数日前の日経によると、相互関税と称してトランプ大統領が仕掛ける関税戦争で、輸入価格が上がって米国民は苦しむだろう(だからいずれその内、その政策は挫折する)と専門家は予想したが、実際に起こったことは、中国は米国向け輸出価格を引き下げ、日本の乗用車価格もまた18%弱も下落しているのだそうで、トランプ氏はこれを受けて「『専門家』たちはまたも間違っていた」とSNSに投稿したらしい。彼のいかにも得意げな表情が目に浮かぶ(笑)。
日経は、こうした状況は、トランプ氏をさらなる高関税政策に向かわせるリスクが大きいし、そもそもこうした価格戦略が企業収益を圧迫し、デフレ圧力を生んだ、などと苦言を呈する。しかし、こうした事態に対処するのは、国家という、ある意味で統一した対応を取り得るアクターではなく、短期業績で株主の目を気にしなければならない個々の企業である以上、なかなか難しいところである(まあ、産業界を適切な方向に向かわせるよう環境設定して誘導するのが政府の役割だと反論されそうだが)。
もっとも、こうした状況も、3月に米国内企業が値上げを避けるために駆け込みで輸入を増やして在庫を積み上げた事情を反映している可能性があり、これからこうした在庫がなくなれば、高関税がかかった輸入品が米国市場に出回るようになり、関税による物価の押し上げ効果が予想より長い時間差を経て出てくる可能性も小さくない、と日経は結んでいる。経済や外交の原理・原則を無視して好き勝手に振る舞い世界を混乱の渦に陥れるトランプ大統領の鼻を明かしたいという悔しさが滲み出て日経らしさを感じさせる記事である(微笑)。
トランプ大統領の関税政策は、グローバリゼーションの美名のもとに、世界で製造業の水平分業が進展する一方で空洞化してしまった米国への製造回帰を目指すものとされる。しかし競争力がないからこそ米国内の製造基盤が失なわれたのであって、いくら呼び戻そうにも、昨日・今日の話ではなく、既に久しく、冷戦崩壊から数えても30年を超えるスパンのことである。今更それを支える人材がいるわけでなく、絵に描いた餅じゃないかと、この時代を生きて来たビジネスパーソンはせせら笑っていたのだが、高関税を避けるために米国に製造を移す企業が出始めているとの報道もあり、ほんまかいなと、なかなか一筋縄ではいかない世の中にあらためて驚かされる。
日経は同じ日の別の記事で、中国によるレアアース規制強化に関して、トランプ氏が中国に勇ましく高関税を課して見せたものの、中国が4月に繰り出したレアアースの輸出規制という“けたぐり“に合ってあっけなく関税引き下げに追い込まれた、と解説して、さもトランプ大統領の失態であるかのように報道する。日本の産業界にも、アメリカにはこれほどの弱点がありながら強気に対峙したのは如何にも稚拙だったと憤慨する人たちが多い。
そもそもレアアースがEVだけでなく防衛産業にも重要な材料であることは数年前から分かっていたことであって、最近、矢継ぎ早に対中規制を繰り出したのは、こういう事態を見越していたのではないかと、実は私は勘繰っている。つまりトランプ大統領は、素人のように慌てふためいているのではなく、確信犯だったのではないかと思うのだ。穿った見方かもしれないが、言わばショック療法として、内外の企業に行動変容を迫っているのではないか、と。トランプ大統領のやり方は乱暴だが、主張することに一片の真実が含まれることが、そう思う根拠になっている。
中国では、政策あれば対策あり、と言われる。これには、法の抜け穴を探すような「あざとさ」があるが、より本質的に、たとえば権力構造はそれほどヤワなものではなく、トランプ大統領個人に振り回されているように見えながら、イーロン・マスクのように取り巻きのフリをして近づいて自らの思いを遂げようとトランプ氏に影響力を与えようとする人たちは現れるものだし(イーロン・マスクは失敗したのだと思うが)、同じように、たとえば産業界だってそれほどヤワなものではなく、中国へのレアアース依存を脱するには時間がかかるだろうが、代替ルートを確立するとか、代替技術を開発するなどして、いずれ脱中国を果たし得るのは間違いない。これは産業界への私の願望であるが、技術力への、とりわけ衰えたりと言えども日本の技術力(それは多分に人の問題である)は今なお健在であるとの私の信念でもある。
そうだとしても、当面は日米欧にとって苦難の時期が続く。