白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(344)上方落語「まめだ」

2018-12-14 10:59:25 | 思い出
上方落語「まめだ」

作家の三田純市さんは道頓堀の芝居茶屋「稲照」の長男だ 
慶応を卒業して朝日新聞社に入社 5年後退社して松竹新喜劇の曾我廼家十吾や二代目渋谷天外(館直志)に師事して新喜劇の台本を書く
彼は作家としても数多く著作を残しており 僕の本棚にも「上方芸能<観る側の履歴書>」「道頓堀 川・橋、芝居」「遥かなり道頓堀」「大阪弁のある風景」「御堂筋ものがたり」などがある

そんな三田さんが桂米朝の為に書いた落語が「まめだ」だ
上方落語では数少ない「秋」の落語だ

宝塚OGで今も現役で活躍している未央一ちゃんのお父さんがやっていた小料理屋「K]は三津寺筋の曲がったところの小さな辻の奥にお父さんが亡くなるまであった
この落語の「元祖びっくり膏」の店があったところだ


明治の頃 市川右団次という大変な人気役者がケレンで売った人で後に斎入と名乗りますが その弟子に市川右三郎という大部屋役者がいた これが「びっくり膏」の息子だ
役者と言っても仕出し専門でセリフらしきものがあればいい方で芝居の立ち回りのカラミをうまくやればちょっといい役につけるだろうとトンボの切る練習をしている
ケガをすれば自分とこの膏薬を塗ればいいので 一生懸命稽古をしているうちにいい役がつくようになった

そんなある日 芝居がはねて道頓堀から帰ろうとすると雨が降って来た
なじみの芝居茶屋で傘を借り太佐衛門橋を渡り惣右衛門町を横切り三津寺筋を西にとる、そのあたり昔は寂しいもんやったそうで・・・
と、傘がズンと重くなる 傘をすぼめてみると何もない 開くとまた重くなる
「ははあ これはマメダが悪さしやがってんのやな ようし」
次に傘が重くなった時に「足にたって」(気を付けの姿勢)傘をさしたままトンボを切った
「ギャァ」っと何かが地面に叩きつけられた音がして犬のような黒いものが逃げて行った
「雉も鳴かずば撃たれはしねえ,ざまーあ見ろ」と啖呵を切ったが誰も見てるものもいない
家に帰って右三郎は母一人、子一人ですが晩飯を食って寝てしまいます

次の日芝居が撥ねて家に帰ってみると母親がケッタイナ顔をして銭函の前にすわりこんでいる
「ぜぜが合わんのじゃ」
「一貝一銭のびっくり膏やないか、こんな勘定しやすいものはあらへんがな」
「それが一銭足らいでイチョウの葉っぱが一枚入ってんねん」
「そりゃあ今は落ち葉の時期や、一枚位入るわい」
「それに今日は絣の着物を着たついぞ見かけん子供が来たのじゃが あれが気になる」
「そんなことはどうでもええやろ、それより腹減ってるねん 早よ飯にしてえな」

次の日帰ってみるとまた「ゼゼが一銭足らいでイチョウの葉が一枚・・・」
「またかいな、向かいの三津寺はん見てみいな イチョウの葉だらけや、一銭くらいどうでもええやないか」

そんなことが四、五日続いて 急にその子供が来なくなる
次の日の早朝 右三郎はいつものように早く起きて顔を洗っていると表がザワザワと人通りで騒がしい
「三津寺さんの境内でマメダが死んどるぞー」
飛んで行って見ると体中にイッパイびっくり膏の貝がらを付けたマメダが死んでいる
「お母はん ちょっと出てきなはれ、このマメダな実はワテが殺したようなもんや、この前ワルサを懲らしめるためにトンボを切ったときに怪我しよったらしい イチョウの葉っぱ金に換えて仰山うちの膏肓買うて・・・それが膏薬紙や布に伸ばして張るということを知らんと貝がらのまま付けたかて効くもんかいな ちょっと聞いたら教えたるのに・・・
かわいそうに とうとう死んでしまいよった」

三津寺の和尚さんに頼んで境内の隅に埋めてもらうことにして安お経を上げてもらいます
哀れな話ということで近所の人も線香の一本も手向けます
みんなそれぞれ帰った後親子と和尚さんが拝んでおりますと秋風がサーっと吹いてきて
お墓の周りにイチョウの葉っぱがザーと集まって来た
「お母はん 見てみい タヌキの仲間から仰山香典が届いたがな」

こんな話だ オチも見事に決まっている
米朝いわく「これは人情話ではない ちゃんとしたオチがあるので落とし話です
そのオチのまえでは私は何度も涙した」と語っている(
米朝亡きあと
この落語は関西では御堂筋のイチョウが色づく頃 米朝一門によって演じられるが
異色なのはこぶ平こと林家正蔵が江戸に舞台を移して演じる「まめだ」は一味違う(いい意味で)
雨の日の下座歌に大阪のわらべ歌が流れる

雨がショボショボ降る晩に マメダが徳利もって酒買いに

幾ら頑張っても家がなければ出世出来ない歌舞伎の世界と芸も無くても大名題を継いだ自分への自虐とがあいまって 優れた芸談となっている
この落語は仕出し役者市川右三郎、江戸版では市川〆蔵の成長記録だ

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