UVカットのプラスチックの
サンバイザーをして出かける。
白い雲も青い空も緑の木々も
すべて薄い茶色を帯びる。
横断歩道の白線も車も建物も
すべて薄い茶色を帯びる。
世界の色がすっかり変わる。
最初は違和感を覚えた色も
慣れると本当の色のように思えてくる。
サンバイザーを取ると世界は返り
それがフィルターの色であったことを
今更ながら思い出す。
しかし返ったその色は
果たして本当の色なのか。
早々とやってきた赤トンボが
グルグル疑問の目を投げかける。
近くの木で見ていたクマゼミが
サアサアうるさく問い詰める。
ジリジリと焼けつく暑さにも耐えかねて
つい白状してしまう。
「実はよくわからないのです」。
色とりどりのポーチュラカが
ケラケラ笑いながらそれを眺めていた。
ヘチマとゴーヤ〈ともにウリ科〉
copyright Maoko Nakamura
見慣れた部屋が
エトランゼのように佇む朝。
旅人であることを思い出す。
昔、リュックを背負って
旅していた時の朝のように。
ここは私の家ではなく・・・。
見慣れた自分が
エトランゼのように佇む朝。
旅人であることを思い出す。
昔、町から町へ
旅していた時の日々のように。
ここは私の故郷ではなく・・・。
なにもかもが
エトランゼのように佇む朝。
旅人であることを思い出す。
いつの時代も
誰もがそうであったように。
ここは私の家でなく・・・
ここは私の故郷ではなく・・・。
いずこも私の家であり・・・
いずこも私の故郷であり・・・。
*エトランゼ=見知らぬ人、外国人(フランス語)
カサブランカ〈ユリ科〉
copyright Maoko Nakamura
砂漠で過酷な生活を強いられる中
「ここに庭があったらステキだ」と
彼は思った。
そして仲間と庭を造り始めた。
有刺鉄線に囲まれた
乾いたカリフォルニアの大地に。
完成した庭は緑にあふれ
石組の池を地下水が潤した。
そして何より人々の心を潤した。
庭造りは広がり
有刺鉄線の中にたくさんの庭が紡がれた。
庭は何を植えても
どこに石を置いてもよかった。
しかし彼らには
植えるべき木があり
石は置くべき場所があった。
記すべき言葉があり
句点に置くべき場所があるように。
そして
乾いた大地は水と緑のオアシスになった。
過酷な生活に変わりはなかったが
庭は美しい音楽のように
佇むものに癒しの時を奏でた。
それから60余年。
あの時、あの場所で
彼らと庭を造った男を記者が訪ねた。
封印していた過去が蘇る。
懐かしい庭の風景とともに
強制労働と、その後の過酷な生活の・・・。
男は記者に言った。
「おまえは、もう二度と来るな」。
男は繰り返した。
「おまえは、もう二度と来るな」。
あの闘いの日々に向かって。
再び封印し、
二度と開かれることがないことを願うかのように。
*「マンザナール」とはスペイン語で「りんご園」の意味。
芙蓉〈アオイ科〉
copyright Maoko Nakamura
葉ばかりになった桜並木を歩く。
木々の間に1本の夾竹桃。
呼びとめられた気がして、ふと見上げる。
愛くるしい桃色の花は
少女と大人とのはざまで
揺れる可憐なまなざしにも似て・・・。
十年この道を通っているのに
あなたに気づいたことはあったのだろうか。
話しかけられた気がして、耳を澄ます。
聞こえてきたのは裏腹に
その内部に波打つ激しい力。
黒い宿命を背負いながら
白い天命を探し求める人の
苦しみにも似た・・・。
十年(ととせ)この道を通って
やっと姿を見せてくれた桃色の花。
灼熱の中で、蝉時雨の中で
凛と咲く彼女を決して手折るな。
夾竹桃〈キョウチクトウ科〉
copyright Maoko Nakamura