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天命を知る齢に成りながらその命を果たせなかった男の人生懺悔録

人生のターミナルに近づきながら、己の信念を貫けなかった弱い男が、その生き様を回想し懺悔告白します

映画『家族』で父親笠智衆は同居を断った次男前田吟に 「ひょっとするともう会えんかもしれんばい」と語る

2010-08-22 14:34:55 | 日記
今日の続編日記も、松竹映画『家族』「1970年製作 山田洋次監督 倍賞千恵子(風見民子:精一の妻)井川比佐志(風見精一:源造の長男)木下剛志(風見剛:夫婦の子供)瀬尾千亜紀(風見早苗:夫婦の子供)笠智衆(風見源造:精一の父親)主演」のこと・その2です。
以下に、その名作映画『家族』で山田洋次監督で訴えたかった家族とは何か?を私見として具体的に述べます(その2)。
・(2)家族は歳月を経て離散・集合の再編成がなされる--長崎県の離島・伊王島から北海道標津郡中標津町へ移住を決意した風見家の精一の父親(笠智衆)は、広島県福山市に住む自分の次男(前田吟)の家に移るとその自らの処遇を明らかにしていました。だから、5人家族は、その旅の途中に次男夫婦が住む福山市に立ち寄ります。添付した写真は、その映画での団欒風景です。左から次男の妻、長男(井川比佐志)次男(前田吟)長男の妻(倍賞千恵子)長男の子供(頭だけ)、父親(笠智衆の頭半分)の6人です。
でも、次男(前田吟)は長男(井川比佐志)の北海道への移住計画は軽率だったと、非難します。そして、自分の家庭の経済状況はとても苦しくて父親の面倒を見る余裕がないと、暗に長男夫婦に匂わしています。その経緯を脇で聞いていた父親(笠智衆)は、かって炭鉱夫だった自分をその二人の子供が帰り道で待ち受け、一緒に楽しく我が家に帰った自分の家族の思い出の夢をを、その日泊まった次男夫婦の部屋で見ます。
家族は歳月を経れば、その一員の離散もあれば集合も(再編成)あると、山田洋次監督は映画で静かに語っているのです。そして、義父思いの長男の妻(倍賞千恵子)は翌日起きてから、父親も北海道標津郡中標津町へ連れていくと次男(前田吟)に伝えます。
さらに、その出発の福山駅で父親(笠智衆)は、自分との同居を断った次男(前田吟)に、
『お前も元気でな ひょっとするともう会えんかもしれんばい』との別離の言葉をかけています。
家族は、『居住を共にすることによって、ひとつのまとまりを形成した親族集団』(引用:百科事典Wikipediaより)または『夫婦とその血縁関係者を中心に構成され、共同生活の単位となる集団。近代家族では、夫婦とその未婚の子からなる核家族が一般的形態。』(引用:大辞泉より)のことを、はっきりと証明した映画の一シーンです。

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