「木下黄太のブログ」 ジャーナリストで著述家、木下黄太のブログ。

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Facebookに「福島第一原発を考えます」公開グループを立ち上げました。

2011-04-30 14:17:03 | 福島第一原発と放射能

ブログをみている関係者の皆さんとのやり取りが多くなっていて現実に色々をやりたい方も多いためFacebookにまず僕は、自分の名前「木下黄太」英語表記が「Kinosita Kouta」という形で登録してありますが、さらに「福島第一原発を考えます」という公開グループを立ち上げました。http://www.facebook.com/home.php?sk=group_163985373661863このブログの読者や福島第一原発の問題を考えていきたい皆さんが、議論し、交流し、何かを立ち上げていく場になれば、ありがたいです。イベントの立ち上げ連絡も含め、どうやら最もツールとしては使えると言う助言も複数の皆さんからいただきました。できる限りみなさんが、このFacebookにご登録していただき、この公開グループに参加していただければと思います。参加リクエストに気がついたらすぐに承認します。この問題に関心のある方は、勿論、全て承認いたしますので、よろしくお願いします。活動がどのようになるのかはまだ、分かりませんが、いろんな動きが出てくれば、ムーブメントになると思います。インターネットでのやりとりにとどまらず、今後、現実の動きとなることを想定しています。いろんなことを覚悟しながら、僕は動いているつもりです。このブログをよくご覧いただいている全ての皆さんに、是非入っていただき、何かのきっかけになればと切に願っています。尚、私への友達リクエストも構わないですが、先にこの公開グループへの参加リクエストを直接してからにしてください。そのほうが早いです。宜しくお願いします。

 

「追記」 二時間で、五十人の方が参加しておられます。また、過去に僕にメール頂いた方は、是非、皆さんこちらに入っていただければ嬉しいです。よろしくおねがいします。

 

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菅艦隊から放射能防護担当小佐古官房参与離脱「子どもを被曝させたくない」

2011-04-30 00:02:32 | 福島第一原発と放射能
 福島第一原発の問題で、官邸に入れた、内閣官房参与の小佐古氏が辞任を表明した事から、大きな波紋が広がるのではないかと僕は思っています。大きな変化につながるスタートが、ここから始まる可能性が否定できません。子どもを被曝させたくない、学校は年間1ミリという主張は、極々真っ当なものです。こんな話を彼は内部で続けていたそうですが、それを「厳しすぎる」と判断して、専門家としてのメッセージを官邸内の政治家や官僚がくみ取らなかったということです。その事の専門家の話を聞かないと言う事です。勿論、そのトップは菅直人総理です。彼がきちんと資料を見て、専門家の話を聞けば判断できるレベルです。小佐古氏は、どちらかというと、これまで国がらみの原爆関連訴訟で一貫して国側の立場で証言してきた人物で、国に対して、反発の声を上げることを今までしてきた人物ではありません。そうした人物であっても、普通に考えて、国際水準で許容されない事まで、容認した場合、学者としての生命が立たれることもあります。子どもに二十ミリシーベルトはまさにそういうことです。さらに、その後、健康被害がでた場合、専門家の参与として、法的な責任も発生しかねないリスクも、慮ったかもしれません。つまり、本当にどうにもならいレベルの事を菅政権は、下に強要している実態が、今回明確になった訳です。前々から、僕の知っている官邸スタッフが、危険を訴えるペーパーを何度も何度も出していても、事実上無視され続ける構図はお伝えしたとおりです。最終責任者の菅本人が嫌がって聞かないと言う愚痴を、僕はこの一ヶ月に何回聞いたのか、今や覚えていない状態です。これが、放射線防護の専門家として入れた官房参与も同様な状態に置かれている事を、今回きちんと判明したと言う事は、一体、菅総理がなんの言う事を聞いて、どこで判断しているのか皆目検討がつかないということです。全くまともな話がないのだろうというのは、想像に難くありません。菅総理の能力については、二十年前から、本人との怒鳴りあいも含めた直接の接触を通じて、彼を低く見積もっている私にとって、驚くべき事ではありませんが、本人の能力と周辺の体制が酷すぎる為に、これは本質的には官邸は崩壊状態なのだろうと僕は思います。
 小佐古氏の辞任表明について、内部被曝に詳しい沢田昭二名古屋大学名誉教授は、「小佐古氏のような、どちらかという政府側にたって、基準についてかなり甘く考えるようなタイプと見ていたような人でさえ、こういう主張で、辞意表明をするとは、本当に信じられない感じがする。彼は僕からすれば考えは甘いのに、今の官邸は大丈夫なのかと思いますね。」と話していただきました。勿論いろいろな形での政治的な背景もありえますから、なんともいえませんが、こういう形で崩壊の序曲がはじまることは多いです。一体、官邸、東京電力の適切な連携ができているのかも、疑わしい状況ばかり報告されます。色々と懸念が残ります。辞意表明全文です。
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                                            平成23年4月29日

              内閣官房参与の辞任にあたって
                              (辞意表明)

                                             内閣官房参与

                                               小佐古敏荘

 

 平成23年3月16日、私、小佐古敏荘は内閣官房参与に任ぜられ、原子力災害の収束に向けての活動を当日から開始いたしました。そして災害後、一ヶ月半以上が経過し、事態収束に向けての各種対策が講じられておりますので、4月30日付けで参与としての活動も一段落させて頂きたいと考え、本日、総理へ退任の報告を行ってきたところです。
 なお、この間の内閣官房参与としての活動は、報告書「福島第一発電所事故に対する対策について」にまとめました。これらは総理他、関係の皆様方にお届け致しました。

 私の任務は「総理に情報提供や助言」を行うことでありました。政府の行っている活動と重複することを避けるため、原子力災害対策本部、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、文部科学省他の活動を逐次レビューし、それらの活動の足りざる部分、不適当と考えられる部分があれば、それに対して情報を提供し、さらに提言という形で助言を行って参りました。
 特に、原子力災害対策は「原子力プラントに係わる部分」、「環境、放射線、住民に係わる部分」に分かれますので、私、小佐古は、主として「環境、放射線、住民に係わる部分」といった『放射線防護』を中心とした部分を中心にカバーして参りました。
 ただ、プラントの状況と環境・住民への影響は相互に関連しあっておりますので、原子炉システム工学および原子力安全工学の専門家とも連携しながら活動を続けて参りました。
 さらに、全体は官邸の判断、政治家の判断とも関連するので、福山哲郎内閣官房副長官、細野豪志総理補佐官、総理から勅命を受けている空本誠喜衆議院議員とも連携して参りました。

 この間、特に対応が急を要する問題が多くあり、またプラント収束および環境影響・住民広報についての必要な対策が十分には講じられていなかったことから、3月16日、原子力災害対策本部および対策統合本部の支援のための「助言チーム(座長:空本誠喜衆議院議員)」を立ち上げていただきました。まとめた「提言」は、逐次迅速に、官邸および対策本部に提出しました。それらの一部は現実の対策として実現されました。
 ただ、まだ対策が講じられていない提言もあります。とりわけ、次に述べる、「法と正義に則り行われるべきこと」、「国際常識とヒューマニズムに則りやっていただくべきこと」の点では考えていることがいくつもあります。今後、政府の対策の内のいくつかのものについては、迅速な見直しおよび正しい対策の実施がなされるよう望むところです。

 

1.原子力災害の対策は「法と正義」に則ってやっていただきたい

 この1ヶ月半、様々な「提言」をしてまいりましたが、その中でも、とりわけ思いますのは、「原子力災害対策も他の災害対策と同様に、原子力災害対策に関連する法律や原子力防災指針、原子力防災マニュアルにその手順、対策が定められており、それに則って進めるのが基本だ」ということです。

 しかしながら、今回の原子力災害に対して、官邸および行政機関は、そのことを軽視して、その場かぎりで「臨機応変な対応」を行い、事態収束を遅らせているように見えます。
 
 とりわけ原子力安全委員会は、原子力災害対策において、技術的な指導・助言の中核をなすべき組織ですが、法に基づく手順遂行、放射線防護の基本に基づく判断に随分欠けた所があるように見受けました。例えば、住民の放射線被ばく線量(既に被ばくしたもの、これから被曝すると予測されるもの)は、緊急時迅速放射能予測ネットワークシステム(SPEEDI)によりなされるべきものでありますが、それが法令等に定められている手順どおりに運用されていない。法令、指針等には放射能放出の線源項の決定が困難であることを前提にした定めがあるが、この手順はとられず、その計算結果は使用できる環境下にありながらきちんと活用されなかった。また、公衆の被ばくの状況もSPEEDIにより迅速に評価できるようになっているが、その結果も迅速に公表されていない。

 初期のプリュームのサブマージョンに基づく甲状腺の被ばくによる等価線量、とりわけ小児の甲状腺の等価線量については、その数値を20、30km圏の近傍のみならず、福島県全域、茨城県、栃木県、群馬県、他の関東、東北の全域にわたって、隠さず迅速に公開すべきである。さらに、文部科学省所管の日本原子力研究開発機構によるWSPEEDIシステム(数10kmから数1000kmの広域をカバーできるシステム)のデータを隠さず開示し、福島県、茨城県、栃木県、群馬県のみならず、関東、東北全域の、公衆の甲状腺等価線量、並びに実効線量を隠さず国民に開示すべきである。

 また、文部科学省においても、放射線規制室および放射線審議会における判断と指示には法手順を軽視しているのではと思わせるものがあります。例えば、放射線業務従事者の緊急時被ばくの「限度」ですが、この件は既に放射線審議会で国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告の国内法令取り入れの議論が、数年間にわたり行われ、審議終了事項として本年1月末に「放射線審議会基本部会中間報告書」として取りまとめられ、500mSvあるいは1Svとすることが勧告されています。法の手順としては、この件につき見解を求められれば、そう答えるべきであるが、立地指針等にしか現れない40-50年前の考え方に基づく、250mSvの数値使用が妥当かとの経済産業大臣、文部科学大臣等の諮問に対する放射線審議会の答申として、「それで妥当」としている。ところが、福島現地での厳しい状況を反映して、今になり500mSvを限度へとの、再引き上げの議論も始まっている状況である。まさに「モグラたたき」的、場当たり的な政策決定のプロセスで官邸と行政機関がとっているように見える。放射線審議会での決定事項をふまえないこの行政上の手続き無視は、根本からただす必要があります。500mSvより低いからいい等の理由から極めて短時間にメールで審議、強引にものを決めるやり方には大きな疑問を感じます。重ねて、この種の何年も議論になった重要事項をその決定事項とは違う趣旨で、「妥当」と判断するのもおかしいと思います。放射線審議会での決定事項をまったく無視したこの決定方法は、誰がそのような方法をとりそのように決定したのかを含めて、明らかにされるべきでありましょう。この点、強く進言いたします。

 

2.「国際常識とヒューマニズム」に則ってやっていただきたい

 緊急時には様々な特例を設けざるを得ないし、そうすることができるわけですが、それにも国際的な常識があります。それを行政側の都合だけで国際的にも非常識な数値で強引に決めていくのはよろしくないし、そのような決定は国際的にも非難されることになります。

 今回、福島県の小学校等の校庭利用の線量基準が年間20mSvの被曝を基礎として導出、誘導され、毎時3.8μSvと決定され、文部科学省から通達が出されている。これらの学校では、通常の授業を行おうとしているわけで、その状態は、通常の放射線防護基準に近いもの(年間1mSv,特殊な例でも年間5mSv)で運用すべきで、警戒期ではあるにしても、緊急時(2,3日あるいはせいぜい1,2週間くらい)に運用すべき数値をこの時期に使用するのは、全くの間違いであります。警戒期であることを周知の上、特別な措置をとれば、数カ月間は最大、年間10mSvの使用も不可能ではないが、通常は避けるべきと考えます。年間20mSv近い被ばくをする人は、約8万4千人の原子力発電所の放射線業務従事者でも、極めて少ないのです。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです。年間10mSvの数値も、ウラン鉱山の残土処分場の中の覆土上でも中々見ることのできない数値で(せいぜい年間数mSvです)、この数値の使用は慎重であるべきであります。

 小学校等の校庭の利用基準に対して、この年間20mSvの数値の使用には強く抗議するとともに、再度の見直しを求めます。

 また、今回の福島の原子力災害に関して国際原子力機関(IAEA)の調査団が訪日し、4回の調査報告会等が行われているが、そのまとめの報告会開催の情報は、外務省から官邸に連絡が入っていなかった。まさにこれは、国際関係軽視、IAEA軽視ではなかったかと思います。また核物質計量管理、核査察や核物質防護の観点からもIAEAと今回の事故に際して早期から、連携強化を図る必要があるが、これについて、その時点では官邸および行政機関は気付いておらず、原子力外交の機能不全ともいえる。国際常識ある原子力安全行政の復活を強く求めるものである。

                                                以上

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 本日は四号機のプールの短い映像が出ていました。四号機はプールはそのままあることは分かっていましたから、上からの映像としては驚く事がありません。ただ、以前から指摘されている四号機のプールの底から漏水があり、底部が危ないという情報について判断になる情報は映像からは特にありませんでした。このため、それ以上の評価ができる状態ではないと思います。マイナス情報の積み重ねがなかったただけでも、四号機について少しはほっとしたとも言えます。

 一方では、1号機の水棺についての関連では、1号機の圧力容器に注入の水を、毎時6トンに減らしたようです。圧力下がりすぎで、水素爆発の可能性がおきるからと言う事で、一進一退の情勢にこちらの変化はなしという感じです。
 また、放射性物質は北茨城沖でも検出されています。魚類には、以前から、小魚からでていますが、当然、その小魚を食べる大きな魚に至るまで、濃縮されていく過程に今はあると判断するしかありません当然、食物連鎖と言う考え方からすれば、内臓に最も集まりますから、ある地域の魚については、当面、内臓部分は食べないという判断は、少なくともする必要があると僕は思います。この程度の感覚でなんとかなるなら本当にありがたいのですが。
  
 オーストラリアに在住する日本人の方から、ウラン輸出反対運動についてのご案内メールががきています。FACE BOOKでのグループサイトがあるそうです。こうした連携はもっと色々と進んでいくかもしれませんし、このブログでも、いろんな連携が進む中で、FACE BOOKを使った活動展開も検討すべきなのかもしれません。中東で起きたことから考えたらまさに、日本でも有益かもしれません。僕も本名でFACE BOOKにはおります。まず、ご案内を紹介します。
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私達は、オーストラリアシドニーに在住する日本人グループで、
反原発に関しての運動(といっても過激なものではありません。)を行っております。
オーストラリアはウラン埋蔵輸出率世界一の国であり、今回の福島の事件も国内で大きな物議をかもしだしました。
先日チェルノブイリ25周年の4月26日は、
シドニーハーバーのオペラハウスで福島の為のキャンドル集会があり、
オーストラリア全土から原発を考えるグループが多く参加しました。
また、私達は独自の原発に関する情報交換、意見交換をするFACE BOOKでの
グループサイトを立ち上げ、そこで、今後何が出来るかを話し合っています。
その中には、ノーザンテリトリーで先住民のアボリジニから土地を奪い、
ウラン鉱業を発展させた会社に反対運動を行うグループなども含まれています。
私達は、オーストラリアに住んでいて、今回の事件に関しては、
日本人としても、オーストラリア在住民としても、深い関わりがあると感じています。
オーストラリアのウラン輸出反対運動が進めば、少なからず将来の原発の動きに変化があるのではないかと、
現地の人達も責任を感じ動いています。
オーストラリア自体は原発が一つもなく電気をまかなっている国です。(もちろん、自然資源保有率が日本と全く違いますが)
このことからも、お互いにつながるべきではないかと私は感じているのです。
このグループサイト名は426 CAMPAIGN FOR FREE NUCLEAR です。
平野由紀子
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 ところで、このブログを通して、具体的にいろんな事をしたいとおっしゃる方が、複数いらっしゃいます。今そういう方たちの間で、お互いに連絡を取りあおうという動きもあります。まだ、何ができるのか具体的なイメージはありませんが、つながっていく事で突破できる話もいろいろあるのかもしれません。そういうご希望のある方は、メールにお名前と電話番号をいれて伝えてください。

  また、いろんな方の情報提供で、取材がうまくできるケースもあります。情報はどこから、何が突破するのかわかりません。いち早い情報が、皆さんの今後に役立つ可能性もあります。この福島第一原発に絡んで、少しでも情報がある方は是非メールしてください。よろしくお願いします。

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「子ども20ミリ被曝を容認せず」小佐古内閣官房参与辞任情報追加

2011-04-29 20:01:20 | 福島第一原発と放射能

  会見の内容がわかりましたが、どうやら、参与としていろんな意見を述べても、全く伝わっていないと言う状況があった事と、福島の子どもに二十ミリシーベルト被曝させる事を専門家として容認したととられることが、自分の学者生命を終わらせる危険を感じて辞任したと言う事です。国際的な観点での助言をする立場のご自身としても、容認されないのだと言う説明です。勿論国際的には当たり前の話ですし、このブログで、再三再四主張していた事が、内部被曝の専門家から批判も強かった小佐古氏でさえ、官房参与辞任会見で、自ら言い出した事は大きな話だと思います。官邸と東京電力、官僚、政治家、いろんなパワーバランスの中で、おきていることではありますが、ゴールデンウィークにはいった初日からこれは、大きな変化として認識してください。何事かがはじまっています。官邸がこの原発問題の対応に機能していないと僕が書き続けていたことがまずあきらかになりました。むしろ、これまで推進側に近い立ち位置の人物からの話は重要です。

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速報:放射線防護の専門家の内閣官房参与が菅政権の原発対応を批判して辞任情報

2011-04-29 18:53:07 | 福島第一原発と放射能

 小佐古敏荘東京大大学院教授(61)が内閣官房参与を辞任した官邸内部より僕に直接連絡がありました。福島第一原発の対応について意見が異なり、辞任したという情報だと言う事ですが、詳細は不明です。確認を進めていますし、詳細が入れば、また、更新します。

 小佐古氏は原子力が専門で、福島第1原発の放射性物質が漏出している問題で、放射線の防護などの観点で助言をしていた人物です。ただ、どちらかというと、内部被曝の専門家の皆さんからは、否定的な評価を聞くことが多かった人物ですが、そういう立場の小佐古氏でさえ、もし菅政権の福島第一原発に対しての対応を批判して辞任したら大きな事です。引き続き、情報は更新します。

小佐古・内閣官房参与が辞意 政権の原発対応に不満(朝日新聞) - goo ニュース

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あなたは原発問題を直視する事ができるのか

2011-04-29 10:50:03 | 福島第一原発と放射能

 つくづく、メディアの報道なども見ていて不思議なのは、福島第一原発について、おきている問題を直視する感覚が一体、どのくらいあるのだろうかという疑問です。いや、メディアというのは本質的な話ではなくて、一般の人々がどこまで現在おきている原発問題を直視しているのか、いつも疑問に想っています。よく、この話の中で、二極化というキーワードを聞きます。大半の人は、「大丈夫、たいしたことがない」とそれ以上に深く考えません。政府やマスコミの報道も、強烈ではありませんから、ある程度、安心感が強まります。そこでなんとなく「思考停止」。たぶん大丈夫→まず大丈夫→絶対大丈夫として頭の中にまわり始めれば、事柄はおさまっていくような気になります。原発の状況が現実にどうであるのかと言う事とそこからおきてくることについて、あまり考えないようにしていく状態です。水も野菜も、いろんな事について、放射性物質が出ているのも、「基準」があって、その「基準」を超えていないし、超えたものは流通しないから大丈夫と思い込む状態になります。大丈夫ということが、ある種の絶対的なワードになって、それ以上は考える事を進めない人々が多数である事は間違いない状態です。例えば、福島県内の子供たちの事象などは、いくらなんでも問題となりうる事象はたくさん考えられるのですが、特に首都圏から見た場合に、福島の話は福島の話と割り切ってしまい、こっちとは関係がないからと考える事もなく終わってしまうような状態ではないのかということです。ここであるのは、自分のところに影響さえしなければ、他の地域で何が起きても、思考しないというスタイルです。勿論、これも海外報道などで、悲惨な事が起きてもなかなかこちらは実感の持てないことがよくあるのと、近い構造ではないのかとも見えるかも知れません。ただ、海外の場合は、起きている事象が直接影響してくる可能性はほとんどありませんが、今回、福島第一原発の事故については、東京から二百キロ離れているぐらいの場所で始まっている話です。その距離感覚から思考していくと、関わりがないと考えるほうが難しいと想うのですが、距離があるのだから関係がない、もしくは大丈夫と思い込む構図になってきます。勿論、マスメディアが、どちらかというと、「大丈夫」に近いワードで報道していくスタイルをとり続けます。それを見て、「やはり大丈夫」と思うようになります。

 大丈夫だと思わないと、人間、なかなかやっていけないものなのはよくわかります。いろんな活動をしていく基盤が、身のまわりにあって、それは変わらない日常が続いていくのでなければ、本質的に人間は安定的な思考は難しいのではないのかと思います。しかも、放射能と言うのは、歩いていて目にする事ができません。そこに、どういうものがあるのか、肉眼で見えない以上、日常の世界の中で確認する術がありません。だから、大丈夫と考える思考を続けていくしかない形式がさらに強くなります。目に見えたものは、爆発事象が二回あるだけです。その爆発も、確かに大きな爆発に見える事象でしたが、本質的にそこが爆発している事が見る事ができるだけで、爆発事態の火災的な現象は、敷地周辺の事柄だろうと一見、思えるので、さらに思考は進まなくなります。大丈夫だと言う事の枠を出る事はありません。

 ところが、もう片方には、危機を感じている人々がいます。こうした人々は、まず感覚的に顕著になっていく大きなきっかけはこの二回の爆発事象です。爆発を見たときに、普通の工場爆発ではなくて、原子力発電所の爆発であると言う事が分かります。原子力発電所の爆発が過去におきたことは、チェルノブイリしかありません。チェルノブイリの知識がある場合は勿論の事、ない人でも調べようと思えば調べられます。そうしたら、ものの数分で、被害半径が数百キロに及んでいる事が認識されます。高濃度の被曝地帯が、350キロ圏内ではかなり達している事も、すぐにわかります。インターネットという道具はこうした時にものすごく使えるツールです。このツールで確認できるおかげで、ある程度の情報は得られます。おきている爆発事象の意味を考える発想になると、高濃度の被曝エリアがどういうふうに、福島第一原発のまわりから広がってくるのか、実は皆目検討はつかない事もおおよそ推定がつきます。こうなると早く動く人々は、この段階から行動が始まります。退避すると言う選択です。ただし現在までのところ、こうしたスタイルの人は確実に少数です。少数であるがゆえに、「おかしい」と多数の人々より非難される構図になります。現実に起きていることをそのまま見ていて、起こり得る状況をいちはやく想定するだけで、その人間が「おかしい」とみなされる構図と言うのは、「大丈夫」と考える人々の中で、ある特定部分が特に主張する構図になります。それは、日常の仕組みを優先するほうが先決で、有事に起きている事象を直視しないというスタイルになります。ここはさらに排除の論理が貫徹されます。「危険など実態はない。あいつは過剰だ。」と。どこに核心があるのかというと、おきている事柄を直視して、通常とは異なる行動を取る人々をけん制して、そういう行動を取らせないようにすると言う思考スタイルです。これは、政府の感覚と近いものかもしれません。政府としては、危険を直視することで、行動を求める人々が増えた場合、いろんなことをしなければ、いけなくなります。官僚機構も菅総理個人も、何か判断して積極的に対応していく人ではありません。福島の子どもたちの問題を、文部科学大臣や文部科学省が、見て見ぬふりをするということに最も顕著にあらわれています。福島の子どもが危険だから、学童疎開をなどと言い出されるほうが、面倒くさいわけです。面倒くさいし、予算もないし、やったらやったで世間から「非難」されるリスクもありますから、背負い込みたくないという思考です。だったら、「大丈夫」と言い張ろうという構図です。その危険を指摘する人々が直視している現実を、直視させない方向に、事柄はどんどん進んでいきます。危機を感じて主張する人々との乖離はさらに広がります。

 二極化の一方は、事態に直面して、危機を感じている人々ですが、危機を感じている事から、行動に移る人々よりも、行動に移らないが、内面で危機を感じている人々の方が実は多いだろうと思います。この人々の数が、いったいどのくらい増えているのかが、僕は気になっています。爆発事象をテレビで見ながらなんとなく「これはまずいことがおきているのかも」と、自問自答がスタートします。周りはあまりこの話題に触れなかったり、「大丈夫でしょ。テレビも言っていたし。」という感じで返されます。周りでこの話をできる人はほとんどいません。そのうち、水道水が基準値を超えた話が伝わります。少し調べれば、暫定的に高い基準を設けたものさえ、首都圏の水道で超えはじめている事が分かります。自衛策のため、ペットボトルの水を中心に飲むしか方法はありません。そうしているうちに、今度は関東の野菜に放射性物質が付着していて、これも基準値を超えたことが分かります。暫定的に高く設定した基準値をこえていくものです。この暫定基準も少し調べれば、かなり高いものであることもよく理解できます。こうすると、あの爆発事象が、飲み物や食べ物に影響が出ている事がよくわかります。でも、周りでそのことを口にする友人や近所の人はほとんどいません。自分で、悶々として調べ始めると、さらに危険な可能性が認識されます。そうすると不安が高まります。高まるけれども解消する方法はなかなかありません。そうすると、さらに不安は高まります。

 こうした人々が実は前よりも段々と多くなっているのではないのかと僕は思います。一向に事態解決のメドが見えないからです。原発のみならず地震も怖いけど、このまま東京にいても何か守られない気がする。このまま居続ける事が不安だから、できるなら離れたい、離れるのを許されないだろうから、会社を辞めようと思います、でも本当はどうしたらよいのかわからない。そうした相談も聞くことがあります。勿論、そう思うことが常に正しいとは言いませんが、原発問題を直視していくと、危険があるという実態は認識するしかないことはよくわかります。直視していくと、不安が強くなり、どう行動するのか迷いが生じている状態の人々、これは理解できる展開です。実はこういう感覚の人々が、どのくらいいらっしゃるのかということが、この原発問題が、発電所でおきている事柄そのものの解決ではなくて、社会的に解決できるのかどうかというメルクマールになるかもしれないと僕は思っています。行動に移す人々よりも、事態を直視して、内面に不安を抱える人が、サイレントマジョリティーになるくらいの状況であれば、社会的に今後展開してくる事が違ってくる可能性があります。どう違ってくるのかは分かりませんが、ある閾値を越えた瞬間から、こうした人々の想いというのは、実はいろんな形で吹き上げてくる可能性は、実は低くないと言う事です。

 僕は、まずこの原発問題に直視してもらいたいという思いからのスタートです。僕がいくら危機的な状況を説明しても、全然聞き入れない事態が数日も続いた後で、僕はそれならば、自分の身で示す事で、まわりに、おきている事柄を分からせる気持ちもあって、退避しました。今、現在も同じ考えです。レベル7といい、実は危険だったという政府発言などからも、僕の認識は妥当であったと今も思っていますし、申し訳ないですが、現在でも妥当であると思います。今も危険は継続しています。ここの認識のレベルを直面しないで「大丈夫」を繰り返す人は、無責任としか私は思いませんし、今に至るまで、電話などで正面きってこのことを問いただしてきてきちんと僕に向き合ってきた人間は、残念ながら一人もいません(文句を直接言って僕に電話してくる人がいないのです、僕の電話を知っている人、知りえる人は数多くいますが、電話をかけてくる感覚さえないようです)。被爆と言う問題をきちんと思考して、僕に直接反駁してきた人間が現実に皆無の中で、何を批判したいのか僕にはさっぱり理解できません。感情論は、本質では全くありませんので、僕には関係ないですし、馬鹿馬鹿しいです。

 このブログは原発問題に直面してほしいという僕の思いを、対外的にもきちんと表明する事が当初の目的でしたが、さらに思わぬくらい多くの人々が、このブログを読んで、今回の原発問題に直面していただくきっかけの一つになっていることは、僕にとっても大変にありがたい事です。というか、僕を超えて、ブログの読者の間でもいろんなことが始まっています。こういう作業が、次にどういうことにつながるのか、今、何か明確に見えているわけではないのですが、早晩、何か見えてくる事もあるのではないのかと僕は思って走っています。どういう列車かはわかりませんが、何か乗っている列車があって、きちんとしたどこかに着こうとして、ひたすら走っている気がしています。僕は、自分の意志で動いている感覚よりも、なにものかに突き動かされて進んでいるような感覚さえ覚えています。とにかく、当初の目的である、原発問題を多数の人に直視してもらえるのかどうかということへのトライアルが続くのだと思っています。

ところで、このブログを通して、具体的にいろんな事をしたいとおっしゃる方が、複数いらっしゃいます。今そういう方たちの間で、お互いに連絡を取りあおうという動きもあります。まだ、何ができるのか具体的なイメージはありませんが、つながっていく事で突破できる話もいろいろあるのかもしれません。そういうご希望のある方は、メールにお名前と電話番号をいれて伝えてください。

 

 また、いろんな方の情報提供で、取材がうまくできるケースもあります。情報はどこから、何が突破するのかわかりません。いち早い情報が、皆さんの今後に役立つ可能性もあります。この福島第一原発に絡んで、少しでも情報がある方は是非メールしてください。よろしくお願いします。

 

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東京電力の女性社員の被曝から、政府の矛盾がよくわかる。

2011-04-28 01:09:24 | 福島第一原発と放射能

 東京電力の女性の社員が三ヶ月五ミリの法定基準を超えたと言ってきょう問題になっています。1月から3月末までの3か月間で17.55ミリシーベルト。被曝は、内部被曝の値が、かなり大きく、外部被曝は3.95ミリシーベルトに対して、内部被曝は13.6ミリシーベルトだということです。内部被曝は恐らくホールボディーカウンターで出したのでしょうか?勿論、この女性の方の被曝も問題なのですが、何かこの話に何かおかしなことがあるのにお気づきではありませんか。賢明な皆さんなら当然にお気づきの事と思いますが、東京電力は中で作業をしている女性には、法定基準の三ヶ月5ミリシーベルトを内部被曝も含めて遵守させねばならないと考え、保安院も同じ事を主張しているということです。「極めて遺憾。再発防止」と言った類のコメントまでありました。放射線従事者の妊婦でない女性の基準は、外部被曝のみならず、内部被曝も含めて三ヶ月5ミリシーベルトは守らなければならないというのを公言したと言う事です。大切な事です。だとしたら、放射線従事者ではない、子どもや妊婦、妊娠可能な女性はさらにその基準を超えては絶対にならないということです。外部被曝のみならず、内部被曝も含めた数字でもです。これは、政府当局と東京電力が公の会見で認めた事です。この方の場合だと内部被曝は外部被曝の三倍強です。これは、まず今後守らせるべきメルクマールの一つになります。

 仮に、毎時1.5マイクロシーベルトの線量がモニタリングポストで出ていて、彼らの計算式で二十四時間で外で続けていた場合の外部線量を170パーセントとして考えたときに、ずっと外にいないので100パーセントに当たるものを一日のトータルの線量としていますから、この場合は一日あたり21.17マイクロシーベルトです。これを九十日で換算すると1905マイクロシーベルトになります。内部被曝が今回よりやや少なく、ちょうど三倍になると仮定すると5717マイクロシーベルト。外部被曝と内部被曝を足したら、7622マイクロシーベルト、三ヶ月で7ミリシーベルトを超えると簡単に算定できます。内部被曝も考慮した段階から、福島市内や郡山市内の一定のエリアに、子ども、妊婦、妊娠可能な女性はおけないことはあきらかです。政府が東京電力の放射線従事者の女性に守らせなければならないと言っている事は、至極当たり前の事ですが、当然ながら、普通の国民、子ども、妊婦、妊娠可能な女性を守る事が、さらに厳格でなければなりません。今日の会見で、内部被曝という観点から見定めると、あきらかに矛盾をはらんでいる内容なのに、なぜマスメディアは気づかないのでしょうか。ある社の放送は、医師の診断で、作業員の女性に健康上の影響は出ていないとわざわざコメントしていました。馬鹿でしょうか。内部被曝が直ちに影響は出るはずはありません。今、わかるはずはありません。「愚か」な話です。難しい事は少しもありませんが、ちっとも考えていないのです。本来なら、「子どもや女性の健康を守れ」論を張るのがマスメディアに期待されている役割ですが、勿論そういうことをする感覚も見当たりません。

 九州大学の吉岡副学長とも話しましたが、「東京電力や保安院は、矛盾しても、言い張るだけではないでしょうかね。彼らが矛盾を指摘されて、考え込んだりするとはと思えないですね。子どもや妊婦、若い女性にはよくないのは、言われれば気がつくレベルだけど、そういう頭が回っていない様子です。うまい逃げ口上でも考えてればいいけど、考えていないから答えも用意していないでしょう。まともな感覚の話は全くありませんね。」と言われるばかりでした。何かが間違っているどころではなくて、何もかもが間違っている世界に、生きている事を、突然知らされた感覚です。嫌な感覚です。

 東電の女性社員、基準3倍超す被曝 原発屋外で作業(朝日新聞) - goo ニュース

 さらに、1号機の原子炉建屋の内部に1120ミリシーベルトの線量が出ている事をロボットが探知したそうです。原子炉建屋内部で確認できただけで最も高い放射線量が出ている事は間違いありません。まず間違いなく、原子炉から高濃度のものが、だだもれになっていることは、間違いありません。相当 ひどい状態に、1号機の原子炉がなっているとしか思えません。そういうときに、格納容器を水棺にすることが、実際に意味を為すのか、僕には疑問しかありません。

 郡山の学校の土壌を取り除く作業がはじまったようです。を映像で見ましたが、作業員はマスクもしておらず、シャベルカーで校庭の一角に、土砂を普通に集めているだけでした。この上に、シートをかぶせるだけと言う事です。恐らく、周りに放射性物質は、飛び交う状態になったと思います。表土をきちんと処理したと言うよりも、削って集めただけ。周りの住民ときちんと話したのでしょうか。学校の一角に、高濃度の放射性物質を集めたただけの状態でした。これは、いったいなんでしょうか。というか、これで子どもたちが守れるのでしょうか。本当に不思議です。全ての処理をきちんと進める発想ではないようです。

 コメント欄でご指摘があった、保安院の「冷却できなければ日本は終わる」的な文言を記した法律家の方のブログを読みました。記者的な感覚で言えば、当局の売り言葉に買い言葉と思います。正確に科学的な発言をしたと言うよりも、かなり抽象的な言い回しです。相手の文言がそのまま事実とうけとめるのは早急です。チェルノブイリの場合、爆発の高度が高く、粉塵が広範囲に撒かれましたが、福島の場合は放射性物質の量は多いものの、炉の形や現況の状況から考えると、爆発がおきても、爆風が高度に舞う形にはならない可能性の方が高いと判断しています。僕が何回か尋ねている専門家の皆さんもほぼ同意見です。ただし、僕が再三再四ブログで書いていますが、大きな水蒸気爆発がおきた場合、今まで降下しているエリア、福島、宮城、山形、関東全域は地域によっても距離によっても程度の差こそあれ、放射性降下物が大量に降り注ぐ事は間違いありません。状況次第では、首都圏が経済的に一定期間、機能しなくなる想定もありうると僕は思います。こうした点からも考えると「日本が終わる」という抽象的な言い方は、完全には、間違いとはいえません。しかし、降下物の直接の影響があるエリアは限定されていても、それが、首都圏にも考えられる限りにおいては、日本全体に与える影響は相当深刻で、そうしたことも含めると「日本は終わる」といった文言になるのはわかります。ですから、これまでよりも想定が進んでいる訳ではなくて、僕がブログに書き、コメント欄で皆さんが議論している範囲内の話だと思います。菅総理が「東日本壊滅」と口走ったのと本質的には、同じ話です。僕が取材していて、日本から出ないと本当に終わるような話が具体的に裏付けも含めてあるのであれば、僕は恐れずにこのブログで書きますが、現在、十分に裏づけがあるような話でそういう類のものはありません。現況だと、内部被曝を最も憂慮する欧米の団体などが、放射性降下物が一定以上、落ちているエリアからの即時退避を言っているのが、たぶん最も危険を大きく見積もっているので、この場合でも、日本全域ではもちろんありません。地域は限定されています。今回の場合、爆発が、仮にそれぞれの号機で五月雨式におきていっていも、同じ感じの爆発が複数回おきる訳ですから、降下物が複数回落ちていく訳で、風向きによって濃淡はでますが、距離的には今までの爆発の範囲を大きく超える可能性は低いと僕は思います。当該エリアでの対策をどうするのかと言う事はシビアですけれども、例えば西日本の人々が過剰に心配する状況ではないと思います。チェルノブイリと一番違うのは、想定される爆風の高さです。チェルノブイリほど高くはならないとみています。爆風が高くならない限り、範囲は狭いと考えるべきで、これまで降下範囲に濃度が高まるという想定が最も現実的です。

  また、下記のサイトの情報が飛び交っています。参考情報としては、見たほうがよいと思います。

http://onihutari.blog60.fc2.com/blog-entry-44.html

 他の核種をどう考えるかと言う事ですが、プルトニウム、ウラニウム、ストロンチウムなどもある程度飛散していると考えるべきなのであれば、事態は深刻です。内部被曝という観点から言えば大変な事態になる可能性があります。この点については、福島や関東でこれらの核種が、現在まてに、注意を促さなければならないほどは、検出されていない状況があります。しかし、海外で、今まで全く検出されない放射性物質が、わずかでも検出されているのであれば、現在おこっている放射性の降下物の測定の仕方が妥当かどうかもう一度考えてもよいのかもしれません。思わぬ落とし穴があって、おきている事態を正確に捉えていない事も考えられなくはありません。隠蔽ではなくて、目線の見落としは、恐らく今回の福島第一原発のスキームの中で発生率が高い事は間違いありません。元々、日本の原子力安全対策は、このレベルの事故がおきることをまったく想定していません。こうした中で見落としている事は、僕は一つや二つではないと思います。一例を挙げるとモニタリングポストが高すぎる話です。十メートル、二十メートル上にあるケースが殆どです。なぜそうなっているのかは、答えは簡単で、そもそも小さなアクシデントから、煙突の煙に間違って、多少の放射性物質が漏れ出た場合に、確実にチェックするためのシステムとして、高い位置にモニタリングポストが付けられているからです。今のように、地面にこれだけ放射性物質が大量に降下して、地面にある物質の心配をする想定でモニタリングポストはありません。だから、モニタリングポストとは違い、ガイガーカウンターで計測すると、思わぬ位、高い数値が出る場所が、関東でも点在しているとおもいます。雨や風がたまりやすい地形や場所でしょうが、そういう実情はモニタリングポストで分からない事もあまり言われません。危険を本当に回避する目線がどこにあるのかと言う事なのです。

 

 ところで、このブログを通して、具体的にいろんな事をしたいとおっしゃる方が、複数いらっしゃいます。今そういう方たちの間で、お互いに連絡を取りあおうという動きもあります。まだ、何ができるのか具体的なイメージはありませんが、つながっていく事で突破できる話もいろいろあるのかもしれません。そういうご希望のある方は、メールにお名前と電話番号をいれて伝えてください。

 

 また、いろんな方の情報提供で、取材がうまくできるケースもあります。情報はどこから、何が突破するのかわかりません。いち早い情報が、皆さんの今後に役立つ可能性もあります。この福島第一原発に絡んで、少しでも情報がある方は是非メールしてください。よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

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チェルノブイリから二十五年、日本政府は教訓をくみ取る気があるのか

2011-04-27 04:08:49 | 福島第一原発と放射能

 チェルノブイリから二十五年が過ぎました。ロシア大統領もチェルノブイリ原発事故の大きな教訓の一つは、おきている事象を正確に伝えなければならないことだったと話しています。当時のソ連が事態をすべて明らかにしていなかったのは周知の事実です。このため、現在までも正確な被害はわかっていません。悲劇はチェルノブイリの場合に、実は後々、起きています。当初の被害想定は大きく間違えたのです。こういうことを日本政府がきちんと認識しているのか、本当によくわかりません。チェルノブイリはある程度で止めましたが、福島は今も続いています。地面の放射性物資についての汚染は、日本の面積の四十パーセントに及ぶ広さになっています。セシウムの汚染です。もちろん、福島は、炉の形なども違いますし、現在の状況で爆発しても、高度が高くならないので、被害範囲はチェルノブイリほど広範囲にはならないと思います。しかしながら、十倍の放射性物質があることは要注意ですし、現在、ある程度降下物が降っていると見られる福島、宮城、山形、関東全域、山梨などのエリアには、爆発事象がおきた場合、同様な形で放射性物質が降下する可能性があり、その場合には、これまでの最大値をはるかに超える可能性を否定できません。全くコントロールできていない訳ではありませんが、危険はいまだに去っていないと言う現実です。一週間で、事は一端終わったチェルノブイリとの大きな相違です。安心材料はまだありません。

 官邸の内部から最近の菅直人総理の関心事を聞きましたが、その中に原発の事は、風評被害の経済対策しか言葉が出てこないと聞きました。目下の最大関心事は、補正予算成立後に明確化するといわれている(既に明確していますが)菅降ろしの動きをどうするのかと言う事と、ご自身は一生懸命やっているつもりなのに、なんで支持率が下がるのかということだそうです(本人が一番見えていないのでしょう)。まあ、もう皆さんが、相手をするレベルの人ではないのかもしれませんが、彼が相手をするレベルでなくても、彼が最終的にほとんど全ての決定ができる位置にいますから、僕はなんだか重い気分が続いています。

 そして、政府側の外国メディアに対しての共同会見に、ついに出席者がゼロになったそうです。海外から見た場合、福島第一原発の報道が多少減っていることはありますが、依然として関心が高いため、意味があるのなら会見に記者はくるはずです。なぜこないのかというと、答えは簡単で来ても新規に得られる情報がほとんどなく、恐らく日本のマスコミ報道やHPチェック以上の意味がないため、誰も来なくなったのだろうと思います。具体的な情報が飛び交っていない感じがして、日本的な馴れ合いの言葉の行き交いしかしない会見になぜ来るのか、そもそも分かりません。外国人の記者から見た場合に、記者が会見相手に詰め寄るもの出なければ、会見という場の設定そのものが、意味を為さない事はあきらかです。抗議なんてレベルではありません。必要が無いものにこないのは明らかな事です。元々少なかったと聞いていますし。

 ようやく、一年間の線量の累積推定がではじめました。浪江町赤宇木椚平で235.4ミリシーベルトです。福島市や郡山市内でも年間公衆被曝の限度である1ミリシーベルトの10倍になる10ミリシーベルトさえ超えています。一般人に10ミリの被曝が外部線量だけでおきるのはかなり厳しい世界です。この数字が出てきて、はじめて、子どもたちは10ミリという値を原子力安全委員会の委員が言い出した事さえ、つぶしていったのかよくわかります。確信犯です。文部科学大臣も文部科学省の役人も、多少は福島県内の子どもたちが死んでもよいと判断をしたことは間違いありません。子どもたちが、大人になる前に甲状腺ガンや白血病で死んでいく姿を見守り続けなければならない親が、通常よりも多く、このエリアで出る事は間違いないと僕は思います。既にこの一ヶ月で被曝しているのに、子どもたちに一年以上、更なる被曝を強要することを政府は行おうとしています。こういう指摘のどこが、一体、陰謀史観なのか教えていただきたいです。こんな事も指摘しないのは、報道でもなんでもありません。目の前の危機に、立ち向かわない人々への苛立ちは僕には消えません。親が逃げないのは自由ですが、何らかの手段で子どもだけは守れないのかと言う事を考えるしかないと僕は思います。方法は学童疎開です。

  さてさて、格納容器に水を入れると言う水棺作戦について、小出先生にも話を聞きました。小出先生は「水棺にできればいいのですが、そもそも格納容器がまず、あの水の重さに持つのかどうかということを考えると、難しいのではないかと言う気がします。もちろん容器の健全さが本当に保たれているのかどうかは、私にはわかりません。そもそも格納容器は水を入れないものですから、想定外のことをおこっています。仮に水が入ったとしても、その先どうなるのかはよく見えません。だから、この方法がうまくいくかどうかは確信は無いと思いますよ。他の号機は無理ですしね」とも。

 僕の友人で福島第一原発に携わっていた技術者は「圧力容器の状態で、冷やしていくのは分かるけど、格納容器を水で満たして冷やす意味が一体どのくらいあるのだろうかね。僕にはよくわからない。重さは耐えられるけど、その状態で余震があると大変なことになりかねないし。1号機も損傷が大きいし、2号機は無理だし、とにかく引き伸ばしているのはよくわかるけど、引き伸ばし以上の策になっていないんだよな。俺は、いつもよくここまでもっているなあと思うんだよね。」と。水棺作戦は明日から始まるようですが、この意味があるのか注視はしたいと思います。

 この他に、元々あった情報がさらに追加されてきている四号機の核燃料プール情報です。もれているという話も報じられていますが、さらにそこが抜ける可能性もいわれ始めています。核燃料プールが底抜けで崩壊した場合についても小出先生に聞いてみました。「木下さんにも、前に言いましたが、そもそも四号機のプールが危ないのは僕らも思っていますが、たぶん水蒸気爆発は、僕はすぐにはおきないと思いますよ。プールにつかっていたものが落ちていくので、それから溶け始めて、さらに下まで落ちて水があって反応する形にならないと。だけど、むき出しになると冷やすのも難しいし、反応も進み、線量も出るから致し方ない状況になると僕は思いますよ。」とおっしゃいます。

 米軍周りが心配しているのは、四号機がいろんなことのきっかけにならないだろうかという恐れなのだと僕は思います。僕の友人の技術者は「反応が強く出ると、中性子線も出るから、隣の建屋、三号機などの作業ができなくなるのが、とても怖いよね。四号機が致命傷にならなくても、なるためのトリガーは、四号機にありうるのが嫌な感じだ」と話しています。

 爆発可能性は去っていませんが、一つの救いは、放射性物質が、相当量すでに水や大気中に出てしまっている可能性です。そうすると、もしかしたら爆発時に出る量がすくなくなっているかもしれません。特に水に溶け込んでいるものは多いと僕も思います。このため、時間の経過とともに、水を垂れ流す事で、一端危険は回避されつつあるようにも見えますが、しかしながら、それは見かけだけの話であって、思っている以上に、水中や地中に放射性物質がもれ続けている場合、その影響が後々、何に出てくるのか実は分からないと言う事です。水産物にも、農作物にも、水にも思っている以上に高濃度の放射性物質の影響がにじんでくる可能性が広範囲にありうるのかどうかということです。魚は福島や茨城沖のものは、はっきり言って危険は高いですし、それがいったいどのエリアでおさまりがつくのかわかりません。これを政府がきちんとトレースするのか、本当に責任を持ってほしいと思います。風評被害は何も無いところでの話です。今回は、風評ではありません。現実に汚染は広まっています。基準値が大幅に緩められていて、認められて出荷されている野菜や魚を食べ続けて大丈夫なのかは、実は分からないのが真実です(このような大多数の人体実験の科学的なデータは存在しません)。ECRRの内部被曝の考え方からするとありえない状況です。こんな状態なら彼らはガン死が増え続けるとしか言わないでしょうし、もしかしたら、内部被爆と言う概念の、世界初の実験場として、福島や山形、宮城、関東全域がなりはじめていると考えるべきなのでしょう。

 こうした中で千葉県香取市の暫定基準を超えた野菜が出荷されているという驚くべき現実も分かりました。きちんと、自治体も政府も管理していないという状況です。産地偽装はこれから横行する事は間違いありませんし、その中で身を守ることができるのかを真剣に考える必要があると思います。チェルノブイリでは他に食べるものがないために汚染された土地の農作物を食べ続けました。日本の我々は、一見選ぶ自由があるように見えて、実はやはりからめとられているという現実がのしかかります。食べ物と言うのがいろんな形で流通し、いろんなものが口に入る現実が、こうした災厄が訪れた時に、恐ろしい現実として、一人一人にのしかかる状況をどう考えるべきなのかと言う事は、皆さんの今後の人生にとっていろんな形で決断を促す事になるような気が僕はしています。

 

ロ大統領「真実隠蔽は悲劇に」 チェルノブイリ25年(朝日新聞) - goo ニュース

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マスコミは政府の共犯として福島の子どもたちを見殺しにするのか

2011-04-26 00:17:22 | 福島第一原発と放射能

福島県内の公園や学校で暫定的な利用基準すら超えて、使用に制限がでているところがあります。学校の土の表面を削ることで堆積している放射性物質を減らすということも検討しているそうです。一時間しか使えないとか。もはや、何の意味があるのかわかりません。

福島県 5公園の放射線量、利用制限基準超える(朝日新聞) - goo ニュース

 当たり前のことばかり、書き続けていて、本当に、嫌になりますが、こんな表面上のニュースばかり、国の発表、公的な機関の発表として、そのまま伝えているマスメディア各社は、本当にどうかしています。福島の大半のエリアで、放射性物質の影響で、子どもを置くべき環境にないことは、日々あきらかになるだけなのです。議論の余地無く、わかりきっている話です。僕は、学童疎開しか手段はないとさらに思っています。結果が「直ちに」分からないからと言って、放置すべき問題ではありません。こんなことを強要する政府を信じろと言うほうが無理です。根幹は子どものことです。子どもをどうするのかは、全ての親にとって、最も重要な問題なのにも関わらず、ハッキリ言って虚偽の説明で、子どもを放射能の被害に合わせる政策を、菅直人首相以下、現在の政府がとりはじめているのは、間違いありません。勿論、毎時3.8マイクロシーベルトと言うありえないくらい、緩い暫定基準すらも、守れないほど、福島は逼迫した状態にあります。こうした状況は、問題である、政府に再考を求めるといった当たり前のことさえ、今の新聞・テレビは伝えません。いったい、なんのために新聞やテレビは存在をしているのか、私もよく知る記者の一人一人は、人間としての良心が少しでもないのか、上司や会社の意向を伺うことや、日常のノルマに追われることしかなくて、最低限すべきことが何かさえ判断する気もないのかと、一人で怒り続けています。何のために長年、いろんな記者たちと話をしていたのだろうかなと自分が情けなくなります。闘うべきときに、闘えないものは記者ではありません。君たちは何のために仕事をしているのですか。こういう形で具体的に、政府が、国民の多数に対して、明確にひどいことをしている時に、声の上げられない人間など、僕は誰一人として信用しません。僕を直接知っている記者(少なくとも数百人くらいはいると思います)に言いたいです。ここで、政府がしていることを、何かとめる努力をしなければ、あなた達、一人一人が、福島の子どもたちを傷つける共犯になります。そういう報道を強いている経営幹部は、さらに「悪」です。人間としての良心の欠片も無い行為を平然とさせているのだと言うことを、必ず僕は糾弾し続けますし、追い込みますから、覚悟をして置いてください。子どもを危険にさらすことの共犯に自分がいることを自覚しなさいと言うことです。

  新聞もテレビも、本来政府のために存在している訳ではありません。読んでくれる読者、視聴者のために存在しています。それは、まぎれもなくそうです。今まで、普通に安穏としていた時代であるならば、多少の問題点を伝え、中身を伝えれば、報道はおしまい。緩くやっていればよかったのかもしれません。しかし、この震災後、福島第一原発がおきてからは、事態は完全に戦後以来、はじめての大有事の状態です。戦争よりも、ある意味では、はるかに厳しい緊張感に置かれています。こうした状況の中で、「客観報道」や「マスコミの中立」など、ごまかしの文言は全く意味を為しません。まずいことはまずいと言わなければなりませんし、それを伝えることしか非常時にはありません。ある意味での「戦場」ということは、そうであって、ぎりぎりの局面を突破するため、させるために、あらん限りのことをしていくしか方法はありません。従来のメディアが曖昧に伝えて、なんとなく伝われば済むという様な手法は、この状況ではほとんど意味を為しません。きちんと、起きている問題を伝えて、適正に処置を求めることを明確に打ち出さないと、マスメディアはその存在意義を根幹から見失います。子どもの命を危険にさらす政策を政府が平然と行おうとしているときに、なぜ正面から止めるべきであると言わないのか、マスメディアの中で議論して闘う人間の姿が全く見えてこないのか、僕は理解できなく思います。ここで、声をあげない記者は記者ではありませんし、ジャーナリストという存在には程遠いものです。君たちは何のために、報道機関に就職して仕事をしているのですか?そんなに会社名の肩書きがあなたの人生にとって大事なのですか?こういうときに行動をおこさなかった事は致命傷になります。本来、メディアと政府は緊張関係にあるべきなのにそれは、まるで失われています。

 すいません、なぜか少しメディアのことを考えすぎて、気持ちを抑えられませんでした。本日から、政府主導で、東京電力やら保安院の会見がとりまとめてやられるそうです。NHKは識者の話として「これで政府がちゃんとやってくれていると国民は思う」というような、ごますり報道をしていましたが、これも、いい加減にしろと言いたいです。会見と言うのはいろんな形で行われるのが理想的ですし、メディアの人間なら現場に近い、福島での会見が最も情報が的確に出ていたことなど、完全に常識です。政府主導の名の下に、会見を取りまとめて行うことになると、さらなる断片情報を細かくわけあって、さらに整合性を最大価値に置く政府の立場から、微妙な情報がオミットされる可能性は高まりますし、というか最も大切な中身をお互いに精査して、公表を遅らす可能性も否定できない構図です。会見が、恐らくは、儀式にどんどんなっていって、実質的な意味がさらに失われることになりかねません。政府は今まで、隠蔽していたと言うよりも、情報の判断を緩くして、分析を甘くして、危険を伝えるのを遅らせてきただけです。それが、組織的に系統だって行うことが楽にできる構図になったというのが、本質だと思います。しかも、各マスコミが中継対応しない中で、ネット中継をしていたグループを排除しようとしていたことも明らかになっています。情報を伝えるルートを閉ざすのではなく、広げなければならないのに、この政府はいったい何をしたいのかと疑念をいだかない訳にはいきません。事の本質は遠ざかります。こんな状況を放置すべきでない事はあきらかです。ここまで、おかしな感じになると懸念することがたくさん出てきます。

  最も懸念されることは、爆発事象がおきた場合に政府はすぐに言うのだろうかという疑念です。特に深夜です。深夜はマスコミのカメラも捉えられないかも知れませんから、事がおきたことは発表されなければわかりません。半日後や朝まで放置される可能性が本当に否定できないのか、不安は消えません。こうした根幹的なことを政府が対応するのかどうかさえも、疑念を深めています。福島第一原発は、同じレベル7の事故とはいえ、チェルノブイリと異なり、すでに状況がつづいています。未だに危険な状況は継続しています。コントロールが全く出来ていない訳ではないかもしれませんが、原子炉建屋に人が入れない状態は続いています。制御できる見通しは、まだたっていません。こうした中で、爆発事象が次におきれば、高濃度の放射性物質が大量に飛び交う危険は、そのままです。東京も、危険は継続したままです。にもかかわらず、そういう場合の退避の判断基準となる、爆発情報さえ、時間の差無く、伝わるのかどうかも、疑いをもっています。危険がおきないだろうという認識ばかり振りかざして、きちんと国民に伝えるべきことを伝えると言う作業を、果たしてこの政府が行おうとしているのかどうかさえ、確信はもてません。こうした事も、マスコミが強い姿勢を政府に示せば、国民も大丈夫だろうと安心をすると思いますが、政府発表の追認を続けるスタイルばかりを新聞やテレビで見せつけられると、不安は高まるだけなのです。

 東京のお母さん方と電話でお話をして、よくわかったのは、「東京の不安の構造」です。皆さん、情報を取る能力の高い方から、不安をおもちになることはよくわかります。今回の事象が厳しいのは、情報をとれば安心できる構図になかなかならないことです。事象が解決しないために不安を消すことは、情報だけでは難しくなります。マスコミの報道を見て、政府の発表を聞けば、その不安感はさらに高まる構造にあります。悪循環です。福島子どもたちの事が他人事でなく、東京の子どもたちも同じ立場になりうる危険もはらんでいる事も、気づかれている方は多いです。東京の不安はいろんなことに出てきています。また、いつか書くつもりです。

 

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内部被曝という問題をどう考えるのか③沢田昭二名誉教授との話

2011-04-25 05:41:02 | 福島第一原発と放射能

 今月、名古屋大学の名誉教授で、理論物理学者の沢田昭二先生とお電話で内部被曝についてお伺いしました。中旬の岐阜の勉強会でも、直接お話をしたのですが、原爆症の認定訴訟に、連戦連勝である沢田先生の組み立ての感覚から、今回の福島第一原発のケースをご覧になったお話しとなります。

 「ECRRのモデルが内部被曝を考えようとしてるモデルであることは間違いなくて、他にそうしたものがないのも間違いないですが、まだ未完成なんですよ。本来、研究者が、内部被曝も考慮したモデルを組み立てなければならないのですが、そうしたことが行われていないのが現実でしょう。放射性物質が今回の爆発で大量にてでいますから、福島県全体の農作物を、本当に細かく調査しなければなりません。海にも大量の放出があります。これも漁業に大きな影響を与えます。いずれも、内部被曝の問題として、切実に顕われてきますから、放射性物質の降下物を調べる作業を、かなり広いエリアでこまめにやり続けるしかない。」

 「元々、内部被曝を軽視してきた歴史は、原爆からあるのです。原爆の調査をした軍人たちがいて、放射線の外部被曝ということ以外に、そのダメージを考えることができなかった。そして、それをもとに制度設計された。放射能の被害は、近距離で影響を受けた人をベースに考えると言う想定。内部被曝を軽視してきたんです。戦後、アメリカの放射線防護委員会があって、そこに内部被曝の分科会があったのですが、この研究発表はさせてもらえなかった。分科会はカール・モーガンが中心でしたが。まあ、アメリカの軍事的な都合が、放射線の防護というのを、内部被曝を含めない方向に進んだという訳です。兵器としてどう使うかが優先だからです」

 「原爆訴訟に関わることで内部被曝が重要であることがよくわかります。被爆者におこっていることが、近距離ではなくて、説明のつかないことがあるのです。例えば脱毛。距離が一定以上先のところで、この現象がおきる。少しずつ脱毛しているデータがある。爆心地から少し離れて、降下物の影響が大きく出ていること。内部被曝の存在がはっきりあるんです。そもそも1957年頃、広島の医師が脱毛と皮下出血を調べて、条件として屋内か屋外かの違いや、爆心地にはいったかどうかを調べていくと、内部被曝を示唆するデータがあったのに認められなかった。核兵器国は認めたがらないのは、ずっとで、イギリス兵の裁判がおこなわれているのもそのためなんですよ。ECRRのバスビーは言っていることの細部はともかく、基本的な方向は正しいんです。内部被曝はこの方向で考えるしかない。」

 「福島第一原発の対処は、薬になるのは時間の経過しかない。時間が過ぎれば、熱は必然的に下がっていきます。ゆっくりですけど。ただ、大量に放射性物質が残っていてますから、周辺に飛び散ると深刻なんです。いまのところ、汚染水として大量に水に閉じ込めて、海に流しましたね。私はこれは、費用のことも考えてやったのだろうと思っていますよ。周辺国にきちんと告知せず、こういうことを平気でやるのは、本当に東京電力ですね。 とにかく、安定的に水で冷やさないと、なんともならない。完全な見通しはないままなのです。保安院は東電の受け売りをはなしているだけですしね。もちろん内部被曝と外部被曝のカウントは全くできていません。今回、放射能の防護の観点で、官房参与に入った専門家は、私が関わった大阪地裁の原爆訴訟の国側証人として出てきたが、まったく中身が無かった。論外。彼の五年間の研究業績も調べたが、放射線の防御について、ろくな論文も書いていない。こんな人物を、この非常時に登用するのは驚きだった。今の政府の状態はこんなものでしょう。原爆認定の訴訟でも本当にひどかったですから」

 「やはり、福島県内は深刻。風方向にも寄りますが、測定や風向を測り、緊急避難が対応できるようにするべきですし、今からどうしたら被曝線量を下げられるのか工夫が個人個人で必要になるのでしょう。農作物などは、今以上に厳しい措置を考えないと、内部被曝の問題は起きますよ。細かく調べるしかない。そして、急性の被害はやはり作業員が考えられるのですよ。白血球の減少が心配なんです。内部被曝を考えると、晩発姓の障害として出てくるケースが想定されます。ガン、白血病、甲状腺、「確率的な」障害なんです。被曝が増えれば、発症する人も増えるが、必ずそうなると言う訳でもないんです。被曝していない人よりはガンの発症率は高くなります。しかし、死亡率はむしろ低いんです。これは、例えば原爆の被爆者の場合は、ひばく手帳があって、チェック頻度があるため、早期に発見できることがプラスになっているようです。」

 「日本の放射能の研究者は、内部被曝を軽視しているのは、既成概念にとらわれて、学問の殻を打ち破る感覚が無いのですよ。ぼくら理論物理学は、ニュートン力学が二十世紀になって通用しないことがあるのを思い知らされて、大きく考え方を変えて研究してきた経緯があるのです。何が正しいのか、事実に基づいた研究を行うことが、まずはベースになるのです。今までの考えにとらわれてはならないのです。私から見たら、放射線の研究者は事実基づかない人が圧倒的に多い。放射性降下物の影響がないと言い張る人も珍しくは無いんです。ただし、きちんと研究していたら、こんな話ではないと思いますよ。まったく学問的ではない。私は原爆認定訴訟の関係でこうした人々と相対していますから、どのくらいのレベルなのかよくわかります」と。

 最後に、国民をどう守るのかという観点で、国民の安全を守る政治に今はなっていないと、沢田先生はおっしゃいました。

 さて、他の話ですが、僕はきょうも復興会議の状態をいろいろと、内部から聞いたのですが、「東京電力を信用しているから、特に原発は考えなくてよいのでは」という見解が大半の皆さんの共通見解であったことや、政権の先行き不透明な中で、そこは考慮せずに、こちらはこちらでやりましょうという話が、ひらばであったことくらいしかお伝えすることはありません。

 何もおきていないようにみえるし、情報が大して出てこない状況です。便りが無いのがよい便りであればよいのですが、好転しそうなニュアンスの情報もとくにありません。こういう膠着した時に、思わぬ話が水面下で進行していないことを祈るだけです。

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ごく真っ当な日弁連会長メッセージをみなさんに読んでいただきたいです。

2011-04-24 00:43:11 | 福島第一原発と放射能

福島の学校の問題について、政府決定の撤回要請署名がまわっています。僕も署名しました。

http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/2011/04/20-4449.html

 

賛同受付フォーム 【緊急声明と要請】子どもに「年20ミリシーベルト」を強要する日本政府の非人道的な 決定に抗議し、撤回を要求する。

署名フォームは以下の通り↓

 

表記に賛同していただける方は、【4月25日午後11時まで】に、下記にご記入をお願いします。 呼びかけ団体:グリーン・アクション、グリーンピース・ジャパン、原子力資料情報室、福島老朽原発を考える会、美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会、国際環境NGO FoE Japan

 

 情報を、さらにお伝えします。まず親しい官邸のスタッフから、福島県内の学校について、どうして日弁連会長ののごく真っ当なメッセージがほとんど、メディアを通じて世の中に流れないのかと言う話がありました。官邸を動かすためにも、世の中に情報を伝えてくれと言うのが彼の言い分です。現在、僕はこのブログが最大の手段になっておりますので、掲載します。日弁連の宇都宮会長は昔、何度か取材はしていて、サラ金の問題解決などに具体的に最も動かれた、大変優秀な弁護士です。宇都宮さんがトップの体制なら、このような真っ当なものを出してくれるのは本当によくわかります。僕自身は、もはや学童疎開しか方法はないとまで考えはじめていますが、宇都宮さんのような段階を踏んだ真っ当な考えは、尊重するしかありません。ごらんになった方も多いかもしれませんが、掲載します。

http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/110422_2.html


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「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」に関する会長声明

4月19日,政府は「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」を発表し,これを踏まえて,文部科学省は,福島県教育委員会等に同名の通知を発出した。これによると「児童生徒等が学校等に通える地域においては,非常事態収束後の参考レベルの1~20mSv/年を学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安と」するとされており,従前の一般公衆の被ばく基準量(年間1mSv)を最大20倍まで許容するというものとなっている。その根拠について,文部科学省は「安全と学業継続という社会的便益の両立を考えて判断した」と説明している。

しかしながら,この考え方には以下に述べるような問題点がある。

第1に,低線量被ばくであっても将来病気を発症する可能性があることから,放射線被ばくはできるだけ避けるべきであることは当然のことである。とりわけ,政府が根拠とする国際放射線防護委員会(ICRP)のPublication109(緊急時被ばくの状況における公衆の防護のための助言)は成人から子どもまでを含んだ被ばく線量を前提としているが,多くの研究者により成人よりも子どもの方が放射線の影響を受けやすいとの報告がなされていることや放射線の長期的(確率的)影響をより大きく受けるのが子どもであることにかんがみると,子どもが被ばくすることはできる限り避けるべきである。

第2に,文部科学省は,電離放射線障害防止規則3条1項1号において,「外部放射線による実効線量と空気中の放射性物質による実効線量との合計が3月間につき1.3 ミリシーベルトを超えるおそれのある区域」を管理区域とし,同条3項で必要のある者以外の者の管理区域への立ち入りを禁じている。3月あたり1.3mSvは1年当たり5.2mSv であり,今回の基準は,これをはるかに超える被ばくを許容することを意味する。しかも,同規則が前提にしているのは事業において放射線を利用する場合であって,ある程度の被ばく管理が可能な場面を想定しているところ,現在のような災害時においては天候条件等によって予期しない被ばくの可能性があることを十分に考慮しなければならない。

第3に,そもそも,従前の基準(公衆については年間1mSv)は,様々な社会的・経済的要因を勘案して,まさに「安全」と「社会的便益の両立を考えて判断」されていたものである。他の場所で教育を受けることが可能であるのに「汚染された学校で教育を受ける便益」と被ばくの危険を衡量することは適切ではない。この基準が,事故時にあたって,このように緩められることは,基準の策定の趣旨に照らして国民の安全を軽視するものであると言わざるを得ない。

第4に,この基準によれば,学校の校庭で体育など屋外活動をしたり,砂場で遊んだりすることも禁止されたり大きく制限されたりすることになる。しかしながら,そのような制限を受ける学校における教育は,そもそも,子どもたちの教育環境として適切なものといえるか根本的な疑問がある。

以上にかんがみ,当連合会は,文部科学省に対し,以下の対策を求める。

1 かかる通知を速やかに撤回し,福島県内の教育現場において速やかに複数の専門的機関による適切なモニタリング及び速やかな結果の開示を行うこと。

2 子どもについてはより低い基準値を定め,基準値を超える放射線量が検知された学校について,汚染された土壌の除去,除染,客土などを早期に行うこと,あるいは速やかに基準値以下の地域の学校における教育を受けられるようにすること。

3 基準値を超える放射線量が検知された学校の子どもたちが他地域において教育を受けざるを得なくなった際には,可能な限り親やコミュニティと切り離されないように配慮し,近隣の学校への受け入れ,スクールバス等による通学手段の確保,仮設校舎の建設などの対策を講じること。

4 やむを得ず親やコミュニティと離れて暮らさざるを得ない子どもについては,受け入れ場所の確保はもちろんのこと,被災によるショックと親元を離れて暮らす不安等を受けとめるだけの体制や人材の確保を行うこと。

5 他の地域で子どもたちがいわれなき差別を受けず,適切な教育を受けることができる体制を整備すること。

2011年(平成23年)4月22日
日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健 児

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 同じ官邸スタッフから、今月出たばかりのIPPNW「チェルノブイリ健康被害」新報告と、官邸ホームページにあがっている「チェルノブイリ事故との比較」との違いについてどう思うのかと聞かれました。

 官邸のホームページは以前の記事でリンクしていますが、ものすごくレベルの低いものです。IPPNWは核戦争防止国際医師会議で、核戦争を医療関係者の立場から防止する活動を行うための国際組織です。1980年の設立。83カ国、20万人の医師が参加し、1985年にノーベル平和賞を受賞している団体です。この中身をある程度は読みましたが、一定以上信頼度のおける報告だと僕は思いました。

 僕と官邸スタッフの結論は同じで、恐らくこの報告書に基づいて、福島第一原発でも、より何が東北・関東エリアにおきるかを想定していかないとどうにもならないのではないのかということです。官邸の中の大半の人はまったくそんなことは考えてもいません。この報告は、ファイルで全てが読めますが5Pから11Pにサマリーがあります。

http://www.chernobylcongress.org/fileadmin/user_upload/pdfs/chernob_report_2011_en_web.pdf

 部分訳はピース・フィロソフィー・センター(カナダ・バンクーバー)が掲載されています。大変、参考になります。

http://peacephilosophy.blogspot.com/2011/04/blog-post_17.html

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 資料が貰える話です。ICRP勧告ですので、内部被曝などの考慮が十分でないという異論もあるかとも思いますが、日本アイソトープ協会が送料負担のみで無償配布してくれるようですので、参考資料としては、手元にあった方がよいと思いました。

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ICRP勧告日本語版刊行 無償配布のお知らせ

 ICRP勧告日本語版として「Publ.96 放射線攻撃時の被ばくに対する公衆の防護」を刊行いたしました。このPubl.96は、放射線テロ発生時の被ばく防護措置に関する専門的助言となっていますが、今回のような放射線事故による緊急事態にも有効であることから、当協会では、当面の間、同書を無償配布することにいたしました。

ICRP勧告(日本語版)
「ICRP Publication 96 放射線攻撃時の被ばくに対する公衆の防護」
B5判98頁 2011年4月29日発行  

【内容案内】
放射線攻撃後に予想される緊急時シナリオは,放射線事故から生じうるものと多くの面で似ている。本書は,放射線緊急時における被ばく防護措置に関する専門的な助言であり,様々な人々――緊急事態に対応する作業者と救助者,妊婦と乳児,子供,公衆――を被ばくから守る基本的な考え方,被ばく回避の段階的対策と判断規準,被ばく後の健康影響,飲料水・食品・日用品の汚染管理,被害者への治療を含む総合的な内容となっている。各種規制のガイダンスレベルも多数掲載した,放射線緊急時対応プログラムに必要な全体像が理解できる1冊である。
http://www.jrias.or.jp/index.cfm/6,15086,76,html

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チェルノブイリをみて、東京からいつ退避するべきなのかを考える

2011-04-23 14:38:52 | 福島第一原発と放射能

 東京から退避すべきかどうかと言うことを、僕は皆さんが考え始めるべきだと思います。きょうはシンボリックな意味もある、東京での、この後の被曝をどう考えるのから、東京からの退避について考えたいと言うことです。

 勿論、避難と言うことは、福島県内の近接エリアでは、現段階で、シビアに考えていかなければなりません。福島は一部地域を除いて、その判断は日に日にシビアになると思います。前から何回も言っているとおり、妊婦、子ども、妊娠可能な女性は、自力で退避できるのなら退避するのがベターだと僕は思います。文部科学省が子どもをある程度被曝させることについて、現地で適切な説明ができない状態です。年間二十ミリの被曝を大丈夫だと現地で説明できません。父母の方が知識もよほど正確にある状態です。判断は皆さんがするしかないのが今の実態です。政府は判断をしないと思います。

 逃げたくない人もいます。もちろん、爆発事故が再度起きた場合、本当に近接でなく、被曝してもその地域で生活をしたいという年配の皆さんは、この限りではありません。被爆と言うリスクを構わないと受け止める人は、爆発事故の場合でも短期的に亡くなるリスクがありうる場所でなければ、留まることを強固に思われるのなら、どうぞご自由にとしか僕は言えません。致し方ないと思います。そういう方たちが、退避する人を非難しなければ、後は個人個人の判断ですから、立ち入るつもりはありません。

 きょうは東京ということで考えたいと思います。でも、大半の皆さんはこういわれるかもしれません。「福島県内の心配はともかく、都内から退避するのは、また、爆発がおきるまで、まず大丈夫でしょう。木下さんは自分が退いたから、過剰に思っているのでは?」と。もちろん、僕がそういう心理状態である可能性も含めて、間引いて聞いていただいてかまいません。東京は現在、モニタリングポストの線量も落ち着いていますし(前にも書きましたし、コメント欄にもありましたが、モニタリングポストは高い場所にあるので低めにでますけど)、爆発事象が突然おきない限り、現在、慌てることはもちろんないのです。

  ただ、退避ということを考えると、状況が切迫する前が、実はゆとりがある訳で、ゆとりがあるようにも思える今が、まずは一度真剣に考える時期なのではないかと僕は思っています。自分自身が退避してみて、退避と言うことが、手間もコストもいろんなことが、大変にのしかかりかねない事態ですから、うまく方法論をみつけていないと、追い詰められます。人間関係や組織関係もそうです。周囲は過剰に反応しますし、こちらが非国民と罵られるのが、東京の人々の基本的なスタンスです。そうすると、退避するならば、準備を含めて、実は相当重層的に考えて、対応しなければならないということです。元々、準備をしていた訳でもなかったので、僕も実はかなり大変でした。

  僕は以前から、モニタリングポストが毎時2マイクロシーベルトを示したら退避準備か退避可能な人は退避、10マイクロシーべルトで、出来る限り退避、20マイクロで即時脱出と主張しています。この線量数値が出る状態なら判断に迷いはありません。また、次に爆発事象が起きた場合、東京では、最短で六時間、長ければ数日のゆとりがありますが、この場合は退避は不可欠と判断します。これは、放射性物質の降下をどう考えるのかと言うことです。もちろん、いろんな核種の危険がつきまといますから、ファクターは多いのですが、ヨウ素とセシウムという核種は、やはりもっとも分かりやすいメルクマールになります。特に半減期の長いセシウム137は、その状況が継続されると考えられるだけに、チェルノブイリの時にも土壌汚染のメルクマールになっています。降雨がどうなるのかも影響が大きいです。

  おとといと、きのう、ずっと手元にあるチェルノブイリの資料を読み続けていたのですが、発生当初に、キエフで避難の検討がされているのが、よくわかりました。キエフはチェルノブイリから南に約130キロ、ソ連のチェルノブイリ原発事故で、放射性物質の直撃を逃れるため、キエフの住民、300万人以上を疎開させる計画が、直後に検討されていたようです。しかしながら、幸運にもキエフには、風向きの都合で、高濃度の放射性物質が大量に飛散してこず、距離が近いにも関わらず、避難という事態は回避されています。チェルノブイリで、セシウム137の汚染を示す地図を見れば、キエフ市まであまり届いていない状態がわかります。しかしながら、三百キロ以上、離れているところにもホットスポットはおきていて、実際は風向きと高度、地形と言った条件にかなり左右されたことがわかります。キエフはたまたま救われたということでしょう。実態が全て反映されている訳ではないでしょうが、キエフではセシウムの被害は大きく出ておらず、一平方キロあたり1キュリー以上のゾーンにも入っていません。

 このチェルノブイリ周辺のセシウム137を調べた結果、避難する基準が一定程度定められています。土壌調査によるものですが、1平方キロあたり40キュリーを超えているところはまず避難地域になり、立ち入りが禁止されていきます。ベラルーシの最高会議が決めて移住させるようにしたのは、一平方キロあたり15キュリー以上の地域です。そして本人が希望したら、移住が認められたゾーンが5キュリー以上15キュリー未満のエリアです。放射能管理が必要なゾーンは1キュリー以上5キュリー未満になります。これだけ降下物が今後あるかどうかもメルクマールになります。

 一週間程度で、ほとんどの事態が収束したチェルノブイリの事故とは異なって、福島第一原発は、現在も収束していません。一ヶ月以上が経過していますが、おさまるまでに、東京電力の工程表を、仮に信じたとしても、半年以上、十ヶ月近くの時間が最低必要になります。爆発危険性も回避できていませんし、原子炉建屋にきちんと入れない状態がどの号機でも続いています。1号機から4号機で危険な状態は継続中です。

  とにかく、爆発可能性という危機も続きながら、実は放射性物質が、そこそこ放出が続いているだけで、日本政府の緩い説明とは異なり、ちょっとずつ危険があがっているのが、東京の実情であるという気がします。チェルノブイリでも、当局は存在していてる危険を言わないようにしてきた歴史的な経緯があって、「三百万人のキエフを移転させる先がないから相当な懸念があった」というソ連政府の本音も、後から伝わってきています。キエフは風下にならなくて、かなり助かりましたが、東京への風向きは常に可能性があります。過去の大きな事象が福島第一原発におきたときの、都内の数値を確かめれば、それは明らかです。今回の考察だと、そこまでのことがおきなくて、それでもずるずるもれ続けた場合でも、チェルノブイリより130キロのキエフよりも、福島第一原発より200キロ強の東京の方が、風向きや地形状の点から、被害を受け続けやすい可能性が高いということです。爆発事象がなく、時間の経過を追っていくだけでも、東京が追い詰めらないと、断言はできないということです。特に梅雨時や夏前には、状況をさらに考慮しなければならなくなると僕は思います。梅雨と言うのは、福島の学校の放射能を心配している専門家たちも「何とか梅雨の前にデータをまとめたい」と話しています。恒常的に降雨が続くと、被曝する危険は高まると判断しているからでしょう。

 退避という具体例もお伝えします。 僕が知っている人々の中でも、都内で勤務先があったり、仕事がある人は、いろんな対応策を考えて、行動が始まっている人がいます。例えば、中部圏や甲信越のエリアなどに拠点を構えて、都内に長時間通勤したり、仕事に行く人がいます。完全に都内の住居を引き払い、別の場所で仕事をはじめている人もいます。僕のように、強い思いがあって周りにスタンスを明確にする訳ではないのですが(僕はこれをやるので非国民扱いです)、巧く仕事先と折り合いながら、そういう行動をとっています。個人だけの場合もありますし、ご家族がいらっしゃるときには、これは、お子さんの健康と安全を優先する感覚とご自身のお仕事をうまく秤にかけて行動されています。こういうスタイルが現実的かもしれません。

 退避する場合に、結局大切なのは、どこに拠点を構えるのかと言うことです。もちろん、しかるべき場所に実家や縁戚のある方は、まずそこを頼って動くことがよいのは言うまでもありません。それがない方もいると思いますが、どのコミュニティに皆さんが入っていくにせよ、ちょっとした人間関係でも何でも構わないですから(ひょっとしたら旅先で仲良くなった人がいるレベルでも)、そういう何かの縁をベースに、行動を定めていくのが具体論としてはよいと思います。

 こういう僕の感覚をお伝えしても、「木下は大げさだよ。爆発事象がおきなければ退避しない」という方が大半かもしれません。勿論、最低限それさえできれば、僕も構わないとは思います。ただ、チェルノブイリで後で問題になっていく経緯をトレースすると、実は状況を見て、判断していく作業をしたほうがもしかしたら、後悔は少ないかもしれないのではと、僕が思ったために、こういう記事を書いているのです。ペレストロイカのゴルバチョフは、やはり優秀な指導者で、その彼がどれだけ頑張っても、チェルノブイリは様々な問題が立ちはだかりました。官僚も発電所関係者、専門家、メディアが、結局は事態をあけっぴろげにせず、収束を図ろうといったんはしましたが、数年後に健康被害が発覚して、大事になっていった経緯があります。その状況は、今の日本とだぶるところもありますが、日本では、さらに、避難地域が半径いくらになっているのかも覚えていない人物が総理大臣です。梅原猛の怒りも無視して、復興会議はこの原発危機をテーマにしないと聞きました。僕の心の中では、チェルノブイリよりも危機が深まっていて、さらに東京を懸念してるのは、妄想なのでしょうか。

 

「追記」

ご指摘どおり、換算を僕がミスしておりますので、その部分を外しました。そこから考えていたこともあったので、ニュアンスも直しました。ご指摘ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。

 また、リンクはトップページよりご自由になさってください。転載引用は、アドレスなどを明記していただければ構いません。

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福島第一原発のコアな作業員が、二百人程度になってしまっているという情報。

2011-04-22 00:43:15 | 福島第一原発と放射能

 福島第一原発の兵站の問題は再三再四、書いています。なぜ書き続けているのかというと、答えは簡単です。この兵站が続かなければ、事態はどこまで悪化するのか皆目検討がつきません。とにかく一定程度の被曝を引き受けることも含めて、請け負う人々がいないと、どうにもならない状況になります。具体的な作業をどのように行うのかということが、ポイントです。産業医の情報も、メディアにも出ていますが、作業員の肉体的かつ精神的なストレスは、尋常ではありませんし、一ヶ月以上経っていますから、緊張感が続くかどうかも、微妙だと思います。なかなか厳しい状態だと思います。ただし、ここが続かないと、被害は今のレベルではとどまらないからです。

 この上、 入ってきた話は、現場の状況は、コアな作業をおこなうのが二百人程度しか作業員が現在いないという情報でした。例えば、外国から作業員をもってこないとどうにもならないという話です。これは、高濃度の線量の環境下で作業をしなければならない中で労働者がどういう状況なのかと言う懸念を持つ状態です。労働者の数が足りないと作業は厳しくなってきます。作業員と言っても単純作業ばかりではありませんから、分かっている人がいないとなんともできません。海外ですと、いろんな発電所ごとに中身が違うのをトレーニングして、対応できるようなスキルのシステムもありますが、日本の原発は、相互にこうした状態でもありません。作業する人員の状態についても、京大の小出先生とも話しました。

 小出先生は「木下さん、予想の範囲内と僕は思いますよ。廃液処理の装置をアレバが請け負ったと言っていることはご存知ですよね。あれも、日本で技術的に処理ができないと言うことでは無いんですよ。それよりも、物理的に日本では現場労働者確保できない状態になりつつあるんですよ。恐らくフランスやアメリカから、作業員をもってきてなんとかしようとしているのですね。同じことですが、間に合うのかどうかという事だけではないんですかね。僕は間に合うことを希望しますが」と。「この事態は予想通りですが、できることが、どこまでで、間に合うかどうかです。」

 九州大学の吉岡副学長にも伺いましたが、吉岡先生は「外国のアレバやGEなんかに、コストは無視してお願いするしかないんでしょう。人間も含めて、物理的にいろんな手が入らないと、なんともならない状態なんだと思いますよ。恐らく数千人単位で人を入れないと、本当に止めることは難しいですから、桁が違う。昔なら、若い人に赤紙が来たものですが、今回は年寄りに赤紙がこないといけないレベルですね。志願者をつのる作業はもっと大切になっていると思います。そうした人の配置をなぜはやくやろうとできていないのか、これは東京電力単体の問題と考えるレベルでは、既になくなっている気がします」と。

 「木下さん、ここ数日の報道を見ても、原子炉建屋の中はものすごい被曝環境でしょう。ハッキリ言って、そんなところで作業ができるのかと思いますね。責任をどうもつのか。このままの体制では、ジリ貧になっていくだけだと私は思います。人的には、一ヶ月も、もたない感じがしますね。恐らく、水さえ流せば、とりあえずは、今は持つという対応が全てでしょう。なんのアクシデントや嫌な進展が無ければともかく過ごせますけれども、そうした進展がおきてきたら、どうにもならないですよ。これは、怖いなあ。」

 「まあ、工程を見ていてもコンクリートの下をふさぐと言うのは技術的にはかなり無理がある話です。東京電力と政府の虚勢というか、意味のない漫画を見ている気がしますよ。笑ってはいけないけど、笑うしかないような現実ですね。この体制で、どうやって収束できるのか、コアな作業員の数が限られてきているのであれば、事態は難しいと私は思います。でも、ほんとに暗い話ばかりだなあ」と。

 東電の内部事情に詳しい人は、「でも木下さん、もしかすると今、できる作業が少ないから、人もこのくらいで回せるのかもしれませんよ。外部に何かを構築する資材も、大掛かりには届いていないし、できることが限定的ではないですか。原子炉建屋の中に瓦礫があった。手作業でこの瓦礫はとても片付けられない。だから、外回りとタービン建屋などでの作業になる。それに、放射線管理がきびしいから、人員も、午前二時間、午後二、三時間、入れて出してが限界。ポンプ周りの対応も含めて、たぶん人海戦術でやる作業が今の時点はない気がします。だからこの人数でも回っている気がします。やることはあるのですけれども、できることは、今は少ないのが現実なのかもしれません。ただし、これから何かはじめるとなったら、今の数倍は人員が必要になりますけど。まあ、何もかも後手後手なんですよね。」

 僕の友人で、福島第一原発の仕事もしていたメーカーの技術者は「原子炉建屋の配電盤のパネルが飴の様にまがっているのを見ても、建屋のなかの損壊は、僕の想像を超えていた。ここから、どうやって再度、作り直すのかは、本当に難しい作業になるなあ。ただ、多くの作業員が中でできることが本当に今は無くて、事態の推移を見守るしか実際にはないのかもしれない。東京電力というよりも、原子炉のことは結局はメーカーで、東芝と日立がやる方法論を、東京電力と協議して進めるだけ。こんなに線量が高くて、状態がひどいと、なんとかこれがおさまってくるまで、始められることも始められないという感じではないかなあ」と。

 もう一つ、問い合わせの多い、福島県内の学校の問題です。官邸の内部スタッフから聞いた話では、現地の幼稚園、小学校では、父兄から相当な話が来ている状態になっていて、ある意味では、パニックになりかねないようなニュアンスを感じていると言うことです。まず、年間二十ミリシーベルトを容認するということの安全性について、具体的な根拠が明示されないままで、子どもを通わせることへの不信感が現地で聞かれるようになっているということです。「木下君、こんなのではどうしようもない気がする。安全性についての当局の担保がない。このままでは、いられないんじゃないか。限界とも思う」と。

 こどもばかりではありません。若い世代にもシビアな話は迫ります。福島大学が学校の再開を当局としてごり押ししようとしていることについて、憂慮している教員が多数いらっしゃって、相談が舞い込んできていると聞きました。その専門家は、年間で、放射線量の外部被曝を10ミリまで認めたら、三千人の学生がいたら、将来1.5人の死が増えることを許容しなければならなくなるし、さらに内部被曝まで考慮に入れると、数人が死が増える事を容認しなければならないと。そんなことを文部科学省は強要してきていると言う話です。再開に反対することが許されないと言う構造にされると、いったい人間は何を優先して生きていくべきなのかという判断を迫られているという事態がおきているということです。

  吉岡先生に言わせれば、空間線量が毎時3.8マイクロシーベルトという判断は、桁が違うレベルではないかと言うことです。こんな数字を容認したら、子どもに何がおきるのかは全くわからないし、国が基準としている、ICRPでも緊急時に年間1から20ミリシーベルトを許容するだけであって、極力1に近づけていくのが望ましいと言うことのはずなのにということです。もちろん緊急が長期間、続くと言う想定ではありませんが、今回は本当に長期間続く事故になっています。日本国がこれまでの技術立国、先進国としての矜持があれば、被曝量を多くさせない施策をとるはずであって、信じられない話だとも。「チェルノブイリのことを考えると、福島から退去したい人にはお金を出して退去を促す政策があってもよいのになあ」と。チェルノブイリの時にできていたことが、レベル7でも日本では為されない事もあるということです。

  「問題がない」という政府側の専門家の見解を信じて大丈夫であるとは僕には思えません。事がおきた場合、一体だれが責任を負うのか。チェルノブイリについて書かれた数冊の書籍でも読めば、当初情報が開示されず、様々なことが起きたプロセスが書かれています。日本政府の対応と当時のソ連の対応とが本質的に違うかどうかは、何冊か、例えば「チェルノブイリ極秘」(平凡社)などを読むと、当局が情報の隠蔽に終始し、巨額の賠償を恐れ、不透明な現実があったことが明示されます。もちろん、社会主義国と民主主義国家の違いはありますから、日本にはあてはまらないと言うことは当然あろうかと思います。ただし、今回、福島第一原発で起きているような現実と、同じようなことは、チェルノブイリでしかありません。意図的に隠蔽をしようとしていなくても、全ての事実を全面的にオープンにしようとしたり、様々な危険を回避するべく、できる限りの想定をして調べ続ける作業が、今の政府に果たして行われているのかは、僕は疑問です。こうしたことを、「政府が言うから科学的」と判断する人々の感覚は、僕にはよくわかりません。先ほど、あげた書籍のストーリーの中に、今、僕たちのいる世界とストーリーと似たような話があるのですから。

「追記」

 母乳について、広範囲で調べるべきではないかということについて、政府は会見では、はっきりした返事をしていないという事です。この数字だから、大丈夫なとど判断する前に、広範囲でおきている状況を政府が責任を持って調べるよう我々が声を上げるべきです。原発周辺は当然のことですが、関東圏も含めて調べるべきでしょう。隠蔽でなくても、やらないことで、情報が出てこないというのが、現在の政府の実態と思います。見過ごす訳にはいきません。

 

 

原発周辺、母乳調査へ 枝野官房長官が方針(朝日新聞) - goo ニュース

 

 

 また、女優の田中好子さんが亡くなりました。彼女の代表作は映画「黒い雨」。内部被曝におびえる若い女性を好演していました。この映画も井伏鱒二の小説も、この時代の中で、もう一度、見直すものになっています。ご冥福をおいのりいたします。

「キャンディーズ」田中好子さん、乳がんで死去(読売新聞) - goo ニュース

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速報「千葉・茨城で、母親の母乳からヨウ素131が検出」

2011-04-21 00:00:29 | 福島第一原発と放射能

 首都圏のお母さんたちの母乳からヨウ素が検出されました。千葉と茨城のおかあさんの母乳からです。 

 午後三時に、厚生労働省で会見を行われるようですが、僕もブログの読者から、メールで情報を頂き、このグループの村上代表と、直接お電話でお話いたしました。このグループは今回、はじめて立ち上がっているもののようですが、おかあさんたちに必要以上のパニックは招きたくないものの、事態の進行は国が対応しないことを許すレベルではなくなりつつあるという認識です。母乳を採取した九人のお母さんのうち、福島県と宮城県など五人のお母さんの母乳から出ませんでしたが、千葉と茨城県内の四人のお母さんの母乳から、複数、ヨウ素131が検出されたと言うことです。千葉県柏市に在住のお母さんから、1キロ当たり最大36.3ベクレルの放射性ヨウ素131が検出されているようです。3/30に結果が出たそうです。また、茨城県守谷市在住のお母さんから1キロ当たり31.8ベクレルの数値が出たそうです。これの結果は、3/24のものです。さらに茨城県内の二人の在住のお母さんの母乳からも検出されたということです。ヨウ素のみで、セシウムは検出されていないと言うことです。僕自身もこの類のことは、必ずおきてくると思っていましたが、いざ伝わってくると、やはりショックです。シビアなことをまた、突きつけて皆さんには、申し訳ない気持ちですが、いちはやく情報を伝えることが、僕の仕事だと認識していますので、とにかくお伝えしたいと思います。今回の検出は、福島県内ではありません、千葉県の柏市と茨城県の守谷市です。このことは、首都圏での出来事です。水道のヨウ素の暫定基準が100ベクレルだから大丈夫というのはありえません。本来、母乳からヨウ素は不検出が当たり前ですから。

 日本産婦人科学会は「大丈夫」を繰り返していますが、実際に大丈夫である根拠を示していないと、村上代表は話します。たしかにICRP2007でも、母乳の実態は調査すべきで、乳児に対しても調べなければならないと話しているものですから、当然、実態調査はすべきことです。ECRRのような団体だと「大問題」と考えるレベルの情報です。

 村上代表は「この人達はたまたま私たちのグループと近いおかあさんたちで、ごく普通の人達です。もちろん外に出ているかいないかとか、生活スタイルで変化もあるから、一概には言いません。ただし、サンプル数が九人しかありませんので、もっと多くのサンプル調査をしなければいけません。福島県内の高濃度の汚染地域はまずもっと数値が高くなる可能性があります。ここが、調査対象の急務です。東京、神奈川などでも調査したいと思っていますが、今晩、問い合わせは殺到しています。」と。「とにかく木下さん、いろんな形で母乳のサンプル調査をしなければならない」と言うことです。危険な地域は急務と僕は思います。

 内部被曝を一番よくわかるためには、母乳でヨウ素の値を知ることが、もっともよくわかることになるのでは、と村上代表は言います。お母さんが母乳で測ると、子どもたち、お兄さんやお姉さんや小さな子どもの数値も分かるはずなので、具体的な対策がその数値で考えられるのではと、彼女は話します。「対策が立てられるのですよ」と話します。女性ならではの現実的な対応です。

 母乳というのは、メディアで、ダイオキシンのときにも、いろんな形で取り上げられて、皆さんの心に強く響くことであるのは、僕も認識しています。過去にダイオキシン報道を行ったときに、母乳からダイオキシンという情報がセンセーショナルになった記憶を思い出します。僕はそのときは、母乳をやめることには、割と反対をしました(母乳を飲むメリットの方が大きいと当時は思いました)。今回の数値は、本当にシビアなものです。ダイオキシンと放射性物質という違いもあります。何回も書いておりますが、内部被曝という問題を避けては通れないという今の現実で、これを突きつける話だと思いますので、この情報は重要です。子どもを、赤ちゃんを、この国は守る気概が有るのかどうかが、突きつけられると思います。

 さきほど、内部被曝に詳しい松井英介医師と話しました。「母乳がいつごろのものかにもよりますが、関東圏でのスパイクが3/15,16にあったことからも、このあたりとさらに数日後の降雨で、放射性物質が降下したことは間違いない。タイムラグがどの程度になるのか。母乳と言うのは、母体から血流がまわり、排出される先にあるルート。不溶性のものが特にそのまま出る訳ですから、そういう性質が反映されているんです。過去の有機水銀やダイオキシンのときにも同じ状態だったことからもわかります。母乳からの検出と言うのが、ひとつのメルクマールになります。脂肪や肝臓にあるものも、出ますので。この数値が、少なくないのは間違いありません。他の核種の検出はどうなんでしょうか」と。

  

 この団体のHPは設立直後なので、今は無く、関連団体のページより、同団体の文章を一部転載いたします。(部分的に転載しています)

http://hairoaction.com/?p=306

 

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私たちは、「本当に母乳に放射能汚染はないのか」という事を心配して、茨城県のお母さんたち5名、福島県3名、宮城県1名に母乳を提供していただき、放射能検査をいたしました。その結果、茨城県のお母さんの母乳の複数から、ヨウ素-131が検出されました。福島県の方の母乳は不検出(1名検査中)、宮城県の方の母乳も不検出でした。(セシウムは不検出)

実際に母乳の放射能汚染があった事は衝撃です。原因は、様々考えられますが、公開されている空気・水・野菜・原乳の汚染の高かった地域のお母さんたちの母乳は、もしかしたら赤ちゃんに与えるには高いレベルにあるかもしれないと私たちは心配しています。

今回母乳を提供してくださったお母さんたちは、赤ちゃんのためを一心に思い、勇気をふるって協力してくださいました。これからこうしたお母さんたちを支援 するために、母乳の調査を広く実施するとともに、万一数値が検出された場合でも安全なところへの一時避難や安全な食べ物や水、粉ミルクや他のお母さんから の母乳の提供など、お母さんが希望される事をバックアップするネットワークを作りたいと思います。

母乳調査・母子支援ネットワーク
発起人 村上喜久子・大賀あや子・宇野朗子・大石光伸・村井和美・河田昌東・向井雪子・黒部信一・高橋智津子・村上麻衣
カンパ先 郵貯 普通 12170 70089991 母乳調査・母子支援ネットワーク

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 本来ならば、国、厚生労働省、産婦人科医たちが取り組まなければならないポイントを、市民グループが先にはじめているというシビアな現実を僕らは直視しなければなりません。問題があるのかどうかさえ、不透明にしようとする流れの中で、おきている現実を世に問うことができるのかどうかが、問われているのだと僕は思います。危険は、今、そこにあるということをもう一度認識してほしいと思います。

 

 

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原発避難地域で屋外に長期間おいていた車などをもってくるという行為

2011-04-20 00:42:42 | 福島第一原発と放射能

 原発の問題で、周辺地域で着の身着のままで逃げていた人達が、一時帰宅をされたいという意向が強いと聞きます。というか、政府の方針と関係なく、勝手に自宅に戻って、荷物を持ってくる人が、一人や二人の状態ではないと言うのが、現地の状況と、避難地域に入っている人から直接聞いています。もちろん、何の荷物も無く、そのまま逃げてきていることに対してのみなさんの苛立ちも多く、荷物を取りに戻りたいと言う思いはよくわかります。安全を考えればすべきではないのですが、恐らくそんな一般論を話しても、埒が明かないのは、間違いありませんから、ある意味、しょうがないことだろうと、僕は思います。こういうことは、避難地域といっても、そこへの立ち入りを強制的に禁じている状態ではないですから、はっきりいって、やる意志のある人には、難しい話ではありません。この場合、普通に考えると、家までいって、室内にある必要なものを取りに行くという作業だろうと思います。室内であれば、高濃度の放射性物質が大量に付着している方が、レアでしょうから、そのエリアに立ち入るリスクはともかくとして、持ってきた物品に放射能という観点から、大きなマイナスはないだろうという推測は成り立ちます。こういうことについて、僕は、強く言うつもりはありません。好ましいとは思いませんが、自己判断に近い世界の出来事です。

 ただし、今回聞いたのは、高濃度に汚染されていて、線量も高い地域に、屋外で長期間放置されていた車両を持ち帰る人が続発していると言う話です。もちろん、利便性という観点では、自宅にある車を持ってきたいという考えはおよそ納得がいくものであります。自分の車を持ってきて、何が悪いんだと言う話なのだとも思います。しかし、一番問題なのは、この車が、長期間、屋外に置かれているのですから、放射線も放射性物質からも、高濃度に被曝している危険性がかなりあるということです。線量はもちろん一定ではなくて、ある場所と近隣の違う場所でも、ものすごく差が出たりしますから、一概に言うことはできないかもしれませんが、しかし屋外に放置されていた車は、屋内にあったものとは違って、それ自体が、高い放射線を出すような状態になっている可能性があって、下手をしたら二次被曝を招きかねないと言うことです。避難している人々に対して、国がきちんとした方針を出さない状態が続いていますから、我慢がならなくなる人々がいろんな行動にでてくるでしょうし、その一部が、危険性のあることも平気でするという状況なんだろうと思います。現場レベルの話かもしれませんが、こうした現実も放置されている状態です。ぎりぎりの時にはいろんなことがおきますが、守らなければならなすこともあるし、守らせなければならない約束もあるのだということを強く意識した方がよいと思います。被爆という実感がないのが怖いところですが、ある意味、怖いことを平気でやる人々がいるということなんだなあと思います。行政は現実には、ほぼ放置したままです。僕は、他者のことも考えて、少なくとも車など、屋外に長期間放置していたものを避難地域から持ち帰るべきではないと思います。被害にあっている方々にこういう事を言うのは難しいのですが、これは守ってほしいと思います。つまりは、どこで、線を引くのかと言うことです。

 さて、文部科学省は、福島県内の子どもたちはやはり年間で二十ミリシーベルトを基準とするようですから、毎時3.8マイクロシーベルトになる校庭だけは屋外活動の制限を設けることにし、実際は現況の状態が固定化すれば、福島県内の大半の学校は、普通に運用されると言うことです。どちらかというと、現況の子どもたちをそのまま通わせる体制を維持するために、数値の基準を二十ミリシーベルトにしたのは、殆ど間違いないことだろうと思います。「子どもは十ミリシーベルト」という原子力安全委員会の委員の主張は骨抜きになり、避難地域以外、現実には放射能は問題がないという政府主張のとおりに、子どもの被曝量が決められるというスタンスと思います。極論すれば「二十ミリシーベルトを年間子どもが被曝しても大丈夫」というのが文部科学省、つまり政府見解だということです。こんなことを政府が平気で容認したことは、僕にはもう言葉にならない位の感覚です。自分たちの都合が優先しても、子どもの健康と安全を、この政府は優先しないということなのだと、僕は思います。きちんとした事を、やらないという事について、そこまで、なぜ固い意志が、今の政府にあるのか、僕には、またしても理解不能です。たぶん年間十ミリシーベルトにした瞬間に、通えなくなる学校が多数出てきて、どうにもならない現実が舞い込んでくるのだと思います。その現実に直面しないため、子どもが、多く放射能を浴びても、大丈夫だと言うことにしたのが、今回の判断だとしか僕には思えません。ありえない話です。子どもが放射能を浴びるのはより少ないほうがよいにきまっています。あたりまえのことが、全く認められない感覚が強まっています。勿論、内部被曝はほぼ考慮されていません。公衆被曝1ミリシーベルトは完全に無視です。

 きのう、福島県内のあるおかあさんと話しました。やはりお子さんのことを心配されていて、「何でこんな線量なのに、安全と言うのか全くわからない」とおっしゃいます。「木下さん、県や教育委員会に何回尋ねても、大丈夫を繰り返すだけなんです。政府がきめているから心配いらないという答えなんです。それが信用できますかね。この前、南相馬市に枝野長官が完全防御で短時間はいられましたよね。それは、別に構わないんですが、うちの近くはもっと線量が高いんですが、前の子どもは普通に泥遊びをしているんです。私のところよりも、線量の低い場所にフル防御ではいる官房長官をテレビで見ながら、福島の中通りは、全体から無視されているような不安もおぼえました。さあ、放射能は大丈夫だから、すぐに復興してくださいと言われている気がします。大丈夫ならいいですけど、年間の被曝量も計算すればすぐにわかりますし、内部被曝の危険も考え合わせると、子どもを普通に過ごさせるレベルではないと思うんです」とも。政府への不信感と言うよりも、あきらめに近い感覚が伝わります。僕も政府の言う事を信用するべきなのが通常であるのは十分に理解しますが、このような子どもの健康安全に切迫するような状態の場合に、適切な判断をしているのかは、疑義をはさむべきなのが、まっとうな感覚と思います。僕に対して「謀略史観」というレッテルを貼りたがる人がたまにいますけれども、こうした事のいったい何が「謀略史観」であるのか、本当に教えていただきたいと思います。一方的な話ではなくて、政府判断がおかしいと疑義を唱えることが、「謀略史観」であるならば、ジャーナリズムとしてのある水準以上の活動は無理だと僕は思います。日本のお上に対しての信仰は根強いものですが、この事態の中でも、その信仰は継続されているようです。このお母さんは、当面、学校を休ませることも考えはじめられていて、僕は、ある意味では、追い詰められているのかなとも思いました。意識をちゃんともってこの事態を見ようとする方こそ、シビアな状況に置かれかねないという現実はすさまじいものがありますし、政府が、そういう状態を放置しているのが、今の日本だとも思います。日本的な意味での「無言の圧力」がのしかかるところもあるのかもしれませんが、いろんなことに配慮しながらも、福島県内で、厳しい現実と直面している方の話を伺うと、どうにかする方法はないのかと思うばかりです。本当に厳しい局面です。

 実は、東京からもいろんな人達から「逃げたい」というご相談やメールが届きます。このことは、東京の今の現実を反映している部分もあって、色々と考えさせられているところでもあります。これについては、もう少し事態の推移を見ながら、詳しく書いておきたいと考えています。今の東京がよくわかる話とは思っています。

 そういえば、東京のモニタリングポストが、ほんの少しですが、平常値の範囲よりあがっています。ほんとに、ほんの少しですが。上がってこないことを、僕は期待しています。

 さて、1号機の270ミリシーベルト問題に続いて、きのうの調査で、2号機原子炉建屋内に高温蒸気がこもっているようです。原子炉の下部になる圧力抑制室が損傷していることが原因ではないかと、東京電力は話していますから、こちらも工程が、黄色のシグナルが鳴りはじめているとしか思えません。3号機は元々、強い爆発がおきていますから、復旧はそもそも大変です。そして、どの号機でも、深刻ないろんなトラブルが継続していることが、今の状態だということが再確認されているということだと思います。見通しが立つなら何も言う事はありませんが、見通しを立てることが極めて難しい状態としか思えません。こうした状態で、どうやって作業員を中に入れて、きちんとした作業を始められるのか、具体的な方法論が見えれば、いろんな考え方もあると思いますが、そうしたことが見えない中で、「一体、どうするのよ?」と言う疑問ばかりが浮かんできます。工程表が、きちんと機能してくる工程表になるのかどうかが、僕らがシビアにみるしかなくなっているのが、早くも現実になっているのではないでしょうか。

 とにかく、皆さんからのいろんな情報をお待ちしています。原発に直接、かかわりのある方からのお話は特に伺いたいと思っています。よろしくお願い致します。

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校庭利用制限13か所…放射線量、国が安全基準(読売新聞) - goo ニュース

2011年4月19日(火)23:47

 東京電力福島第一原発の事故を受け、文部科学、厚生労働両省は19日、保育園や幼稚園、学校活動での放射線量の安全基準を発表した。

 夏休みが終了するまでの暫定基準として、校庭の放射線量が1時間あたり3・8マイクロ・シーベルト以上の場合は屋外活動を制限し、屋内活動を中心にするなどとした。

 政府が指定する予定の「計画的避難区域」や「緊急時避難準備区域」にある学校などを除き、今月14日時点で、福島市、郡山市、伊達市にある計13の保育園、幼稚園、小中学校がこの基準を超えており、両省は、校庭などの利用を制限するよう県教委などを通じ保育園や学校の設置者に求めた。該当する学校などの園児、児童生徒数は3560人。

 内閣府の原子力安全委員会によると、基準は、児童生徒の年間 被曝 ( ひばく ) 線量の上限を20ミリ・シーベルトとし〈1〉現在の放射線量が今後も継続〈2〉1日の屋外活動は8時間〈3〉残りは木造家屋内で過ごす――との想定で算出した。年間20ミリ・シーベルトは計画的避難区域の設定基準と同じで、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告を基にしている。

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福島の子どもたちを我々は守ることができるのか

2011-04-19 00:59:00 | 福島第一原発と放射能
 

 いつもブログを読んで頂きありがとうございます。皆さんにお願いがあります。福島県内の近隣の現地にいらっしゃる方。特に福島第一原発に過去、現在、かかわりのある方のお話をもっと直接伺いたく思っております。メールに連絡先を書いて、いただけませんでしょうか。もっと、本当の状況を伝えていくことで、何か少しでも変えられないかと思っています。取材ソースの守秘は厳守いたしますので、よろしくお願いします。

 さて、福島県内から下記のメールが届きました。文中の団体は、僕は直接は存じ上げていませんので、その活動について直接、支援をしているという観点ではありませんが、子どもどうやったら守れるのかと言う話は、福島県内では急務と言うのが僕の認識です。子どもが年間で二十ミリシーベルトを浴びる可能性のある環境に置いておくことは、僕にはありえない話です。まして、子どもは年間十ミリシーベルにという原子力安全委員会の委員の発言も事実上ひっこまされるのが、今の政府のやり方であるのは、僕には本当に許せないです。まずメールをご覧下さい。
 
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はじめまして。福島県白河市在住の2児の母です。

こちらのHPをご覧ください。
http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/2011/04/svh-652a.html

今県内では学校が始まっていて、毎日子供たちが被爆しています。避難したくても様々な理由でできない親子がたくさんいます。「全てを捨てて逃げなければならない事態なのか?」ということも一般人にはよくわかりません。

でも、皆さん「子供の健康をまもりたい」そういう思いで日々不安な気持ちで過ごしています。

こういった「フクロウの会」のような活動はとても大事ですが、
正直地元で細々とやっていたのでは時間的にも間に合わないのでは?と思います。

木下さんのようなジャーナリストの方のお力をぜひお貸しいただけないでしょうか?

いきなりのメールで不躾なお願いをしまして、大変申しわけありません。

どうかよろしくお願いします。
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 避難したくても避難出来ないという中に、政府が安全だと言い張るために、社会的に突破できない人がいるという現実がメールからもはっきりわかります。一定程度危険が有るので、子どもたちを逃がしたほうがよいというのなら、まだ理解はできますが、現在の状態では、相当な突破力がないと、逃げる選択肢をとれない現実があるのだろうとも思います。それでも大人なら個人判断で済みますが、子どもはそうはいきません。数年後に甲状腺がんが子どもに多発した場合、政府は責任を負えるのかということです。負えないのなら、子どもを現地で留めることにしようとする意図がわかりません。というかどこまで思考停止すれば、今の政府も官僚も気が済むのでしょうか。子どもの命を、健康を守ることよりも、政府が優先させるべき事柄は、ほとんどないと思います。全体を動かすことが難しい中で、取れる選択肢を取るというのが、普通の思考スタイルと僕は思います。
 そうした場合、戦前にあった話ですが、「学童疎開」ということさえ、確かに現実味を帯びてくる選択肢であると思います。社会全体を大きく動かす判断ができないのなら、せめて学童だけでも地域を動かすことで、被害を最小限に食い止められるのではというのは、普通の感覚と思います。今回、大本営というワードをこのブログで何回か使った気がしますが、それでもまだ戦前は、子どもの命を守るために、都市部から田舎へ学童疎開させました。よく考えるとまだ現実の危機を認識していたのかも知れません(目に見える空襲と目に見えない放射能の違いはあれ)。戦争と言う時代の中では、隠蔽もありましたが、シビアな状況は認識していましたし、最低限の措置は講じていました。今の問題は、そこさえできているのかどうかと言うことです。目を瞑れば、何事もなく過ぎていくのなら、僕も目を瞑りたいのですが、きょうのいろんな情勢を見ていてもそんな感じはまるでしないです。この状態の中で、福島の子どもたちを放置しておくことは、政府のみならず、僕ら一人一人の判断ミスが原因であるとも言えるのです。このことは大きな話です。
 僕は先週、国立大学の核物理関係のある教授から、福島県内の学校の土壌の放射能調査について、いくつかの懸念を伺いました。とにかく、色々とはじめてみたそうなのですが、バックグラウンドの放射線量が高すぎて、校庭の土壌の正確な数値が現場で測れなくて、一端採集した土壌を持ち帰って測りなおそうとしていると言うことです。彼は、相当危機感を抱いていて、特に梅雨時になる前の、ここ数週間のうちに、校庭の土にある放射性物質を測って正確な状態を専門家として認識しておきたいと言うことです。この分野の、関西や中部の専門家集団は相当な危機感と緊迫感でこの作業を継続しているとも聞きました。彼らは科学者として、状況を正確につかんでおかないと大変にまずいという認識で行動されています。元来、核物理実験の系統の人々は、基礎研究に取り組んできていて,原子炉や原子力とはこれまで疎遠であったということは常識です。研究の中核的なところでは、関連性はあるが、現実に全く原発に関係していない専門家でさえ、この状況に関わっていかないとどうにもならないという認識であるということです。梅雨になると日常的に雨が降り、現在の状態に大きな変化がなくても、福島県内の被曝量や内部被曝の危険性は高まるだけだと僕は思います。専門家の皆さんも、その前に何とかデータをはっきりさせて、必要な対応策を取らせたいと念願されているのだろうと思います。
 
 さて、東京電力が出してきた、工程表について、原子力安全委員会の委員長の見解が報じられています。

 

東電工程表、実施に相当の困難と班目委員長(読売新聞) - goo ニュース

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2011年4月18日(月)20:19

 内閣府原子力安全委員会の班目春樹委員長は18日、東京電力が発表した事故収束への工程表について「相当のバリアがある」と述べ、実施には困難が伴うとの認識を示した。

 また「工程表の精査はできていないが、スケジュールありきで安全がおろそかになることは避けてほしい」と語った。

 班目委員長は「一番難しいのは2号機対策」とし、理由としてタービン建屋地下に高濃度の放射性物質を含む汚染水があることを挙げた。フランスから導入予定の浄化処理技術についても「本当に(高濃度の汚染水に)使えるのか、安全委員会側として承知していない」と効果に未知数の部分が多いことを挙げた。

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 政府側の専門家委員会のトップによる、相当ネガティブな認識は傾聴に値します。というか、推進側であれ、反対側であれ、一定程度原子炉ということについて、きちんとした学問的な背景があり、中身を十分に理解できる人にとっては、状況の認識に本質的な差異はないと言うことだと思います。こうした言葉をきちんとつないでいけば、原発の事態の状況が、正確にわかるはずなのです。1号機の原子炉建屋内部で毎時270ミリという高い線量が測定されている状況や、4号機原子炉建屋の地下で放射能に汚染された水が五メートルまでたまっていることなど(当初二十センチの発表、その後訂正)、公になっているだけでも、新たなハードルは、毎日毎日登場します。もちろん、福島県内をのぞけば、都内などではモニタリングポストの線量が平常値の範囲内に戻り、このまま推移してくれればという希望も持てなくはないとは、僕も思います。しかし、危険はとても去ってはいませんし、東京電力の工程表が官邸への言い訳ペーパー以上のものだと、僕には言い切れはしないのです。

 そして、作業員の線量を100ミリ→250ミリ→更なるアップという流れまで言われ始めています。作業員も現場の東京電力の社員も人間です。やらせると言っても、できることには限界があります。人間が人間に一体どこまでやらせるのか。共産主義国家でも、全体主義国家でも、独裁国家でも、日本はありません。兵站という事が、僕は何度も書いていますが、ほんとにぎりぎりです。ある意味、現場での「緩慢なる死の強要」というレベルがこの先には、ありえます。このことも認識していただければと思います。解は本当に少なくなっています。

 

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