「木下黄太のブログ」 ジャーナリストで著述家、木下黄太のブログ。

日本と世界のリアル状況確認と僕の思索を書き留めるブログ。
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7/4都内署名活動。北とミャンマーの軍事的連携について。

2009-06-30 23:21:00 | 署名などの報告(会の活動報告)
《7月の都内署名活動》

2009年7月4日(土)

●時間・・・13:30~15:30

●場所・・・巣鴨地蔵通り商店街手前
マクドナルド巣鴨店前
(豊島区巣鴨3ー31ー7)
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中国が関係する独裁国家、
北朝鮮とミャンマーの地政学的な
位置づけについて
記事を書きましたが、
この数日、報道されている
北朝鮮の指令を受けた
在日の商社が
軍事技術に転用可能な装置をミャンマーに
輸出しようとしている事件は、
ミャンマーという国に対しての
日本の外交政策の全面的な見直しを迫る可能性があります。
ミャンマーが長距離ミサイルの開発について
北朝鮮と連動していることが
明白になっていくのであれば、
ミャンマーという国の現政権は
日本人がノスタルジーで語るビルマとは
全く様相を異なる状況だということです。
長井さんが死んでも、
その死が届かない日本人には、
「ミャンマーの軍事政権が何をしようが関係のないこと」
だったかもしれませんが、
北朝鮮とのミャンマーの軍事連携が進んでいけば、
日本の直接的な軍事脅威に
ミャンマーが
国家として加担しているということになります。
今回の装置が
ミャンマーの第二工業省に
送られていたことは
見逃すわけにはいかないと思います。



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ミサイル開発装置不正輸出、あて先はミャンマー軍傘下の組織(読売新聞) - goo ニュース

ミサイル開発装置不正輸出、あて先はミャンマー軍傘下の組織
2009年6月30日(火)16:03
 北朝鮮系貿易商社が長距離弾道ミサイル開発に必要な磁気測定装置をミャンマーに輸出しようとした外為法違反事件で、装置はミャンマー陸軍傘下の組織「防衛産業理事会(DDI)」に届けられようとしていたことが30日、神奈川県警の調べで分かった。捜査関係者が明らかにした。

 北朝鮮の指示を受けた貿易商社社長らが不正輸出を図ったとみられており、県警は、ミャンマー軍事政権にミサイル技術を拡散させようとしていた裏付けとみて捜査している。

 捜査関係者によると、北朝鮮系貿易商社「東興貿易」(東京都新宿区)が2008年9月、磁気測定装置をミャンマー第2工業省に輸出しようとした際、防衛産業理事会の通称名「DDI」のマークが箱に付いていた。

 また、東興貿易が今年1月にマレーシア経由で輸出しようとした装置の箱にも「DDI」のマークがあった。

 ミャンマーは、1988年に成立した軍事政権が軍の強化を進めており、現在の兵力は社会主義時代の約3倍にあたる約50万人。武器の調達は、小銃などの基本装備を中国、戦闘機を中国とロシア、軍事用IT機器をシンガポールから輸入しているとみられている。

 一方、ミサイルについては、ミサイル関連技術輸出規制(MTCR)で国際的に技術の輸出が禁止されている。このため、ミャンマー軍事政権がMTCRに加盟していない北朝鮮から入手を図った可能性が高いとみられている。

コメント

中国・ミャンマーのパイプラインの地政学的意味

2009-06-25 11:33:18 | その他
きょう読売新聞に記事が出ていましたし、
gooのニュース記事でも
産経新聞の記事がありましたが、
中国とミャンマーのパイプラインは
天然ガスや石油を
安全保障上も要となるエネルギーの輸送ルートを
安価で安全な地上に確保したということです。
マラッカ海峡の海賊を避けたい、
輸送コストを減らしたい、
東南アジア、特にインドネシアでの
反中国感情などいろんな問題があるのが
現況の海上ルートです。

そこでこの新たなパイプラインは
中国にとって
より安全保障上、安心のできるラインということです。

つまり
そのくらい中国とミャンマーは関係が
太いということです。

エネルギーの根幹を預けられる相手というのは
非常に密な関係、ある意味一心同体ということです。

長井さんの問題が解決しない
原因の一つがまたここにあります。


中国、送油管9月着工 ミャンマー経由 中東頼みの日本、影響も(産経新聞) - goo ニュース


追伸、アメリカが監視している北の船舶は
   ミャンマーに向かっているという分析が出ていますね。
コメント

独裁政権を取り巻く思念

2009-06-20 20:28:52 | 署名などの報告(会の活動報告)
先月末に
ヤンゴン市内の仏塔が倒壊したことは
知っていましたが
どうやら独裁者の奥様かがりの
工事をしていたらしく、
その儀式が先月あった後に
この塔の崩壊となり、
民衆の迷信が広まっているという
観測記事が
韓国の朝鮮日報が伝えていて
(他でもつたえているかも)、
日本の週刊誌も記事を書き始めました。


独裁政権を揺るがす動きは
実はイランでもはじまっています。
ホメイニ革命を知らない
若い世代が
現在の政権を独裁政権として
対立図式は強まる一方です。
他国のジャーナリストは
入国すら出来ない状況です。

僕はイランとミャンマーの現況の
情勢を注視ししています。

以下は朝鮮日報より


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仏塔崩壊は「不吉な前兆」、恐れるミャンマー国民
ミャンマー軍事政権の最高実力者であるタン・シュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長のダウ夫人一行が5月7日、ヤンゴン郊外の仏塔「ダノク・パゴダ」に姿を見せた。ダウ夫人は2300年の歴史を誇る古色蒼然(そうぜん)とした仏塔のてっぺんにダイヤモンドの玉を捧げ、周辺にある黄金の傘から成る仏塔にも香水を振り掛けるなど聖なる儀式を行った。ミャンマー軍部が政権の正統性を確保し、仏教界の支持を得るために長年行ってきた行事だ。しかし、先月30日午後、このダノク・パゴダがあっという間に崩壊した。夫人が捧げたダイヤモンドの玉は消え、黄金の傘もがれきと化した。現場にいた作業員(24)はタイで発行されるミャンマー人向けメディア「イラワジ」に対し、「突然外が暗くなり、塔の北側に明るい光が差し、おかしな音とともに寺院が一気に崩れた」と証言した。ミャンマーは指導者が政策決定時や行事の日取りを決める際にも占い師に意見を求めるほど、迷信が浸透した国として知られる。8日付インターナショナル・ヘラルド・トリビューンは、信心深い国民性のせいか、ミャンマー人はダノク・パゴダの崩壊を国の不吉な前兆ととらえ、良からぬうわさが立っていると伝えた。ミャンマー軍政が民主化指導者のアウン・サン・スー・チーさんを長年にわたり軟禁し、最近は国家防護法違反の罪による裁判を行っているさなかの出来事で、仏塔崩壊の不吉説はさらに説得力を得ている。香港=李恒洙(イ・ハンス)特派員 朝鮮日報

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コメント

三沢光晴と長井健司の「死」

2009-06-16 00:46:30 | その他
「死」をめぐる直接映像というのは
ジャーナリズムの仕事をしていても
そんなに頻繁に取り扱う訳では
ありません。

もちろん殺人事件や死亡事故の現場の
映像というものは
死に近い情報を与えてくれますが、
まだ間接的なもので
撮影対象となっている人間そのものの
「死」をめぐる映像と
向き合うことは実は少ないのです。
このことをどう取り扱うのかは
2009年を生きる僕には大きな問題なのです。

僕にはもちろん2007年9月27日におきた
ミャンマー軍による
長井さんの銃殺という衝撃的な映像を
受け止めたことがあるので
経験はありますが、
この週末は二年ぶりにその類の中身にゆきあたりました。

今回のプロレスラー、三沢光晴さんの
試合中でのアクシデントがあり
その後救命措置がとられて搬送されるまでの
一部始終の映像です。

長井さんと違い、僕は三沢さんを直接は知りません。
ただ二代目タイガーマスク時代から
三沢さんの主な試合の動向は知っていますし、
気になる試合はテレビなどで見ていました。

全日本からノア立ち上げ。
真面目な性格と責任感の強い人柄は
プロレス界の中でも突出していましたし、
ここ数年のプロレス不況とも言われる時代の中で
試合の中身で、お客を会場に呼べる
数少ない団体がノアで
その経営も試合も中核は三沢さんであったことは
他のプロレスマニアと同じく
僕にも常識でした。

最前線で身体を張ってまわりを支えていたのが
三沢さんでした。

この三沢さんがあのような形で亡くなられたこと。
さらには、そのアクシデントの直後の
リアリティのすさまじさが
直面した映像からひしひしと伝わってきました。
本当に起きている出来事はあまりにも
あっけなくて、
まわりの観客は最初は事態を正確にとらえることが
難しく、
何分後から動揺が走る様。
リングというプロレスラーにとっての
最前線で、試合中のアクシデントから
おきた一連の出来事の映像。

紛争状態というジャーナリストの最前線で
長井さんにおきた、
ある意味、あっけないまでの発砲の映像。

「死」をめぐるこれらの映像は
僕にすさまじく「思考」を迫り続けます。


この三沢さんの「死」を巡る映像が
YouTubeで
丸一日がすぎたくらいの今の時点で
既に80万回以上も見られていることも
僕らの「死」を巡る現在を
雄弁に物語っていると思います。

三沢さんのご冥福をお祈り申し上げます。


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徳光アナ「取り乱してしまい申し訳ない」
 14日午前放送の日本テレビ系「ザ・サンデーNEXT」は、前日13日の試合中に亡くなった三沢光晴選手がリングで倒れてから病院に搬送されるまでの映像を流した。

 かつてプロレス中継を担当したこともある徳光和夫アナウンサー(68)が番組冒頭、取り乱すシーンも。同アナは「三沢選手は受け身の名人でした。それが受け身で亡くなった。無念だったと思います。悔しいけど冥福を祈らざるをえません。彼はプロレス界のリーダー。今後プロレス界がどうなってしまうのか心配でなりません。私はこの映像を今初めて見ました。取り乱してしまい申し訳ありませんでした」。悲しみをこらえ、約20分にわたって三沢選手の訃報を伝えた。

日刊スポーツのサイトニュースより[2009年6月14日8時39分]
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コメント

315名の方に署名をいただきました。

2009-06-15 00:28:56 | 署名などの報告(会の活動報告)
きのうは315名の署名を頂きました。
ありがとうございます。

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全国的に入梅し、連日はっきりしない空模様が続いています。
日曜日の巣鴨は、曇り空ながら、
署名が終わる頃までは薄日が射し、じんわり汗ばむほどの陽気で、
さまざまな年代の多くの人でにぎわっておりました。


6月14日(日)のご報告です。

活動時間: 13:30 ~15:30
場所  : 巣鴨、地蔵通り商店街入り口、マクドナルド前
署名数 : 315名

今回は、
・ボードを気にかけつつ通り過ぎた後、わざわざ戻って署名してくださる方、
・行きはチラッと視線を送るだけだったのに、
帰り道で立ち寄って署名して下さる方、
・少し離れたところでしっかりボードの内容を確認してから署名してくださる方
など、呼びかけやボードの内容を租借してから署名にきてくださる方がいつもより多かったような印象を受けました。

また、
・今は日本だって大変な状況になっているのだから、外国で起こった事件にかかわっている場合ではない
・戦争をやっているような国のことで金儲けしようとしたんだから当然だ
と批判的なことを言っていかれた方もいらっしゃいました。

事件一つとっても、いろいろな考え方があるものだなぁ、と思うと共に、
その人たちが、
なにかしら自分の意見を言わずにはいられなくなった感情を
引き出したのだとすれば、
ラティーフ氏の写真や
呼びかけが持っている力の大きさを感じずにはいられませんでした。
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次回のご案内です。

7月4日(土) 13:30 ~ 15:30
巣鴨 地蔵通り商店街手前、マクドナルド前


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2009年6月署名活動の予定

2009-06-12 02:55:31 | 署名などの報告(会の活動報告)
長井健司さん殺害に抗議する、
今月の都内署名は下記の通りです。

雨天の場合など中止する場合もあります。

よろしくお願いいたします。

2009年6月14(日)

●時間・・・13:30~15:30

●場所・・・巣鴨地蔵通り商店街手前マクドナルド巣鴨店前
 
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永井淳さんと永井保さんと永井均さん

2009-06-07 01:26:44 | その他
きょうは「ながいさん」と言っても
長井さんのことでなく
いろんな「永井さん」のことを書きます。
ただの三題話みたいなものです。
ご容赦ください。

朝刊に
翻訳者として
著名な永井淳さんの死去の報がのっていました。

18年位前に一度、勉強会でお会いしたことがある。
ジェイムズ・ジョイスの作品で、
『フィネガンズ・ウェイク』の翻訳者である
柳瀬尚紀さんがスピーカーで
かなり独特の柳瀬さんの独演。
このとき、永井淳さんが
柳瀬さんの友人として同席されていて
柳瀬さんの独演にうまくかみこみながら
むしろ現実感のある博識を披露され
とても僕は驚嘆し、
永井淳さんに関心を持った記憶があります。

機会があればどこかでもう一度お話したいと
思っていましたが、
訃報を見てかなわぬことになりました。

アーサー・ヘイリー、スティーヴン・キング、
ジェフリー・アーチャーの翻訳が
真骨頂かと。

ご冥福をお祈りいたします。

永井淳氏(翻訳家)が死去(読売新聞) - goo ニュース


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 永井淳氏(ながい・じゅん、本名・須藤隆=すどう・たかし=翻訳家)
4日、特発性肺炎で死去。74歳。告別式は10日午前10時半、
さいたま市北区大成町4の881サイカンホールプリエ宮原。
自宅は同市大宮区。喪主は妻、須藤淑子(よしこ)さん。
 アーサー・ヘイリー「自動車」、
ジェフリー・アーチャー「百万ドルをとり返せ!」など
英米小説の翻訳で知られた。
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そういえば関心があったのに
一度も会えなかった永井さんもいました。
2004年に亡くなった水彩画家で漫画家の永井保さんです。
僕は「こどものとも」の11号、
「ねずみのおいしゃさま」で 永井さんの絵にふれて
その色彩感覚にかなり関心を持っていました。
2003年にネット検索していると
立川の朝日カルチャーセンターで
絵の講座を持っていることをたまたま発見し、
とても通いたくなりました。
土曜午前中に立川まで行くかどうかを相当考え、
自分の仕事の状況と距離をかなり考えて
なくなく、断念した経緯があります。
(絵を見ることは好きですが、中学以来、
自分が描かなくなっていたので。
習うことは普通は好きではないのですが
永井先生なら習いたくなりました。)
その翌年に訃報を知り大変残念に思いました。
なかなか手に入りづらいのですが(復刻セットか古本しかない)
こどものとも11号「ねずみのおいしゃさま」を
お読みください。
(同名の絵本は今も出ていますが、
画家は永井先生ではない版になっています)
以下は2004年の訃報の引用です。
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永井保氏死去 漫画家、水彩連盟理事
 永井保氏(ながい・たもつ=漫画家、水彩連盟理事)
22日午後8時27分、脳こうそくのため東京都渋谷区の病院で死去、88歳。
東京都出身。自宅は東京都豊島区高田。
童話や絵本の挿絵のほか風景画も手掛けた。著書にエッセー集「銀座ばやし」。
2004/09/23 09:06 【共同通信】
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あとあと、
よく愛読している哲学者の永井均さんが
ミクシィにいるのをきょうたまたま発見しました。
日本大学に移られていたのは知りませんでした。
日記を読むと、
意外にテレビ好きらしいですね。
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反省-足利幼女殺人事件、菅家利和さんの無罪について

2009-06-05 01:13:16 | その他
僕がまだ若いころに取材した足利幼女殺人事件。
寒々とした北関東の空っ風が吹きすさむ中で
菅家さんが逮捕され、取材した記憶があります。
その当時は、宮崎事件の余韻も覚めやらぬ時代状況の中、
幼女が足利近辺で
複数殺されていたり、ミッシング状態になっていることは
ものすごく不気味な感覚がありました。
その事件が幼稚園バス運転手という職業の
菅家さんが逮捕されたことで
さらに衝撃を受けるニュースとして報じられました。

僕がこの取材に関わったのは
ほんの数日だったこともあり、
恥ずかしながら
その後
長らく関心を持っていませんでした。
DNA鑑定という最新の鑑定が
「確立」されたものであるという
僕自身の誤認もありましたし、
東京から中途半端に遠い足利という
利便性の問題もあり
自分の中での取材の優先順位を下げた気がします。
同じ北関東でも犯人未解決の
「悪魔の詩殺人事件」とは
僕の中での関心度は大きく違っていました。

90年代の後半になってこの事件の
再鑑定を弁護側が求めていることや、
さらに当時のDNA鑑定を
技術的に疑問視する声が
一部の法曹関係者からあがっていることは
気になっていました。
その後、小林篤さんの著作
『幼稚園バス運転手は幼女を殺したか?』
草思社ISBN 978-4794210234が
2001年に出版され、
この本の内容を読んでも
DNA鑑定が間違っているの可能性が
高いことは認識していたつもりでした。

2009年5月8日の『毎日新聞』には
弁護団が
再鑑定を再三提出していたにも関わらず
裁判所は無視し続けていた実態が
語られています。

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佐藤弁護士らが日本大医学部の押田茂実教授(法医学)を訪ね、
再鑑定を依頼したのは97年。
同教授は当初、「結果は同じ。やめたほうがいい」と固辞したが、
弁護団から鑑定の画像を見せられ思い直した。
元々精度が低い測定方法なのに、
読み間違いが起きそうな部分の画像が不鮮明だった。
「やってみる価値はある」。
刑務所で服役している菅家受刑者の毛髪を
封筒に入れて郵送させ鑑定した。
結果は4本とも科学警察研究所の結果と異なるものだった。
弁護団は、上告審の補充証拠として、
さらに02年の宇都宮地裁への再審請求で、
この押田鑑定を証拠提出したが、
いずれも実質的に検討されることはなかった。
押田教授は「裁判所が早く再鑑定していれば、
15年の公訴時効(足利事件は05年)前に
真犯人を見つけ出せたかもしれない」と憤る
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このブログでなぜこの事件を取り上げたのかと
言えば、
自分の中でのジャーナリズムということについての
取り組みを考える上で
なんとなく気づいていることを
適当に放置した事が
ものすごく悔いの残る結果になるということです。
もちろんジャーナリストは
自分が少しでも関わった具体事案を
全て取材しているのには
物理的な限界があります。
だから取捨選択を当然しなければならないのですが
その取捨選択があっているのかということは
自分に問い直さなければいけないと思うのです。

菅家さんが釈放され
無罪となる道筋がついたことは
本当に嬉しく思います。

だが
本当の真犯人を結果として取り逃がし続けていること。

さらにその犯人がその後も累犯を重ねている
可能性があること。
(例えば、横山ゆかりちゃん事件)

冤罪をおこしていけないというだけでなく
冤罪を見過ごさないことが
ジャーナリストの責任だと思うのです。
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鴎外と「1Q84」、僕らは何かの「物語」にいる

2009-06-03 01:49:05 | その他
神奈川県立近代文学館で森鴎外展を観てから
村上春樹の新作「1Q84」をおおざっぱに
通読した一日でしたから、
特に強く思うわけなのですが、
本当に僕らは
ただ単に人生を生きているだけでなく
何かの「物語」を生きているという気がします。

このブログを見ていただいている方は
2007/09/27におきた長井健司の死と
その後のこのブログで語られることから派生している
割りに大きな「物語」の中に
好むと好まざるとに関わらず巻き込まれていることは
間違いありません。
この物語がこれからどういう展開をしていき、
どういう形での決着が望ましいのかは
僕にもまだその像を明確に結んでいるものでは
ありません。
しかしながらよくも悪くもこの物語に
巻き込まれたのか
自ら飛び込んだのかは別にして、
物語の枠組みの影響を受けながら
進んでいるあなたの人生は
たぶんその前とは色んな点で「違い」を
生んでいることは間違いないはずです。
その点では、
前年とはうってかわってペースダウンし
更新頻度が落ちているこのブログを
読み続けていただいている人が
いまだ多いことも
この「物語」の訴求力は本質的には落ちていないのだろうと
僕は思っています。

きょう展覧会を見た
森鴎外は
恐らくは明治という時代の中で
その「物語」を現実の社会システムと
もっとも正面から向き合う形で
執筆を続けた作家で、
彼の医師や軍医という特性からくる
事実探求のスタンスは
平成のジャーナリストから見ても驚嘆すべきものがあります。
僕もいくつかの彼の小説と文学史的な知識から
知っていたような誤認をし続けていましたが
西洋との格闘や
天皇観、国家観、歴史観などにおける
かなりおもいきった考え、
そしてその自由思考を打ち立てる彼の中の
強い「物語」の全容がこの展示からよくわかりました。
西洋との関係で自我を打ち立てるという
命題がはっきりとした時代の中での「物語」には、
僕からある意味の憧憬さえ感じられるものでした。

その夕刻に売り切れ続出の村上春樹の新作を
たまたま横浜で入手しました。

この小説は大変困った小説で
さきほどから話している
「物語」というものを村上が強く意識して
書いたことは間違いないでしょうし、
彼がノーベル賞を今後受賞するためには
恐らくはこのような、
ある種の「思想性」を内在した「物語」を
書くしかないのでしょうし、
若いと言われ続けた村上も
もう還暦を今年迎えていることも
このような「物語」を書く内因なのだと思います。
僕が気になるのは
この作品の文学的評価というよりも
「物語」を意識した作品の構造そのものにあります。
「1Q84」はカルト教団をめぐるストーリーが背景にあり
現実と作品に登場する「小説」が
微妙に交錯する「物語」です。
というよりもある時点から
「現実」が「物語」に侵食された話といえます。
この構造は僕自身にとっては1995年のオウム事件以来、
十五年近く感じていた皮膚感覚とシンクロする部分が
大きいのです。

村上は「アンダーグラウンド」や「約束された場所で」を書き
日本の作家としてはオウム事件に関わろうとした
唯一の人ですから
よくも悪くもこのような「思想性」の強い「物語」を
書くなら、このような形態になったのだろうと感じています。
二つのノンフィクションをあまり高く評価していない僕ですが
これらのノンフィクションを経て
このような感覚の「物語」をつむいできた村上春樹の筆の
凄みは感じています。
この恐らくは逆転したかのような社会は
本当はずいぶんと前から立ち顕れていて
僕が鈍感だから1995年まで気づかなかったからかもしれませんが。

ただ村上の「1Q84」が
僕にとってはもっともこの十五年間意識し続けている
「物語」の「現実」への侵食というその認識を提示する
内容までには成功しているものの
あくまでその地平にしかいない作品でもあります。
次のステップはこの作品にはありませんし
世界の作家の中でもっとも前衛にいる彼も
到達しない、転倒した世界が僕らの前に
投げ出されていることでもあります。

その意味で大変に困った小説ですし、
これがものすごいベストセラーとなる現象も
本当は大変に困ったことなのだと思います。

僕のようにジャーナリストとして
その渦中にあり
今もその渦の渦巻を解き続けている人間には
あたりまえの感覚も
一般の人々にどのようインフルエンスがあるのか
未知数な部分があるからです。

そしておそらくは感染力が強い。

さらに
次の決着へのアプローチを探求することが
必要不可欠となってくるでしょう。

これはその後、長井さんという足がかりから
突破を試みようとした僕にも
まだまだ難題で
答えも決着も出ている訳ではありません。

奔放に生きながらも
社会の中枢を支えた鴎外の
死にいたるまでの一貫した精神運動の
時代とのダイナミズムな連動感に
羨ましさを感じる理由もここにあります。
だがしかし怯む訳にはいかないのです。
僕らはその時代と与えられた所与条件の中で
解をとく以外にはありません。

そのための努力を怠ってはならないのです。

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混迷続くミャンマー情勢

2009-06-01 01:07:01 | その他

下記のロイターやそのほかの外電を見る限り
スー・チーさんをめぐる国際的な圧力に
ミャンマー側の中でも対応を決めかねている
気がします。
引き続き注視が必要です。


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[ヤンゴン 30日 ロイター] ミャンマー最大野党の国民民主連盟(NLD)を率いる民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさん(63)の顧問弁護士は29日、裁判所が6月1日に予定していた最終弁論を5日に延期することを決めた、と明かした。
 同弁護士によると、裁判所は延期決定の理由は明かしていない。
 スー・チーさんは29日、拘留中のヤンゴンの刑務所から、自らの健康への「重大な懸念」を表明していた。弁護士は30日、スー・チーさんの体調がその後回復したと説明した。
 スー・チーさんは、自宅軟禁中に許可なく米国人男性と面会したとして、国家防御法違反の罪に問われている。先日も低血圧や脱水症状により治療を受けていた。
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