コロナ禍の中、非正規雇用者は2月からの5カ月間で116万人も減少した。だが統計上、失業者は38万人増。職を失った人々はどこに「消えた」のか。AERA 2020年10月12日号が迫った。

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「10月で契約が切れますが、コロナで継続はできません」

 関東地方のホテルに契約社員として勤める男性(57)は9月23日、支配人に呼ばれてこうはっきりと告げられた。

 男性はパン職人として長年、全国を転々としながら働いた。このホテルで働き始めたのは昨年11月。新型コロナの影響で専門外の仕事に回されることもあり、雇い止めを知ったその日は朝からレストランでフレンチトーストを焼いていた。

 当初、給料は手取りで22万円あったが、勤務が減り6月は15万円に。過去の借金の返済もあり9月に食費とガソリン代以外に使えたお金は3万円だった。6本600円強の「第3のビール」は飲むが、たばこはやめた。

 男性にはあらためて総務部門の担当者から説明があった。離職の理由は「特定理由離職者」とする旨を告げられた。やむを得ない事情による自己都合退社──。契約の延長を希望していたにもかかわらずだ。

「コロナが理由の雇い止めにしたくなかったんでしょうね」

 契約終了後、1週間程度でホテルの寮を出て行くように言われている。複数の公的な貸付制度で35万円借り、さらに30万円追加する予定だ。

「稼ごうと思ってこのホテルに来たのに、まさか借金を作って辞めることになるとは……」

 厚生労働省によると、新型コロナが原因で解雇や雇い止めにあった人は、見込みも含めて9月25日現在で6万923人。各地のハローワークなどの情報を端緒に厚労省でまとめており、数字は氷山の一角だろう。

■増え続けた非正規雇用

 労働市場への甚大な影響は、他の公表データからも推察される。非正規雇用者は第2次安倍政権下で増え続け、総務省の労働力調査によれば昨年9月には2200万人超。今年は2月の2159万人をピークに5カ月の間に減っており、7月は2043万人だ。116万人が減少した計算になる。

 この116万人はどこに消えたのか。非正規雇用者だった人の行き先は、(1)正規雇用(2)役員(3)完全失業者・非労働力人口、のいずれかとなる。

 同様に2月と7月で比較すると、完全失業者は38万人増え、その結果完全失業率は2.3%から2.9%へ上がった。一方、役員を含む正規雇用者は32万人増えた。とはいえ、コロナ禍の中で多数の非正規雇用者が正規雇用や役員になったとは考えにくいだろう。また主婦やリタイアしたお年寄りなど、失業率に関与しない非労働力人口は1万人減っていた。

 調査では「休業者」の人数も公表している。仕事はあるが1週間の調査期間中に限り仕事をしなかった人たちで、失業者とは違う。2月の196万人から4月には597万人にまで増え、7月は2月より24万人多い220万人だ。

 こうした数字を踏まえ、116万人の非正規雇用者はどの層へと移ったと考えられるのか。

 東京大学の川田恵介准教授(労働経済学)は「これまでの不況と比べても立場の弱い人が大きな影響を受けている今回のようなコロナ禍では、そのように細かく分析する価値は大きいのですが、公表されているデータのみでは正確に特定することはできません」と言う。

■「非労働力化」の可能性

 そんな中、あくまで推測ではあるが、大蔵(現・財務)省で官僚も務めた一橋大学の野口悠紀雄名誉教授は非労働力人口の動きに注目する。

 今年の2月と7月で、非労働力人口は前述の通り1万人減とほぼ横ばいだった。ただ、非労働力人口はここ数年、年初が多くその後徐々に減る傾向がある。そのため、2月と7月では7月の方が少なくなるのが通常だ。その差は2019年は67万人、18年は85万人、17年は134万人、16年は111万人と7月の方が圧倒的に少ない。

 非正規雇用者数が実数で公表されているため、ここまでは非労働力人口も実数で比較してきたが、こちらは季節的な要因を排除した「季節調整値」も公表されている。季節調整値で見ても近年は7月の方が少なくなっているにもかかわらず、今年は7月のほうが49万人多いという異例の状態となっている。

「これが意味するところは、実数でみると変わらないように見える今年の非労働力人口が、実は例年に比べて大きく増えているということです。116万人の非正規の人たちの多くが、統計上は『非労働力化』したことが考えられます」(野口教授)

 野口教授がさらに関心を寄せるのは、7月現在で220万人いる休業者の層だ。別の統計だが、財務省の法人企業統計調査(4〜6月期)の結果でも企業の人員数が昨年同期比で234万人減っており、野口教授はその多くが休業者になっているとみる。

「この人たちの多くは今、雇用調整助成金を原資とした給料が支払われているはずです。この助成金は永久には続きません。リーマン・ショック後も長く助成を続けたことで労働力の温存が不適切に行われました。医療など労働力が不足している部門への配置転換計画が同時に行われなければなりませんが、今はほとんど議論されていません」

 助成が切れたときにこの層がどうなるかも、注視しておかなければならないだろう。(編集部・小田健司)

※AERA 2020年10月12日号より抜粋