田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

不揃いの木を組む ~ 宮大工小川氏の講演から

2010-08-26 16:28:46 | 講演・講義・フォーラム等
 宮大工集団を率いる鵤(いかるが)工舎前舎主の小川三夫さんは伝説的な宮大工棟梁「西岡常一」氏の唯一の内弟子として知られている。その西岡氏の薫陶を受けた小川氏の話は示唆に富んだ話が多く、現代の教育に一石を投げかける内容だった。

        
        ※ 講演が始まる前、スライドで小川氏のことなどが紹介されました。
 
 非常に中身の濃い2時間だった。
 まとめるのが難しい2時間の講演だった。

 8月21日(土)JRタワープラニスホールで開催されている「棟梁 堂宮大工の世界」展(このことについては当ブログで8月18日にレポートしている)の一環としてトークイベント「不揃いの木を組む」と題して小川三夫氏の講演会が行われた。
 会場のJRタワーオフィスプラザサッポロの9階会議室は定員200名のところ300名近くが押し寄せ、立ち見ができるほどの盛況だった。

 大変聴き応えのある内容だったのだが、小川氏が「あれも伝えたい。これも話したい」と思うためか話があちらこちらへと飛んでしまうため、まとめるのが難しい2時間だった。
 そこで特に印象に残った言葉を中心に思い出しながらレポートしてみたい。(私の独善的な解釈もかなり入っていますが…)
        
《師匠は何も教えない》

 小川氏は西岡氏に弟子入りを願い出てから4年目にしてようやく念願を果たしたのだが、師匠から手取り足取り教わったことは何一つない、ということだった。師匠と四六時中生活を共にする中で、師匠の技を、師匠の心を学び取ったということだ。

 その手法を小川氏は彼の弟子に対しても同じ手法を用いている。
 それは小川氏が「教わることは甘えに繋がる」、「たくさんの無駄を経験することがやがて生きてくる」、「学ぼうとする意欲があれば技は身に付けることができる」といったことを体験的に知ったからだそうだ。

        
        ※ 講演中の小川三夫氏です。写真撮影はOKでした。

《共同生活が人間をつくる》
 小川氏は西岡棟梁と四六時中一緒の生活で、食事をするのも、寝ることも全て同じように生活し自由時間は全くなかったという。しかし小川氏はそこから学んだと言う。
 今、鵤工舎においても小川氏を始めとして皆が大部屋で生活をしているそうだ。
 それは、大部屋での共同生活でこそ「忍耐力」や「優しさ」、そして「思いやり」などが育まれると小川氏は言う。

 そして小川氏は言う。「自由になる時間が無いと、いろいろなことを感じ取ることができる」として、「そこまで感じ取れないのは自由時間があるからだ」と…。ここで言う  「いろいろなことを感じ取る」ということについて具体的には言及しなかったが、想像するには宮大工としての素養に関することだろうか?
 そして小川氏はさらに言う。「一緒に生活するということは『自分の自由な時間』はない。しかし、『みんなと一緒にいる自由』が分かってくる」と…。この辺の言葉になるともはや哲学的にすら感ずる。

 小川氏は「個室が一番悪い」と指摘する。それは「個室に入り込んで自分なりの考えをする。それが一番『邪魔』である」と。邪魔とは、宮大工として一人前になるためには個室はけっしてプラスにはならず、むしろ邪魔ということだろう。
 現代っ子のほとんどは個室をあてがわれている実状だが、小川氏の言とは正反対の育てられ方をしていることになる。

《ものを造るということ》
 今思うこと(できること)を精一杯やっておく、ということが大切なことだと小川氏は言う。西岡棟梁は法隆寺の昭和大修理のとき1300年前の宮大工と対話しながら修理に当たった。そこには1300年前の宮大工が精一杯の仕事をやった成果が表れていた。今の我々も今できることを精一杯にやって、後世の宮大工にそれを見てもらいたいと…。
 またもの造りに関して、小川氏は次のようにも話した。「煎じて煎じて煎じ詰めれば最後は勘である」と。そして「勘とは口で教えることができないものである」と話した。

 小川氏が言葉を換えて何度も言っていたことは、「宮大工の仕事は親方が手取り足取り教えるものではない。修行を積み重ね、人間として成長する過程で仕事や技術も見に付いていく」と。そのことはまた、仕事の「勘」も養っていくことに繋がると言いたかったと私は解釈した。

《不揃いの木を組む、人を組む》 
 宮大工の仕事は大きな木を扱う仕事だ。それは大きな木の癖を扱う仕事でもある。例えば木には「档て(あて)」と言って部分的に硬くなっていて狂いの大きい部分がある。扱いにくいが使いようでは役に立つ癖である。そうした木の特徴を上手に組み合わせることは宮大工として大切な欠かせぬ要件である。
 
 弟子を育てることにもそれは言える。さまざまな性格、気質の人間が弟子として入門してくる。宮大工として一人前になるために邪魔になる癖はできるだけ取り除くように努めるが、どうしてもその人間の特性のようなものがある。そうした癖や特性を見極め上手く生かしていくことも大切なことだと思う、と小川氏は話した。

        
         ※ 講演後、会場の質問に答える小川氏です。

 以上、思うようなまとめにはならなかった。
 また文意を整えるために、私の勝手な解釈がかなり入り込んでいることをお断りしなければならない。
 小川氏はまだまだ大切なことを話されたが、その一部分だけしかレポートできなかったこと再度お断りしておきたいと思います。(ふ~っ、大変だった…)