懐かしい話だ。
まだまだ、その話には追加される詳しいエピソードがあるが、まあ昔話として、一人でニヤニヤしておこう。
あんなに、かわいいトモ君をよく手放してしまったものだ。
わたしは、夢に溺れないんだなあと、あんなに若い時でさえ、冷静だ。
夢に溺れないように、父に洗脳されていただけかも知れない。
でも姉は洗脳されていないで、呪縛から逃れていたから、考えの弱いわたしが好き勝手に、そうしたと思われる。
かわいい年下の男子、結婚しようと思えば出来たかも知れかなったのに。
(無理かも知れないが、100%不可能でもない)
もったいなかったか?
いやいや、あれでよかった。
過去には戻れないんだし、もしもあの時、、、と仮定しても時間の無駄。
今が最善だと思いたい。
一人だけ、ああ、あの人と結婚していたらよかった、と後悔する人がいる。
当時のわたしが、未熟だったため、良縁を逃した。
まあ、自業自得だ。
わたしは別の人と結婚して、子供や孫に恵まれ、今の幸せがある。
とは言いながら、じつのところ、誰と結婚していても、あまり変わらなかったような気もしている。
この人ではならない、という思い込みはなく、この人がダメなら、次の人、というように、自分が挙げる条件に当てはまる人なら誰でもよかったみたいだ。
と言いつつ、条件は、あまり身近にはゴロゴロいない、かなりレアなものだったが。
自己防衛、自己チュー色は、若い当時からすでに基礎固めされていたと思われる。
結果良ければ、全て良し。
うまくいかなかった、失敗、不成功プロセスも、彩りの一つである。
彩りは、たくさんあるほうが楽しい。
失敗は成功のもと。
昔のひとは、良いことを言う。
すぐに、なんでも、すんなり理想通りに行けば、ありがたみも、面白みもない。
転んだ時に、ただで起きなかった際に地面の石ころをつかんでいた。
その石ころが両手いっぱいある。
両手では収まりきれないかも知れない。
一つづつ、思い出してみるのも、楽しい作業かも知れない。
ドンマイ、どうせ、選ぶのはAI。
でも、それにつられて読んでくれるのは、生身の人間。
ありがとうごさいます。
AIに? 皆さんに?
まあ、可愛げのないことは、さておき。
今朝、涙した。
趣味がらみ。
ダンスの練習相手のモラハラに遭った。
情け無い自分。
モラハラに対抗できない。
自分は、モラハラされるに相応しい、それだけの能力しか持っていない。
いつも努力嫌いのせいで、楽をしようとして、自分より能力の高い人を選ぶ。
能力ギャップは、浪花節で埋めようとする。
わたし、出来ないの。ごめんね。一生懸命してるんだけど。
お涙頂戴。
情けをかけてね、と、すがりつく。
みっともない。
プライドはないのか?
、、、ない、、、
打算で、努力の方向を切り替えている。
出来ない箇所を研究、練習を重ね、試行錯誤、努力して、出来るようにするのが、正しい努力方法である。
にもかかわらず、その努力方法は、解答用紙から切り取られ、抜け落ちている。
仮にもプライドがあるなら、自立せよ。
いつもブログで偉そうに言っている、わたし、だが、、、
実際は違うようだ。
プライドなんか、ない。
あるんだが、あったんだが、売り払っている。ただいま、欠品中。
お取り寄せしようにも、アマゾンに売ってるか?
で、出来ない部分を責められ、モラハラのできあがり。
受ける側としては確信犯的・受動モラハラなので、自分で自己責任で受けるしかない。
情け無い。
いつもその時点で、自問自答する。
いっそ、パートナーシップを解消してしまおうか。決裂してしまおうか。
一旦、そう思う。
仮定してみる。シュミレーション、スタート!
だが、、、シュミレーターは一向に作動しない。
なぜ?なぜ?と自問するが、答えが見つからない。
なぜなんだろう。
すでに、答えを持っていて、結論を変える気がないからだ。
自分の能力に相当する人とペアになりたくなくて、自分より上の能力の人と組みたがる。
2人足して2で割ると、自分だけの持ち点数よりも平均点が上がるからだろう。
ズルい手抜き根性。楽して評価だけ得ようとする。
卑怯だ、努力せず、人の土俵に上り込む。
だが、いつも相手の顔色を伺うことになる。
大阪商人、揉み手モミモミ。
なにしまひょ?
にこやかな、ニヤケ顔で客を迎える。
絶対に逆らわない。五分五分ではない。
が、実は魂胆の裏返し。
策略。
だが、お互い、利があれば、ウィンウィンだ。
自分より下の人と組むこともある。
平均点が下がるが、自分のほうが絶対的優位を保てる分野だと、いっこうに評価など気にならない。
自分より下の人と組むと、上に行けないことは最初からわかりきっている。
上に行こうと、はなから思っていない。
下の人は、上には、気をつかってくれる。
耳触りのよいことを言ってくれる。
愚痴もワガママも聞いてくれる。
チヤホヤしてくれる。
相手も、大阪商人。腹の中では策略。
ウィンウィンを目指す。
上であろうが下であろうが、組んだことで少しでも現状より向上すれば良い。
自分が最も重要とし、価値を置いていることには、自分を無にしてでも手に入れたい。
プライドと引き換えにしても。
自己犠牲と引き換えに、目的のものを手に入れる。
ただし、相手をやっつけたり、強引な搾取はしない。
取引である。ギブアンドテイク。
別方向で努力する。
サポート役だったり、縁の下からの支えだったり、隣で団扇で扇ぐ役だったり、応援する役だったり、快適に能率よく仕事などが行える環境を整える役だったり。
仕事や勉強そのものを頑張るのではなく、頑張ってもらう側に回る。
自分には頭打ちの分野なら、別方向から参加する。
だからといって、必要以上には期待しない。
トンビが鷹を産んだ親が、へんに舞い上がるのは良いが、トンビがトンビを産んでいるのに、勘違いして頑張らせ過ぎて、結局、親子共々、トンビを自覚するのは、哀しい。
遠回りではあるが、ある意味、親子で人生勉強をしたことにはなるが。
なににつけても、勘違いはしがちである。
勘違いで器を大きくする場合もある。
良かったのか、良くなかったのか、後にならないと、わからない。
結果論。
話は逸れた。
昨日、途中まで書き、さらに日をまたいで今朝、加筆しているため、色合いが変わってきている。
どんどん逸れている。
つまり、わたしは、自分は頑張らないで籠に乗せてもらい、籠を担いでいる人に賃金を渡しているようなものか。
賃金はご褒美である。
先払いのケースも、後払いのケースもある。
(長期にわたる建築物なんかの場合は、事前、途中、完了時、と3回に分ける?)
たんに褒め言葉だけで満足する人はあまり多くないだろうから、その人、その人にとって価値がある、欲しがるもの、ことを代価として差し出す。
物々交換。
モノ(物体)であるとは限らず、コト(具象的な行動)であることが多い。
お金なら、世界共通。(貨幣のない地域では、どうする?
貨幣に代わる、約束手形みたいなモノか?)
頑張りに対して、お金もさることながら、お金に左右されない「評価」という、最も手に入れにくいものが手に入る。
目的には入っていなかったのに、「感謝」なんていう無形のものもある。
話が逸れに逸れている感あり。
逸れついでに、好きに書こう。
早い話が、持ちつ持たれつ、ギブアンドテイク&ウィンウィンになっているということだ。
船頭は一人で良い。
役割分担して、各自の持ち場で、持ち味を発揮するのが良い。
だから、目的のために、自分の魂やプライドを相手に売っているのではない。
最も効果が高い、効率的で合理的な方法を見つけて実践しているということだ。
ああ、よかった。
長々、書きながら結論が悪い方向に行きそうになったが、どうにか自己肯定へと持ち込めた。
プロセスはなんでもいいから、自分を肯定し、応援すると良いんじゃないかと自己チュー教のわたしは、思うわけである。
ああ疲れた。
最後まで読んだ人、います?
わたしはいつも、人の長い文章は、最初と最後だけ読む。
中身は流し読み。
だって疲れるし、めんどうだから。
皆さんも、ぜひ、そうしてください。
しかし、わざわざ書いて公表する必要はないわけで。
かといって、ウソを書く必要もないわけで。
書いて闇に葬ることにした。
それでも気は紛れる。
ただし、期限があり、答えを決定しなければいけない場合は、なにかしら自分で考えなければならない。
対話の相手は自分。
自分の声に耳を傾ける。
利害関係なしの位置にいて、感情移入せず、客観的、ニュートラルな考えを持つ人のアドバイスがあれば参考になる。
が、頭が痛い。
例えば、ご近所づきあいが高じて、仲良しさんになる。
相手の家の冷蔵庫の中身まで知っている。
ぞ、ぞ、ぞ、・・・。
恋人。
お互いに束縛し合うのが、ひとつの愛情の証。
うげ。
夫婦。
行動、金銭、付き合い、仕事、すべてを知ろうとする。
無理。
ただ、リタイアして公認の外出がなくなったら・・・
いちいち説明して、出かける・・・。
まあ、適当にゴマかすこともできるだろうけれど、ゴマかすのも面倒くさい。
かといって、全てを報告・・・やはり、げ、げ、げ、・・・。
全てを把握したい理由は、人それぞれだろうけれど。
知られたくないことって、どんなこと?
そもそも、知られたくないようなことがあること自体が、けしからん?
しかし、いくら身近でも、デリカシーがないこと自体が、けしからん?
実は、人を殺して、この家の床に埋めている・・・なんてヒミツは、だめだけれど。
自分の子供だからといって、こっそり日記を読んだり、そういうこともしたくない。
たとえ、子供でも、プライバシーというものがある。
義母が、義母の姑の日記を(生前)見たら、
あれこれ、よくしてくれる他の嫁のことが書かれていて、気分を害したと言う。
「え? 人の日記なんて、見るべきじゃないですよ」
と、思わず私はツッコんでしまった。
先月、お正月前に、義母宅で、迎春準備をしていて、メモ用紙を張りつける必要があり、
台所中を探したが見つからず、食器棚の下段の引き出しも開けてみた。
そこは、昔、私が、一時期、子供たちと暮らしていた棟の台所なのだが、
その中に、当時の私の日記と、家計簿が、無造作に入れたままになっていた。
もう、はるか昔のもので、自分でも恥ずかしいような内容だが、
家計簿は、項目ごとに、きちんと年統計もしてあった。
(今なら、考えられない)
誰でも関係者は自由に出入りできるサブ台所として、現在は、利用されている。
だから、その気になれば、誰でも、そのオゾマシキ日記と、家計簿を目にすることができる。
そう思うと、ぞ、ぞ、ぞ、・・・とした。
ただ、皆さん、忙しい人ばかりなので、「家政婦は見た」のように、
人の生活やプライバシーを根掘り葉掘り突っついて楽しむ、という俗悪趣味もなさそうだ。
(と、信じたい)
自分でも、パラパラと見ただけで、ぞっとして、パタンと閉じ、また同じ場所に放り込んでおいた。
実家に残したままの、私が中学生の時からマメにつけている日記の山を、
2~3年前、大規模整理をしていた母から手渡してもらったが、
キモチ悪くて、読めない。
今も物置に、封印している。そこは、鬼門になっている。
というわけで、日記など、見るものではない。
書いた後も、日記が一人歩きをする場合があるので、保管には厳重注意をすべき?!
プライシーは、生きていくうえで、必要不可欠なもの。
私にとっては、酸素。
いろんな人を見ていると、窒息せずに、よく生きていると感心する。
家庭にしろ、職場にしろ、なんにしても、適度な空気の入れ替え、換気が必要だ。
誰もが行けないような場所に行っていた。
有名人を知っている。
一般人ではできないことをしていた。
高い能力があり、高額を稼いでいた。
美しかった。異性にとてもモテた。
一見さんお断り店の優良顧客である。
高級車に、乗っていた。
贅沢三昧をした。
現在もハイレベルを維持している人は、成金でもない限り、滅多と口にしない。
本人が口にしなくても、回りが先に知ってしまう。
自分でわざわざ言って、回りが、「ほほーっ、すごいですね!」
と誉められても、本当に褒めていない場合もあるから、真に受けていると、とんだマヌケになる。
そういった類のことは、話の展開上や、回りが話題をふってきて、求められたら話せばいいと思う。
もちろん、相手によっては、話したくなければ、話す必要もない。
自慢話をするのは好きでも、聞くのが好きな人は、いないと思う。
例え、今が頂点であろうが、リタイア組であろうが、自慢ととられるような話をするのは、
品位を下げる。
過去に高い地位にあった人や、素晴らしい功績を残したり、大きなプロジェクトに参画した人などは、
わざわざ自分からペラペラ自慢する人をあまり見たことがない。
自慢ではなく、後学のため、専門分野を教えてくれる、手ほどきをしてくれる、お勉強会なら、大歓迎だ。
自分がこつこつ努力して得た地位、お金、特権であれば、そんなに、むやみに乱用しないのでは?
(しかし、人間は、「免疫のない快楽」に狂うということもあるようだが)
たいして、努力もせずに、転がり込んできたものに対しては、
さして心を痛めずに、じゃんじゃん浪費する。
しかも、それを自慢するというのは、恥の上塗り。
「お金持ちですね~」「さすが、えぇしの子ですね~」と持ち上げるのは、
発言に責任ない、その場限りの太鼓持ちの人々。
こき下ろしたり、不快感を示したり、見下げたり、そんなことをする人はいない。
言葉にしない裏面がある。
それが処世術。
小粒の人間や、失った栄光にしがみつく人が、自慢話という形で、自分を誇示したいのだろうが、
哀しい人々だ。
器の小ささが、なせる業だ。
考え方や、価値観は、人それぞれ。
お金や特権がなくなったあと、どれぐらいの人が付いてきてくれるかで、
その人の本当の価値がわかる。
ちやほやされて大盤振る舞いの、単なるお人よしも、自業自得。
何もなくなった時に、本当の自分がわかる。
