先日の3人のランチの時に出た話です。
当時、仲がよかった共通の友達の話になりました。
ケン太と同級生のママで、子ども同士がお互いの家に行き来し遊んだりしていたので、一緒に親同士もお茶したりしていました。
子ども達が幼稚園に行くようになると、他のママ友も加わり、お迎えの時間までお茶することもありました。
でも、そのママだけ、なんとなく「ノリ」が悪いのです。
「うん!行こう”!」ではなく、「うん。。。いいよ。。。」的な?
あまり行きたくないのかな?誘ったら悪いかも?
次第に、お茶することもなくなってきて、遠い存在になっていきました。
子ども達が小学生、中学生になると、ママ友も、働きだしたりして、ママ友同士の交流もなくなってきました。
でも、ばったり会えば「元気~??」となるわけです。
でも、そのママは下を向いたまま。
多分、私に気付いていると思うのですが、気付かない振りをするのです。
「避けられている?」
避けられている?と思ったのは私だけではありません。
同じ自治会の同級生のママは皆、そう思っていたようでした。
でも、ランチの時に聞いた話によると・・・
まだ、子ども達が小さく、一緒に遊んでいた頃、
そのママ友が「皆の家が羨ましい・・・」と泣いていたそうな。
私もご主人の愚痴は何度か聞いたことはあります。
ご主人への不満があり自分の幸せを感じられていないようでした。
いつもなんとなく暗かったのも、そんな気持ちの表れなんでしょう。
でも・・・
その友達のご主人は、ちゃんと給料は入れてくれているし、料理も作ってくれるし、浮気をしているわけでもない。
家族でよく出かけていたし、とてもフレンドリーで自治会の草取りの時には、近所のママさん達の中に入って楽しそうに会話もできるご主人なのです。
「幸せ」要因がいくつも散りばめられていませんか?
うちの主人は「料理作らない。草取りやらない。近所のママさんと話したくない」ですからねぇ~
私が羨ましく思うフレーズがたくさんあるわけでして・・・
お子さん、2人は真面目で優等生で、ふたりとも公立トップ高から、国立大学へ進学しています。
一方、ケン太は・・・いろいろあり(笑)
「皆の家庭が羨ましい・・・」と泣いた友達ですが、、
逆に皆から「羨ましいご家庭、ご家族」と思われていたと思います。
友達が羨ましい~と思っていた他のご家庭こそ、見えてないだけで、いろいろあるかもしれないです。
いろいろあるのが当たり前ですからね。
そもそも比較することではないのでね。
「幸せ」は何か特別なことをすることで得られるものではなくて、
自分の目の前にある「幸せ」に気付けるかどうか・・・なのですから。
「幸せとは探すものではなく、そこにあることに気付く作業」
そう兼近さんが言ってましたよね。
愚痴を言い出すとキリがないです。
悪いところにしか目がいかなくなり、次から次へと愚痴が出てきます。
目の前の「幸せ」に気付けなくなってしまいます。
「幸せ」をしっかり掴まないとね。
掴めるかどうかは、自分次第なので。
「毎日、家から出ていく」
これも決して当たり前ではないこと。
私たちは知っていますから。
「友達がどうの・・・先生がどうの・・・」と、言っているママ友の言葉を聞いて、
「学校に行っているからこその悩みだよなぁ~」と、そんな悩みでさえ、羨ましく思ってしまったことないですか?
(学校に行っている子にしたら、いいなぁ~家にいれて・・・と思っているかもしれませんが)
そんな、私たちだからこそ「当たり前」でないことに、感謝できると思います。
日々、感謝、感謝ですね

我が家の庭に、鳩がきていました。
