京都ゑびす神社
西宮・大阪今宮神社と並んで日本三大ゑびすと称され、「えべっさん」の名で親しまれています。
約800年前土御門天皇の建仁2年(1202年)に禅の祖といわれる栄西禅師が建仁寺建立にあたり、その鎮守として最初に建てられたものだそうです。
ゑびす様と言えば「商売繁盛の笹」のイメージですが、ゑびす信仰の象徴とも言える笹は元来京都ゑびす神社独自の「御札」の形態が広まったもので、
笹は縁起物の松竹梅の竹の葉で「節目正しく真直に伸び」「弾力があり折れない」「葉が落ちず常に青々と繁る」といった特徴から家運隆昌、商売繁盛の象徴となりました。
「商売はんじょ(繁盛)で笹持って来い!」という掛け声の笹は、この恵美須神社が発祥。
祭礼は1月8日から12日の5日間に渡り行われます。
8日 招福祭
9日 宵ゑびす祭
10日 十日ゑびす大祭(初ゑびす)
11日 残り福祭
12日 撤福祭
残り福祭の11日、訪れました。
巫女さんによる舞や、商売繁昌・家運隆昌を祈願した吉兆笹を授与。
縁起物の大宝・福俵・福箕・福熊手・福鯛・宝船・宝来等を授与。
御札・御守り・福銭・小判などが授与されます。
鳥居をくぐると、右手に・・・。
本殿へ。
本殿右手へまわります。
天満宮
白太夫社
八幡神社、猿田彦神社、岩本稲荷大明神
本殿、左手へまわります。
叩いてお参り?。
この神社のゑびす様は、かなりのご高齢で耳が遠いそうで、「お参りに来ましたよ」と肩を叩いてお知らせするためだそうです。
本堂左手にある塀を叩きながら出口へ。
ゑびす神社を後にして禅居庵(ぜんきょあん)へ。
東山、祇園にほど近い臨済宗建仁寺派大本山「建仁寺」。京都最古の禅寺であり、俵屋宗達筆の国宝「風神雷神図」があることでも知られています。その建仁寺は広大な寺領を誇り、14もの塔頭(たっちゅう)寺院を擁しています。
その塔頭のひとつである「禅居庵」は「京都の猪の寺」とされています。
禅居庵では鎮守として、摩利支天が秘仏として祀られ七百年近くになります。摩利支天は仏法を護る善神として禅宗では大切にされており、七頭の猪の上に座しておられる姿から境内には多くの狛亥が祀られています。
古来より開運勝利のご利益、また亥歳生まれの方に守り神として深く信仰されています。
嘉暦元年(1326)、海東(日本)の檀信からの篤い招請により来朝。鎌倉建長寺、浄智寺・円覚寺などに歴住し一度退隠されたあと、京都建仁寺・南禅寺に住し清規(しんぎ)の制定や衆寮の造営など、鎌倉時代の禅を再興された禅師は晩年この禅居庵に退隠。
歴応2年(1339)正月17日百丈忌、ここで示寂。
ご開帳大祭日に併せ、毎年忌法要が行われます。
境内には狛犬ならぬ狛猪が4対もあります。カワイイ系のイノシシもいれば、凛々しい系のイノシシも。仁王像や神社の狛犬のように阿吽(あ・うん)になっています。
屋根の下にも猪の彫刻があります。
西側の門へ。
門の前にも
境内で
西宮・大阪今宮神社と並んで日本三大ゑびすと称され、「えべっさん」の名で親しまれています。
約800年前土御門天皇の建仁2年(1202年)に禅の祖といわれる栄西禅師が建仁寺建立にあたり、その鎮守として最初に建てられたものだそうです。
ゑびす様と言えば「商売繁盛の笹」のイメージですが、ゑびす信仰の象徴とも言える笹は元来京都ゑびす神社独自の「御札」の形態が広まったもので、
笹は縁起物の松竹梅の竹の葉で「節目正しく真直に伸び」「弾力があり折れない」「葉が落ちず常に青々と繁る」といった特徴から家運隆昌、商売繁盛の象徴となりました。
「商売はんじょ(繁盛)で笹持って来い!」という掛け声の笹は、この恵美須神社が発祥。
鳥居のところにある福箕(みの)
(恵比寿様と、熊手の上に網のようなものがあるそうです。)
ここにお賽銭を投げてうまく入ると、願いが叶うと言われているそうですが、
鳥居の福箕には白い布がかけられてお賽銭を投げられないようになっていました。
本殿、授与所
(恵比寿様と、熊手の上に網のようなものがあるそうです。)
ここにお賽銭を投げてうまく入ると、願いが叶うと言われているそうですが、
鳥居の福箕には白い布がかけられてお賽銭を投げられないようになっていました。
本殿、授与所
祭礼は1月8日から12日の5日間に渡り行われます。
8日 招福祭
9日 宵ゑびす祭
10日 十日ゑびす大祭(初ゑびす)
11日 残り福祭
12日 撤福祭
残り福祭の11日、訪れました。
巫女さんによる舞や、商売繁昌・家運隆昌を祈願した吉兆笹を授与。
縁起物の大宝・福俵・福箕・福熊手・福鯛・宝船・宝来等を授与。
御札・御守り・福銭・小判などが授与されます。
鳥居をくぐると、右手に・・・。
財布塚、名刺塚
さざれ石
ゑびす様
さざれ石
ゑびす様
本殿へ。
本殿
本殿右手へまわります。
天満宮
白太夫社
八幡神社、猿田彦神社、岩本稲荷大明神
本殿、左手へまわります。
叩いてお参り?。
この神社のゑびす様は、かなりのご高齢で耳が遠いそうで、「お参りに来ましたよ」と肩を叩いてお知らせするためだそうです。
本堂左手にある塀を叩きながら出口へ。
奉納された馬の像
ゑびす神社を後にして禅居庵(ぜんきょあん)へ。
東山、祇園にほど近い臨済宗建仁寺派大本山「建仁寺」。京都最古の禅寺であり、俵屋宗達筆の国宝「風神雷神図」があることでも知られています。その建仁寺は広大な寺領を誇り、14もの塔頭(たっちゅう)寺院を擁しています。
その塔頭のひとつである「禅居庵」は「京都の猪の寺」とされています。
三門
禅居庵では鎮守として、摩利支天が秘仏として祀られ七百年近くになります。摩利支天は仏法を護る善神として禅宗では大切にされており、七頭の猪の上に座しておられる姿から境内には多くの狛亥が祀られています。
古来より開運勝利のご利益、また亥歳生まれの方に守り神として深く信仰されています。
新年祭の飾り付けがされた摩利支天堂
嘉暦元年(1326)、海東(日本)の檀信からの篤い招請により来朝。鎌倉建長寺、浄智寺・円覚寺などに歴住し一度退隠されたあと、京都建仁寺・南禅寺に住し清規(しんぎ)の制定や衆寮の造営など、鎌倉時代の禅を再興された禅師は晩年この禅居庵に退隠。
歴応2年(1339)正月17日百丈忌、ここで示寂。
ご開帳大祭日に併せ、毎年忌法要が行われます。
摩利支天
(ホームページより)
(ホームページより)
境内には狛犬ならぬ狛猪が4対もあります。カワイイ系のイノシシもいれば、凛々しい系のイノシシも。仁王像や神社の狛犬のように阿吽(あ・うん)になっています。
屋根の下にも猪の彫刻があります。
猪の像が置かれたお堂
像の足元にたくさんのミニ猪像(陶製の亥みくじ)が並んでいます。
手水舎
猪の口から水が注がれています。
像の足元にたくさんのミニ猪像(陶製の亥みくじ)が並んでいます。
手水舎
猪の口から水が注がれています。
西側の門へ。
門の前にも
境内で
説明文は公式サイトを参考にしました。