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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

自分と向き合う

2022-07-20 | 暮らし
わたしは、気に入らないことがあると、自分のブログに吐き出す。
と同時に、なぜそのような負の感情を引き起こしたのか、原因を探り検証してみる。
さらに、どうすれば、マイナス不快感情が和らぐか、考える。
検証している途中あたりで、めんどくさくなるか、眠くなるかで、忘れることもある。
他にすべき用事があると、それどころではなくなる。
大概は、時間が経つと消える。

この逆に、どうしても思い出せない人名、単語など、必死で思い出そうとするが、思い出せなくてイライラする。
あ行から、あいうえお、と順番に、か行、さ行、た行、な行と次々、言葉の初め部分を当てはめてみる。
あかさたな、はまやらわ、ん、、、まで来ても思い当たらないと、また最初から、あかさたな、、、と、再トライ。
すると、あかさたな方式の検索結果ではなく、突然頭に浮かぶ。
つまり、ある程度の時間が経過すると思い出す、ということだ。
これは面白い。
わたしの脳の回路が暖まるにはある程度の時間がかかる。
オイルヒーターのようだ。

つまり、、、
忘れたい嫌な感情も、思い出したい単語も、
時間が経過すると自然に自分が望んでいる方向に導き出される。

もちろん、この逆もある。
いつまで経っても忘れられない嫌な感情や、いつまで経っても思い出せない単語もある。
それはそれ。

これとは反対に、
いつまで経っても忘れられないプラスの感情、出来事や、いつまで経っても思い出せない大事なこともある。
あるいは、普段は無意識で何も思わないのに、何かが誘因となって、急に突然、思い出し蘇る気持ちもある。
こころの中に仕舞い込んでいるもの。

中には、わざと努力して鍵をかけて無理やり仕舞い込んでいるものもある。
トラウマの原因になったりする。
楽しい思いは、鍵をかけなくても、いつ思い出してもまた楽しくなってくる。

理由や状況はハッキリ覚えてなくても、感情だけが脳に焼き付くことがある。
プラス感情の場合もマイナス感情の場合も。
認知症になるとこれが顕著に現れることがある。

自分の脳の傾向を知るとよい。
くよくよ、いつまでも引きずるタイプか、あっけらかんとしたタイプか。
今更、長年の付き合いである自分の脳を改善、改造は出来ない。
なので、自分をよく知り、自分で理解しコントロールする。
そのコントロール法が、時間にまかせ、自然にまかせること。
ただし、これは、仕事には適していない。
そんなことをしていたら、仕事にならない。
業務に差し障る。
いかに的確な処理、処置、判断、決断をするかがキー。
素早い適切な対応が望まれる。

わたしの脳傾向は仕事に適していない、真逆。
リタイアした自分に、もうそんな能力や行動、責任は求められないのだと思うと胸を撫で下ろす。
仕事バリバリだった人は、逆にそんな張り合いのない生活は生き甲斐を失うことだろう。
魂が抜けた、どんより腐った目をしているかのごとく。
わたしは、全然そんな風には感じず、じつに楽しく何事もない毎日を平穏無事に生きている。
つつがないことこそ、喜び。
人によるのだろうか。個性の違いか。
年齢、置かれている状況、生活内容にもよるのだろう。

ちなみに、
宗教によって洗脳され、家庭が崩壊、家族を苦しめることがある。
本人は悪いことをしているとは思っていない。
家族は地獄の苦しみである。
そもそも何もなく平和に楽しく生活している人には、宗教を強くすがりつくほど頼りにはしない。
不幸がある人が、その隙を埋めようとして深みにハマる。
例えば、安倍さん事件の犯人の母。
幼い子供たちを残し夫が自死したとか。
同情の余地はある。
みるみるうちにハマっていき、自分で考える力を奪われていく。
子供がこんな事件を起こした今でさえ、まだ洗脳は解けていないようだ。
本人も家族も、安倍さんの遺族も、日本中の全員を不幸にする。
誰が救われるというのか。
自分以外の人を全員不幸にして、母親本人は救われたのか。

人の気持ちは恐ろしい。
狂気は凶器となる。