「帰国事業」がどういった経緯で始まったのかを、おもに日本赤十字社、日本政府、赤十字国際委員会に焦点をあてて解明した著作。著者はイギリス出身で、現在オーストラリア太平洋アジア学院の教授をしている人。

もちろんあとがきにも書いているように、「帰国事業」に関わって大きな役割を果たしたのは上に書いた団体だけではなく、日本の政党・団体、メディアも重要な役割を担っていたのであり、それについて書こうとすれば、それだけでまた一冊の本ができるのであって、ここでは、「実行犯」としての意味から、上記の組織だけの本になったと記している。

またあとがきでこの本では通常の学術論文とはちがって著者である自分も描き出したことについて少々気後れしたようなことが書かれている。それは取りも直さず、「帰国事業」がどうやって始まり何万にも在日朝鮮人が北朝鮮に送り込まれる事業になったかは書いたが、その人たちが北朝鮮でいったいどうなったのかをまったく書けなかったことへの気後れだということだ。なぜならその部分こそがこの研究に首をつっこむことになるこの著者の動機であるはずだから。その部分をきちんと解明することができずに、ただそこにいたるまでの、ある意味で序章しか書かなかったことへの気後れでもあるだろう。

北朝鮮へ送り込まれた何万という在日朝鮮人や日本人妻たちがその北朝鮮でいったいどうなったのか。その部分は知ろうとしても知ることができない闇の中にあるということは誰でも知っている。現在の北朝鮮の庶民の悲惨な状態から類推するしかない。あるいはそれ以下だったのかもしれない。

植民地時代に軍人として徴用され、あるいは「契約」によって非雇用者として、あるいは強制徴用として、日本に連れてこられた在日朝鮮人のうち1950年代にもまだ日本に残っていた約60万人を日本から追い出したいという日本政府の思惑。南北朝鮮に分裂していなければ、単純な問題であった在日朝鮮人の母国への帰還が、南北への分裂、そして南朝鮮の李承晩独裁政権が帰還を拒否したこと、そして北朝鮮にとどまっていた中国の志願兵30万人の帰国による労働力不足を解消したい金日成の思惑などがぴったり一致して始まることになる。

「帰国事業」を推進した団体・政党やメディアを一概に責めるつもりはない。この著作にも記されているように、1961年の韓国の国民所得は一人あたり82ドルという極貧国家であり、李承晩独裁政権に支配され、反体制派は拷問処刑されるのが常だったのだ。いかに韓国が貧しかったか、日本の564ドルだけでなく、フィリピンの170ドルとかタイの220ドルにさえ、はるかに及ばない数字を見れば一目瞭然だろう。同年の北朝鮮がどの程度であったかは記されていないが、当時はどこの「社会主義国」も開発計画のさなかで、ユートピアではなかったにしても、韓国に比べればましだったのかもしれない。どちらにしても、現在の韓国や北朝鮮の実態から当時のことを判断することはできない。

だが日本政府だけは別だろう。この事業の根本的責任者は日本政府であることを暴きだしたことから考えて、この著作は、たぶん外国人であるこの著者にしかできなかったことかもしれない。

しかしこの事業を煽ったメディアにたいする批判が全くない点を鋭く衝いているブックレビューもあった。だから「朝日新聞社」が出したのだという指摘。ブックレビューを読んでいると、自分の読みが一元的、というか、あまりにものを知らないということを、思い知らされる。


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