友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

言葉の意味と言葉のやり取り

2019年09月20日 17時23分32秒 | Weblog

 午前中は穏やかな秋晴れだったのに、午後3時を過ぎた頃から西の空が曇り初め、次第に風が強くなってきた。ルーフバルコニーにアブラゼミの死骸が落ちていた。かなり干からびているから、どこかから風に吹き飛ばされてきたのだろう。昆虫やミミズの死骸をアリが食べるが、植木鉢の中に巣を作っているあのアリは一体どこから来たのだろう。

 まだアリ程大きくないが、キンモクセイに花芽ができ始めている。秋分の日の頃にヒガンバナが咲くように、体育の日の頃になるとキンモクセイの良い香りが漂う。異常気象は日本だけでなく、世界のいたるところで起きているとテレビが報じていた。地球環境がかなり変わってきているように思うけれど、自然の営みは変わらないのだろうか。

 近頃は運動会で、「ソーラン節」を踊るのが流行っている。半世紀も前に子どもだった私には考えられない光景だ。でもちょっと気になる。「ソーラン」ってどういう意味なんだろう。「ドッコイショ ドッコイショ」と子どもたちは声を揃えて踊っているが、どんな意味なのか気になった。仏教用語の「六根清浄」が「ロッコンジョ」となり、「ドッコイショ」に変化したものらしい。

 教師は踊らせるだけでなく、言葉の意味も教えて欲しい。何だかよく分からないが、楽しければいい。本当はそれでは良くないのではないか。女の子が男の子に向かって、「テメエ、うるさいんだよ」と怒鳴っていた。男女平等の世の中、女の子だから、男の子だからと決めつけてはいけないが、何か腑に落ちない。

 埼玉で小4の男の子が殺された。殺したのは母親の再婚相手で、母親とは10歳年下の無職の男だった。教師をしている母親は、我が子の死に悲しみ、愛する男を理解していなかったことで、深く傷ついていることだろう。互いが理解し合うためには、言葉のやり取りが大事だと思うが、難しい時代になってしまった。


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