goo blog サービス終了のお知らせ 

いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

40年記念コンサートの群像。 crowds of 40's memorial concert

2012-06-10 19:35:57 | 日記
 ビートルズが事実上解体したのが70年で、そのビートルズ(Beatles)の影響をモロに受けて音楽活動を本格化し72年にチューリップ、井上陽水、矢沢永吉が次々と日本の音楽シーンに登場して、2012年の今年はデビュー40年の節目のメモリアルコンサートが続く。

 その少し前にはオフコースの小田和正もデビューしている。今となってはビートルズ解体のあとの日本の時代と音楽シーンをきりひらいてきたニューミュージックの黄金期群像(gold-era crowds)といえる。

 ビートルズに強く影響を受けて、ビートルズ解体を契機にその想いのエネルギーが一気に爆発、昇華した年代であることは、相関関係でよくわかる。40年たった現在も音楽性が高く評価されて、独自の音楽観、世界観を持続しステータス(status)を維持しているのは立派というほかないが、ビートルズが今も音楽性、社会性、文化として高く評価され影響力をもって次々にあたらしいファン層を開拓し続けていることと無縁ではない。

 72年6月5日に「魔法の黄色い靴」でレコードデビューを果たして今年40年を迎えたチューリップの財津和夫さんは新聞インタビューで「ビートルズが今も愛されているなら、ぼくらも受け入れられるのかな」と、40年の音楽活動を振り返っている。
 72年の財津詞・曲の「魔法の黄色い靴」は今でも斬新なメロディラインと言葉(lyrics)ストーリー、音楽性は異彩を放っており、当時は時代を先取りして早すぎた音楽性と評価されてもいたほどだった。

 同インタビューで財津さんは「ジョン・レノンの影響が大きい」と言っている。ビートルズの場合、それまでの常識的なコード進行ではない斬新で想像を超えるビートルズ・コード進行を駆使して音楽に革命を起こしている。
 音楽教育は受けていなくてもそれをアドバンテージ(advantage)にして自由で独自、奔放な発想音楽によるものだ。それが今もビートルズの時代と音楽を引きつけて離さない理由だ。

 財津さんはジョン・レノンから「常識を破らないと魅力にならない」ことを学んだという。
ポール・マッカートニーはメロディを生かすために言葉(lyrics)を使うが、ジョン・レノンは言葉(lyrics)を生かすためにメロディを使う。
 財津さんは800曲余りの多様で多作の楽曲作品の中で、言葉(lyrics)を生かすすばらしいメロディをつくってきた。財津さんはポールの音楽性に敬意を示しながらも、ジョン・レノンの「流れ」を汲むとずっと思ってきた。

 ビートルズは今年50年を迎える。すでにジョン・レノンとジョージ・ハリスンは他界してポールとリンゴ・スターを残すのみだ。
 先日の英国女王の載冠即位60年記念式典でポールはバッキンガム宮殿前でのコンサートに参加し、7月のロンドンオリンピックでも何んらかの形で参加することが予想されるが、ビートルズでの50年コンサートは叶わない現実だ(すでにひとりひとりがビートルズを超えたアーティストでもあり、生存していても集結は異質なもののように映る)。

 ビートルズというのは、何んとそこまで見事に演出しての不到域のカテゴリー(kategorie)なのだ。ポール・マッカートニーは、レコード・コレクター(6月号)の特集「20世紀のベスト・ベーシスト100」で1位の評価を受けた。

 今年、井上陽水はビートルズの楽曲「hallow goodby」をコンサートタイトルにして40年コンサートを展開中だ。
 矢沢永吉は9月に「blue sky」タイトルの40年野外スタジアムコンサートを行う。

 そしてライブバンドとして時代と音楽をきりひらいてきたチーリップ(Tulip)は9月から1年をかけて自負と自信の「the live」タイトルの40年メモリアルコンサートを展開する。
 70年アマチュア時代の財津さんが「ぼくら実力がありますから、一発で決めます」というチューリップコンサートだ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする