塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

パルク・デ・プランスで流れたベッカムの涙

2013-05-19 23:20:03 | 日記
 千曲市の方言に「だっちもねえ」という物があります。

 これは「くだらない」という意味を持つ言葉で、例えば親が子供が購入した玩具や文房具を否定する時によく用いられます。

 「だっちもねえ漫画買ってきて」
 「そんか高いおもちゃはだっちもねえ」

 言う方は言われた方の心情をまるで考慮することもなく、自分の価値観だけを押し付けているので、言われた方、特に子供
は随分嫌な思いをします。
 
 「おもちゃは漫画は卒業だな。」

 勝手に処分されて悔しい思いをした方も多いでしょうね。

 ならば引退を表明した選手のサッカー選手に関する資料とグッズをいつまでも所持すること、これもくだらない出来事なの
でしょうか?

 ホームのプレスト戦で最後の雄姿を見せたベッカム。

 彼が着用したホーム・ジャージこそが、来季のPSGモデルなのでしょう。

 そして彼がアディダスの象徴とはいえ、ナイキも彼用のマーキングが施されて販売されることは、やぶさかでは無いと考え
ているように思います。

 専門店ではユナイテッドとレアル時代のジャージはもう完売御礼の状況ですが、イングランド代表とミラン、そしてギャラ
クシーのジャージはまだ新品で入手できる模様です。

 お金目当てに中古市場価格の上昇や、新品の注文殺到が懸念されますが、当の本人は

 「これもビジネスかな。」

 と言って笑うかもしれません。

 人間と言う生き物の心理は、引退した選手ではなく当然現役選手の活躍と動向に注目するものですし、ベッカムもやっと安
息の日々が得られます。

 「あのころ、ベッカムという素敵な選手がいたよ。」

 パリでもミラノでも、ご婦人たちが息子に彼の話をしてあげたら、ベッカムにとっては最高の昔話になると言えますね。
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僕が考えるモウリーニョの胸中

2013-05-19 22:57:25 | 日記
 意固地から憎悪へ

 モウリーニョが黒か白か、常にこの範疇で生きている背景には、バルセロナという存在が大きく関与しています。

 バルセロナ時代にモウリーニョが師事したのがボビー・ロブソンとルイス・ファンハールですが、両者共にこの勤勉で貪欲な
姿のポルトガル人を認めていました。

 しかしファンの中には

 「たかが通訳がでしゃばるなよ」

 と、モウリーニョを高飛車な存在だと判断し、彼の通訳、対戦相手の戦力分析といった仕事を評価しない向きもありました。

 ポルトを率いてチャンピオンズ・リーグを制覇した際は。まだ彼の胸中にはゆとりがあったと思います。

 次に出向く先はプレミアというリーガと比肩する競争力の高いリーグであり、チェルシーはアーセナル、ユナイテッド、そし
てリバプールよりも名声はまだ得られていませんでした。

 チェルシーを強豪に導くことで、バルセロナのファンは

 「ああモウリーニョ、どうやら私たちは君の仕事を評価していなかったようだ。」

 と一言添え、彼も右手を差出して通訳時代の苛立ちを水に流す準備はあったと思います。

 しかし、勝っても勝っても、彼に対する評価は一向に変化しない上に、むしろ退屈でつまらないし、その態度は尊大であると
揶揄されていました。

 この瞬間、モウリーニョの気持ちは変化したのでしょうね。

 「ああ、ならば勝手にしろ!俺はやりたいようにやるさ!」

 この腹を括った瞬間、彼の観念はバルサを筆頭に自分を痛罵する人間たちへの憎悪にきりかわったような気がしてなりません。

 マドリードにやってくる3年前までは、ランパード、エシェン、そしてマテラッツィなど、チェルシーとインテルの選手たち
からの敬慕、そして

 「優勝請負人」

 の異名通りの存在だったのですが。

 モウリーニョがゼマンのように、自分の辻褄を全うするのか、それとも方向転換するかによって、彼の今後は大きく変化する
と思います。

 池波正太郎先生は作品「乳房」の中で、主人公お松の数奇な足取りを描いていますが、今後モウリーニョはいかなる歩みを行
うのでしょうか。
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かつて日本代表FWが見せた心の強さ

2013-05-19 17:24:04 | 日記
 サッカーでは特にFWが、味方に要求を求める場面が多いですね。

 でも僕にはこれには出来ないのですね。

 その根本には僕の心の中に

 「仕事が出来ない」
 「まず他人に要求、助けを求める前に自分が汗を流すべきだ」

 という弱さがあるからで、同時に自分の為に煩わされる人の心情を思うと、なかなか思うように行かない場面に遭遇してし
まいます。

 実際僕も

 「安請け合いするんじゃなかった!」

 と舌うちすることが多いので。

 FWがDFとMFに自分の意図する場所にボールを要求するのは、サッカーが点取りゲームだからですし、得点が自身の評
価に直結するからでもあります。

 逆に言えばゴールが決まればそれだけ最終ラインとGKにゆとりが生まれるわけで、逆に相手が戦意喪失という心理的負担
も得られます。

 「俺は下手くそだが要求して当たり前」
 「俺がゴールを決めたら良いのだろう!!」

 こうした強いメンタリティこそがFWの真骨頂でしょうが、僕が今良質のたんぱく質を摂取し、糖質を抑えた形に生活を変
えようと思うのも、この強靭な精神を養う為でもあります。

 かつて日本代表FWの鈴木隆行は、

 「あんな下手くそが代表なのか」
 「確かに楔の動きとプレスは評価できるが、高原のようなゴールは期待できない」

 と陰口を叩かれていました。

 しかしあの6月4日のベルギー戦でゴールを奪ったのは、その「下手くそ」であり、このゴールを契機にベルギーに渡る形
となりました。

 実生活ではサッカーのように、真正面から要求を出すわけにはいきませんし、当然相手を助けることも必要です。

 弱いメンタリティでは、今の社会では生きにくいという面が目立つものです。
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人生もサッカーも、流転の先に何かが見える

2013-05-19 02:01:13 | 日記
 「松井と大久保、あのふたりはマジでヤバい、下手すると抜かれるかもしれない。」

 この発言の主は当時レッジーナでプレイしていた中村俊輔で、この言葉は2003年J開幕に合わせて発売されたナンバー
572号の82ページに掲載されています。

 この発言は当時の京都パープルサンガに在籍していた松井大輔を特集するために引用されており、その7年後、両者が南
アフリカの地で歓喜と苦渋を味わうことになるとは。

 ふたりとも想像は出来なかったでしょうね。

 「俊さんがこのチームを引っ張ってきたのだから。」

 そう言って田中マルクス闘り王は、南アフリカの地で戦術的孤立に追いやられた背番号10を気遣う発言をしていました。

 4-2-3-1のポゼッションを本番直前に阿部をアンカーに起用した4-1-4-1に変更したことで、前者の代名詞だ
った中村は、故障の影響もありその意義を失う形となりました。

 変わって重宝されたのが、松井と大久保という両翼で起用された選手であり、特に松井はこのワールドカップで躍動します。

 2006年大会、ル・マンに在籍しジーコから幾度か出場経験を与えられるも、23名にエントリーできなかった松井にとっ
て、南アフリカの地は今でも大切な場所でしょうね。

 7年前の言葉が現実となった際、中村はどんな心境で日々を過ごしたのでしょうか。

 カズも中村も確実に

 「衆人環視」

 の中で切り捨てられました。

 それは98年のロマーリオ、ガスコイン、2010年のベッカムもそうですが、やはり悲哀を感じるのは僕が傍観者だからで
しょうか。

 今では想像できない。

 しかし、香川や本田もこの先達のように、ドラスティックにいきなり

 「代表には不要」

 と言われるかもしれません。

 選手にもファンにも、監督にも覚悟が必要ですが、その未来は時に自分で変えることも出来、抗うことが出来ない時もあるの
です。
コメント (2)
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カズに見る人生の岐路

2013-05-19 01:48:50 | 日記

 人生は流転する。そして人生も同じように。  カズがサントスから読売クラブに移籍し、日本代表でも確固たる地位を築き上げた際に、読売の指揮官ダ・シルバはこう 囁きました。  「ミウラは日本の5年先を歩んでいる」  その5年後、カズがフランスから帰国し、遂に目前にまで迫っていたワールドカップをつかみ損ねることになったのは、 とてつも無く大きな皮肉と言えます。  カズは明らかに日本サッカーの水先案内人であり、サントスで活躍した強烈な自負は日本式の慮った発言方法ではなく、 欧州と南米では常識である  「まっすぐで包み隠さない」  言い方でした。  それはカズが読売クラブというJSLの名門に在籍していたこともそうでしょうし、日本代表の力が右肩上がりで上昇し たことで、カズの真意が取り上げられたという意味もあります。  「どうしてキリンカップで日本代表には勝利ボーナスが提供されないの?」  カズの発言がきっかけで代表にも勝利ボーナスが支給されるようになったことは有名ですし、ジェノアに移籍して海外へ 視野を広げる先鞭をつけたのもそうでした。  例えばNBAでは  「チャンピオン・リングを持たない選手は本当に偉大なのか?」  という論点は様々な議論を呼びます。  チャールズ・バークリーやドミニク・ウイルキンスのように、リングを持たない選手も殿堂に名を連ねていますが、それ でも尚、疑問符が付けられるのがバスケットの世界です。  カズも  「ワールドカップ不出場」  と言う点は、誰よりも痛感しているはずです。  しかし、カズはもう既に大きな仕返しを運命にしているではありませんか。  だってあの1998年のワールドカップに出場した選手たちは、その大半が引退していますがカズは今でも現役で20年 が経つJの顔です。  人生は流転します。サッカーも同様に

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