ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



仏って、仏典では、「長いあいだ修行して仏になる」と書いてあったり、「初めから仏である」と書いてあったりもするんじゃないかな。どう理解したらいいんだろう? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『信仰のすすめ』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 人問的属性を超えた存在である仏には二つの現れ方があります。すなわち、「初めから、役割上、仏としての姿形を持って仕事をしている存在」と、「いったん、片々たる魂となって個々の肉体に宿り、永遠の修行を経て、元なるものに近い姿に帰っていった存在」という二つの現れ方があるのです。
 実は、魂というものは、創られた時点がすべて同時期ではありません。いろいろな時期に、いろいろな環境下で創られた魂の群れというものがあります。また、創られた時点に差があるだけでなく、創られた目的が違う場合もあります。
 創られた時期の違いで言うと、たとえば、ある百億ほどの魂の群れが、いまから二十億年ぐらい前に創られたとします。その魂群は、転生輪廻をして魂修行を行います。その後、十億年ぐらいたってから、また何十億かの魂の群れが創られたとします。そうすると、二十億年ぐらい前に創られた魂群のなかには、その十億年間の転生輪廻の過程で、そうとう魂修行をして、かなり魂が進化しているものがいるはずです。こういう魂たちは、あとから創られた魂群のところへ、最初から高い悟りを得ている仏の姿で現れてくることもありうるのです。
 これは究極の秘密なので、あまり明かせないのですが、「古い魂ほど、進化して偉くなっていることが多い」と考えてよいでしょう。
 ただ、魂の群れのなかには、やはり、一定の目的のために最初に創られた、先生役の存在があります。
 たとえば、日本の大学には、まだ百数十年という短い歴史しかありませんが、多くの場合、「その大学の卒業生が、そこで助手になり、助教授になり、教授になる」という過程を経ることになります。
 しかし、最初に大学をつくったときには、やはり、先生がいないと授業はできないので、よそから先生に来てもらったでしょう。
 それと同じように、初めて魂を創るときには、どうしても先生役の魂も創らなくてはいけなかったのです。
 そのあとは、「教育の過程で、優秀な人が、どんどん先生になっていく」ということになったわけです。
 このようなたとえで、仏という言葉を理解してください。
(150~153ページ)

魂の群れのなかには、一定の目的のために最初に創られた、先生役の存在がある──。

「究極の秘密」として、二十億年ぐらい前とか、十億年前とかいうスケールで語られていて、想像を絶する話ではあります。

でも、つまりは、仏にはやはり二つの現れ方があったのだ、それを仏典は書きあらわそうとしていたのだということなんだと私は理解しているのです。

 

『信仰のすすめ』

 大川隆法著

 

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