The orthodox civilization is the festival politics of Japan

「安藤真の『世界文明の正統は』」の続き、祭政は人間中心を超え物質文明を越える、これを受け継いでいるのが日本の伝統と文化

日本を支配する7つの権力 14

2011-10-29 03:11:22 | Weblog
 都会のサラリーマンに圧倒的な人気があるのが日本経済新聞、朝のスタンドには日経が竹の子のようにニョキニョキと立ち上がっている、朝日・読売の4倍5倍、東京・サンケイの7倍8倍、だが、この新聞の内容は、どうか。

 数年前の7月、鶴見川をサイクリングしていて寂しそうな老人に出会った、岸辺にはホームレスの小屋が並んでいた、
 「蚊がタイヘンでしょうね」
 「蚊取り線香があれば、ダイジョーブです」
 そして、彼は、
 「あのホームレスたちがうらやましい」
 「わたしは、この数週間、満足に寝ていないんです」

 彼の会社の経営が思わしくなく、いつ倒産してもおかしくない、
 「それもこれも、中国に進出したからなんです」

 中国の工場の側に、同じ製品を生産する工場を作られてしまった、作ったのは彼の会社の従業員、そのままのCOPY、そして、価格を安くする、
 「ワタシのような小さな工場では、どうしようもありませんでした」

 こういうケースは多かったらしい、そう、あの新聞は、こうした事実を伝えてきたか、大企業なら、さまざまの対策が打てる、そういったことに対する保険もかけられるだろう、だが、中小ではムリ、こうして日本の中小企業は撤退を余儀なくされた。

 こちら側に立つべき新聞・テレビが、あちら側の立場・事情だけを報道していた。
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日本を支配する7つの権力 13

2011-10-24 04:36:58 | Weblog

 新聞やテレビが報道しないことを週刊誌が報道するケースがある、「報道しない」というより「報道できない」ということだろう。

 なぜ「報道できない」のであろうか、それは、まったく単純な理由、CMや広告料のため、あの東電は、関東エリアの電力会社は東電だけなのだから宣伝する必要なんかないはずだ、それが、テレビで大量のCM、選りすぐりの美女が、これでもかこれでもかと宣伝をしていた、今から思うとウソ八百、だから、あのタレントたちは罪が深い、知らなかった言われたとおりにしゃべっただけだ、それはそうかもしれないが、やったことは取り返しがつかない。

 巨額のCM料で新聞・テレビの口を封じ、「本当のところを国民に伝えなかった」、もし伝えていたら、教えていたら、それは、選挙に反映して、この国の原子力行政が、もっと慎重になったのではあるまいか、「正義の報道」とは言うが、これは、その正反対だ。

 今回の前にも、何回か重大な事故があったらしい、それはなんとか乗り越えたんだろう、おそらく、その時期は、平常より大量のCM・広告があったことが推察される。

 地震大国・地震多発国での原子力発電所は、日本が初めてではなかったか。
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日本を支配する7つの権力 12

2011-10-22 02:34:07 | Weblog
 すさまじい処刑について記したが、あれよりもつらい処刑があった、それは処刑の当日まで何も食べさせないというもの、
 「これが、いちばん、つらい」
 なかなか、真実であろう。

 ちょっと興味深いエピソードがある、それは、敵のクルマに飛び乗り、相手を倒すという訓練、敵のクルマがカーブにさしかかった時、左の後車輪に足をかけ、車輪の回転を利用して、クルマの屋根に飛び乗るというもの、左ハンドルの運転手には、後車輪の左側は死角、まあ、理屈上は、そうなるか。

 カーブにさしかかる時、ちょっとスピードを緩めるのだが、これは、運転手と息が合っていなければタイミングがずれる、また、憎しみあっている関係であれば、どうなるか、ひどいこともあったんだろう。

 ハリウッドの映画を見たショーグンさまのアイデアか、だが、指をつぶす・腕を折るぐらいはいい、首の骨や腰骨・脊髄を折る者が続出、この訓練に選ばれた若者は青ざめたという、そう、一生、寝た切りになる可能性が大きい、しばらくして取りやめになった。

 私は、あの国が、50人の決死隊を、この国に送り込んだら、そうとうなことが起きるのではないかと思っていた時期がある、国会の占拠・石油コンビナートの・・・新幹線も危ない、水道に毒物の混入、いくらでもある、そうならなかったのは目に見えない努力であろうが、公開されていない事件も多いのではなかろうか。
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日本を支配する7つの権力 11

2011-10-18 03:52:57 | Weblog
 今はどうなっているか、かつては、しばしば公開処刑が行われた、処刑には人々が動員され、後ろに銃を構えた兵士が並び、見学することが強制された。

 そして、ガソリンをかけられて焼き殺される処刑があった。

 この時、二度、大きな破裂音がしたという、ひとつは、腸内の空気の破裂する音、これは分かる、もうひとつは急激な過熱で脳が煮え滾って爆発するというもの、これを見たら、ショーグンさまに反抗する気力が失せてしまう。

 しかも、その火は母親に点けさせた、たった一人の子供の身体を焼く、年老いた母親は気絶してしまった、という。

 だから、あの国の祭典であの国の人々が狂ったようにショーグンさまを讃えているシーンが放映されるが、その背後には徹底した支配があるのだ、この国のマスコミが報道しない事情だ。

 すさまじい独裁体制である、日本政府の対応は甘い、約束をしても、「その約束を守る約束はしていない」。

 あの帰還事業では、続々と帰っていったのだが、これは、日本の新聞や学者の言葉を信じたため、それは、彼らは、仲間の言葉・朝鮮民族の言うことは信じないが、日本人の言葉は信じたからで、この辺の消息は、実に微妙で複雑である。

 つまり、彼らほど、自分の民族の本質を知悉し体得している人々はおらず、そして、なんとかかんとか言っても、日本人の民度の高さや言論の正当性を信じていたということだろう、それが、裏目に出た、日本の新聞・テレビ、その時の過ちの反省をしているのだろうか。

 
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日本を支配する7つの権力 10

2011-10-11 05:10:46 | Weblog
 新潟を出港して「はっ」と気がついた若者たちがいた、それは、乗組員の応対や鈍い表情、出された食事のまずさと粗末さ、それでも、あちらでは精一杯のご馳走、だが、もう、遅い、もう、もどれない、彼らは、船の甲板の上で、小林アキラの「ダンチョネ節」を歌った、
   逢いはせなんだか 小島のカモメ
   かわいあの娘の 泣き顔に
   いやだーやだー 別れちゃやだーと
   今も聞こえるさ この胸に ダンチョネ

   赤いつばきが ほろりと散った
   旅のお方の 恋しさに
   沖のせのせで ちょっと打つ波は
   なぜに出船をさ 押しもどす ダンチョネ

   別れかぜだよ やませのかぜだ
   おれをうらむな 風うらめ
   忘れまいぞと あとふりむいて
   ダンチョ歌えば またなみだ ダンチョネ
 

 なぜ小林アキラのダンチョネ節だったのか分からなかった、当時、流行っていたこともあろうが、
  忘れまいぞと あとふりむいて
  ダンチョ歌えば またなみだ ダンチョネ
 この一句かもしれない、彼らの、こころの叫びだったのだ。

 万感の思いをこめ声をふりしぼって、アキラのダンチョネ節、彼らのうちの何%が生きているであろうか。

 向こうからの手紙に、なんでもいいから送ってください、食べ残しでもいいです、古着でもいいです、そして、
 「日本の乞食がうらやましい」

 私は、もう少し、早く、この問題が解決し、明らかになると思っていた、なかなかそうはならない、その原因は、やはり、「中国の存在」だろう。

 上の写真は、人工衛星からのもの、北の半分が暗いのは電力事情、あの国の経済状況をなによりも如実に現している。
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日本を支配する7つの権力 9

2011-10-08 06:52:28 | Weblog
 帰還者の仲には、町工場を解体して向こうへ渡った人がいる、社会主義の国で、自営の工場を運営するつもりだったのであろうか。

 クルマを運んだ人がいる、あちらで職場の上役から声をかけられる、
 「いいクルマを、お持ちですね」
 この時、パッと気がつかねばならない、そして、そのクルマを上役にプレゼントする、
 「そんなつもりではないんですよ」

 だが、献上しなければどうなるか、上役に睨まれる、そして、過酷な職場に追いやられる、炭鉱に送られたら1年もつだろうか、粗末な食事と過酷な重労働でバタバタと倒れていった。

 「炭鉱」ほど、あの国では、恐ろしいものはなかったのではなかろうか。

 朝鮮戦争は1950年6月25日から53年7月まで、この帰還事業は59年から84年まで、朝鮮戦争が終了して6年後からスタートしている、当時の北朝鮮の人口は1500万ほどではなかったか、この帰還者は9万3千人、戦争で消耗した労働人口の補填という目的があったのではなかろうか、あるいは帰還者の財産も計算していたのかもしれない。

 直近、韓国経済が危機的状況に瀕している、そこで在日韓国人の帰国を促すプロジェクトが発表された、「日本村」というらしいが、この政策の目的は何か、日本で拾得した巨額の資本ではあるまいか、どうであろう。

 政治と外交というものは、人知の限りが尽くされていて、気がついた時には手遅れのことがある。
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日本を支配する7つの権力 8

2011-10-05 02:10:15 | Weblog
 その年の冬を越せなかった者も多かったのではなかろうか、北朝鮮の冬は厳しい、上野で、あちらの女性を見ることがあるが、丸々として骨が太い、あの身体でなければ零下何十度を凌げないのではあるまいか。

 現在、どのくらいの人々が生き残っているのであろうか。

 この帰還事業、確か、2百数十回行われたと思う、最後に近くなると、こちらにいる時に取り決めをしておく、向こうからの手紙で、名前がカタカナであれば、その手紙の内容は「ウソ」、というのは、友人・知人を北に呼び寄せるために手紙を書くことを強制され、その文面は検閲されたからだ。

 到着すると、最初は、「文化住宅」のような家に入れられ、「こちらの生活は快適です」、そういう手紙を書かせられる、そのため、続々と渡ってしまったのだ。

 決められた数週間が過ぎると、そこから追い出され、半島の各地に分散されていった。
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日本を支配する7つの権力 7

2011-10-01 16:01:12 | Weblog
 日本で稼いだ金が北に流れ、あちらの軍備や核開発に使われているとしたら、こんな皮肉なことはない。

 ところで、かつて北鮮帰還事業があり1954年12月14日から1984年まで、9万3000名の人々が北朝鮮に帰っていった、そのうち1千数百名が日本人妻だったと思う、ごく少数の日本人の夫もいた、今、どうしているのだろう、日本のマスコミの中には、これを応援するものがあり、
 1、地上の楽園である
 2、新潟から船に乗ればエスカレーター式に平等で理想の社会に到着できる

 まあ、言いも言ったり、当時の日本は高度経済成長の前で、貧しかった、朝日の記事に、
 「あちらではリンゴが食べられる」

 これにつられて帰国を決意した者がいた、また、2の記事は産経新聞のS記者、あの頃の産経は、現在のフジテレビの立場だったのかもしれない。
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