

ピアノやヴァイオリンなどの音を聴きながら
音符はいつも思っていた。
自分も音のように
軽やかに空(くう)を舞いたいと。
そこで音符は神様にお願いした。
「私は生まれてこの方
紙にはり付けられたまま
どこへも行くことができません。
どうぞ私も音のように
空を舞えるようにしてください」と。
音符の切なる願いに
神様はそれもよかろうと
音符に灰色の羽をつけてやった。
すると音符は
ゆらゆらと楽譜から飛び立った。
それが全音符だったので
白い体に灰色の羽の鳥になり
その鳥を
人々はカモメと呼んだ。
だからカモメは
ゆらゆらと舞うように空を飛ぶ。
まるで昔暮らした五線譜を懐かしむように…。
山茶花(さざんか)〈ツバキ科〉
copyright Maoko Nakamura
幼木は風が嫌いだった。
風は幼木を揺らし不安な気持ちにさせた。
雨と太陽は友達だった。
けれど雨が長居をすると疎ましく思い
時折、太陽のおせっかいに嫌気がさした。
幼木は少しずつ大きくなった。
春のある日、幼木は
葉を揺らす風にふと安らぎを覚えた。
長居をする雨ともおしゃべりを楽しみ
おせっかいな太陽をもやさしく迎え入れていた。
幼木はすっかり大きくなっていた。
そして友と
春にはいずる幸せを分かち
夏には長ずる楽しさを分かち
秋には実る喜びを分かち
冬には慎む尊さを分かちあった。
やがて幼木は老木となり
ある日、根元から折れてばったり倒れた。
雨は涙で清め
太陽は温もりで包み
風は弔いの歌を歌った。
友に見守られて老木は大地に還った。
生まれたばかりの幼木が
その根元で風に揺れていた。
欅〈ニレ科〉 大山・大野池
copyright Maoko Nakamura
人間が言うところの太古に
父と母は5人の子どもを産んだ。
母はすべてを与え
父はそれぞれを導いた。
人間が言うところの
時が流れている間
木はいつも詩っていた。
父と母のことを…。
けれど木は切り倒されて
詩を忘れた者たちは
きょうだいたちに刃を向けた。
直接的にあるいは間接的に。
残された木は詩う。
「父はひとり、母はひとり」と。
だれもが
母なる海と父なる太陽から
生まれたきょうだいなのだと。
伝え聴いた男は詩う。
東ティモールの森のそばで。
「父はひとり、母はひとり」と。
それ以上はなく
それ以下もないという
澄み切ったまなざしで…。
傍らで子どもたちが
笑ながらその詩を聴く…。
ホザキナナカマド〈バラ科〉
copyright Maoko Nakamura
野にも森に春がやってきた。
小鳥は嬉しくて旅に出た。
空は青く、風は心地よく
小鳥は春を心行くまで楽しんだ。
すると大きな煙突があり
煙にむせて小鳥は苦しくなった。
小鳥は煙突に聞いた。
「どうして煙を吐いているのですか。
こんなに空が青いのに。
こんなに風が気持ちいいのに。」
煙突は答えた。
「私には灰色の空しか見えません。
私には熱風しか感じることができません。
こらえきれない悲しみを
煙と一緒に吐き出しているのです。
こらえきれない憤りを
煙と一緒に吐き出しているのです。」
小鳥はしばらく煙突に佇んだ。
それから再び旅立った。
小鳥にとって煙は
もうさっきまでの煙ではなくなった。
小鳥はほんの少し
もうさっきまでの小鳥ではなくなった。
ヒマラヤユキノシタ〈ユキノシタ科〉
copyright Maoko Nakamura
ところで
「葉っぱのフレディ」にはいとこがいました。
(あくまでも自称であるが…)
名前は八之助で森に住んでいました。
黄緑色の春が終わり、深緑の夏も過ぎて
秋になると八之助は黄色くなりました。
ちょうどいとこのフレディが木から離れたころ
八之助も木枯らしに吹かれ
色づいた体を地面の上に横たえました。
八之助が周りを見ると
次郎や三郎や四郎や
たくさんの仲間たちが横たわっていました。
八之助が耳を澄ますと
くすくす笑う声が聞こえてきました。
不思議に思っていると
体がむずむずしてきて
八之助もくすくす笑い出してしまいました。
見ると小さな生き物たちが
ぺろぺろと体をなめているではありませんか。
小さな生き物たちは幸せそうで
八之助はますます愉快になってきました。
気がつくと八之助は小さく小さくなっていました。
そして雨と一緒に土の中へと入り込み
地下水に乗って長い長い旅をしました。
ある日
八之助は広くて明るいところに出ました。
海でした。
八之助はなんだか懐かしい気がしました。
そこに森があったからです。
植物プランクトンたちの海の森でした。
八之助は珪藻と結ばれて森の一部となりました。
つづく。
やぶ椿〈ツバキ科〉
copyright Maoko Nakamura