「木下黄太のブログ」 ジャーナリストで著述家、木下黄太のブログ。

日本と世界のリアル状況確認と僕の思索を書き留めるブログ。
重要なことはメルマガで展開していますので、ご購読下さい。

「コンタクト」

2011-02-13 01:31:29 | その他
本当に何日も何日も更新しないブログを、
今も見続けていただいている皆様がいることを
嬉しく思います。
ブログの更新を怠っていて申し訳ありません。
言い訳すれば忙しくて手が回らないだけです。

本来、ミャンマーの新しい体制についての分析を
いち早く書かなければならない立ち位置にいるのは、
十二分に理解していますが、
実は新体制についての裏面でのコアな情報を
的確に把握できている状態ではありません。
表面的な事を書き記すことはできますが、
そこには納得がありません。
とりあえず、もう少し情報が精査できるまで
このことはお待ち下さい。

きょう書くのは、「コンタクト」という
昔、ニューヨークのリンカーンセンターで見た
ダンスプレイというかミュージカルというか演目のことです。
最近、同じレベルかどうかは別として
劇団四季が公演を同一演目で行っていますから
知っている方も多いと思います。

「コンタクト」というのは
まさに文字通りの演目で、
人間と人間が通じ合う難しさと
しかしながらその瞬間の大切さをどう把握し、どうつなぐのかを
テーマにした演目です。
心理的にも、生物としても、政治的にも、社会的にも、性的にも、
人と人が交わることが本質的に本当に難しく、
さらに現代のような高度に情報化し、資本化し、先鋭化した社会の中では
より困難であることを
いろんなシーンを使いながら描きます。
僕が最も影響を受けた
あらゆる舞台上での演目の筆頭は間違いなくこの「コンタクト」で、
プレイのみならず、
思想的にも「コンタクト」的な感覚は強くなりました。
確か9.11の一年位前にこの演目を見ていたことも
アメリカや世界を考える上で大きい手助けとなりますし
僕がプライベート的に生きている世界空間の中でも
この思想をうまく言語化し、
さらに洗練、発展できないのかと考え続けています。
ぼくの中でひとつだけハッキリしていることは
きちんとした「コンタクト」が少しでもできる時には
人間というのは、その人生や思考というものは、
何かしら具体的な意味を持ち始めるということです。
僕の人生でも
「コンタクト」できる時はほんのわずかしかありませんし
人と人とのつながり、
「コンタクト」を一定期間以上きちんと形成できたことは
ほぼない気がしています。
僕がダメなところです。

そして、ある意味自分の中でもあきらめていたような気がします。

長井健司の死というものは
その「コンタクト」が一瞬の断面にしか過ぎなかったにも関わらず
痛烈な印象とともに
ありとあらゆる人々の心を一度は捉えたとずっと感じています。
長井さんの運動を行うことは
僕にとっては「コンタクト」を捜し求める運動でもある気がしています。

しかしがら、実際、運動の中でのいろんなつながりはありましたが
そのつながりは、運動体としてのつながりでありますし
もう少し言えば、長井健司とのつながりよりも深くはなく、
変な言い方をすれば
長井さんが殺されたときの、一瞬の「コンタクト」に勝るものはありませんでした。

実は、自分がこの五年余り置かれていた(or置いていた)立ち位置が、
まさにここ言う「孤独の城」ともいうべき状態で、
その中からここ二ヶ月あまり無理やり抜け出してみると、
この五年間という時間の中でも
僕にもきちんと、あるだれかの「コンタクト」だけはあったことに
ようやく気づいています。

僕は気がつくのが、いつも本当に遅すぎるのですが、
気づいたら
「孤独の城」に引きこもることの意味のなさを強く思います。

つまりは、
自分が危ういときにこそ「コンタクト」が深く心に刻み込まれますし、
公には、闘いの戦士である自分には、
闘いの実感はあれど、敵が不透明であればある程、
敵との闘いでも生じる「コンタクト」という実感も乏しいままでした。

しかし、そういうことではなくて、
深い深い「コンタクト」をある程度前からは実は得られていたし、
さらには今もここにある、という実感は、
ここ半年位、いや二ヶ月位前から
ようやく、しかもはじめて認識したことなのです。

年齢を重ねて、ああこんな歳にという醒めた意識の僕が、
今更、こんなことに心があたるとは思いませんでした。

それこそが、まさに「コンタクト」なのです。
コメント