The orthodox civilization is the festival politics of Japan

「安藤真の『世界文明の正統は』」の続き、祭政は人間中心を超え物質文明を越える、これを受け継いでいるのが日本の伝統と文化

モダンな騎馬像

2008-07-12 00:12:19 | Weblog

 なんとモダンな騎馬像ではないか、BC300年というから、今から2300年前になる。
 あるいは「近代」とは歴史的な段階ではなく、合理的な生活様式のことなのかもしれない、目的に対する直接的行動、論理的なすっきりとした思考活動、人と馬・馬と人の単純な関係、それらは個人の自覚を促さずには置かない。
 そして、よい方法を見つけ出すために会議を招集する習慣が成立していた。
 ゲルマンの民会では、ささいなコトは長老やリーダーが決めていい、だが重要なケースについては、
 「メンバー全員の討議による」
 ウェーブした髪にヒゲを蓄え、颯爽とスカーフを靡かせてオトコが胸を張っていた、堂々たる姿ではあるまいか。。
 どうやら、農耕社会よりも遊牧社会の方が、ヨーロッパの近代化に貢献しているようだ。
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白人社会のエリート・グループ

2008-07-11 05:14:50 | Weblog
                    BC300頃 スキタイ騎馬像
 平塚の七夕で見事なコメントを述べていた白人の若者には、エリートの面影があった。
 ところで白人の社会にはエリート・グループがおり、彼らが社会をリードしている一面がある。
 それは白人社会には牧畜や遊牧生活の伝統があり、牧畜・遊牧の生活では多くの羊や牛・馬を養わなければならない。
 そのためには素早い判断・迅速な行動・緊密なチームワーク、そして強力なリーダーシップが必要となる、ぐずぐずしていたら羊が逃げてしまう。
 また、どこそこに新鮮な草がある、今年の冬はどこの谷ですごそうか、その判断を間違えれば、メンバー全員が死ななければならない。
 そこで勝れたリーダーを選出し、リーダーのもとに有能な情報収集家を集める。
 ヨーロッパやイラン・イラクの中東諸国にはこの伝統が残存しており、ヨーロッパの人々が移民したアメリカには、あの見事な大統領制度が機能している。
 これこそが、牧畜・遊牧生活から受け継がれた合理的な社会システムの一方の到達点ではなかろうか。
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花のもとにて

2008-07-10 03:02:36 | Weblog

 この白人の若者は、日本の七夕の行事を、どう思っただろう、どう感じただろう。
 あるいは日本人には気づかない点に注目したかもしれない、ギリシャ神話のカシオペア・アンドロメダのエピソードを思い出したのではなかろうか
 どちらがスケールが大きいか、どちらがロマンチックか。
 また、この行事を大切にしてきた人々のメンタリテイー、哀しいまでの繊細さに感動したかもしれない、あまり過大に評価されても困るけれど・・・
 なぜなら、一輪の花に人生を賭け「花のもとにて我死なん」の日本人はいないのだし、芥川の愛した「古東洋の秋」は消えてしまったのだから。
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自動販売機にビックリ

2008-07-04 03:45:06 | Weblog

 実に多くの外国人が来ている、彼らはリラックスして、東京の数日間を楽しんでいるようだ。
 まず安全である、清潔である、時間どうりに電車がくる、ほとんどのトイレが無料である。
 そして、コーヒーやジュースの自動販売機にビックリ、おずおずと千円札を入れる、
 「ズゴーン、チャラチャラ」
 「おっおっおっー」
 おつりがピッタリ、日本では当たり前のことだ、100回やって100回そうだ、疑う人なんかいない、ところが、外国ではそうはいかないようだ。
 「ニホンの自動販売機には愛がある」と言った白人の若者がいた、どうやら、ちょっとしたものなのかもしれないな。
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スペインの誇り

2008-07-03 08:28:49 | Weblog

 何年か前の8月の下旬、突然、あたり一帯が暗くなって、明治神宮の原宿口のカフェに閉じ込められたことがある。
 ゴロゴロと空が鳴り、大粒の雨が降ってきた、しばらく様子を見るしかない。
 この時、店内に12人の客がいた、フランスのカップル・アメリカの親子・香港の夫婦・アラブの中年と私、そしてスペイン語の3人組、まるでオリエント急行の客室みたいになった。
 お互いが残りのグループを気遣い、和気藹々の空気になる、ちょっとした国際社会のミニチュア版だ。
 フランスのカップルは思いいれたっぷりに肩をすくめ、アメリカの親子はやたらに元気が良く、香港から来た人は傘を持ってこなかったことを悔やみ、アラブの男は「アラーの神のなすがままに」、私はこの不思議な取り合わせにニコニコしていた。
 スペインから来た三人、その一人は知性が発達し、感性が豊かなことが見て取れる、そして、静かなのだ。
 「うやうやしくて苦味ありて調子静かなり」
 この原因が分からなかった、だが、コルドバの歴史を知って、その理由の一端が解明されたように思う。
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コルドバのメスキータ

2008-07-01 05:23:10 | Weblog

 8世紀、アフリカから海を渡ってイスラム教徒がやって来てコルドバを都にする、後ウマイヤ朝である。
 そのコルドバの旧市街の中心的建造物がメスキータ、「メスキータ」は8世紀から10世紀にかけて築かれたモスク、4万人もの信者を収容できる世界最大級の宗教的建造物である。
 この巨大なモスクは、850本あまりの円柱が続き、赤と白のストライプに彩られたアーチが支えている、それは、建築と芸術が融合した異次元の宗教空間を演出してくれる。
 どのような宗教でも受け入れ、各人の能力と才能を評価するイスラームの教えが結実した宗教的建造物に仕上がっている。
 そこには、自由な思考と精神、国際的なセンスが横溢し、ギリシャ・ローマのエッセンスをものにした世界が広がっていたようだ。
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