masumiノート

何を書こうかな?
何でも書こう!

幸太の憂鬱(最終話)

2010年08月03日 | 作り話
「あーびっくりした。でも、本当にそんな話、実際に経験してる人が居るんですね」

「僕の知り合いにも何人か居るで」

「え、ホントに? じゃあそれで皆、人生上手く行ってるんですか?」

「上手く行ったヤツも居るし、行かんヤツも居る」

「何だ、じゃあ先祖供養が関係あるか分からないじゃないですか」

「そやな・・・僕が知ってるんは、拝み屋に視てもらって先祖供養したっていう話やねんけどな・・・
でも僕が思うに、先祖供養を通じて自分の気構えが変わるっていうか、それまでの生活を見直したり、自分を省みたりするんちゃう?それが人生を好転させることになるんちゃうかなぁ・・・で、上手く行かんヤツは、それが出来てないっていうか、どこまでも他力本願っつうか・・・」

「ふーん。・・・やっぱり自分自身って事じゃないですか」

「はは、まぁなぁ・・・だけど、ご先祖様がおったから今こうして自分らが存在してるのも事実やデ」

「分かってますよ。ボクこう見えても寝る前にはご先祖様にありがとうって言ってから寝てるんですから」

「へーっ」

「でもご先祖って言っても、ひいおじいちゃんの上の人なんか分からないし、それに例えば、もしボクが大木家を継いだとしてもボクのご先祖様って大木家の人たちだけじゃないでしょ。
ボクがこの世に居るのは、父と母がいたからで、その父にも父と母がいて、あ、でも父の本当の父親は誰か知らないけど・・・そして母にも父と母がいて、その父と母にも又それぞれ父と母が居て・・・って、ずーっと続いていくわけですよ。
だからボクは大木家のご先祖様だけがボクのご先祖じゃ無いと思うし、
・・・だから『○○家の墓』っていうのに拘る方がおかしいと思うんです。」

「うん」

「だからホント、青森のお婆さんのいうことが理解できないです。
先ず、墓に入りたいっていうのが理解できない。
死んだら無になるとしたら墓なんて最初から必要ないし、魂があって意識があるんなら逆に絶対あんな中に入りたくないでしょ。」

「いや、何も墓は死んだ人の為だけのものや無いで・・・残された遺族が哀しみを癒す為のものでもあるんやで」

「え、だって、じゃあ青森のお婆さんが死んだとして、そしたら母は悲しみますよ。そしてお葬式には行きますよね。でもこっちに生活があるんだから帰って来ますよね。でもまだ悲しい。だけど青森は遠いからそんなしょっちゅう墓参りには行けないですよ。お墓があるのに行けないって、逆に辛くないですか?
それだったら最初から墓なんか無くて、写真とか形見のモノを何か持って、それをお墓の代わりにした方が良くないですか?

ボクが青森のお婆さんだったら、自分の娘に死んだ後の墓の面倒みてくれとか、そんな我が儘言わないけどなぁ・・・
自分の子供に面倒掛けさせたく無いと思いますけどねぇ・・・

あ、そうだ。思い出した。」


「?」

「ボクの友達で小学生の時に親が離婚した子が居るんです。で、中学になってからどっちも再婚して、・・・あ、その前に、そいつは父親に引き取られたんだけど、2コ下の弟は母親の方に引き取られたんですよ。
そして両方再婚して、暫くして弟の方が交通事故で亡くなったんです。
お葬式には参列させて貰えたらしいけど、墓参りは多分出来ないと思う・・・」

「・・・難しいなぁ・・・」


「それに、お葬式しないと、とか、戒名が無いと成仏出来ないとか、そんな事無いと思う。
だってそしたら身よりの無いホームレスの人が911のテロみたいなのに巻き込まれて亡くなったとしたら、誰もその存在が死んだ事を知らないワケだから当然お葬式もしてもらえないでしょ。そういう人は成仏出来ないんですか?
そういう人は成仏出来ない、なんて言う人が居たら、それは残酷なことだと思いますよ。そんな残酷な事を言える人は情けの無い人ですよ。
それから、戦争で亡くなった人の遺骨がまだ日本に帰えれて無くて成仏出来てないって言うのも、これから宇宙旅行が出来るような時代が来るんですよ。
宇宙空間で事故が起きて宇宙船から放り出されて死んだら、絶対、日本どころか地球にも帰れませんよ。それも成仏出来ないんですか?」

「おいおい、僕にそんな事言われても・・」

「あ、ごめんなさい。可笑しいな? 何をこんな必死になっているんだ?ボクは・・・」

「やれやれ。ホンマやで」
「・・・でもな、どっかで聞いた事があるんやけど、人は自分の思っている死後の世界の通りになるんやって。だから死んだらお墓に入るって思っている人はお墓に入るし、悪いことしたから地獄に堕ちると思っていたら本当に地獄に堕ちるんやて。」
「だから幸太の言うように『何々やったら成仏出来ない』なんていう考え方は捨てた方が良いかもな・・・千の風になると思って死んで、あの世で自由に飛び回る方が楽しそうやん」

「はい。ホントそう思います」


「ところで、幸太のおじいちゃんとおばあちゃんはそういう事、どう考えてはるん?」

「うん、何かおじいちゃんもおじいちゃんの両親とは絶縁してて、実家の墓には入れてもらえないらしくて、自分たちの間には子供も居ないから、自然葬にして墓は残さないって言ってます。
おじいちゃんもおばあちゃんも、それぞれが形見の品と写真を持つからそれでイイんだって」

「何や、さっきの幸太の話はおじいちゃんとおばあちゃんの受け売りか」

「えへへ、そうかも」

「まあな、別に墓に行かんでも思い出すときが偲ぶときやもんな。逆に墓の前で手を合わせてる時より、夜、布団の中で思い出してる時の方が何となく魂が繋がってるような感じするしな」


「何か、今回のことで父さんも色々考えたみたいで、自分はひいじいちゃんの墓は最後まで面倒見るけど、自分が死んだらおじいちゃんとおばあちゃんのように自然葬にするって言ってました。」
「ボクには墓のことで煩わせたくないって。ひいじいちゃんにはあの世で謝るって言ってました」

「・・・・ま、それでもええと思うで」


「夏休みにアルバイトした工場でも、奥さんと子供さんも居るのに派遣で働いてる人が多かったんですけど、派遣だからボーナスも無いし、毎月ギリギリで生活しているのに、お盆だからって数万円の交通費出して田舎に帰るなんて出来ないって言ってる人が多かったです。もう何年も墓参りなんかしてないって言ってました」

「そうなんや・・・ホンマ、あの派遣なんて考えたヤツ誰やろな?世の中ぐちゃぐちゃやで」

「今、不景気で就職するのも大変なんですよ。就職してもその先まで安泰ってわけでも無いし」

「そうやな」

「だから自営がイイかなって思ったんです。・・・ゆうきさんみたいに」

「おいおい、アホな事言いなや。自営かて厳しいもんやで。
楽な方へ、なんて考えてたら痛い目にあうで。
それに彼女の家、酪農農家言うたな。多分、幸太が想像出来んくらい大変な仕事やで。」

「・・・・」

「まぁ、まだ卒業まで2年あるがな。もし留年したらもっと大学生しとらなあかん話や。幸太、ヤバイんちゃうんか~?」

「大丈夫ですよ!・・・ちょっと数学がヤバイけど・・・」

「ははは、結婚なんて寝言言うとらんと、学生は勉強せなアカンでぇ」

「分かってますよお」

・・・・・
・・・・・


「何か、ごめんなぁ・・・役に立てんで・・・。幸太の父ちゃんと母ちゃん、仲直りしたらええな」

「あ、ボクの方こそ。・・・ごめんなさい、こんな話聞いてもらって。でも何かちょっと楽になりました」

「そうか。ならええねんけど。・・・聞くくらいやったら何時でも聞いたるで」




答えは出なかったけど、人に話すと不思議と気持ちって楽になるんだな

相手がゆうきさんだからかな?


この前の家族会議では、母さんも落ち着いたのか離婚する気は無さそうだったし・・・
この先どうなるか、何一つ決まらなかったけど、まぁいいか。

その時が来たら、物事はどうにか動いて行くんだろう・・・
それまでは・・・・

数学マジ勉強しよっと!




おわり


※ゆうきさんへ
ゆうきさんが葬祭についてどのようなお考えの持ち主か分からないままに勝手に台詞を決めましたが、これは作り話なのでご了承くださいねm(_ _)m

幸太の憂鬱(その5)

2010年08月03日 | 作り話
「それとね・・・ボク・・・まだハッキリ決まったわけじゃ無いけど、卒業したら今の彼女と結婚して宮崎に行くつもりなんですよ」

「えーっ!何や幸太、彼女おったんかいな?!」

「そんな驚かないでくださいよ。ボクにだって彼女くらい居ますって」

「えー、そんだら何で休日にこんなおっさんと一緒に居るん?」

「それは!・・・・ゆうきさんだって奥さん居るのに折角の日曜日に何でこんなガキと一緒に居るんですか?」

「ぷーーーっ!あははははははは!」
ふたりとも顔を見合わして笑った。

「ごめんごめん、そうやな。 彼女も大事やけどセローも大事やもんな」

「そういうことですよ」

「ぷぷぷ、えっと、そんで何やったっけ?」

「卒業したら彼女と結婚して宮崎に行く・・・」

「ああ、そやそや。で、何で宮崎に行くの?」

「彼女、宮崎の酪農農家の一人娘で、『私と結婚したかったら婿養子だよ』って言われているんですよ」
頭を掻きながら答える。

「そうなん?!てか、早くもかかあ天下かい!」

「惚れた弱みです」

「おーおー、ヌケヌケとこいつぅ」
こめかみをグリグリされた。

「痛たたた」

「まあな、若いときって情熱一直線やもんな。僕もそうやったわ」

「だからね、父さんが和歌山のひいおじいちゃんの跡を継いでも、その次が無いんですよ」

「あ、そうか。・・・そうなるわなぁ・・・」

「ボクは家とか墓とか、どっちでもいいって言うか・・・関係ないと思ってるんですけど・・・」
「たまにテレビで、人生が上手く行かないのは先祖供養が出来ていないのが原因だ、とかってやっているけど、あんなの霊感商法の常套手段でしょ。だいたい、供養が足りないからって子孫の足を引っ張るようなご先祖さまなら要らないですよ」



「坊ズ」

突然隣の席のおじさんが立ち上がって声を掛けてきた。

「先祖供養を馬鹿にしたらアカンのンぞ。。」
「ワシはなぁ若い時に事業に失敗してえらい借金作るは、嫁はんに逃げられるは、事故に遭うて大怪我するはで、大変な目におおてのぉ。
そんな時、夢に死んだ婆さんが出てきて、そういえば長いこと墓参りしとらんのを思い出して、墓参りに行ったんじょ。ほしたら、すぐに今の嫁はんと知り合うは、怪我も治るは、仕事も見つかるはで、人生180度変わって順調に行くようになったんじょ。
ほんなふうに世の中には不思議なことがあるもんなんじょ」


「へーっ。凄いですね。本当にそんな事あるんですねぇ」

「ほうよ。ほなけん、先祖供養は大事なんじょ。」

そう言って店を出て行った。


つづく

幸太の憂鬱(その4)

2010年08月02日 | 作り話
ふと顔を上げると、ゆうきさんが何か言いたげにボクを見ている。

「ゆうきさん、ちょっと聞いてもらっていいですか?」

「う、うん。いいで。」

幸太は両親の諍いの事を話した。


暫く沈黙が続いたあと

「幸太の父ちゃんと母ちゃんって仲は良かったんか?」

「え?・・・ ・・・・ ・・・・多分。・・・ケンカしてるとことか見たことないし・・・」

「ふーん。」

又、沈黙。


「幸太の母ちゃんの実家なぁ、青森の。幸太の母ちゃんに帰ってきて面倒みてもらいたいって言うてんのんか?」

「・・それは無いと思う。お手伝いさんも居るし・・・何か、お墓のことを一番心配してるって言ってた。自分が墓に入ったあと面倒みてくれる人がいないとかって、昔、ボクも言われたことがある。」

「墓か。それやったら解決出来るで」

「え、本当に?」

「ああ、お墓の引っ越しや。」

「お墓の引っ越し?」

「ああ、改葬って言うねんけどな。現在既にお墓があって、そこに安置してある遺骨を別のお寺や納骨堂なんかに移すことや。」

「ああ、改葬か。・・・それだったらダメです」

「何で?」

「ゴールデンウィークに帰ったとき、今回はボクも一緒に三人で話をしたんです。父さんが改葬のこと調べて提案したんですけど、青森のおばあさんが今ある墓に入りたいしそれを動かすなんて絶対許さないって聞かないらしいんです」

「我が儘な婆さんやな」

「はい」

「もちろん和歌山の爺さんも、孫の幸太の親父さんに継いでほしいって言うくらいやから、和歌山の墓を動かすのは無理なんやろなぁ?」

「そうです」


「ほんなら永代供養はどないや?」

「青森の墓は、そういうサービス、サービスっていうのか何て言うのか知らないけど、そういうサービスはやってないらしいです」

「あちゃぁ~」


「それにもし永代供養して貰えたとしても、おばあさんはそれも嫌なんだって」

「何でや?」

「どこの誰か知らない他人に線香あげてもらっても嬉しくない、とか・・・」

「はぁ・・・困った婆さんやね」


「それにボクもちょっと調べたんですけど、お寺の倒産とか名義借り霊園とか、永代供養も当てにならないみたいです」
http://blog.goo.ne.jp/m128-i/e/8b894110dd90ccd80a74acbf4a9a1eb3


「ふーーーーっ」
ゆうきさんとボクはふたりして大きな溜息をついた。


つづく



幸太の憂鬱(その3)

2010年08月01日 | 作り話
春休みに帰省したとき夜中に咽喉が渇いて起きたら、リビングから父さんと母さんが言い争っている声が聞こえて来た。


「俺が養子にならない事をお前も承知したじゃ無いか!」

「だって、家がどうとか墓がどうとかなんて、若いときには考えるわけないじゃない!私はただアナタと一緒になりたかった、ただそれだけよ。だから私たちの結婚を認めてくれる条件として『子供をひとり養子縁組にして跡を取らせること』って言われたときも深く考えずにOKしちゃったのよ。」
「だけど私も年を取って老後の事とか考えるようになってきたら、実家の母のことも心配になるし、両親が気に病んでいた先祖供養のことも考えるようになったのよ。それに、昨日も母から電話があって『このままじゃあ、ご先祖様に申し訳ない』って、電話口で泣かれたのよ!」

「だからって、じゃあどうしたいんだ?!俺たちの子供は幸太しか居ないんだぞ。幸太は大木の人間だからな!離婚したって幸太は渡さないぞ!・・・それにどうして?!こんなことになるんなら、あのとき二人目を産んでくれなかったんだ!」

「それは言わない約束よ!・・・私は本当は音楽教師になりたかったのよ。だけど幸太が出来て結婚して・・・・。あなたはバリバリ外で働いて。・・・私は家の中で・・・社会から取り残されていくようで堪らなかったのよ!」

「だからお前が『幸太が入園したのを機にピアノ教室を開きたい』って言ったとき、部屋を防音に改築して協力してやったじゃないか」

「そうよ!順調に生徒も増えて、軌道に乗ってきたところで、それを止められるわけ無いじゃない!」

「・・・・・それにしたって、今になって実家の事が心配だから別れてくれなんて、そんな馬鹿な話があるか!・・・・頼むから考え直してくれ。俺も良い方法が無いか考えるから」


ボクはそっと二階へ上がった。


つづく

幸太の憂鬱(その2)

2010年08月01日 | 作り話
幸太は思い出していた。
春休みに帰省したときの両親の言い争いを・・・


幸太の姓は大木だ。しかし、父方の祖父母の姓は石崎で大木では無い。
高校生になってから知ったんだけど、おじいちゃんは父さんの本当の父親ではなくて、おばあちゃんの再婚相手なんだって。

大木という姓は、おばあちゃんの旧姓で、父さんはおばあちゃんの家の跡を継ぐために大木姓のままにしたらしい。

父さんが継ぐ予定のおばあちゃんの実家は和歌山で、ひいおじいちゃんはもうかなりの高齢だけどまだ元気だ。
とはいえ、少しだけ残っている田んぼはもうずいぶん以前からJAに任せているらしい。
そして、父さんが退職したら和歌山に帰ってきて大木家の跡を継いでほしいと願っている。

父さんは幼稚園の頃まではそこで暮らしていたんだけど、おばあちゃんの再婚で神奈川に引っ越したから、殆ど和歌山の記憶は無いらしい。
それでも「退職後はスローライフも良いなぁ」とか言って、その気はあるみたいなんだけど母さんは大反対だ。

なんでも同窓会で会った友人が、夫が田舎暮らしに憧れて第2の人生をスタートさせたは良いけど、仲介業者に田んぼや畑をするのには農業機械を用意した方が良いとか薦められ、何だかんだで退職金を注ぎ込んだものの思ったほどの収穫はないし、都会と違って田舎の人付き合いは大変だとぼやいていたとかで、
「そんな甘いものじゃ無いし、不便な田舎暮らしなんて私は絶対に嫌よ」って言い張っている。

幸太は溜息を漏らした。
・・・問題はそんなことじゃ無いんだ。

実は母さんも一人っ子で、結婚するときは婿養子云々で大変だったらしい。
結局、父さんと一緒で、子供が出来たらそのうちの誰かに跡を継がせるから、という条件で父さんのところへ嫁に来たんだけど・・・

父さんと母さんの当初の予定では子供は二人以上つくるハズだったらしいけど・・・
ボク、一人っ子なんだよね。。。

母さんの実家は青森で遠いってこともあるんだろうけど、父さんも母さんもあまり行きたがらない。
「跡継ぎはどうなった」とかって責められるのが分かっているからなんだって。

そんな話はボクが中学生の頃にちょこっと聞いていた。


つづく


幸太の憂鬱(その1)

2010年07月31日 | 作り話
※この物語はmasumiさんがある男の子から聞いた愚痴を元にしたフィクションです。
又、幸太の祖父は「請負人 越後屋」の登場人物「石崎」です。
(登場人物は全て架空の人物です)(じゃ無かった(汗)約1名友情出演してもらってます(笑))


・・・ある年の5月下旬の日曜日・・・・


行楽客で賑わう駐車場に2台の単車が停まった。


「幸太、どうかしたんか?何か走り方が変やったで・・・」

エンジンを切って愛車セローから降りたとき、ゆうきさんが声を掛けてきた。

「え。そうですか?・・・何でも無いですよ」

「そうか?ほんならええねんけど、何か後ろから見とったら、所々、心許無い走りかた しとったで~」

言いながら肩をポンと叩いて今日の昼休憩場所の但熊へと歩き出す。

ここの卵かけご飯が今日の昼飯だ。

正面に大きなツキノワグマが見える。
といってもそれは女性専用のトイレなのだが。



その熊のトイレを見ながらゆうきさんがニヤリと笑った。

そう、ボクが熊に襲われそうになったところを、たまたま通りかかったゆうきさんが助けてくれたんだ。



あれは去年の秋の終わり・・・
夏休みに頑張ってアルバイトしたお金で念願のセローを手に入れたボクは兵庫県の鉢伏高原周辺にひとりで出掛けた。
授業の無い日には大学の周辺で慣らし運転をしてはいたけど、遠乗りはその日が始めてで、楽しくてついつい夢中でセローを走らせた。

林道は涼しくて景色も綺麗で調子に乗って山道を登っていくと突然エンジンが止まっちゃって・・・
ガス欠。

マジ?ヤベェと思ってバイクから降りると林の方でゴソゴソと何かが動いた。
「誰か人が居たんだ!ラッキー!」と思ったのも束の間、木陰から顔を出したのが熊だと分かった時、恐怖で固まっちゃった。

暫く睨み合いが続いて・・・って言っても一方的に睨まれていただけなんだけど・・・
もうダメかもと思ったとき、後方からカンカンカンカンって金属を叩くような音がして、その音に驚いた熊は林の奥へ逃げて行った。



「あんなチビすけの熊にビビッてんだからなぁ」 
ゆうきさんがケラケラ笑う。

「何言ってんですか!こおーんな大きな熊でしたよ」 
腕を広げてみせる。

あの時の話でいつもからかわれてしまうんだ。

でもあのあと、ゆうきさんの愛車もセローだったこともあり意気投合して、ツーリングの心得とか色々教えてもらって、こうしてたまにだけど一緒に走るようになった。

前回のゆうきさんとのツーリングの時、
「長時間のツーリングはお尻が痛くなるから、それを防ぐ為にコレ作ったんや。幸太の分も作って来たったで~」と言って、エアーキャップをお尻の形にカットしたヤツを持って来てくれたんだけど・・・



役に立ったかどうか?・・・想像にお任せします。



「セローの弁当箱持ってきたか?」

「はい」

ゆうきさんに教えられてガソリン携行缶も用意してある。
あの時、ゆうきさんが携行缶をカンカン鳴らしてクマを追い払ってくれたんだ。

「よーし、食うぞー」

大盛りご飯に卵を2コ割り入れ醤油を垂らしてかき混ぜる。
たまごと醤油の良い匂いがしてきてお腹がグーって鳴った。

「ハハハ、そんなにお腹空いとったんか?ここは僕が奢ってやるから遠慮せんと腹一杯食べたらええよ」

暫く二人とも無言で卵掛けご飯を掻き込んだ。
ゆうきさんに勧められておかわりしたらゲップが出て、又ゆうきさんに笑われちゃった。

でも、ゆうきさんと居ると何だかほっとする。



「ゆうきさん、ゆうきさんの家ってお墓とかあるんですか?」

「何や、イキナリ。そらあるで。何たって7代続いた由緒ある家系や」

「へーっ・・・凄いんですね」

「凄いんかどうか知らんけど。・・・それがどないしてん?」

「・・・・ゆうきさんがそのお墓参りとかしてるんでしょ?」

「そうやで」

「お寺の付き合いっていうか、お墓の管理とかも?」

「一応な」

「ゆうきさんって子供さん居ましたっけ?」

「おるで、幸太よりちょっと年下の女の子や」

「ふーん、じゃあ、その子が結婚するときは養子さん取るんですか?」

「そやなぁ・・・そら、そうしてほしいけど、こればっかりは相手のあることやしなぁ・・・。てか、何でそんなこと聞くねん?」

「え。・・・何でも無いです。ちょっと聞いてみただけ・・・」

「変なやっちゃな」


※画像はゆうきさんのブログ「セローとぶらり」より拝借しました。
ゆうきさん、ありがとう(^^)/


つづく


請負人 越後屋 №35 最終回

2010年06月12日 | 作り話
「難しい話をしているところを、ごめんなさいね。でも、この世の中、そんな悲観的なことばかりでもないんじゃないかしら?」

明子が話し出した。

「先日、お友達に誘われて静岡の伊東温泉に行って来たのよ。
そうしたらそこにすっごく可愛らしいピンクのお店があってね・・・お店の前には綺麗なお花がいっぱい飾ってあったわ。
オーナーさんもステキな女性で、キャンドルアーティストでもあるらしいわ。

・・・何のお店だと思う?」

「さあ・・・?」
首を傾げる男達

「それがね、ガソリンスタンドだったのよ!」

「えっ?ピンクの???」

「でしょ?そんなガソリンスタンド見たことないでしょ」

「もう本当に素敵だったわよ!ガソリンスタンドの固定観念を見事に覆されたわ。
それにそのお店もお父さまの意思を継いで、純正油100%でやってるとおっしゃていたわよ。
正志はそういうお店は業転に手を出してるって色眼鏡で見るけど、幸太の話の石玉石油さんといい、頑張っているお店もまだまだあるのよ。

確かに周辺のお店より値段は高いかも知れないけど、強引なセールスが無いなら、その方がお母さんには安心だわ。
だってやっぱり、いつも利用しているお店の人に勧められたら断りにくくて本当は要らないものでも買っちゃうような所が、お母さんだけでなく多くの人にはあるもの」

「そうだよね!」と幸太の声


「男性社会って競争競争で、やれ勝ち組だ、負け組だなんてやっているけど、それっていつまで経っても終わりが無いんじゃないかしら?
本当は、もう世の中にはそれに気がついている人も沢山居ると思うんだけどね・・・

そのお店の方がおっしゃって言たけど、彼女は戦わない経営を目指しているそうよ」



「石玉石油のお姉さんも共存共栄って言っていたよ」
幸太も加勢する。

「その地域の中で棲み分けすることが大事なんだって。田舎ってこともあるのかも知れないけど、それぞれのお店が成り立つように、他業種の商品を“無理に”売ることはしない方がいいんだ、って。
あ、これ先輩から聞いた話だけどね」

「そうよね。
今は郊外に大きなお店が出来て、そこへ行けば何でも揃うけど・・・
車を持たなくなったらどこで買い物すればいいのかしらね・・・
便利になったと思っていたけど、実は不便になっていたのかもね・・・

そうそう、ところで元売が新しく作るお店ってどうしてセルフばかりなの?
フルのお店も作ってくれればいいのに」

「フルは効率が悪いんだよ。他業種の参入で今じゃガソリンはスーパーの客寄せ卵だよ。
利益が無いのに、窓拭きや灰皿清掃なんてやってられないよ。
それに、もし灰皿を落として割ったりしたら弁償しなきゃいけないし、そんな割に合わない事はしてられないよ。

利益は油外で稼がなきゃいけないんだから、その為にはセルフにして、油は自分で入れてもらうしかないのさ」

「利益は油外で、って、だから強引なセールスをしなきゃいけなくなるのね。莫大な設備投資をしてメインの商品を客寄せにするなんて、それこそ割に合わないじゃないの。それに、それなら尚更だわ」

「何が?」

「母さんだって若いときはガソリンスタンドで働いていたから、給油することは何でもないのよ。
でも、機械操作・・・。
今まで利用していたセルフのお店が先月閉鎖しちゃってね。最近セルフでも閉鎖が増えているみたいね・・・
仕方が無いから、スーパーに併設されているセルフに行ったら、あれ、お店によって機械が違うのね・・・
年を取ると教えてもらっても中々覚えられないし・・・
月に1度くらいしか利用しないから、次に行った時にはもう忘れちゃってて、又お店の人を呼んで聞かなきゃいけないのよね
それに考えてみたら、母さんの車の給油なんて20リッターもいかないじゃない、フルとの差額を考えたら100円もしないのよね・・・

窓拭きとか何もしてくれなくて良いから、給油だけしてほしいって思う人、母さんだけじゃないと思うわ。」

「確かにそういう人も居るだろうけど、まだまだ需要は少ないだろう。採算の合わない事はしないよ」

「そうなのよね、大きな企業って表向きは“消費者第一主義”みたいな良い格好を言っているけど、結局は儲け主義なのよ」

「そりゃあ、そうだろう。利益を出さなきゃ存続していかないじゃないか」

「だからね、正志、元売はもっと既存の販売店のことを大切にしてほしいのよ。
販売店の7割が赤字だなんて、そんな小売業は他に無いでしょう。
世界はつながっている、世の中は循環だからみんなが幸せでなければ誰も幸せにはなれないのよ。

地下タンクの補助だって、国だけに任せてないで、系列で100%正規ルートでの仕入れを続けてくれている販売店に対しては元売からも費用を提供するくらいの事をしてあげても良いんじゃないかしら?

それが、今まで元売に代わってガソリンを売ってくれていた販売店への労いになるし、何より漏洩によってブランドマークにキズが付くんじゃないかっていう心配も無くなるわよ。

過疎地問題の解決にもなるし、元売の株もグンと上がるはずよ。そう思わない?」


「本当だね!それは良いアイデアだ!」
「おばあちゃん、アッタマイイ~!」

石崎と幸太が大きな拍手をした。



おわり



お読みくださいまして有難うございました。
「ガソリンスタンド」のカテゴリーに「請負人 越後屋の資料的な記事」もいくつかアップしておりますので、そちらもご一読くだされば幸いです。



※この物語はmasumiさんの被害妄想に基づくフィクションです(^^;
実在の人物及び団体とは一切関係ございません。

尚、加筆修正及びキャラの変更等もあるやも知れませぬことをお断り申しておきまする(^^;


請負人 越後屋 №34

2010年06月12日 | 作り話
「幸太、まだ食べる?」

「あ、おばあちゃん、ありがと。じゃあ、あと一枚、イベリコ豚で」


石崎が尋ねた。
「正志くん、仕切り方式が、新・新になってどうだい?」

「まだ始まったばかりだから、何とも・・・」

「しかし、元売の販売店に対する方針っていうのは変わらないのかな?」

「どういう意味?」

「いや、私はもう淘汰は充分されたと思うんだが、今後地下タンクの規制が強化されるに伴い、更に閉鎖が進むと予想されているだろう・・・
今でも既にガソリンスタンド過疎地が問題になっているのに、消防法が施行されて同時期に多くの販売店が閉鎖という事になったら、世間は困るんじゃないかな?」

「お父さん、漏洩される方がもっと困りますよ。しかもそれがうちの系列だったりしたら又ブランドマークに傷が付いてしまう」

「それなんだがね・・・元売がここまで大きく成長できたのは販売店があっての事じゃないか。しかも店を維持するための設備投資が出来ないくらい疲弊させてしまったのは、元売にも大きな責任があると思うんだけどね・・・」

「責任?そんなもの販売店の自己責任ですよ!」

「・・・それにね、差別対価にしろ、業転価格にしろ、ガソリンの単価の半分近くが税金だよ。例えば一冊100円のノートなんかだと税金は消費税の5円だけだが、ガソリンの場合は60円近くが税金なんだ。」

「だから?」

「だから、そんな普通の商品とは違う、殆ど税金という商品の卸価格や販売価格に差があるっていうのはおかしいんじゃないのかな?
・ ・・そうだ、・・・タバコ。 
タバコ税も大きな税収のひとつだろう?
タバコ店の出店には今でも規制があるし、値段も全国一律どこでも同じだ。
言ってみればたばこの販売店は保護されているとも言える。

ガソリンスタンドは、生活に密着しているし、物流や製造といった経済面でも社会貢献度が高く、税収の面からいっても大きな存在だよ。
国も元売も、何故そういう面を考慮しないんだろうか?」

「お父さん、タバコは今では民営化されて日本たばこ産業、JTになったけど、元々は日本専売公社で国営だったでしょ。
石油は最初から民営というか自由競争で、途中から通産省が入ってきて規制し始めたんじゃなかったっけ?・・・
始まりが違うんだよ。
それにタスポが導入されてからは販売店が保護されているとは言えなくなったんじゃないかな?」

「そうか・・・しかし価格が統一されているかいないかでは大変な違いだよ。
・・・石油は完全自由化されたけど、販売店だけは相変らず消防法でがんじがらめにされている。
何と言うか時代の流れと法改正の狭間で、販売店だけが取り残されてしまったのかも知れないね・・・」


つづく





※この物語はmasumiさんの被害妄想に基づくフィクションです(^^;
実在の人物及び団体とは一切関係ございません。

尚、加筆修正及びキャラの変更等もあるやも知れませぬことをお断り申しておきまする(^^;

請負人 越後屋 №33

2010年06月12日 | 作り話
幸太が、石玉石油を気に入ったのはあの出来事があってからだ。

大学に、親が社長なのを鼻に掛けている嫌な同級生が居て、いつも2,3人の取り巻きを連れている。

そいつらと石玉石油で一緒になったとき、取り巻きのひとりに向かって「お前も燃料入れろよ。ほらおっさんが後ろから来たぞ。あいつに声かけて入れさせろ」って言った。

そうしたら、そいつのバイクに給油していたお姉さんが「何や?!ボクも入れて欲しいの?ならこっちへおいで!そしてキミはもう入れ終わったからそっちへどいて!!」ってきつい口調で言った。

偉そうにしていたあいつらがキミとかボクとか言われて、ポカンと言われるままに動いているのを見て、もうボクは心の中で笑いが止まらなかったよ。

その時、「まったく、ガキんちょが偉そうに」ってお姉さんが小声で言ったのが聞こえちゃったんだ。
目が合って、お姉さんは決まり悪そうにペロッて舌を出した。

その後、ボクも給油してもらったんだけど、ボクには丁寧に接客してくれた。

それにおじさんも話してみると面白い人だったし、先輩の話を聞いてからは特にこの店はイイナって思ったんだ。


あれから、あいつらは広域業者の店に行ってるみたいだけど、相変わらず自分の親のような年齢のスタッフにも偉そうにしているらしい。
これは他の同級生に聞いた・・・
雇われている人は接客マニュアルに従わなきゃいけないし、クレームなんか付けられたら評価に関わる、とか考えるだろうから・・・
あんな自分の子供みたいな年の、しかも態度の悪い人間に、いくらお客さんだからってペコペコしなきゃいけないのは嫌だろうな・・・

だけど、あの店のレシート、未だに税別表示なんだよな・・・
(安いと思ってそこで給油してたのに、石玉石油と変わらなかった)って同級生の子がぼやいていた。

父さんは、「古い店はもうダメだ」なんて言うけど、結構繁盛しているし、あそこのお客さんって何だか幸せそうなんだよね・・・

幸太はお好み焼きを頬張りながら、心の中でそんなことを考えていた。


つづく



※この物語はmasumiさんの被害妄想に基づくフィクションです(^^;
実在の人物及び団体とは一切関係ございません。

尚、加筆修正及びキャラの変更等もあるやも知れませぬことをお断り申しておきまする(^^;

お詫び

2010年06月11日 | 作り話
>石玉石油のお姉さんがチョー美人なんだ。モデルさんみたいにスタイルもバツグンなんだよ


ここを読んで吹き出した方、いらっしゃいますか?
或いは、想像が膨らんで憧れた?
ナンチャッテ(汗)


実際の私は

http://blog.goo.ne.jp/m128-i/e/ad2a1633b82bbded0c48bf43a3904cf4

こんな感じでございやす(;^◇^;)ゝえへへ



謹んでお詫び申し上げますm(_ _)m

(;^◇^;)ゝえへへ


請負人 越後屋 №32

2010年06月11日 | 作り話
「それはそうと幸太、何で渡してあるカードを使わないんだ?」
正志が尋ねる。

「だって、あのカードを使えるガソリンスタンドは街の方にしかなくて、逆方向になるんだよ」

「じゃあ、どこで入れているんだ?」

「ん・・・石玉石油・・・」

「え?!石玉石油ってお前が4月に初めて行って、文句を言ってた店じゃないのか?」

「文句って?」と明子が訊く。

「ああ、何でも幸太の友人が1リッターと注文したらそこの主人に『アカン!』と言われて無理やり2リッター給油にされたそうなんだ」

「あら、まあ」

「信じられないだろう?しかも客に向かってアカンなんて、言葉遣いもなっていない」
「よく本社にもそういった接客態度に関してのクレームが入ってくるんだ。消費者は元売マークを見て、その店は元売の店だと思っているからね。・・・全く、そういう昔ながらの個人経営の店はブランドマークに泥を塗るだけの存在だから本当に早く閉鎖してほしいもんだよ」

「泥を塗るだけなんて・・・そんなこと言うものじゃないわ。あなたのおじいちゃんだってそういうお店をやっていたんじゃないの!」

「・・・・」

「そうだよ。ボクも最初はびっくりしたんだけど、何回か行くうちに結構感じ良い店だなって思うようになったよ。それにひいおじいちゃんの店を思い出して、何か懐かしいし」

「しかし、そこら辺の古臭いスタンドなんか、どんな油が入っているか分からんぞ」

「確かに石玉石油はお父さんが嫌いな古くて狭くて汚い個人経営の店だけど、お父さんが思っているような業転とか、他にも不正はしていないよ」

「何で分かるんだ?」

「今のバイト先に、前にそこでバイトしていた2才年上の先輩が居て、その先輩から聞いたことだから間違いないよ。それにその先輩はお父さんのカードを使えるセルフでもバイトしていたらしいんだけど、話を聞いていると結構そっちの方がヤバイみたいだよ」

「ヤバイって何がだ?」

「もちろん燃料は正規ルートだけど、先輩が言うにはノルマが厳しくて、取りあえず何も知らなさそうなお年寄りや主婦には点検しますとか言って全然大丈夫なタイヤとかバッテリーを、もうダメですって言って勧めるんだって」

「まさか!」

「だって、この前だって、ワイパーキャンペーンの表彰式に父さん行ったよね? 1位の販売店はひと月の間にワイパーを何千本も売ったとか。そんなにタイミング良くみんなのワイパーが悪くなってるわけ?それとも、それまでは悪くなっててもキャンペーンの為にほったらかしにしてたとか?」

「それは、たまたまだろ・・・」

「何とかキャンペーンとかある度に、現場は結構無理するみたいだよ。それに第一、ワイパーとかタイヤなんて悪くなったら交換するものでしょ?洗車なら分かるけど、そんなものキャンペーン期間を設けて集中的に売るってこと自体、ボクには不思議だよ」

「キャンペーンには士気を高める効果があるんだ。それに消費者だって少しでも割り引きしてもらえると嬉しいじゃないか?」

「だから、本当に必要な時期に丁度それが当たれば良いけど、実際は先輩の話によると悪くもないのにもうダメですなんて言って売ってるって事だよ」

「そんな話、私は信じないな」

「別に父さんが信じないならそれでも構わないけど」

険悪な雰囲気を変えようと明子が口を挟む
「それで、先輩の話ではその石玉石油ってお店は強引なセールスはしないのね?」


「うん。油外はおまけなんだって。それに石玉石油のお姉さんがチョー美人なんだ。モデルさんみたいにスタイルもバツグンなんだよ」

「何だ、幸太、色気づいたのか?」

「そんなんじゃないよ。それにお姉さんって言ったけど、多分、アカンって言ったおじさんの奥さんだと思うし」

「はっはっ、お前のような年頃には多いんだ。人妻に憧れること」

「だから、そんなんじゃないってば!」
(ボクにはちゃんと他に好きな子がいるし・・・)

大人たちがひとしきり笑った。



つづく





※この物語はmasumiさんの被害妄想に基づくフィクションです(^^;
実在の人物及び団体とは一切関係ございません。

尚、加筆修正及びキャラの変更等もあるやも知れませぬことをお断り申しておきまする(^^;

請負人 越後屋 №31

2010年06月10日 | 作り話
今日は朝から明子が張り切って料理を作っている。
正志が幸太を連れてやってくるからだ。

「幸太ももう大学生だものね。ちょっとやそっとの量じゃ足りないわよね」
鼻歌を歌いながら、これでもかというくらいキャベツを線切りにしていく。


「幸太も正志も私のお好み焼きが大好物だから、いっぱい焼いてあげなくちゃ」

それにしても凄い量で石崎は苦笑いだ。


「ただいまー」正志の声がした。
「こんにちはー」後ろから幸太。

「お帰り、幸太もいらっしゃい」
「まり子さんはやっぱり急がしいの?」

「ああ、ごめんよ。宜しく言っておいてくれってさ」

「でもピアノ教室の生徒さんもこの不景気で減ったとか言ってなかった?」

「うん、まあね。だけどママさんコーラスの指導もしているし今度合同で発表会をやるらしいんだ、その準備で抜けられないんだって」

「そう、なら仕方ないわね・・・帰ったら私がまり子さんにも会いたがっていたって伝えておいてね」

「ああ」


「幸太、大学はどうだい?」

「どうって何が? ・・おじいちゃん、そんな抽象的な質問じゃあ、訊かれた方は困るんだよ」

「(コホンと咳払い) すまん。うーん、じゃあ、勉強には付いていけてるかい?」

「大丈夫だよ。ゼミの教授も楽しい人だし」

「お友達は出来たの?」 と明子

「うん、何人かはね。それにバイト先にも仲間が居るし、楽しくやってるよ」

「そう、良かったわ」

「だけど、田舎でさぁ、周りに何も無いんだよ。学校へ行くにもバスも通っていないんだから」

「えー、じゃあ、どうやって通っているの?」

「殆どの子が原チャ、ボクもだけど、バイトのお金が貯まったらセローっていうバイクを買おうと思っている。おかわり」

「あ、はいはい。 じゃあ事故には気をつけなきゃね」

「あ、次は明太子にして。味ポンで食べるから。それの次は海老ね」

「了解」


「母さん、この肉、美味しいね、何の肉?」

「あ、それ?お友達に教えてもらって買ってみたんだけど美味しいでしょ。スペインのイベリコ豚。鶏で言ったら地鶏みたいなものかしら、放し飼いでドングリの実を食べて育つから、オレイン酸をたっぷり含んでいて美容と健康に良いらしいのよ」

「へーっ、そうなんだ。 うん、美味しいね。次のもこれで焼いて」


「私の好きな宮崎牛は買わなかったのかい?」

「あぁ、あなた、ごめんなさいね。今、口蹄疫で大変な騒ぎになっているでしょ・・・『当店では宮崎県産の牛豚は販売していないので安心してお買い物をしてください』なんて張り紙がしてあったのよ」

「それって風評被害だよね。感染した肉を食べても人間にはうつらないのに。」と幸太が鼻白んだ。

「そうよね、私も宮崎県産のものを買うことで宮崎の方たちの応援をしようと思っていたんだけど・・・」

「流石、ぼくのおばあちゃんだね。昨日、ゼミの友達から電話があったんだけど、その子の実家は宮崎の畜産農家なんだ。幸いその地域ではまだ感染は確認されていないんだけど、それでも卸値を買い叩かれているらしいよ。」

「まぁ・・・酷い話ね。そういう時こそ思いやりの気持ちをみんなが持たなきゃいけないのに・・・」

「うん、だいぶ落ち込んでいたよ・・・」

「早く治まれば良いわね」


つづく




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請負人 越後屋 №30

2010年06月10日 | 作り話
ふたりでアイスクリームを食べて、「そろそろ帰ろうか」と歩き出した。

「しかし、最大手の太陽光線グルグル石油とJAMOが合併するようだし、これから石油業界はどうなっていくんだろうね」

「そうですね・・・でももう私には興味がありません」

「はは、それもそうだね」

「だけど石崎さん、石崎さんは業転についてどうお考えなんですか?」

「え?」

「10年前、石崎さんがシガレットケースを渡された販売店、覚えていらっしゃいますか?」

「・・・・・ああ、覚えていますよ」

「実は私がよく利用しているお店なんです」

「え?そうなの?」

「ええ、あの店の奥さんとは気が合って、仲良くさせてもらってるんですよ」

「ああ、感じの良い方だったね」

「だから、販売店潰しの役が回ってきたときは正直悩みました。でも組織の中で働くって自分の意志はどうにもならないでしょ」

「ウム」

「だから、奥さんに言ってあげたんです。業転を取りなさいって。そして店を閉めるときまでしっかりお金を貯めておくようにって。」

「そう」

「最初は躊躇されていたけど、すぐにそうしなければやっていけないって分かったみたい。それでも元売から看板を剥奪されると元売発券カードのお客さんを逃がすことになるからって、手数料が例え5円でも無いよりはマシだって心配するから、ここの店の数量は知れているから、元売にしたら裁判費用の方が惜しいわよ、もし何か言って来てもポーズでしか無いから無視しておけば大丈夫だからって・・」

「その通りだね」

「ふふ、今も元売のマーク掲げているけど月に1車分しか系列ものは取らずに、あとは業転を取って細々とやっているわ」

「しかし、それでは元売がバカをみることになるね」

「そうですね、あの発券店値付けの全国流通元売カードの使用分は元売の請求書から相殺するんですものね、他社(業転)の分を相殺してあげてることになるんですものね」

「そうだよ」

「だけど、それは元売側の身勝手な理屈よね。業転の出所はどこなのよ・・・」

「・・・」

「ごめんなさい。石崎さんを責めているわけじゃないわ」

「分かっていますよ」

「それから、私の初恋の男性なんだけど、その人も三重県にあるガソリンスタンドの2代目でね。あ、でも私の片思いだったから彼には奥さんもお嬢さんもいらっしゃるのだけど・・・その彼にも業転を取るようにアドバイスしてあげようと思って訪ねたら、・・流石私が目を付けた男だけの事はあるって言うか、先見の明があったのね。元売の求めるモデルケースのように店を改造してね、元売の求めるって分かりますよね?カードクターを常駐させている敷地面積の広い新設セルフ。仕切りも価格交渉によってかなり安値を勝ち取っていたわ。経営手腕にも優れていたから、あの厳しい淘汰の波の中でも不正を行わずに信じられない程の経常利益を上げていたわ」

「ほう、それは大したものだね」

「ええ、流石私の初恋の人って感じ。だけど、第二の人生は後進国の子供たちの為に働くんだって、店の権利を譲ることにしたらしいわ。ここでも流石私の初恋の人って感じ」

「素晴らしい男性だね」
誇らしげに語る三沢を微笑ましく見つめた。

「そうよ。・・・それから特約店にも色々あるわよね。」

「うん?」

「元売と同じように自分だけがカワイイ、販売店から搾取することしか頭に無いようなところと、自分が泥を被っても販売店を守る、そのためには元売との契約違反になっても業転玉を販売店に融通させてあげるところとか」

「・・・そうだね。しかし又、特約店によってマージンにかなり差があるようだよ」

「そうみたいですね、大企業ほど自分の身を持たせる為にマージンが必要みたい。特約店に4円ものマージンを取られたら、それで無くても系列の販売店は不利なのにたまったもんじゃないわ。方や1円程のマージンしか取らない特約店もあるのにね」

「会社の規模が大きいほど必要経費も掛かるからね・・・」

「だけど、それにしたってFAXを送るだけで4円は無いんじゃないかしら」

「そうだね」


「それからね、系列で業転を取っていない販売店が偉そうに企業倫理がどうとかって言うでしょう?私に言わせれば、たまたま条件的に業転を取らないでもやっていけたっていう、単に運が良かったっていうか恵まれていただけの事じゃないかしら。・・・生きるか死ぬかってなったとき、そんなきれい事だけじゃ済まないと思うわ。泥を喰らってでも生き延びようとするのが本当なんじゃないかって、・・・」

「うーん・・・どうだろうね、生きるか死ぬかの基準もそれぞれだからね・・・。自己資金の持ち出しが許せなくて業転に走る人間と、自己資金を食い潰してでも業転に手を出さない人間と・・・まあ、確かに自己資金を食い潰しても続けられているって言うことはまだ恵まれているってことなのかな?これから地下タンクの規制が強化されそうだし、そういう所もこれからどこまで持ちこたえられるかだね・・・」


つづく




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請負人 越後屋 №29

2010年06月10日 | 作り話
「そうだ、今日は何か特別な用でもあったのかな?」

ベンチにハンカチを敷いてやりながら腰を降ろす。
頭を下げながら三沢も隣に腰掛けた。

「ええ、・・・驚かないでくださいね。・・・実は石崎さんと私は血の繋がりがあるようなんです」

「?・・・どういうこと?」

「もう随分以前になりますけど、石崎さんのお母様が養女で、お母様の本当の郷は大阪の河内地方で苗字は◎◎だって話して下さったことがあったでしょう?」

そういえば、何故そんな話をしたのか分からないが確かに三沢に話したことがある。

「私、河内のの◎◎って聞いて、もしや?!と思って色々調べてみたんです。・・実は私の実母も養女で同じように河内の◎◎から出されているんです」

「・・・・・」

「随分と昔のことになるので調べるのが大変だったんですけど・・・」

「・・・・・」

「飲み込めませんか?」

「あ、あぁ済まない。ちょっと考えさせてくれないか」


「そうか、母親同士が同族ってことなんだね」

こくん、と頷く三沢
「血縁関係までは分かりませんでしたけど・・・」

母の郷で過ごした幼い頃、銭湯で出会った両性具有者、それを当然のことのように接していた村の人たち。
だから三沢が両性具有者だと分かったとき、特に驚きもしなかった。

「私、始めて石崎さんとお会いしたときに不思議な気分になったんです。何故か分からないけど懐かしいような・・・どう言えばいいのかしら、何となく安心できるっていうか・・・。ごめんなさい、不躾なお願いだと分かっているんですけど・・・」

「何だい?」

「これからもこんな風に会って頂けますか?・・・あ、そんなんじゃないんです。私、身内と呼べる人が誰も居なくて、・・・だから親戚のお兄さんみたいな感じで・・・これから何かの時には相談に乗って頂きたいな・・・なんて、でも今まで嫌なとこいっぱい見せちゃったから・・・ご迷惑ですか?」

「そんなことはないよ。ただあの頃の私は君の目には不甲斐ない男に映っているとばかり思っていたからね・・・そうだ、今度妻にも紹介するよ。一度うちにご飯を食べに来ればいい」

「え?本当に?」

「ああ、近いうちに招待するよ」

「ありがとうございます」

つづく




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請負人 越後屋 №28

2010年06月10日 | 作り話
三沢からの年賀状には、越後屋グループの介護部門へ移動が決まったと書いてあった。

夏も盛りの7月の終わり、その三沢から会いたいと連絡があり指定された千葉県の麻綿原高原まで出掛けた。

高原一帯に咲き乱れた季節外れの紫陽花が、しばし暑さを忘れさせてくれる。
三沢は、サブリナパンツに半そでカットソーと、ボレロ風のノーカラージャケットという出で立ちで現れた。
ショートヘアだった髪を伸ばして今はポニーテールにしている。

「お元気でしたか?」と声を掛けると私の姿を認めてにっこりと微笑んだ。
化粧をしていない顔は実年齢より幼く見える。

「石崎さんもお元気そう」

この10年色々あったがそれも今となっては全てが懐かしいものだ。

「介護の方へ変わられたとありましたが、新しいお仕事にはもう慣れましたか?」

「ええ、収入も減って仲間内では左遷された哀れなやつと思われていますが、介護部門は越後屋の中ではまっとうな仕事ですから、私自身は今の仕事の方が性に合っているようです」

「そうですか、それなら良かった」

この時まだ三沢は気付いていなかった。介護部門への異動は左遷ではなく栄転であったことを。
この後、政府は第3の道として福祉関係へ財源を回すことを予定していたのだ。


「石崎さんはお身体の方は如何ですか?」

「ああ、ありがとう。どうやら私もあの頃の仕事が性に合っていなかったのかな?辞めてからすっかり調子が良くなったよ」

二人は顔を見合わせて笑った。

「それで、今は何かお仕事はされているんですか?」

「いや、近所の小学校で週に1度昔の遊びを教えたりするボランティアをしているくらいかな。あ、あとは山登りを始めたよ」

「山登りですか?」

「はは。まあ、ハイキングに毛の生えた程度のものだがね」

「でもそういう趣味を持つ事は健康の為にも良いことですわ」

「妻も一緒だからね、これで熟年離婚も避けられるだろうと思ってね」

「仲良しのご夫婦が離婚だなんて、何をおっしゃいますことやら」

「ははは」

「ところでお孫さんはもう大学生になられたのですよね?」

「ああ、幸太かい?そうだよ。関西の大学だから下宿生だ。今、夏休みで帰省していて、来週うちに遊びに来る予定だよ。私のことを『じいちゃんはいいなあボクも早く憧れの年金暮らしになりたいや』なんて言ってるよ」

「あらあら、まだ親のすねを齧っている身分で、もうそんなことを?」

「はは、まったく」

「けれども、幸太くんが年金を受け取るころ、年金制度はどうなっているのかしら?・・・・そうだわ、石崎さん、幸太くんには、この先、もし国が戦争へと向かうような事があったら絶対反対しなきゃいけないって伝えておいてくださいね。先の戦争で混乱に紛れて社会保険制度が機能しなくなったのと同じように、もし戦争になったら憧れの年金生活が送れなくなるよって。
・・・これは仲間から聞いた話なんですけど、財源不足でこのままでは年金制度が破綻しそうだから、もしかしたら戦争を起こすように国民が誘導されるかも知れないって・・・いくらなんでも、まさかとは思うのですけど・・・」

「いくらなんでもそれは無いだろう・・・・しかし戦争だけは絶対に許してはならないと私も思うよ」

六即門をくぐって天拝園の頂上に着いたとき一陣の風がふいた。


つづく






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