(1)他国から不当な干渉、攻撃を受けたら、これを排除するために政府、国民は国際社会の協力も得ながら完全阻止しなければならない。国家主権、国民の生命、財産、権利を守るための自衛権の行使だ。
第2次世界大戦の開戦理由は当事国によって見方は異なり、自国に有利な判断が主張されるものだが、いかなる理由があったとしても旧日本軍がアジアに侵攻し植民地支配をした戦争の一貫であることには変わりがない。
終戦記念日に閣僚、国会議員が靖国神社に参拝(worship)して、かっての植民地支配を受けた中国、韓国政府から反発、抗議を受けるのが恒例になっている。
(2)閣僚、議員参拝者からは、国のために殉死(じゅんし)した英霊にお悔やみを申し上げるのは国内問題であって外国の干渉を受けることではないというのが、彼らの共通した認識だ。
第2次世界大戦の連合国軍の東京裁判でA級戦犯として処刑された同戦争主導者と彼らに先導されて命を落とした戦死者が合祀(ごうし)されているのが靖国神社だ。
一様に「国のために殉死した英霊」としてくくることには賛同できない。開戦理由は別にしても第2次世界大戦が他国から不当な干渉、攻撃を受けて政府、国民が「一体」となって自衛のために立ち上がった戦争でないことは明らかだからだ。
(3)今年の国会議員の靖国神社参拝は、衆参選挙の自民大勝を受けて昨年(55人ー報道)の倍増(102人ー同)となった。
参拝閣僚も含めて英霊へのお悔やみとして国内問題、他国の不当な干渉を受ける問題ではないと主張しているが、政治家として毎年この時期の靖国参拝問題が隣国として政治、経済関係で重要関係国の中国、韓国との外交摩擦を招いていることを考えれば、国内問題で他国から不当な干渉を受ける問題ではないなどと通り一辺倒の発展性のない主張をくり返すだけでは、事足りないことはあきらかだ。
(4)隣国との関係改善に向けて努力、工夫、調整することが強く求められる政治課題であることは当然のことだ。
そういう靖国参拝の政治家「建前論」に隠れて、結局は選挙支持団体(戦争遺族会など)への衷心(ちゅうしん)でしかないのが実情(real intention of yasukuni worship)なのではないのかと思われる。
当時の軍事国家指導者のもとに旧日本軍がアジアに侵攻し植民地支配をした「事実」から、第2次世界大戦を主導した国家指導者層と彼らに先導されて命を落とした戦死者とは区別して考える必要がある。
(5)靖国神社からA級戦犯を分離する分祀案あらたな国立追悼施設の建設計画も語られたことがあるが、唯一の「被ばく敗戦」をまるで美化する(idealize)がごとく靖国参拝議員にとっては既得権益からも了承できないことでもあり、またそれは靖国問題の他の施設への飛び火、拡大をうながす効果でしかない。
(6)植民地支配、戦争責任の歴史評価を検証し、過去の失敗、大きな代償をくり返さない誓いが「本望」であり、敗戦美化、右傾化思想を助長させることがあってはならない。
第2次世界大戦の開戦理由は当事国によって見方は異なり、自国に有利な判断が主張されるものだが、いかなる理由があったとしても旧日本軍がアジアに侵攻し植民地支配をした戦争の一貫であることには変わりがない。
終戦記念日に閣僚、国会議員が靖国神社に参拝(worship)して、かっての植民地支配を受けた中国、韓国政府から反発、抗議を受けるのが恒例になっている。
(2)閣僚、議員参拝者からは、国のために殉死(じゅんし)した英霊にお悔やみを申し上げるのは国内問題であって外国の干渉を受けることではないというのが、彼らの共通した認識だ。
第2次世界大戦の連合国軍の東京裁判でA級戦犯として処刑された同戦争主導者と彼らに先導されて命を落とした戦死者が合祀(ごうし)されているのが靖国神社だ。
一様に「国のために殉死した英霊」としてくくることには賛同できない。開戦理由は別にしても第2次世界大戦が他国から不当な干渉、攻撃を受けて政府、国民が「一体」となって自衛のために立ち上がった戦争でないことは明らかだからだ。
(3)今年の国会議員の靖国神社参拝は、衆参選挙の自民大勝を受けて昨年(55人ー報道)の倍増(102人ー同)となった。
参拝閣僚も含めて英霊へのお悔やみとして国内問題、他国の不当な干渉を受ける問題ではないと主張しているが、政治家として毎年この時期の靖国参拝問題が隣国として政治、経済関係で重要関係国の中国、韓国との外交摩擦を招いていることを考えれば、国内問題で他国から不当な干渉を受ける問題ではないなどと通り一辺倒の発展性のない主張をくり返すだけでは、事足りないことはあきらかだ。
(4)隣国との関係改善に向けて努力、工夫、調整することが強く求められる政治課題であることは当然のことだ。
そういう靖国参拝の政治家「建前論」に隠れて、結局は選挙支持団体(戦争遺族会など)への衷心(ちゅうしん)でしかないのが実情(real intention of yasukuni worship)なのではないのかと思われる。
当時の軍事国家指導者のもとに旧日本軍がアジアに侵攻し植民地支配をした「事実」から、第2次世界大戦を主導した国家指導者層と彼らに先導されて命を落とした戦死者とは区別して考える必要がある。
(5)靖国神社からA級戦犯を分離する分祀案あらたな国立追悼施設の建設計画も語られたことがあるが、唯一の「被ばく敗戦」をまるで美化する(idealize)がごとく靖国参拝議員にとっては既得権益からも了承できないことでもあり、またそれは靖国問題の他の施設への飛び火、拡大をうながす効果でしかない。
(6)植民地支配、戦争責任の歴史評価を検証し、過去の失敗、大きな代償をくり返さない誓いが「本望」であり、敗戦美化、右傾化思想を助長させることがあってはならない。