天命を知る齢に成りながらその命を果たせなかった男の人生懺悔録

人生のターミナルに近づきながら、己の信念を貫けなかった弱い男が、その生き様を回想し懺悔告白します

文春去年12月号五木寛之『ひとりで死ぬことの幸福論』歩んだ道を振り返り後ろを向きながら進むに強く共感

2019-04-28 11:39:51 | 日記
今日の日記は、札幌区民センター図書室から借りた雑誌『文藝春秋・2018年12月号』に掲載された五木寛之投稿の『「ひとりで死ぬこと」の幸福論』で語られたとても印象に残り強く共感した記述文です。添付した写真は、その雑誌の目次です。以下にその共感した著述の一部を引用し抜粋掲載します。
『かっては「人生五十年」と言われたものです。しかし、今では五十歳は人生の前半に過ぎません。人類は九十歳、百歳まで、当たり前に生きる時代になりました。口を開けば「昔はよかった」と言う老人がいて、よく非難の対象になったりしますね。今の流行りで言うならば、昔の話しかしない老人は「生産性がない」なって文句を言われそうです。しかし私は、こういう考えには懐疑的です。人生の後半生は、これまで自分が歩んできた道を振り返りながら、後ろを向きながら進む、いわば「後進」や「背進」が大事です。自分の過去とじっくり向き合う「回想を語る」ことが大事なのです。過去を振り返るという作業は、個人の歴史を検証することです。ひいては、その国の歴史を検証することでもあります。「生産性がないこと」などではなく、むしろ、非常に豊かな行為ではないか。』
昭和7年生まれの五木寛之氏は、私より21歳年長の文学界における人生の達人です。去年再雇用契約が打ち切りになった私は、全く「生産性がない」無職人間になりました。しかし、この五木氏の投稿文を読んで、私自身が始めた過去を振り返るブログ日記の投稿意義を、五木氏が分かり易く説き、その行為は、「非常に豊かな行為」なのだから、これからも長く継続するようにと、私を叱咤激励しているような気が強くしました。
さらに、この過去を振り返る出来事のテーマまで、この雑誌『文藝春秋・2018年12月号』は、私に強く示唆していました。それは、「ヒトは120歳まで生きるか」(注:添付した目次を参照の事)で、高橋淳京都大学iPS細胞研究所教授が、その著述で『脳のなかの黒質という部分には、「ドパミン」と呼ばれる物質を生み出す神経細胞(ドパミン神経細胞)が存在します。』と語っていた事です。
この言葉「ドパミン」は、2007年頃ストリップ客が利用していたネット掲示板で、私が初めて「ドパーミン」と記述投稿したところ、その言葉にネット閲覧客が「ドーパミン」が正しく間違っているぞ!と、私を強く非難した因縁の言葉です。私のブログ日記・2010年5月3日付『私が感じたオーラの変幻自在の変化は、脳内ドーパミン神経とセロトニン神経の熾烈な戦いの所産だったと得心』と3年後の日記・2013年5月13日付『”ドパーミン”騒動から6年の歳月流れ「快楽の脳科学」著者”ドパミン”表現に私は眼から鱗が落ちる気分に』でも、その言葉のお互いの正当性を言及していました。
この「ドパーミン」を全く間違いで「ドーパミン」が正しいと強く主張したストリップ応援客は、この一連の学術用語の流れ(どちらでも無い)を、今どう思っているのか?私はとても知りたいです。しかし、自身の強く信じている事が全て正しいと独善的に主張するストリップ応援客は、私が9年間劇場追放され去年4月末復帰した後の劇場社会でも、今現在も確実に存在します。そのような思想のストリップ応援客が未だに存在する事を、去年9月11日大和某ストリップ劇場で、私が思い知らされたからです。
その詳細は、ちょっと長くなるので次回に掲載します。
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