天才について論じた本は多数あるが、その中でおすすめなものを数点あげよう。
1. ロンブローゾ『天才論』。翻訳は辻潤によるものが『辻潤全集 第五巻』(五月書房)として出されている。イタリアの犯罪学者ロンブローゾが精神病理学的見地から天才と狂気の関係を論証した古典中の古典。天才と狂気の関係は古くから指摘されてきたが、彼によってこの関係は確定的なものとなった。しかし、あまりに狂気との関係づけが強調されているきらいがある。最後の章でそっと「正気の天才」を論じているが。
2. E・クレッチマー『天才の心理学』(内村祐之訳、岩波文庫)。『体格と性格』で有名なドイツの精神医学者クレッチマーの名著。ロンブローゾと同様に天才を狂気と関係づけて天才の本質を解明しようとしているが、精神病理学的により精緻な考察となっており、こちらの方がおすすめである。第三部の天才の肖像集が面白い。
3. 宮城音弥『天才』(岩波新書)。日本における天才論の先駆けであり、新書の割には内容は充実しまくりである。天才は狂気であるというよりは社会不適応である、という指摘は面白い。独創性の実現のためには因習を破り、社会への適応を犠牲にする必要があるのだ。一番読みやすい。
4. W・ランゲ=アイヒバウム『天才 創造性の秘密』(島崎敏樹・高橋義夫訳、みすず書房)。ランゲ=アイヒバウムはドイツの精神病理学者で、やはり天才と精神障害の関係を重視しているが、ロンブローゾやクレッチマーよりはその傾向が弱い。彼は、天才を「関数概念」として捉え、「天才」という個人よりも「天才」という「ものの見方」があるのだ、と指摘した。少し地味だが、面白いことに変わりはない天才論の必読書である。
5. 飯田真・中井久夫『天才の精神病理 科学的創造の秘密』(中央公論社)。二人の精神医学者が病跡学の見地から天才的科学者の創造性の秘密を解き明かした名著。病跡学は主に文学と芸術における天才と精神病理の関係を解明する学問だが、飯田と中井はこれを科学者に応用した。その功績は絶大である。はっきり言ってめちゃくちゃ面白かった。これまで10回ぐらい読んだ。「分裂病圏」と「躁鬱病圏」と「神経症圏」に分けて、それぞれの科学者の精神病理と科学的創造性の関係を考察しているが、とにかくめちゃくちゃ面白い。特に分裂病圏のニュートンとウィトゲンシュタインに関する考察には引き込まれる。ウィトゲンシュタインは哲学者だが、数学基礎論や論理学も専攻していたので、この本の考察対象になった。彼の他の伝記よりも数倍面白かった。
6. 福島章『天才 創造のパトグラフィー』(講談社現代新書)。パトグラフィーとは病跡学のことである。福島は有名な犯罪心理学者であり、日本における天才論の草分けである。これまでの天才論の系譜そのものの叙述で目新しいことはないが、よくまとまっており、初心者にはおすすめである。ゲーテのIQが185でニュートンのIQが125であることを指摘してくれているのは初心者にはありがたいことであろう。識者には周知のことだが。
天才の概念は一般に誤解されており、基本的なことすら知らない人が多い。
まず、芸能や経営やスポーツの世界に天才などいないのである。
天才は天賦の才能などではない。
天才は社会への適応を犠牲にした独創性の実現なのである。
いつでしたか『サライ』を読んでいると、フェルマーの最終定理を証明したアンドリュー・ワイルズは「証明で全精力を使い果たし、何もできないらしい」(藤原正彦の友人の弁)とのことですが、グリゴリー・ペレルマンは「数学に思考を集中していたため、その他のことができなかった。だからほかのことに時間を使うことにしよう」とドストエフスキーやトルストイの全集を読んでみたり、シャリアピンの全CDを聴き続ける日々を送っているのかもしれません。
そんな私がおすすめしたいのは、春日武彦著『天才だもの』(青土社)と田中美智太郎の古い文庫版『哲學的人生論』(河出書房)です。おそらく先生はお読みになっているものと思われますが、そうされていないのであれば、ぜひお読みになってください。