目がシーンを耳が音声をキャッチ、それを、脳が文字と言葉に変換し、思考と思想にする、民族にあっては。民族固有の傾向を産む、あの国は、独断・専横の気風を温存し、
「俺は正しい 間違っていても正しい」
仏教は公正中立な精神のはずだが、近来の stagnation はどんなものか。
親切にしてくれる学僧がいた、地方の小さな寺の跡取り、
「ボクは 禅宗がきらいなんです」
「口ばかりでなにもしない しようとしない」
「悟りよりも 実行力がほしい」
さらに、
「彼らのズルさ 卑怯 気のちいささ 知ろうとしない 求めようとしない」
「ボクはキリスト教のプロテスタントの
雄々しく罪を犯(おか)せ
これが 好きなんです 」
こちらの正体を見ぬいていたのかもしれない、今時・珍しいスッキリした若者、そして、なにか寂しげ、思い出すと胸が痛む、
「ああ 青春 ニッポンの青春」