「お伊勢さん」「大神宮さん」
と親しく呼ばれる伊勢神宮は、正式には「神宮」といいます。
神宮には
皇室の御祖先の神と仰ぎ、私たち国民の大御祖神(おおみおやがみ)として崇敬を集める天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りする内宮(ないくう)皇大神宮(こうたいじんぐう)と、衣食住を始め産業の守り神である豊受大御神(とようけのおおみかみ)をお祀りする外宮(げくう)豊受大神宮(とようけだいじんぐう)を始め、14所の別宮(べつぐう)、43所の摂社(せっしゃ)、24所の末社(まっしゃ)、42所の所管社(しょかんしゃ)があります。これら125の宮社全てをふくめて「神宮」といいます。
11月21日、内宮へ。
内宮、皇大神宮(こうたいじんぐう)
神路山(かみじやま)、島路山(しまじやま)の麓、五十鈴川のほとりに鎮座する皇大神宮は、皇室の御祖神であり日本人の大御祖神である天照大御神をお祀りしています。
今から二千年前、皇位のしるしとして受け継がれる三種の神器の一つである八咫鏡(やたのかがみ)をご神体として伊勢の地にお祀りし、国家の守護神として崇める伊勢信仰は平安末期より全国に広がりがみられました。現在でも全国の神社の本宗として特別に崇敬を集めます。
「おはらい通り(旧参宮街道)」を進みます。
宇治橋から五十鈴川に沿って800mほど石畳の通りです。切妻・入母屋・妻入り様式の町並みが軒を連ねています。
土産物店や飲食店や商家が建ち並び、歴史的建造物なども見られます。
おはらい通りを通り抜けると、宇治橋(うじばし)が見えてきます。
内宮の入口である宇治橋をわたり、玉砂利を敷き詰めた長い参道を進むと、神域。
「心のふるさと」と称される日本の原風景が広がります。
聖界と俗界との架け橋といわれる宇治橋は、五十鈴川に架けられた全長101.8mの純日本風木造反り橋。宇治橋の外側と内側に立つ鳥居は、外宮・内宮それぞれの旧御正殿の棟持柱(むなもちばしら)が使われています。
内宮のお参りは宇治橋の前で一礼し、緑豊かな神路山(かみじやま)、島路山(しまじやま)の四季の移ろいを感じながら宇治橋を渡ることから始まります。
モミジも少し色付き始めています。
神苑を見ながら進みます。
*正宮(撮影は階段の下までです)へ
*御正殿(ごしょうでん)
「唯一神明造」(ゆいいつしんめいづくり)という日本古来の建築様式を伝える御正殿。屋根は萱葺きで、10本の鰹木(かつおぎ)がのせられ、先端が水平に切られた4本の千木(ちぎ)が高くそびえています。
唯一神明造は檜の素木を用いて高床式の穀倉の形式から発展したものといわれ、現在まで脈々と受け継がれています。
*古殿地(こでんち)
御正宮(ごしょうぐう)には東西に同じ広さの敷地があり、20年に一度の式年遷宮(しきねんせんぐう)ごとに社殿が新しく造り替えられます。
お参りをすませ・・・。
昼食を済ませおかげ横丁へ。
お蔭参り(お伊勢参り)で賑わった江戸時代末期から明治時代初期の門前町の町並みを再現しています。
おかげ横丁案内版
おかげ横丁の風景
屋根の上には偶然にも来年の干支の「猿」が。
紅葉には少し早かったようです。
と親しく呼ばれる伊勢神宮は、正式には「神宮」といいます。
神宮には
皇室の御祖先の神と仰ぎ、私たち国民の大御祖神(おおみおやがみ)として崇敬を集める天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りする内宮(ないくう)皇大神宮(こうたいじんぐう)と、衣食住を始め産業の守り神である豊受大御神(とようけのおおみかみ)をお祀りする外宮(げくう)豊受大神宮(とようけだいじんぐう)を始め、14所の別宮(べつぐう)、43所の摂社(せっしゃ)、24所の末社(まっしゃ)、42所の所管社(しょかんしゃ)があります。これら125の宮社全てをふくめて「神宮」といいます。
11月21日、内宮へ。
内宮、皇大神宮(こうたいじんぐう)
神路山(かみじやま)、島路山(しまじやま)の麓、五十鈴川のほとりに鎮座する皇大神宮は、皇室の御祖神であり日本人の大御祖神である天照大御神をお祀りしています。
今から二千年前、皇位のしるしとして受け継がれる三種の神器の一つである八咫鏡(やたのかがみ)をご神体として伊勢の地にお祀りし、国家の守護神として崇める伊勢信仰は平安末期より全国に広がりがみられました。現在でも全国の神社の本宗として特別に崇敬を集めます。
内宮おかげ参道
駐車場から「内宮おかげ参道」と名付けられた地下道を通って、
おはらい通りへ向かいます。
地下道の壁面には屏風が並べられています。
駐車場から「内宮おかげ参道」と名付けられた地下道を通って、
おはらい通りへ向かいます。
地下道の壁面には屏風が並べられています。
「おはらい通り(旧参宮街道)」を進みます。
宇治橋から五十鈴川に沿って800mほど石畳の通りです。切妻・入母屋・妻入り様式の町並みが軒を連ねています。
土産物店や飲食店や商家が建ち並び、歴史的建造物なども見られます。
旧慶光院客殿(現、神宮祭主職舎)
五十鈴川郵便局
レトロな雰囲気がたっぷりです。
この辺りでは、猫がのんびり・・・。
汚水管マンホールの蓋
「おかげまいり」と呼ばれる、江戸時代のお伊勢まいりをする人々が
描かれています。
中部電力株式会社の社章が入っています。
五十鈴川郵便局
レトロな雰囲気がたっぷりです。
この辺りでは、猫がのんびり・・・。
汚水管マンホールの蓋
「おかげまいり」と呼ばれる、江戸時代のお伊勢まいりをする人々が
描かれています。
中部電力株式会社の社章が入っています。
おはらい通りを通り抜けると、宇治橋(うじばし)が見えてきます。
域内地図
内宮の入口である宇治橋をわたり、玉砂利を敷き詰めた長い参道を進むと、神域。
「心のふるさと」と称される日本の原風景が広がります。
宇治橋鳥居
聖界と俗界との架け橋といわれる宇治橋は、五十鈴川に架けられた全長101.8mの純日本風木造反り橋。宇治橋の外側と内側に立つ鳥居は、外宮・内宮それぞれの旧御正殿の棟持柱(むなもちばしら)が使われています。
内宮のお参りは宇治橋の前で一礼し、緑豊かな神路山(かみじやま)、島路山(しまじやま)の四季の移ろいを感じながら宇治橋を渡ることから始まります。
モミジも少し色付き始めています。
神苑を見ながら進みます。
第二鳥居
奥の方に見えているのが神楽殿。
神楽殿
銅板葺、入母屋造の建物が、内宮神楽殿です。お神札授与所、御饌殿、神楽殿等が並んでいます。
第一鳥居を抜けてきました。
五十鈴川御手洗場
奥の方に見えているのが神楽殿。
神楽殿
銅板葺、入母屋造の建物が、内宮神楽殿です。お神札授与所、御饌殿、神楽殿等が並んでいます。
第一鳥居を抜けてきました。
五十鈴川御手洗場
*正宮(撮影は階段の下までです)へ
*御正殿(ごしょうでん)
「唯一神明造」(ゆいいつしんめいづくり)という日本古来の建築様式を伝える御正殿。屋根は萱葺きで、10本の鰹木(かつおぎ)がのせられ、先端が水平に切られた4本の千木(ちぎ)が高くそびえています。
唯一神明造は檜の素木を用いて高床式の穀倉の形式から発展したものといわれ、現在まで脈々と受け継がれています。
*古殿地(こでんち)
御正宮(ごしょうぐう)には東西に同じ広さの敷地があり、20年に一度の式年遷宮(しきねんせんぐう)ごとに社殿が新しく造り替えられます。
お参りをすませ・・・。
外幣殿( げへいでん)
神明造の高床式の建物。内宮は正宮御垣の外にあります。
四至神( みやのめぐりのかみ)
内宮神域の守り神、四至とは神域の四方を意味します。社殿や御垣はなく、石畳の上に祀られます。神様をお祀りする場所ですので「二拝、二拍手、一拝」の作法でお参りくださいと。
神明造の高床式の建物。内宮は正宮御垣の外にあります。
四至神( みやのめぐりのかみ)
内宮神域の守り神、四至とは神域の四方を意味します。社殿や御垣はなく、石畳の上に祀られます。神様をお祀りする場所ですので「二拝、二拍手、一拝」の作法でお参りくださいと。
伊勢うどん
お昼にピッタリ。
お昼にピッタリ。
昼食を済ませおかげ横丁へ。
お蔭参り(お伊勢参り)で賑わった江戸時代末期から明治時代初期の門前町の町並みを再現しています。
おかげ横丁案内版
おかげ横丁の風景
屋根の上には偶然にも来年の干支の「猿」が。
十月桜
宇治橋から撮りました。
宇治橋から撮りました。
紅葉には少し早かったようです。
伊勢神宮公式サイト、伊勢市観光協会ホームページを参考にしました。