インディオ通信

古代アメリカの共感した者の備忘録8年。

『キリスト屋』 (平賀元気) サンクチュアリ出版社

2009-08-18 20:55:01 | 映画や小説、テレビなど
 このブログの客観的な事実は、昨日は閲覧数 : 369 PV 訪問者数 : 144 IPであった、ということとグーグル検索経由が多いということぐらい。後はインディオという生き物の、主観の羅列である。

 第2回アルファポリスのミステリー大賞が決まったようで、「密室にデュラハン」叶衣 綾町が選ばれたようだ。選挙戦の上位にあって?、HPの活字が白馬(我が作品)並みに大きくて読みやすかったのを憶えている。わがブログ小説は、アルファポリスの中では、幸福実現党みたいな存在とみなされているのかもしれない(ということは…)。

 個人的には、もっと思想があるマニアックな小説に受賞してもらいたい。版元の路線というものがあるのだろうが(?)、そもそもフィクションなどなかなか売れない(本の責任販売性はどうか)。

 無名作家は信頼されない。そこで、出版社のお墨付き=権威ある新人賞で、売り出すわけであるが(金虫誕生!?)、多くは持込原稿(権力者の裁量で決定)と同じである。

 勝手なことを言っていますね(要するに白馬を出せというのですね)

 そういうわけではありません(どんな本でも思想が必要なのです)

 そういえば、
 サンクチュアリという出版社も昔、「サンクチュアリ文芸大賞」をやっていた(知る人ぞ知る)。そこで選ばれたのがマニアックな?小説が『キリスト屋』。詐欺まがいな主人公??の本であるが、深いキリスト教の思想に包まれていて、なかなか気に入っている。これも、最近読んだ『天使と悪魔』に劣らず、クリスチャン必読か。

 
キリスト屋 (Hot youth series)
平賀 元気
サンクチュアリ出版

アイテムの詳細


 (偽善的な宗教を押し付ける側に腹が立つといわれて)

 主人公の詐欺牧師はいいかえす。

「ひとつには、それはやはり『信じている側』の問題だと思います。『信じていない側』のひとにそのような印象を与えてしまったとしたら、それは自分は信仰を持っていて、あなたよりも上の存在なんだ、みたいな意識があるからでしょうね。あるいは無意識にそれが出てしまう。大いに反省すべきだと思います。しかし反面『信じていない側』の感じ方のズレも問題です。明るさの意味を本当に分かる人は、闇を体験した人だと思うんです。宗教を信じていると人というのは、多かれ少なかれ闇を体験した人ではないでしょうか。ですから『信じていない側』から見ればまぶしすぎるんでしょうね…」


 らい病患者がキリストになったフローベルの短編小説とか、クリスチャンとは『キリストと共に歩むもの』だとか、いろいろ考えさせられる内容であった。

 それにもかかわらず全体としてスラスラ読めて、何か軽いノリであった。

 この軽いノリの読者を獲得しようと、あの表紙にしてしまったのだろうが、読者層はたぶん、シャーマニズムの小説『コンセント』(田口ランディ)と同じであると思われ、ちょっとまずかったか。

 版元が幻冬舎で、その資本力で広告を出し、表紙を神秘的にすれば、『コンセント』なみに売れたかも。