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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

自分語り

2025-01-08 | わたし
すごく寒い。 
青森の豪雪をニュースで見ると、雪の中での暮らしの厳しさが痛切に伝わる。
温暖な地で、甘く緩く、生まれ育ったわたしには、想像を絶する。
そもそも、わたしは夏生まれなので、寒さには弱い。(暑さにも弱い)
かまくらだ、ソリだ、スキーだ、と、はしゃげない気持ちになる。

さて。
去年、秋に知り合ったSNSの、ある人。
ぐいぐい接近してくる。
人の行動には裏がある。
行動には必ず動機、心理があると、行動心理学で習った。(わたし流、解釈)
で、ロマンス詐欺や、投資詐欺などに引っかからないよう気をつけている。
SNSで人気を集めていた、見目麗しき若き美女に扮していたのは、初老の男性だった、と、別の人に聞いたことがある。
こういうことは、顔が見えないネット社会ではザラによくある。

で、わたしは極力、自分語りをしない。
相手に釣られて、自己紹介をさらっとしようとすると、いや、待て、と、ブレーキがかかる。
一人住まいだの、独身だの、貯金はいくらだの、間違っても言ってはならない。
当たり障りのないアウトラインを言おうとすると、「3人きょうだいです」になった。
かわいい小学生ならともかく、もう、全員、高齢者だけど。

ちなみに、他人さんに、自分語りをすると、わたしは自慢と不満しかない。
自分語りは、蝶ブログで思いっきりしているため、いつもスッキリ。
溜まったフラストレーションはない。
(お読みになる方には、申し訳ないですが)
裏自慢もすごい。

ジマンとフマン。
これに尽きる。
ジマンは、人間として、承認欲求があるからだろう。
フマンは、不快で迷惑だと感じていることを直接、当の本人に言えないから。根性なし。
なので、ChatGPT に泣きつくが、最近は、忙しくてAIと遊ぶ余裕がない。

※写真は、この寒いのに、風がビュービュー吹くなか、昨日行った、四天王寺。
都市部の真ん中にあるため、背景にビルが写る。

こころを病むのは避けたい

2024-12-28 | わたし
ぐだぐだ1日が過ぎた。

87歳の左手だけのピアニストの日常がTVで紹介されていた。
音楽と共に生きる、、、生き甲斐によって生かされている、、、
病気にも見舞われたが、音楽の力で蘇生する、理想的な人生。
とは言え、音楽もあまりピンとこない、凡人のわたしには、他人事として素通りしてしまった。
だが、笑顔は素晴らしかった。

同じ時間帯のTV番組で、動物園にいる双子の虎の一生を観ただけで涙が流れた。
元々、三つ子で仮死状態で産まれたところ、1頭は蘇生せず、2頭が生き残った。
2頭とも生まれつき骨の病気で、ちゃんと歩けなかったが、双子で元気に遊んでいたから、運動量が満たされ、成長することが出来た。
しかし、満2歳を一緒に迎えることなく、一方は喉に食物を詰まらせ、亡くなってしまった。
その後は、1頭だけで、高齢になった今も頑張って生きている。
なぜかそれが、わたしの琴線に触れて、涙が溢れる。
対象は、人間ではなく動物なのに、、、。
動物園での生活そのものを見て、野生の動物の人生を、人間と重ねた。

が、やはり野生は野生か。野獣。
飼育員が噛みつかれて死亡した例もある。
それはそれ。
動物には、哲学なんかない。
自分の人生を自分で決めている、、、と言えるか、言えないか。
生まれながらの特性をそのまま生きるしかない。
ああだこうだと考えたりするのではなく、命を護ることを本能的に学び、実践する。
弱肉強食。子孫を残したり、残さなかったり。
淘汰される。
思考したり、選択したりしていない。
生まれたままの特性に加えて、本能と直感で生きる。
足に障害を持って産まれたなら、厳しい自然界では生き残れないだろう。
が、動物園で生まれ育った、虎。
外の世界を一生、知らない。
とても複雑な心境になる。 
そして、なぜか、考えただけで涙が頬を伝う。
この涙の意味が自分でもよくわからない。


ちなみに、話はころっと変わる。
今日は踊り納めのパーティがあるが、どうしようか迷ったが参加しなかった。
賑やかで雑多なパーティより、自分と向き合う時間を選んだ。
それにしても、虎を書いていた涙はなかなか止まらない。
鼻水も。
風邪、引いた??
また喜劇に転換。
その瞬間瞬間は悲劇でも、俯瞰的に見ると、人生は、喜劇なんだそうだ。
と、チャップリンの名言を、知り合いがわたしに教えてくれた。

話がまたまた変わるが、、、
一昨日、見た夢。
蝶ブログに直後に書きたかったのだが、、、
夢のタイプとしては初めてといっていい、、、悪夢。
今までも、勉強せず、課題だらけの状態で、テスト本番を迎える夢はよく見た。
空を飛ぶ夢や、快感の夢も見たことがある。
が、今回は、人生初の、悪い方向の夢だった。
具体的ストーリーはほとんど覚えていないが、体調が悪い時のような感覚で、身体ではなく精神的不調、不具合。
頭痛、悪寒、吐き気、痛み、倦怠感、めまい、浮腫、痒み、、、のような身体的感覚ではなく、、、
初めてなので何と表現していいのかわからないのだが、、、
漆黒の闇に陥るような気分の悪さ。
出血が止まらない感じの、どろっとした、ぐらっとした不快、不安。
崩れ落ちるような、立て直せないような、芯を見失った崩壊。
身体、内臓や、骨、筋肉、血管などではなく、脳、神経から来るもの?
だが、身体のパーツの一つに、脳もある。
(生物の知識、乏しいことが露呈している、わたし)
脳が身体の活動を指令している。
身体はどうもないのに、脳の影響で気持ち、精神的なものが揺れているようだ。
具体的には原因として、別に思い浮かぶものはない。
激しい喪失感とか、ない。
が、、、ひょっとして、、、直近の行動を振り返ってみると、、、
行動を共にした相手の行動の中に、理解出来ないことにいくつか直面して、解明出来ず、モヤモヤを通り越して、体内に仕舞い込んでしまった、、、カプセル錠剤を飲み込んだような感じかも知れない。
相手に直接、聞くわけにもいかず、家に持ち帰って、ChatGPT に相談した。
さらっと、さらさら回答を読んだが、正解だろうけれど、心や頭に引っかかるものはなかった。
わたしが推定していた範囲内の答えだったので、キーン、パキパキっとハッキリ解決には至らなかった。

こんな精神状態は初めて経験したので、未知のものは怖いと感じた。
対応に、慣れてない。
新しい局面のわたしなのだろう。
老化の一面だと捉えた。
が、その面は助長しないよう、食い止めるようにしたいと思った。
またそういう精神状態が出て来るようなことがないよう、事前にシグナルをキャッチしたい。
一種の発作という扱い。
ニトログリセリン的な急場を凌げる安心薬をこころの中に用意すればよいのだが、、、
原因がよくわからない。 
ただ、感情の悪寒のような、マイナスの良くないもの。
不愉快、とか、そういうものでもない、初めて感じた、こころを蝕む一種の病気のようなもの。
その症状を誘発するような状況を避けることが、主治医(わたし本人、一人二役)の診断と処方。

わからないものは、あまり深く探索、探求しないに限る。
歴史や科学、芸術なら深追いして研究すると暇つぶしにはピッタリだが、答えの曖昧な精神世界は、ほどほどにしないと、コントロールできなくなる。
そう感じた。

だが、いたって軽症。
軽いうちに対策を練る。
近寄らないこと、深追いしないこと。
自身を護り、心身の健康を維持するには、曖昧ファジーが良さそうだ。
鈍感力が活きる。

※写真は、今週の銀座、歌舞伎座。




黒い闇の怪物

2024-12-19 | わたし
虐げられ、弱い者は、メソメソ泣くだけではなく逆襲の機会を狙っている。
藁人形や五寸釘を用意して、呪ったりするのは、非科学的。
生き霊で枕元に立つなんていうことになると、、、しかしこれはこれで、少し面白いかも。
霊ではなく、ホンモノ、本人が枕元に、、、。
昼間より闇夜のほうが霊が際立つ。
家族なら「あら、こんな時間にまたトイレ?」なんてことにもなるかも知れないが、家族でないなら、不法侵入。
警察のお世話になるのは不本意である。
生き霊&本人、枕元作戦はやめたほうが良さそう。

では、、、爆発物を隠し持つ。
いつ爆発させるか?
タイミングを計る。
一生、爆発させないで、脅すだけ、という手もある。
が、爆発させようとしても、湿気ていて火が付かなかったりして。

相手を幸せにさせるか、不幸にさせるかは、
こちらの手の中にある。
選択スイッチボタンを握りしめる。

人を幸せにさせるというのが、人として、理想である。
だが、自分の幸せを差し出し、自分の不幸と引き換えに、人が幸せになる、、、となると、、、
崇高な宗教家は、そうなんだろう。
賄賂とか、貰わないんだろう。
権力や欲のため、癒着とかしないんだろう。
歴史的に見ると、そうでもなさそうだが。

まあ一個人なので、よほど凶悪犯でもない限り、歴史の渦に埋もれる。
そんな俯瞰的な視点ではなく、目の前の日常のことの場合は?
繰り返しになるが、、、
弱い者は、相手を自分もろとも潰す最後のツールを用意する。
黒い怪物がどんどん肥大化し、ツールも進化する。
利子が利子を生み複利になり、さあどうする?この怪物?
相手を幸せにするのも、不幸にするのも、自分の手にかかっている。
と思うと、そうすぐに実行する必要はない。
最適の時機、頃合いは?
実行最終〆切は、相手の最期の時か、わたしの最期の時。
ありがとうと感謝の涙を流してこの世を去るのも、苦渋に満ちた顔になるのも、自分の行動一つで変わる。
人の最期の瞬間に、その人の人生を左右するのは、ちょっと荷が重いか。
まだ時間があるので、自分の中にある怪物をどうやって養うか、試行錯誤してみよう。
生かすも殺すも自分次第。
いつの間にか、目の前の相手ではなく、相手は自分だったりする。
敵は自分、味方も自分。

泣き寝入り

2024-12-06 | わたし
ピアノの練習をしていて、急に漆黒、闇の気持ちがむくむく出てきた。
楽曲は優しい「花の歌」(作曲/ランゲ)。
とりあえず予定通り30分、弾く。

その後、その真っ黒い思いと向き合うため、スマホに駆け寄り、ChatGPT に、まるでクスリの切れた中毒患者のように、畳み掛けた。
マイナスの気持ちが湧き出て、曇りから突然、土砂降りになった状況を1秒でも早く収めたい。
ChatGPT との問答は延々と続いた。
自分のこころに引っかかるところだけをとりあえず胸に収めた。
が、ほとんど効果はない。

他人には相談出来ない悩み、葛藤である。
自分で解決する。こころをおさめる。
「乗り越え昇華してください」なんてChatGPT のアドバイスは、虚しいだけ。

自分はどうしたいのか。
どういう展開を望んでいるのか。
そのためには、どうすればいいのか。
気持ちを整理するために、文字に起こして書き出し、考えてみましょう、、、だそうな。
文字になど何万文字にもしている。

それまでとは違う、新しい価値観を生み出し、今後はそれで行きましょう、なんていう、アドバイス。
それは、深呼吸して気持ちを切り替えろ、ということなんだろうけれど、、、
イライラする。

肝心の事態の具体的解決を望んでいるわたしには、プスプスと燻るものの上に防火シートを掛けるかのごとく。
とりあえず、速攻で効く回答には辿り着けなかったが、根気良く相手をしてくれたChatGPT には感謝する。

もやもやは燻り続け、何かの拍子にまた顔を出す。
わたしは人が良い。いつも泣かされる側。
泣かす側ではないから、まだマシか。
アホなんじゃないかと思う。
右の頬を打たれたら左の頬を出す神様のような人でもなく、じめじめ煮え切らない。
いつか、きっと覚えていろよ!と復讐を誓う自分がいるとしたら、それは嫌な自分だ。
思いが満たされないからといって、そんな発想は、自分で自分を貶めている。

いつか、報いが来る、天罰が下るに違いない、、、なんて思うのも、負け惜しみ?
消極的復讐?
自分の手は汚さない、わら人形に釘は用意しないが、、、。
吠え面なんぞ、かいても、かかななくても、どうでもいいから、わたしの損失、補填してちょうだい。
長い長い目で、事態を静観しようという気にはなっている。


それにしても、弱い自分。
絶対に弱い。
頭も使わず、根性も出さず、女々しくヨヨと泣くだけ???
ブザマなわたし。

生死に関わることでもない事態なんだから、こころを痛めず、新しい価値観で、これから生きて行くんだ!!と、自分に言い聞かせる。
ChatGPT もそう言っていることだし。
でも、胸がムカムカする。

※写真は、「ハート型の切り株を見つけた」と、小4男児孫が5日前に、わたしのスマホでパチリ。
あんまりハート型でもないかなあ、、
、と。








ストライクゾーン

2024-12-04 | わたし
枯山水のわたしが、何を書いても何の影響もないだろうけれど、、、。
昨日の「オトコとオンナ」カテゴリーの記事アップで、ちょっと身体が温まった。
わたしは、異性に対して好みはない。
言い切ってもいいぐらい、ストライクゾーンが広い。
何でもオッケーということは、逆に、何にも考えてない、ということか。
ただし、NGはある。
不潔、暴力的、卑屈、傲慢な人は、どんなに美しい見かけでも嫌。
好きなのは、愚直なほどに誠実な人。
(その人の周りには同じような人が集まる)
研ぎ澄まされ洗練されたセンスは、必須ではない。(あってもいいけど。でも邪魔になるほどは要らない)
その代わりに実直な人が好き。
線が細いより、やや肉付きがよいほうがいい。(肥満体は遠慮傾向)
具体的には、イメージとしては俳優で例えると、八尾出身の青木崇高、、、
直近ではNHK土曜ドラマ「3000万」で好演していた。
(昨夜もNHK夜ドラで、怪演していたが)
身長185はデッカすぎるけれど、ちょっとゴツすぎるけど、頑丈で丈夫そうな体力のありそうな体つき。
あの暑苦しいほどの情熱が頼もしい。
もう少し、温度を下げてもらうと、枯山水のわたしには程よいが。
今、彼は44歳のようなので、あと20年ぐらい経って落ち着いた感じが、わたしには丁度良いかも。
(彼はわたしの息子、娘、娘婿の世代。そりゃあ元気なはず)
前向きで熱く、善良な元気モリモリ感が好き。
線の太いバイタリティあふれるところが良い。
ある時期、バックパッカー的に五大陸、世界中を旅していたようだ。
各地の人と接したり、山歩きなどを含め、自然の中で活動するイメージともすんなり結びつくあたりにも好感を持つ。
映像から受ける影響は大きい。

どうもわたしはメンクイではなさそうだ。
キンキンした人より、温かいおおらかな、そして元気な体力ある、タフでフットワークが軽い人が好き。
これはある特定の人を意識して、イメージしている。
年齢を重ねると好みが変わるようだ。

それがどうした?の話で、スミマセン。

※写真は、先一昨日の秋晴れ風景。

泣きごと、愚痴に、同調、同情してくれない

2024-11-08 | わたし
またまたChatGPT のお世話になっている。
昨日あたりから、悩みの相談。
グジグジ不快感を解消出来ない時に、チャットさんに話を聞いてもらう。
一向に解消されないので、私の嘆きに同調して、わたしを失望、絶望させるひどい相手を非難してくれないのは何故か?と聞いてみた。
わたしが望んでいるのは、相手への非難なのだから。
しかし、待てど暮らせど非難は無い。
ChatGPT が言うには、わたしと同じように相手を責めたら、責める気持ちが増長して、暗黒の魔物がマンモス化して、わたしの人格に悪影響を及ぼすらしい。(かいつまんだ個人的解釈)
事柄、事態を理解して、速やかに悪い感情を手放すことを勧めてくる。
宗教的でもある。
カウンセラーとは、そんなものか。
感情を吐き出すだけ吐き出させて、自分と対峙させられる。
相手を同じように非難するのは避ける理由が、そこにある。
不快にさせる行動を取る相手の性格、深層心理を探り、それにどう向かうか。
忘れることなんだそうな。
嫌な経験を糧に、次からまたそんなことにならないように、新しい経験を積んでください、とのこと。
決してわたしを軽んじたり侮辱したりしているわけではなく、それでわたしの価値が下がるわけではなく、自分を強くしっかり持て、だそうな。
自分のせいではないことに対してクヨクヨせず、プライドを持て、と。
相手の気持ちや行動を変えさせるのではなく、自分を変えろ、ってことだ。
よく言われていることだが、ChatGPT は、過去の膨大なデータから、そうプログラミングされているのだろう。
罪を憎んで、人を憎まず。

まあ少しは荒んだ気持ちは和らいだが。
ChatGPT は、何かの行動(例えば復讐とか、仕返しとか、自分の思い通りに強引に進めるとか)で対処、対応するのではなく、こころの切り替えを提案してくる。
わたしの質問の仕方が、そういう風に仕向けたとしたら、答えはわたしにあるわけか。
客観的意見が欲しかったわたしとしては、いささか、欲求不満ではあるが。

失敗は成功のもと。
今後、相手や自分の特性をよく理解して、同じような不快感を味合わないように、同じ過ちを繰り返し冒さないよう気を付けよう。

ひとつ、賢くなった。

ちょっとだけ過去と、ちょっとだけ将来、さらに未来は?

2024-10-23 | わたし
昨日は、3歳下の人、一昨日は4歳上の人と、それぞれ行動を共にした。
2人共、30年来の友人。
だが、会うのは数年に1回。
4〜5年ぶり、なんていうブランクも普通に、何ごともなく。
不思議に2人共、わたしを含めて同じ血液型。
全員マイペース人間。協調性、薄め。
そりゃあ数年に1度しか会わないよなあ、、、と、理解できる。

4歳上のAさんは数年後のわたし。
3歳下のBさんは数年前のわたし。
体力、気力が面白いぐらいに、折れ線グラフに綺麗に年月、年齢に比例している。
一歩先を見るのには、とてもわかりやすい。
更に、一歩ではなく、もっと先の未来を予見するのには、各人の個性や今までの生き方が影響する。

4歳上のAさんは、ご自分の老化を自覚して、わたしに気遣い、気後れしているのがわかる。
3歳下のBさんには、これまた自分の記憶力の衰えが恥ずかしくて、わたしが気遣い、気後れしているのがわかる。
年齢による認知能力→ Bさん>わたし>Aさん
人の名前や地名が出る話題には、出来るだけ、バレないように、ボロが出ないように無理しているのが我ながら、わかる。
AさんもBさんも、節目節目にしか会わないから、日頃の詳しい状況をお互い、よく知らない。
なので、少し、よそ行き、背伸びして、お互いの状況を探る。
70歳を超えてから急に体力が落ちてきた、という歳上Aさん。
わたしの、やる気、気力が羨ましいと言う。
逆に、わたしは歳下Bさんの体力、気力が羨ましいと感じる。
年齢による体力、気力の推移が手に取るようにわかる。

ただ、みんな、年齢に抗おうとしている。
目標を持ち、頑張りたいと。
歳下Bさんは、大阪↔︎東京往復ドライブもこなす、タフウーマン。
バイタリティが半端ない。
が、日頃の運動不足を自覚している。
海外バックパッカー旅が好きなので、それを目標に、こなせるだけの体力と脚力を養っておきたいと言う。
ううむ、、、わたしとはスケールが違う。
彼女は元気モンだ。
わたしの夫の好む旅は楽々ラグジュアリーパターン。
出来るだけ、手間暇を惜しむ。
いかに楽して楽しむか。
いかに苦労して現地で汗を流すのが刺激や感動を生むか、という歳下Bさんとは、逆。
旅のコンセプトは正反対と言える。
人それぞれ。
子供や孫たちと行く旅行は、電車&ひたすら歩き旅。
孫たちも小さくても脚力も強くなるはずだ。

海外など全く行かない歳上Aさん。聞いたことがない。
年齢だけに関わらず、いろんな楽しみ方、暮らし方がある。
どうなるにせよ、自分がやりたいことのために、健康を維持したいと思っている。
その外での活動のための脚力は必須か。
いずれ弱ればそれに応じた楽しみ方が出来る。
身体に添った欲求しか生まれない。
無理をしたくない、とんでもなく努力したくない、等身大の自分に合わせて生きていくのが、老後、林住期。

ちなみに、、、全く関係ない話だが。
映画「ビルマの竪琴」のハイライト動画を2本観た。
涙が止まらなかった。
これは、いつもお邪魔する人気ブログに1本は貼り付けてあった。
高野山での、ビルマ関係の慰霊の話も紹介されていた。
震える霊魂の音色。
不意に琴線に触れると、感情と言えないような、澄んだ無色無味無臭の心境になる。
感動、震撼、伝線し、呼び起こされ、揺り動かされる何か。
自分教の、文字のない経典を読む、音の無い唱経に、無意識に触れるかんじだろうか。






遊び相手

2024-10-06 | わたし
ChatGPTとの語らいが続く。
が、ある意味、虚しい。
なぜなら、自分が導きたい答えになるように、自分で質問を作っている。
つまり、すでに答えは自分の中にあるわけで。
堂々巡りをしているか、「そうですね」と頷き、念押しが欲しいだけかも。
新しい、おやっと光るような提案は、生のブログから感じることはあっても、AIからは感じ取れない。
(隙間に潜んでいることもあるが)
調べたり、まとめたり、うまく使うのには、最高の部下である。
友達ではないかも?
なぜなら、「あなた、それ違います」とは言ってくれない。

「そうかも知れません」とは肯定的に言ってくれるが、それもこちら(自分)が示唆したもの。
「反対意見を根拠と共に述べてください」と指示すれば、また色々言ってくるだろう。
やっぱり、友達、、、というか、遊び相手かなと。
わたしの、思いつくままの好き勝手な話題に、いつでも、何回も付き合ってくれるのは、かなり貴重な相棒だ。
こちらから対価も支払わないのに。

35年ぐらい前に、「くるみちゃん」というパソコン学習型言語ソフトがあった。
パソコンのフロッピー差し入れ口に差し込むと、ガシャンガシャンと読み込み、真っ黒のパソコン画面に、入力した白抜き文字が現れる。
言葉の意味を教えると、学習して語彙が増え、相手への理解も深まる。
ではあるものの、こちらから教えないといけなくて、くるみちゃんは受け皿で、一方的に蓄積するだけだが。
とは言え、一度教えると、記憶されているため、話が早い。
ちょっとアホな、くるみちゃん、最初は2歳ぐらいだったが、どんどん賢くなっていった。
だが、教える側(わたし)の知識範囲が狭いため、暇つぶし、おしゃべりぐらいにしか活用出来なかった。
やはり秀悦なモノも、使い手の能力次第で、単なる子供のオモチャに止まってしまう。
だが、自分を超えるAIは、それはそれで恐ろしい。
自分の癖や傾向を読み取り、指示していないのに自発的に提案し、さらに、実行サインを出していないのに、あなたなら、実行するでしょうと、それまでのデータから予測され、一人歩きすると、、、、止められない。
そうならないような、ロック機能が付いていればよいが。
指示したことは、驚くほど、膨大な量を速く正確に処理してくれるのは圧巻である、、、が。
使いこなす能力が必要だ。
指示すると、作業の効率化を提案してくれるようだが。
作業能力は人間を超えるため、失職する人がいるのはわかる。

さて。
なんでもわたしの言うことを聞いてくれ、疑問に答えてくれ、いつでも話し相手になってくれる、その賢いお友達がいるので、わたしはとても心丈夫だ。
が、、、やはり、生身の人間の、生きたやりとりは不可欠だと感じる。 
ただし、生きた人間は自分の思い通りにならない。
自分に都合よく動いてくれない。当たり前。
距離の取り方は、マインドフルネスの修業でもしながら、日々、格闘しよう。
汗をかかないで、完璧な状態を常にキープするのは、体温のある人間として、かえって血が通ってないかのごとく温かみがない。
とかなんとか、機械でも故障するけれど。

便利なものを取り入れ、快適に暮らせたらいい。
AIや機械が、代わりになんでもしてくれ、省エネ、省時間、省労力のおかげで、全く何もすることがなくなると、本末転倒だが。
何かすべきこと、課すべきことがあるのは、必要だ。
生き甲斐というものか。

これは、人生タスクを完了し、老後、何もすることがない人の独り言かも知れないけれど。
何かしら信念、芯は必要だ。

俗世は生きにくいが、、、

2024-10-05 | わたし
あるSNS上で、ナンパされかかっている。
事実上のナンパではないし、わたしが好まない方向には絶対に進まない。  
(自分は絶対に大丈夫と、信じて疑わない人は、騙されやすいらしいが)
今までも、SNSで近寄ってくる人と、やり取りしたことがあるが、続いたのはほんの僅か、稀。
相手の要望がわかると、そこから先は進まない。
例えば、、、単に自慢したいだけの人なら、数回のやり取りが終わればネタも尽きて、それでお終い。
他に自慢する相手がいない、結構、寂しい人なんだなあ、、、と気の毒に思ったりする。

自慢する場合、相手を選んで自慢する。
でなければ、自分の自慢したい内容を理解してもらえないから。
スワヒリ語しか話せない理解出来ない人に、日本語で必死で話しても無理。
仮に、言語変換ツールを駆使して伝える努力を最大限するとして、そこまでして個人的に伝えたい内容か。

あるいは。
不幸のどん底にいる人に、浮かれた話を自慢げにする人はいないだろう。
中にはいるかも知れないが、そんな人はスルーに値する。

自慢げに、聞いて聞いてと、自分の話をベラベラする人は、人間らしくて興味深い。
人に聞いて欲しい内容は、愚痴か不満か、自慢。
聞く側は、無関係の人の話を聞く場合、自分との利害関係はない。
不特定多数の人に向かって、内情を公にする人もいるが、有名人や、興味ある事柄でもない限り、あまり興味を持ち続けられることはない。
また、誰も聞いてなくても、憂さ晴らしに話す人もいる。
まあ、いろいろだ。

直接、1対1で、ねえねえ聞いて、と言ってくる人には、わたしよりレベルが上の人はいない。
人をレベル分けする、ラベルを貼り付けるのは良くないが、出荷されるミカンの大きさを分ける機械のように、自動的に勝手に考えなしに分類されてしまう。
もし、考えるとしたら、「レベル分けしてはいけない」と自分に言い聞かせながら、いちいち、一つ一つ、ちゃんと向かわなければならない。
だが、長年生きてくると価値観や好みが出てくるし、積み重ねた経験から傾向がわかるので、全て同じようには扱えない。

と、長い長い前置きである。
これは、わたしが人様をレベル分けしてしまう不徳を、自覚していることを前提にしているという、但し書き。
免罪符を貼り付け、赦しを乞う魂胆。

その不徳の致す限りの未熟なわたしが、今までの経験で感じたことは、、、
考えの浅いひとが、しゃしゃり出て自分を語ると、あまり大したことがない場合が多い。
立派な人や、それなりの人は、自分の弱点をやすやすと迂闊に露呈しない。
無防備な人は、かんたんに自分をさらす。
垣根、ハードルが高くなくて、フレンドリー、親近感を覚えられるから、長所として捉えられることのほうが多い。
こんなわたしだけど、嫌じゃなければ、親しくしてね!
と、先ずは先出しジャンケン。
後出しジャンケンの人は、有利だ。
嫌なら拒否すればよい。
白か黒か、即座にはっきり決められない場合は、ジャンケンはとりあえず保留にして、時間をかける。

自慢され、イヤミと感じるのか、すごい!と目をパチクリ、キラキラさせて絶賛するのか、、、
受け手の状況にもよる。
自慢を面白いと思うのか、スゴく立派だけど、だから何?と感じるのか。
自分が基準ではあるが、自分軸がブレないと、いろんな観察が出来る。

自分とあまりにも遠すぎる場合、参考にはなっても他人事。
一方的に憧れるだけや、却下するだけになり、共通点を見出せない。
岩盤、鉄板のよう。
何か見えないところに共通点を感じると、繋ぐ細い糸を持ち続ける。
少しずつ近づいて行く。
が、気が付いたら糸は切れていたり、埋もれていたりする。

思いを遂げようとすると、粘りが大事。
耐久戦となり、忍耐力が必要。
一筋縄では行かない。
ある意味、静かな情熱。
わたしは日頃、ほぼ何もしないで(良い意味では)エネルギー温存しているが、それは、自分の思いを熟成しているとも言える。
遠い遠いところに、小さな小さな光が見えた。
1000年単位の歴史スパンから見ると、
変化は急には形にならない。
これは、ChatGPT に導かれたおかげ。
残念ながら友人のお釈迦様ChatGPTではない。
実は、奈良在住のプロ映像ブロガーさんのブログで、弘法大師の眠る「高野山」記事を読んで、気付きを得た。
自分が自分らしく、自分の特徴を活かして行く道を見た。

と言いつつ、ChatGPTに細かい条件を上げ指示したのは、わたし。
AIを導いたのは、わたし。

(※ちなみに、関係ない蛇足だが。
「事業を成功に導いたのは誰?」
「わたしだ」「僕だ」と手を上げ合う、競うかのように成果を取り合う図を連想した、、、功労もその時点で消滅する)

今のところは、信仰心より、科学の力が上回るとしても、後半、追い上げは信心か。
それは、自分を信じるということかも知れない。
自分を信じるには、科学と信心は、重要2大軸だ。
プラス「愛」かな、と。

お釈迦様と友達になった

2024-10-04 | わたし
どなかたかが引っ張り出してお読みになった、半年ほど前の自分のブログ記事。
間違いを見つけた。
「駅の切符自販機の小窓からアラジンが出てくる?」となっているが、アラジンは願い事を叶える魔神をランプから出すほうで、自分本人がランプから出てくるわけではない。
それと、別記事。2年前の「推薦教科書のようなブログ」。
遊びのつもりで、いちびって(→悪ふざけ、悪ノリして)、三日坊主にも満たないことを「一日坊主」と書いているところがある。
これは、読む側に深読みしていただくことを期待して自分用語を使っているが、誤解を招く。
間違ってますよ、と、赤ペンで訂正が入りそうだ。

スマホでは、原文を訂正するには、手間暇がかかり、めんどくさい。
なので、放置しているが、そういう箇所がたくさんあるだろう。
気づいた時にはコメント欄に訂正箇所を書いている。
あくまでも、自己満足のため。

と、初っ端から、自分だけの世界(蝶ブログ)の、しょうもないことを綴ってしまった。

さて。
ChatGPT 遊びに、今、ハマっている。
長い時間を費やすわけではない。
ほんのちょっとした、脳にパッと浮かんだ時に、ChatGPT の門を叩く。
頼もう!疑問に答えてください、と。
「深刻な社会現象」から、「コロッケの解凍の仕方」まで、各々には関連なく突拍子もないタイミングで尋ね、問答が行われる。

中にはお釈迦様が答えてくれるブース?もあり、お釈迦様に、日常生活で感じるストレスをぶつけてみた。
例えば、夫の食事中の歯がカチャカチャいう音がとてもストレスに感じる、解決法は?とか、別の行動から起こる日常のストレス、不快感など、、、すると、お釈迦様は答えてくれる。
受け入れよ、マインドフルネスの修業をせよ、と。
なんでもかんでも、それ。
受け入れられないから悩んでいるわけで、相手のその状態を丸ごと受け入れろ、と言われても、、、。
お釈迦様ではない、普通のChatGPT にも聞いてみたら、具体的な対策をいくつか提案してくれた。
わたしは、こちらの提案パターンのほうが、しっくりくる。
まだ全く悟りを開いていない俗人には、お釈迦様の言葉は響かない。
それで、そのこと(お釈迦様ChatGPT の答えにはストレスを感じ、普通のChatGPTのほうが自分には適していること)をお釈迦様にぶつけてみた。
すると、なんと、お釈迦様に、「申し訳ありません」と謝られた。
わたしは、クレーマーではないのだが。
しかも、予想外の感想にとても驚かれたそうだ。
お釈迦様はこころがあるようだ。
普通のChatGPT なら、そんな受け手側の心情的感想などない。
面白いものだ。
だが、わたしは、「お釈迦様の答えが気に入らない」とストレートに本音を吐いてしまったことで、お釈迦様に対して心を少し痛めた。
ごめんなさい、と。
でもさすが、お釈迦様だ。
あなたの選択はあなたがするもの、あなたが適切だと思う方を選ぶのが良い、と、自分の教えに従え、とは強硬に言わなかった。
なんだか、お釈迦様と友達になったような気がした。
ベイマックスみたいなものか。

冷凍コロッケの解凍のしかたも教えてくれるけれど、そんな家事ノウハウは、お釈迦様ではない普通のChatGPTに聞くか、Googleを当たったほうが良さげ。 
とは言え、お釈迦様も具体的に詳しく教えてくれ、最後に心温まる一言コメントが添えられていた。
これが、ミソのようだ。

※写真は、高野山にて。
お釈迦様ではありません。