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グループホームの実態を学ぶ

2017-12-06 22:17:49 | 大学公開講座
 グループホーム…、という名は聞いたことがあったが、その実態についてはほとんど無知だった。あるいはいつの日かお世話になるかもしれないグループホームの実態についてお話を聴いた。 

 12月5日(火)午前、札幌大公開講座「地域創生入門」の後期11回目の講座が行われた。
 講師は(有)ライフアート会長であり、グループホーム福寿荘の総合施設長である武田純子氏「グループホームでの看取り」と題されたお話しされた。

                    

 まず、私の場合、そもそのグループホームとは何ぞやという、そもそも論から始めねばならない。ごく粗くまとめると、グループホームとは「認知症(痴呆症)の症状を持ち、病気や障害で生活に困難を抱えた高齢者が、専門スタッフの援助を受けながら1ユニット(5~9人)で共同生活する介護福祉施設」ということになる。

 武田氏は、そのグループホーム「福寿荘」を2000年に開設し、次々と施設を増やし、現在三棟(福寿荘Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)運営しているということだ。「福寿荘」は優良グループホームとしてメディアでも取り上げられたことがあるようだ。そうしたこともあってか、武田氏は自信たっぷりと舌はなめらかで、多弁だった。

 そうした武田氏のお話の中で、印象的だったことを記してみたい。
 まず、20年前くらいの認知症などの方々の高齢者介護というと、2000ccもの点滴をし、四肢・体幹を拘束したり、手指をミトンで覆ったり、定時におむつを交換したりと、悲惨な状態だったという。
 ところが、武田氏のところでは認知症の人も普通の人と変わらぬ感情を持っているということに気づき、可能なかぎり最後まで自分で食べる支援をし、入居者のQOLの維持に努めているという。

 認知症は、誰もがなりうる病気で、90歳以上では実に60パーセントの人が罹患するという統計もあるというが、武田氏は「認知症は死につながる病」であると強調された。つまり、認知症は死を迎えるまで病が回復することはない、死と向き合う病であるというのだ。だからこそ、今を大切に精いっぱい生きることを支援したいとも語った。

               

 武田氏のグループホームでは、「できることは自分で、できないことは支援し、最後まで無理強いしない」ことをモットーとしてお世話をしているということだった。
 しかし、死は必ずやってくる。その際、延命治療はホームではできるだけ避けるようにしているという。それは一番苦しむのは患者当人だからという。医療的な治療より、穏やかにゆっくりと生活してもらいたいからと…。
 ただし、そのためには当人や家族の合意ができているかどうかが欠かせないという。
 確かめなかったが、延命治療を望む場合は病院等へ転院するということだと理解した。
 こうして武田氏のところではこれまで66名の人たちを看取ってきたという。

 最近、高齢者の療養施設での虐待などがクローズアップされることが多い。それは大規模な施設などでスタッフの目が届きにくいところで起こっているのではないだろうか?グループホームのように5~9人という小規模な施設では家庭的なサービスが受けられるということだろうか?
 ただ、質疑コーナーにおいて、現在はグループホームへの入居を希望しても、施設が足りずに希望にそえない状況が続いているということだ。
 さて、私がそうした施設が必要となる時代には、どのような状況になっているのだろうか?ちょっぴり不安である。
 


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