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卒業式に列席させていただきました。

2015年03月02日 | 季節のこと
春の雪でした。玄関をでましたらまぶしい明るさです。本当に春が来たのだと感じました。

 ところが今朝がたから、かなり広い範囲が停電で、新幹線も止まってしまいました。

 9時半には復旧したようです。

 本日都内で打ち合わせがある専務は駅で足止めです。

 事務所ではみゆきさんが軽井沢に別荘をお持ちのお客様にお電話をしています。

 蓄熱暖房機の確認です。深夜電気を使っていますので、時間が狂うと昼間時間の高い電気をお使いいただくようになってしまうからです。

 別荘に入って点検をさせていただく了解をいただいているのです。

 何もなくて当たり前なのですが、お客様は離れていれば何かと気がかりでしょうから。

 現場の雪かきが終わり、担当は点検に出かけていきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 1日は母校の高校の卒業式でした。

 3年前に入学式でみた彼らが、一回りも二回りも成長した姿を見せてくれました。

 袴姿も美しく、もっぱら目の保養もさせていただきます。若いっていいなあー・・・・もう受験勉強は嫌だけど、ほぼ進路が決まっているこの時点の彼らにだったら、私もなりたい!!

 校長先生の式辞は「信頼に足る人物たれ」と初代校長先生の教訓を話されました。青色LEDでノーベル賞をいただいた赤崎勇氏が20世紀に青色は無理ともいわれていたのを、20年かけて開発し、あきらめない研究者と呼ばれたとお話しされました。

 若い人は流行に載らず自分の好きなものをやりなさい。己の適性を知り粘り強く続ける姿勢が必要だと。

 さらに平和を愛し苦しんでいる人を救ってほしいと話されました。多くの苦しんでいる人を最後まで支えたマザーテレサを例にだされて話されました。1979年にノーベル平和賞でいただいた賞品はすべてカルカッタの貧しい人に使い、祝賀会もいらないから、そのお金を貧しい人に使ってほしいと。

 これからはグローバル社会で生きていくでしょうから、国の内外でも、その土地の文化や風土になじんで・・・・・(この後の言葉の記憶がなくて・・・・ごめんなさい)

 皆さんの活躍を心待ちしている、と締められました。

 卒業式に続いて、高校再編のための閉科式が開催されました。

 昭和36年の機械科・昭和38年の電気科・昭和62年の電子機械科と53年の歴史を持ち、7000余名の卒業生がいる工業科がこの度閉科になりました。

 多くの卒業生が日本の高度成長を支え、この地の産業に多大な貢献をしてきたのだと思います。

 もう何年もこの日がくることが分かっていたのに、感無量の思いがしました。

 我が母校は同窓会が残りますが、他の二校は閉校となりますので、その思いはいかばかりかと思います。

 これからも続くだろう少子化は、さらなる再編を必要とするかもしれません。我が母校が残れるかは、日本中の誰彼の問題でもあると思うのです。
                              
 それにしても、この年になって校歌を2度も歌えるなんて最高な日でした。
                                           依田美恵子

軽井沢・佐久で建てる外断熱・省エネ住宅 中島木材の家


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入学は目標ではなく通過点。

2014年04月05日 | 季節のこと
ようやくに梅が咲き始めました。気が付けばれんぎょも水仙も。春なんですねえ、と一人悦にいっていました。しかし今夜は雪だとか。

 先週、スタットレスタイヤを履き替えるという章君に、「もう少し」とストツプかけたのが正解のようです。

 このあたり、入学式が雪だった思い出を持つ人けっこういるのです。まあー私もその一人ですが。

 昨日は母校の高校の入学式・・・・先日の卒業式より生徒も保護者も確実に3歳若く・・・・とっても初々しく見えました。(笑)

 ついつい自分の入学式を思い出すのですが、式辞や祝辞を生徒はどの程度記憶しているものなのでしょうね。

 校長先生の式辞、同窓会長さんの祝辞・PTA会長さんの祝辞に共通している部分がありました。

 「目標をもって3年間を過ごす」ということでした。

 入学は目標でなくて通過点・・・・・。

 何になりたいのか、どんな生き方をしたいのかって目標なかなか持てないですよね。ずるずると大学合格が目標になってしまう場合も多々あって、その入学を機に燃料ぎれになってしまう場合も。

 最近思うのですが、心豊かに生きていける能力を身に着けられればと。勉強一筋よりもと。

 この年齢になったから思えることの一つかもしれませんが。

 そんなことわかっているわ、当たり前のことと言われるかもしれませんね。

 今朝の新聞の教科書検定の斜め読み・・・・・ウサギを抱いている女の子の写真の足元をカット・・・・落してウサギにけがをさせない配慮から。

 半袖半ズボンの木登りも危ない旨の部分があったりして。

 もうー、この国の未来どうなるの・・・・そう思ったのでした。

 たくましく、生活力に満ちた子供を育ててほしいんだけどなあーって・・・・願っています。

 他の部分とっても気になるところあるんですが・・・・・。

                                             依田美恵子

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19夜様・・・これから。

2014年03月17日 | 季節のこと
19夜様講の前日、夕食を食べていましたら電話が入りました。「お念仏を吹き込んだテープがないのですが」とちょっと焦り気味のお声です。昨年度当番だった私ですが、終わるとそうそうに次期当番にお道具類を渡して肩の荷を下ろしていたのです。

 えー、全然記憶がありません。

 確かレコーダーをお借りした方にテープ共お返ししてしまったのでしょうか。

 あわてて心当たりに電話です・・・・・もしなかったらどうしょう・・・・責任重大です。

 昨今、このお念仏を詠える人が少なくなってしまい、継承できないことを恐れてテープにとってあったのです。ところが合いの手に入る鉦の音が、じゃまなので、もう1度吹き込みなおしをしてほしい・・・・と確か昨年お願いしてあったのだけど・・・・・。

 このお念仏フルコースなら1時間半はかかるはずを、現実的にその3分の1だけですましているのです。

 これを90歳の方にお願いしているのだから、頼まれた方も気が気でないはず。ダメなら今までのでと思ってテープを回したら、フラダンス用だったんだとか。

 若い頃このお念仏、ちょっと考えごとをすると、今どこやっているのかわからなくなる。だから睡魔とのたたかいみたいで(笑)

 それでも先輩たちがいる頃はそれはそれでよかったけれど・・・・・いつしか年に不足はない年齢になり、参加者は年々少なくなり、さらに後継者がいないレベルになってきたのです。

 昨日はとうとうお当番が5名、お客様が3名と過去にないほどの少人数。

 ここまでくれば何とかしなければ・・・・・と。

 この歴史少なくとも江戸時代まで遡るのではないか、それを私たちの時代で絶やしてしまうことはできない・・・・その責任は重い。

 大変だからと簡略化してきたが、衰退に歯止めがかからない。

 我が国の高度成長時代と共に、地域の横並びが崩れて、そして今や働き方も生き方も多様になった。

 地域の人の付き合い方も希薄になってきている。他人の家に干渉しにくい、早く言えば見て見ぬふりをする時代になつてしまったのかも。

 これで言いわけはない・・・・・。


 私が小学校に上がる前に母に付いていった19夜様は、地域の女性が1軒に一人、そしてその子供たちでたいそうな賑わいだった。外に出ることの嫁たちの楽しみの場であったろう。

 19夜様には余興がつきものだったから、稽古に出られない母が、その代わり何の役でもしますと引き受けたのは「うちの女房には髭がある」というその女房役だった。だから・・・・半世紀以上過ぎたけれど、その母の姿が瞼に浮かんでしまうのかな。

 かっては、子を産み育てている年代の楽しみの場も兼ねていたのに、いまやその姑世代が、次世代にも送ることができないままに手をこまねいているのです。

 時代が変わった、と割り切っていいものか。

 我が国の出生率を見れば危機的な数字だと思う。私たちの老後を物心双方を支えてくれるのは、未来の子供たちである。

 子供が少ない・・・・・これがどのくらい大きな意味を持つのか。そして子供が生まれない社会というものを他人事ではなくわが身のこととして考えていかねばなるまい。

 19夜様のお念仏を唱えながら、その意味がわかるようになってなおそう思えるのです。

 新しくお念仏もテープに吹き込んでいただきました。本当にお疲れ様でした。

 そして今までのテープもありました。そのテープは申し送り品ではなく、個人の持ち物で、私の肩の荷も下りたのでした。ほんと私青くなりましたもの。
                                     依田美恵子

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土屋酒造店さんの佐久酒の会

2013年05月28日 | 季節のこと
3週間ぶりのお休みでした。月曜日から「エイラ」を読み続けていて、絶対的睡眠不足も重なってきています。

 それでも上・中・下の3巻を6日間で読破しました。それにしてもこの本は重過ぎです。ベットに横になり読んでいると、腕が重いし・・・・眠りの世界に入る度にこの本が顔にド~ンと被さり深く眠るのをさまたげるのでした。

 勢いで読みましたが、内容としては深い意味合いを持っていましたが、これまでのシリーズに比べると、のめりこめない物がありました。

 最初から読みたいと、第1巻のシリーズから読み始めたのですが、15冊の山はとてもとても、と完結編に飛びついたのでした。

 完結編を読み終えた後、また1巻に戻りました・・・・やっぱり最初の方が「ハラハラ・ドキドキ」感が強いわ。

 そんな中で土曜日は「土屋酒造店」さんの「佐久酒の会」のお田植祭に参加です。長いこと会員になっていても、今まではお田植も収穫の時も参加できませんでした。・・・・いつも新酒発表会ばっかりで後ろめたかったのです。

 あわただしく家事を済ませて、駆けつけると参加者は80名以上とか・・・・申告した人だけの人数は・・・・ということはもっと大勢の様子です。

 1列に並んでいよいよ開始です。ラインを示す水糸には、植える位置の印まで付いています。除草機が入るために行間を確保しなければならないから。

 私は見学することにしました。だって入る余地ないし・・・・食事のお手伝いをしてねと言われたし(笑)

 なんともはやー、楽しそうなお田植風景です。

 水の温かさや、柔らかな土の感触、そしてその下の粘土土まで感じてもらえた様子でした。何かのお魚が手に触ったと驚く子供も。

 お田植が始まる前、クローバーの花の縄の編み方を一人の女の子に教えました。
時たまに赤いクローバーも入れるときれいよ、の言葉も添えて。

 懇親会が始まると、その女の子が私を探し尋ねてきました。花の縄は十分長くなっていました。それをリングにする方法を教えてと。

 クローバーのステキな匂いが私は好き。このクローバーを10mも編んだ頃を思い出したのでした。女の子はその頃の私と同じ小学校2年生でした。

 お田植の人数にも驚きましたが、料理を用意するスタッフの数にも驚きました。
「山菜のお天ぷら」に「ハヤの唐揚げ」「ハヤの串焼き・山椒味噌添え」「ローストビーフ生野菜添え」「じゃがいもとチキンの煮込み」「梅漬けのおにぎり」「豆腐汁」・・・それに「茜さす」をいっぱい・・・・2002年仕込みが美味しかったわ。

 私の前の席の方は2009年がイチオシといっていました。どれも美味しい!!

 夫がいなくなったなあーと思ったら、山椒の葉を摘んできました。わあーいいなあー私も摘みたい。

 これ以上座っていたら、絶対いただき過ぎになりそううなので山の中に入ります。山ぶきが目に入りました。日陰なので柔らかそう。

 片付けが終わった後、目を付けた群生地で山ぶきをたくさん採ったのでした。
採るはいいんだけど、たくさんの山ぶきを処理する体力と相談もしなければねえ。

 車で送っていただいた方に半分差し上げて、ことなきを得たのでした。それでも大なべ一杯のキャラブキができました。でも採るって楽しい!!

 お田植祭といっても、お田植よりも「飲み会」がメインみたい(笑)
集う人たちは、遠方の方が多くてびっくりでした。前泊や後泊もされて十分楽しまれておいででした。

 佐久酒の会・・・・詳しくは土屋酒造店さんのホームページでご覧ください。

 土屋酒造店さんたのしい、そしておいしいおもてなしありがとうございました。
この次は収穫祭にうかがいます。


                              依田美恵子

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武重酒造さんの蔵開き。

2013年03月21日 | 季節のこと
帰宅したら山ほどの蕗のとうがありました。もう拵えてあります、父の仕事です。
夕食後、煮浸しと蕗味噌をつくりました。

 美味しいお出しがあったので、おからも炊きました。

 そして山ほどのじゃがいもも流しに入れましたが・・・・もう体力切れですので翌日の休日の仕事に廻しました。

 朝、大なべいっぱいのじゃがいもと人参を茹でて、コロツケの準備です。じゅがいもが、あんまりしわしわにならないうちに、コロッケにして冷凍です。

 お中日のお団子を作っている母の横で大量のジャンボコロッケをまとめていました。夫が時間がないよ・・・・今日はめずらしくバスで出かけるのです。

 猛烈な勢いでパン粉をまぶして、10分で身支度をして出発です。

 ところでバスってどう乗るのかなあー、と夫の言葉。

 岩村田駅で乗ったら・・・・やっぱり誰も乗っていませんでした。祝日だからこんなものかしらねえ。

 そして佐久平駅に・・・・運転手さんの「マジッー」の驚きの声。見れば停車場は黒山の人です。

 「知らなかったのですか、今日は武重酒造さんの蔵開きなんですよ。多分新幹線でこられた方ですよ」と運転手さんに教えてしまった私です。

 定期バスが満杯で走るなんて、めったにないことなんですよねえ。

 私たちもその蔵開きに出かけたのです。

 こちらも黒山の人です。

野沢菜の古漬けと時漬けをあてに、いろんなお酒を試飲させてもらえます。
 常日頃は「牧水」とか「山廃仕込」をいただいているんだけど、この日は上等のお酒を試飲させていただきます(笑)。

 まあどう頑張っても、そうはいただけないのがお酒ですから。

 お蕎麦をいただきながらもまた、今年も知らない方と話が弾みます。

 リックサックに詰めれるだけ、おいしいお酒を積み込んでまたバスで帰りました。
 毎年楽しみにしている「春花見」は地元の酒屋さん経由でお取り寄せです。

 十二六と言う名のどぶろくが夫の好みのようで、しっかりリックの中に入っていました・・・・夫だけではなく私もおいしいと思いましたよ(笑)

依田美恵子

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19夜様の掛軸

2013年03月19日 | 季節のこと
19夜様のお道具箱に3本の掛軸が入っていた。2本は字、1本は如意輪観音像である。

 私の知っている限りでは、この如意輪観音像のお軸を使っていたが、後の2本は古色蒼然としている。

 終わった後、自宅で道具の整理をしながら父に見てもらった。

 父が1本は山岡鉄舟のものだという。もう1本は昭和の時代の近在の住職さんが書いた物ではないか、と自分の所持している掛け軸の字と比較してくれたが、字体が違うから、昔の住職さんかもとなった。

 山岡鉄舟は幕末から明治に活躍された方だが、この方は頼まれれば断らずに書かれたとのことで、生涯に100万枚書いたとも言われているらしい。

 安養寺の普請の時、これを資金にしたらと書いてくれたそうで、この近在は鉄舟の作品を所持している家が多い。

 身近なところに意外な歴史が存在したみたい。

 父が男念仏でも鉄舟の掛軸があったと前々から言っていたので、これのことでしょうかと聞いてみたが、分からないという。

 19夜様は女人だけの参加ですものね。

 男念仏は毎年11月頃、当番となった個人の家で開催されていたらしい。私より7年~8年前に嫁に来た方は記憶にあるという。

 これも昭和40年代に入って形を変えた。今は4軒ごとが1年ずつの順送り、不幸ができた時に棺料といって1軒200円を集めて届けている、それだけになった。

 土葬だった時代の墓堀当番の名残なのかもしれない。

 その男念仏の掛軸が19夜様のお道具箱に入っているものなのか、別物なのかわからない。

 男念仏の歴史を知っている方も少なくなってきているだろう。

 未来志向ってこともあるけれどねえ(笑)

 昭和も遠くなったもんだねえ。

                         依田美恵子

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19夜様講・・・・伝えねば。

2013年03月18日 | 季節のこと
穏やかな春の1日を「19夜様講」のお当番していました。30年前始めてお当番した日、家並から数えても次回は30年後と思ったのでした。

 それが30年間にもう4回目です。

 1回のお当番を8人~10人で受け、さらにその中で3人が本当番で3年やったら、次の組に廻すのですが・・・・。

 老齢化・男子のみの家庭などで絶対数が減って、さらに「お休み」と称する実質退会者もいて、その廻り方は年々加速しています。

 3年のつもりが2年で廻しますが・・・と恐る恐る次の組に申し上げたのですが、ハイ次の組も2年で廻しますからと寛大なご返事が返ってきました。

 えっー、それだと後7年だと思っていたけれど、たちまち回ってきそうですね。

 かってはそれぞれの家を持ち廻りでやっていたのだそうです。

 変らないようでいて、集う人たちは確実に変っていっています。私だって若手から卒業して中堅ですもの。

 19夜様はお産の神様です。
 安産の神、如意輪観音を主尊として、旧暦の19日の夜、女性だけが集り如意輪観音によって血の池地獄からの救済を謳う「19夜念仏和讃」を唱え安産を祈るのです。

 最近は3月のお彼岸の前の日曜日に行うことが多いです。

 かってはどこへも出かけることの無かった嫁たちの楽しみや息抜きの場であったのでしょうが、時代が変り、さらに働き方まで変った女性たちにとっては、これが負担になりつつあるのです。

 お産が病院になったのもきいているでしょうね。

 お話を聞いていて思ったのですが、個人の家でやら無くなったのは、公民館ができた頃と一致するような気がします。

 それまでの横並びの農村の生活から、現金収入が得られる時代の到来とも一致するのかもしれません。新たな小さな格差がうまれ始めたのもこの頃かもしれません。

 公民館はそういう意味でも大いに意味があったのでしょう。

 参加者も当番も嫁というより姑世代になり、さすがに昔風では大変と簡略化してきました・・・・・踊りや寸劇がなくなって・・・私はうれしかったわ。

 500円会費で、お団子に菓子と果物と漬物(市販品に限る・・・・この枠を徹底しないと際限なく元に戻ってしまうから)程度で。

 私はケーキとお茶でと、前回廻したつもりが一回りするとこうなっているのよね。

 お産のある家からはお祝い金が届けられますので、そのお家には「オオダマ」と言われるソフトボール位の大きさのお団子が配られます。

 食べる物が無かった時代には嫁さんに喜ばれたことでしょうが、私は3回に分けて食べました・・・実に恐ろしい大きさです。

 お茶会の前にこの19夜様講のメインである、お念仏を唱えます。
最近唱えられる人が少なくなって、テープに残してもらってあるのですが、そのテープにはお念仏と共に鉦の音が入っているので、テープの鉦と聞いて叩く鉦の音ばかりが耳にに届きます。

 今の人たちの方がテンポが速いようで、今どこやっているの~、となってしまいます。

 さっそくに鉦のないお念仏を吹き込んでもらうようにお願いをしました。

 このお念仏全部行うと1時間半かかりますが、いつの時代に簡略したのか分かりませんが約3分の1で25分かかります。

 始まる前に時分使いで、地域を鉦を叩いて廻ります。この役と19夜様塔・・如意輪観音塔のことですが、お線香を上げに行くのは、「若い人」の仕事です。

 今年は「いつ頃建立されたのか見てきて」となり、弘化4年(1847年)の文字を見つけてきてくれました。

 少なくともその時代から続いているのですから、私たちの時代でやめることはできません。

 ケーキとコーヒーでも、饅頭とお茶でもいいから、このお念仏を唱え続けなければ(テープを廻してでも)なりません。

 引継ぎの箱の中から、明治39年の和紙綴の人名簿が出てきました。
会費というのでしょうか、それを納めた人の名が全部戸主でした。そして大正11年のを見ると、女性の名が多くなってきています。戦前の女性の地位がよくわかります。

 達筆すぎて夫の祖父の祖父の名前が分かるだけで、後は知らない方ばかりです。

 でも記録ってすごいですね。最近では平成16年の方が残していました。これってみんな見ていないからほとんどの人は知らないのね。

 私もささやかに残こして廻すことにしました。
 
                     依田美恵子

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高校卒業式の保護者代表挨拶・・・感動のスピーチ

2013年03月05日 | 季節のこと

岩村田高校の卒業式の続きです。

 式も終盤に向かいます。在校生の送辞も卒業生の答辞もすばらしいスピーチです。今が旬の人たちの感性は違うわ、と納得です。

 そして保護者代表のご挨拶です。お名前を聞いた時、「うーん、どこかできいた名前」と思ったとたんに思い出しました。

 昨年の文化祭の折、PТAの皆さんが野菜を山ほど積み上げて販売していました。
お義理にでも買わなくちゃあと選んでいました。その時の会話の声でお互いが気がついたのでした。

 「あれれ、お子さんこちらでした?」から始まって、「私は卒業式に保護者代表の挨拶をする役です」と。それはそれはと思っていたのですが、この役目入学式の日に決まってしまうのだそうで・・・・・3年間ずっと頭にあるのは気が重かったことでしょぅね。

 でも考えようによっては、お子さんと共に3年間を濃く過ごされたのではなかったでしょうか。

 ご挨拶が終わった瞬間、来賓席の隣の方が「あの原稿がほしい」とつぶやきました。「本当に欲しいよね」とその隣の方も。

 「私お願いして見ます」となった次第です。
 すばらしいスピーチでした。その中に込められたメッセージが心を打ったのでした。
 このメッセージを多くの子供たちに伝えたいと心から思ったのでした。

 そして強引に原稿をいただき、このブログに掲載させていただくことにしました。

 以下そのご挨拶です。

謝 辞
 
 卒業生の保護者を代表し一言お礼を述べさせていただきます。本日は、我々の子供たちに、このように盛大な卒業式を開いて戴き、誠に有難うございました。卒業生の皆さん、三年間よく頑張りました。心からおめでとうの言葉を贈ります。
 
 校長先生をはじめ、諸先生方のたゆみないご尽力、又、来賓の方々のご厚意なくしては、この日をこうして迎える事は出来ませんでした。何とお礼を申し上げてよいか分かりません。
  
 卒業を迎えるこの日、私達の息子、私達の娘が思い描く未来は、親にしてみれば、もう、手の届かない空の彼方にあります。見上げながら羽づくろいをするもの、翼を広げて羽ばたいてみるもの、まだ生えそろわぬかと首を傾げているものなど、何れも羽の心配や調整に余念がありません。

 飛んだことのない空や、とび込んだことのない水の深さ、怖さ、風を読むこと、共に飛ぶためスピードを落とすことも、飛ぶ前の若鳥たちは、きっと、すでに思い描く力を持っています。

 就職や受験という括りで見えづらくても、卒業生の皆さん、皆さんが高校生活を通じて先生方に戴いたのはおそらく、この思い描く力です。人生の中でその力がやがて実を結び、力を授かった幸せを、いつか思い出すこともあるでしょう。
 
 三年間に、子供たちは多くの友人と出会い、又何人かとの別れを経験しました。言葉にできぬ様々を乗り越えて、とうとう三年間、学びきり、先生方からの、この恩恵を被ることができたのは何と有難いことでしょう。

 卒業生の皆さん、あなた方が生まれてからずっと知らずに受け取ってきた贈り物が三つ有ると思います。一つは今の、思い描くことの自由、そして仲間と分かち合う生活、それと健康。この三つをどうか財産にしてください。

 飛ぶ力を持っているかいないかを悩むのでなく、三つの贈り物に対して、いつも開かれている、そういう心を持っていてください。そうであれば、一人でがんばるときにも一人ではありません。努力にふさわしい結果が出ないときにも、しっかり目を開いて再び歩き出すことができるでしょう。そして、喜びは自分一人のものでなく、人と分かち合えるものになるでしょう。

 長い人生には自由や健康を失うこともあるかもしれません。その時は最後の一つ、仲間の手を離さないでください。あなたの命は、あなた一人のものでは、ありません。
どうか、子供たちの未来に良い出会いが続きますように。 

 最後に、もう一度、心の育つ仕上げの時期を大切に寄り添ってくださった先生方に、心からの感謝と尊敬を捧げます。ありがとうございました。

 平成二十五年三月二日
保護者代表
佐々木 恵理子

 これから旅立とうとする総ての子供たちに、このメッセージが届けばと思います。

 佐々木さん本当にありがとうございました。

 本当に心打つ感動のスピーチでした。

                       依田美恵子

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卒業式に招待されて。

2013年03月02日 | 季節のこと

あまりのご無沙汰でご心配をおかけいたしました。先週風邪をひいたまま人間ドックを受けました。

 胃カメラ飲みこめるだろうか、と思ったくらい喉が荒れていたのですが、あの麻酔ってたいしたものですね・・・・飲めましたよ。

 風邪に体力と気力をなぎ倒され、いつもより3日少ない月末の事務屋の日々を過ごし、書かないことが日常のペースになってしまいました(笑)

 本当なら1日ぐっすり休めばと思うところなのですが、昼間眠るなんて恐い事絶対にできません。間違いなく眠れない夜になるからです。

 本日は母校の高校の卒業式でした。

 いいですねえ・・・・旅立ちの場に立ち会えるなんて、とっても感動ものです。最後の蛍の光あたりではこみ上げてくるものが一杯でした。

 男子はリクルートスーツ、女子は着物に袴姿がほとんどです。ういういしくて・・・成人式とはまた違った雰囲気の子供から社会人に足を踏み入れる儀式みたいな物を感じました。

 校長先生の枕の言葉は佐久に馴染みの深い佐藤春夫の春を歌った1節が入りました。私にとっても古典となりつつある佐藤春夫です・・・浅間嶺や・・・以下が頭にインプットされませんでした。

 今日を迎えるまでのご両親に感謝の言葉を声に出して・・・・・、と。
 (そしてあの震災のことを忘れないで)日本・東北のために自分にできることがあるか考えたり、現地に行って見て感じて意味を考えて行動してください。

 信頼に足る人物たれの校訓と共に、後藤静香さん詩で結ばれました。

 十里の旅の第一歩
 百里の旅の第一歩
 同じ一歩でも覚悟が違う

 三笠山に登る第一歩
 富士山に登る第一歩
 同じ一歩でも覚悟が違う

 どこまで行く積りか
 どこまで登る積りか
 目標がその日その日を支配する

 しっかりとした目標を持って生きるのと、その日その日を何気なく生きていくのでは違いがでるのも当然ですものね・・・・今になればよく分かるんだけど。

 自分の卒業式の時の式辞覚えている方多くないのが普通かな・・・・。

 卒業生を真横から見ていたのだけど、2時間近い式の中、両の手をこぶしにして膝においたまま姿勢も崩さず凛としている子を見て・・・・すごい・・・と思いました。

 この子が今後をどう生きていくのか見ていたいと思いました。

 親御さんも見てみたい、と。まるでストーカーだわね。

 名前をインプットしたから、10年後20年後どこかで出会えるかもしれない。そんな楽しみももたらした卒業式でした。 
                       依田美恵子

軽井沢・佐久で建てる外断熱・省エネ住宅 中島木材の家

                          



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今時・・・新年会です。

2013年02月12日 | 季節のこと
 「アッという間に終わったわねえ、この3連休」地域の女性たちと遅まきの新年会の帰りのバスの中での会話。

 内覧会もあったけど新年会が2つ。近くの温泉で日帰りの会食というより宴会。
こんな会が居心地よくなったのは、ひたすら年齢のせいかなあ。

 見回せば世代交代が進んで、絶対に年に不足はない立場になり、気心しれた長年の嫁仲間だもの、楽しくないわけがない。

 えんえんとおしゃべりを続ける。この位おしゃべりすると日頃のストレス解消になるみたい。ところで何を話したの?と聞かれても・・・・ほんと何を話したんだろう。

 犬だったり猫だったり、孫だったりとたわいのない話に笑いこげていたのでした。

 親世代は、公民館活動で仲間づくりが盛んでしたが、その次の世代はフルで仕事を持つ世代です。夜で歩くには体力も気力もないのが現状で・・・・これから先どう過ごすか・・・悩むところです。

 いまさら若妻会・・・・なんていう年でもないし(笑)高齢者向けのいきいきクラブの年でもなく・・・どうみても中途半端だわ。

 来月に迫った19夜様のお当番、3年やって次に廻す予定なのだけれども、去年やったことさえよく覚えていない。

 去年写真とっていたでしょう、なんて言われて、消してしまっていないかとドッキリしたものでした。

 幸いにも残っていてやれやれでした。でもお神酒に飾る半紙のたたみ方良く分からないのよね。

 こちらもしばらくはお休みするという実質退会の人続出の時代、地域の伝統を守り続けることの重責を感じるのです。いつまで守りつづけられるかは、次世代そのものを地域の中で育てられるかにかかっているのだと思うのです。

 我が地域はまだ2世代3世代で暮らす家も多い一方単身世代も確実に増えてきています・・・・もう時間の問題かもしれない、と不安がよぎります。

 実を言えばあのお念仏を自信を持って念じるというのか謡える人がいなくなったのです。数年前にテープに残し、いまやその声にあわせて唱和しているのが実情です。

 それでも残さなければ、この時代を生きてきた者の責任として。

 そして本質だけを残して簡略にしてきたのです。

 かって女性の息抜きと楽しみの場であった19夜様、時代が変わるとそれに参加するのが苦痛という時代を迎えているのも事実です。

 そういう私だって若い日々はお当番の時しか参加できなかったから。

 19夜様はお産を願う・・・・まさしく繁栄を願うのだ。この年になってあの長いお念仏の意味が少し分かりかけてきたというまだまだ未熟者の私です。

                   依田美恵子

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