哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

東日本大戦争?

2011-04-17 10:00:00 | 時事
 これは戦後だ、との表現がいろんなメディアで目立つ。地震とくに津波で、一面焼け野原のように街が消えてなくなった状況が、太平洋戦争での本土空襲や敗戦を思い起こさせるからだろうか。あるいは、かつて戦後の焼け野原から日本が経済大国になったように、自信を取り戻そうということか。今月の文藝春秋誌でも、いろんな識者が震災を敗戦とか戦後と結びつけているが、あの塩野七生さんも同じ表現をしていた。

「未曾有の国難は、新旧世代の交代にはチャンスでもある。戦争どころか、戦後も知らないと言う世代には、これが「戦争」であり、この後にくるのが「戦後」だと言いたい。」(塩野七生「日本人へ・九十六 今こそ意地を見せるとき」より)


 そこで、確かにこれは戦争かもしれないと思い直し、太平洋戦争との類似点を考えてみた。まずは、相手は地震と津波なのだから、敵は大自然の脅威であり、とても人間にとっては勝てる見込みのない戦争である。太平洋戦争も勝てる見込みのないアメリカを相手に戦って完全に負けたのだから、その意味でまさに完膚なきまでに打ちのめされた敗戦である点は同じと言えよう。

 また原発対応も含め、政府の対応に問題があるとか東電による人災だとの表現もあるが、そうすると敵は日本国民の内部にあったのかもしれない。太平洋戦争でも、日本軍部の暴走が止められなかったことが無謀な戦争への傾斜になっていったというのだから、この戦争は内なる敵による敗戦という意味でも同じかもしれない。

 さらにグラウンド・セロとの表現も聞かれる原発事故対応は、まだ戦時中なのかもしれないが、作業員の「見えない敵」という言い方が象徴的である。そして何年かかかって廃炉になって更地となった場所には、あの石碑がふさわしいかもしれない。「過ちは繰返しませぬから」と。広島の石碑も主語がなく、一体誰の過ちなのか(アメリカか?日本か?)不明と揶揄されるが、今回の過ちは、災害対応策か、それとも原子力政策か、それとも何であろうか。


 以上の通り考えてみて、震災を敗戦とか戦後とかに結びつけることはよくわかるが、結局戦争という表現をしたとしても、人類史上戦争が無くなることはなかったように、つまりはある日常の一風景を言っているにすぎないのかもしれない。


「なるほど戦争では大勢の人が死ぬけれども、平和な時でも人は死ぬ。交通事故や脳卒中で、しょっちゅう人は死んでいる。生まれた限り、人は必ず死ぬものであり、人の死亡率は一律に百パーセントである。この絶対確率平等的事実の側からみれば、いつどこでどのように死ぬかは偶然、平たく言えば、運である。
 我々は、たまたま、運よく、平和の時代を長く享受できていたという、それだけのことではなかろうか。なるほど、日本もこれから戦争に無縁ではなくなるのかもしれないけれども、歴史とはそういうものではなかろうか。自分だけは別だ、別のはずだったと思うのは、自分にだけは死ぬということはないと思うのと、同じところの無理なのである。」(池田晶子「なぜ人は死を恐れるか-戦争」『41歳からの哲学』より)