昨日は宇都宮(栃木県)にて、(株)ミツトヨにて、沼田恵範師の恵範忌に出向。今月はあと、溝口と広島に出向します。その行き帰りの新幹線の中で、『日本の作法―宮家のおしえー』(竹田恒泰著 27.11刊)を読みました。
面白い本でした。昨日の続きでなりますが、竹田氏も、新聞報道を取り上げておられます。
平成二十六年五月二十七日に高円宮の次女であられる典子女王殿下の御婚約内定が発衣された直後、六月八日には、今度は桂宮殿下薨去との報道かあった。…
「桂宮殿下薨去」と正しく報じたのは、主要メディアでは産経だけである。読売は「桂宮さまご逝去」、朝日と毎日は「ご」が取られて「桂宮さま逝去」だった。県紙でもっとも軽く書いたのは抻縄タイムスの「桂官さま死去」。「薨去」はおろか「逝去」ですらない。そして、私か確認した限りもっとも軽い表現を用いたのがしんぶん赤旗の「桂宮さん死去」。こちらは「殿下」はおろか「さま」ですらない。しかも赤旗は、この記事を普通の訃報欄に掲載し、その中でももっとも小さい記事にしていた。こうなると、意図的に侮辱しているとしか思えない。産経だけが頼みの綱ということだ。
今模範事例として産経の記事を挙げたが、実はその産経ですら、平成二十四年に寛仁親王殿下薨去に当たっては「寛仁さまご逝去」と書いた。私は産経新聞社の役員に意見具申をして、「殿下」「薨去」とすべきであると要望した。一度これらの言葉の使用をやめた産経が、二年後には再びこれらを使ったところには、むしろ報道機関としての強い意志を感じることかできる。産経新聞社は、この言葉の持つ文化を後世に残す方針を決定したのである。(以上)
使い分けは
「崩御」天皇、皇后、皇太后が亡くなられたとき。「薨去」皇族、三位以上の方が亡くなられたとき、「逝去」他人を敬って亡くなられた事を伝える時に使われます。
今朝は時間がないので、他を紹介できませんが、引き続き興味のあるところをご紹介します。
面白い本でした。昨日の続きでなりますが、竹田氏も、新聞報道を取り上げておられます。
平成二十六年五月二十七日に高円宮の次女であられる典子女王殿下の御婚約内定が発衣された直後、六月八日には、今度は桂宮殿下薨去との報道かあった。…
「桂宮殿下薨去」と正しく報じたのは、主要メディアでは産経だけである。読売は「桂宮さまご逝去」、朝日と毎日は「ご」が取られて「桂宮さま逝去」だった。県紙でもっとも軽く書いたのは抻縄タイムスの「桂官さま死去」。「薨去」はおろか「逝去」ですらない。そして、私か確認した限りもっとも軽い表現を用いたのがしんぶん赤旗の「桂宮さん死去」。こちらは「殿下」はおろか「さま」ですらない。しかも赤旗は、この記事を普通の訃報欄に掲載し、その中でももっとも小さい記事にしていた。こうなると、意図的に侮辱しているとしか思えない。産経だけが頼みの綱ということだ。
今模範事例として産経の記事を挙げたが、実はその産経ですら、平成二十四年に寛仁親王殿下薨去に当たっては「寛仁さまご逝去」と書いた。私は産経新聞社の役員に意見具申をして、「殿下」「薨去」とすべきであると要望した。一度これらの言葉の使用をやめた産経が、二年後には再びこれらを使ったところには、むしろ報道機関としての強い意志を感じることかできる。産経新聞社は、この言葉の持つ文化を後世に残す方針を決定したのである。(以上)
使い分けは
「崩御」天皇、皇后、皇太后が亡くなられたとき。「薨去」皇族、三位以上の方が亡くなられたとき、「逝去」他人を敬って亡くなられた事を伝える時に使われます。
今朝は時間がないので、他を紹介できませんが、引き続き興味のあるところをご紹介します。
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