5月中旬以降、米WTI原油先物価格は1バレル=45ドルから50ドルの間で推移してきたが、ここに来て下落傾向が顕著になってきている。7月26日のWTI原油先物価格は3カ月ぶりに同42ドル台に下落した。

 市場関係者の嫌気を誘った直接の原因は、米国の石油リグ(掘削装置)稼働数が4週連続で増加したことだ。ただしシェールオイルの生産量は減少を続けたままである。原油市場で弱気ムードが支配している真の理由は、ドライビングシーズンの真っ最中なのに米国のガソリン在庫が4月以来の高水準になっているからだ。夏の最盛期としては少なくとも10年ぶりの高水準にある。

 筆者は以前のコラム(「原油価格が下落し始めた本当の理由」)で昨年と同様に米国でガソリン在庫が増加する兆しが出ていることを指摘したが、この認識が市場関係者の間に広く浸透したようだ。

中国のガソリン在庫が記録的な水準に

 米国ではガソリン需要も石油需要全体も堅調である。6月の石油需要量は日量2014万バレルと前年比2.8%増だった。8カ月連続の増加となり、石油需要量は2008年1月以来日量2000万バレルの大台を超えた。

 それにもかかわらず、なぜガソリン在庫が積み上がっているのか。最大の理由は、海外からのガソリン輸入が急増しているからである。

 7月14日付日本経済新聞は、米国の東海岸でタンクの容量が一杯となり、ガソリンを積んだタンカーが港に入れない状態を伝えている。東海岸の6月のガソリン在庫は史上最高水準の7000万バレル超えとなり、米国全体では2.4億バレルと高水準である。ガソリン価格も1ガロン=2.5ドル以下と低迷している(例年は3ドル前後)。


米金融ニュースサイトの「Zero Hedge」は「タンカーが1週間以上荷揚げできないのが当たり前になっている。そのため、ニューヨークでの荷揚げを諦めてフロリダやメキシコ湾へ向かったタンカーも出始めている。世界各地からタンカーが押し寄せているが、中でも欧州からのタンカーが多い」と報じている。

 6月の欧州のガソリン在庫は、例年より1000万バレル多い約1億バレルと過去最高になっている。Zero Hedgeによると、中国から欧州市場へのガソリン輸出が急増していることがその要因だという。

 中国の今年上期のガソリン消費量は前年比13.7%増と堅調だが、今年のガソリン生産量はガソリン消費量を9%上回っているため、国内のガソリン在庫は記録的な水準に達している(5月末時点で783万トン)。

 中国国家統計局によれば、中国のガソリン生産の前年比増加は16カ月連続となっている(6月には前年比8.7%増の1101万トンで過去最高を更新した)。世界一となった自動車市場の需要拡大を見込んで、精製業者がディ−ゼルからガソリンに生産をシフトしている結果だ。

 中国でその先頭を走っているのが独立系製油所(茶壺、以下「ティ−ポット」、本コラム「原油市場で注目を集める中国の『ティーポット』」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47052 を参照)である。ティーポットは既にガソリンをディスカント価格で輸出し始めており、3年以内にガソリン生産の半分(現在は1割)を海外に輸出することを計画しているという。

 中国政府も、国内の供給過剰状態を緩和するため、石油製品の輸出枠を2倍にした。6月の中国からの石油製品輸出量は日量102万バレルと1月から75%上昇も上昇し、さらに16万バレル増える見込みである。


7月24日、G20財務相・中央銀行総裁会議で「中国の過剰生産について構造改革が重要」との認識が示された。過剰生産は鉄鋼製品分野に限らない。石油製品の生産過剰も深刻な問題となっているのだ。このままのペースで進めば世界中に中国製のガソリンがあふれかえる事態になりかねない

中国の原油需要減少で再び価格下落か

 このように市場の関心が、世界のガソリン市場の供給過剰にシフトしつつある。原油市場も再び供給過剰に戻る心配はないのだろうか。

 7月20日の米エネルギー省の発表によれば、米国の原油在庫は9週連続で減少し、1982年以降で最長を記録した。だが、在庫が順調に取り崩されてはいるものの、ここに来て原油需要が大幅に落ち込む可能性があることが指摘され始めている(7月25日付ブルームバーグ)。米国では例年夏期休暇が終了する8月と9月にガソリン需要が落ち込むため、製油所はこの時期に定期修理を実施するからだ。過去5年間、製油所の原油需要は7〜10月に日量平均120万バレル減少している。

 中国もティ−ポットの頑張りで原油輸入量が増加していたが、6月の原油輸入量は前月比6.0%減の3032万トンだった。6月の原油生産量は前年比8.9%減の1658万トンだったことと合わせると、国内の原油需要が急速に冷え込んでいる可能性がある

 中国のGDPを見ると、第2四半期は前年比6.7%増だったが、販売担当者指数(PMI)に基づく試算では公式値の半分程度だという指摘がある。上半期の家計所得の伸び率は前年比6.5%となり、前年同期の7.6%と比べて鈍化している。そのため政府が期待している消費ブームにも陰りが出始めている。

 中国経済に対する不安が高まる最中の7月19日、人民銀行幹部の口から「中国企業には既に『流動性の罠』の現象が生じている」との発言が出た。「流動性の罠」とは金利水準が限界まで低下した場合に金融政策の効果がなくなることを指す。中国の狭義のマネーサプライであるM1(現金+当座預金)の伸び率(6月末時点で前年比24.6%増と6年ぶりの大きな伸び)が、広義のマネーサプライであるM2(現金+預金)の伸び率(同11.8%増)を大きく上回った。大量の通貨が企業に流れているが企業は適当な投資先を見つけられず資金を当座預金の口座に預けたままにしている状態から、同幹部は「企業の投資意欲が低い中、利下げよりも減税の方が景気対策として有効である」と述べた。

 景況感の弱さと投資への消極姿勢が経済を圧迫した「失われた10年」の日本で、何度「流動性の罠」が指摘されたことだろうか。同幹部の指摘が正しいとすれば、中国経済はバブルが崩壊し「失われた10年」に突入してしまったことになる。そうなれば原油需要が大幅に減少することは必至であり、中国はますます石油製品の輸出を加速させるだろう


原油市場は相場上昇がモメンタムを失う中、価格は再び1バレル=40ドルに下落すると予想するアナリストが増加しており(7月15日付ブルームバーグ)、原油価格が今年最安値を付けた2月の状態に戻る懸念すら浮上している。

懸念されるシェール企業の大量倒産

 ゴールドマンサックスは7月19日、「原油価格が回復したため、2018年までに10万人分の雇用が創出される」との明るい予測を発表した。高賃金雇用であるシェール産業が復興すれば、米国全土で景気拡大が期待できる。しかし、原油価格が下落すれば「絵に描いた餅」である。

 シェール企業はこのところ原油市場の需給均衡に貢献してきたが、ここに来ていよいよ拡大路線に舵を切り始めている。だが問題は、原油価格が反転し始めた2月から、シェール企業が発行したジャンク債の流通価格が約50%上昇しているものの、その一方でデフォルト率も急上昇していることだ。大手格付け会社フィッチによれば、シェール企業が発行しているジャンク債のデフォルト率は29%と既に記録的に高い水準にあり、今年中に35%にまで上昇する可能性がある。

 昨年以降に北米地域のシェール企業85社が破産申請し、負債総額は610億ドルを超えた(7月22日付ロイター)。シェール企業のジャンク債発行額が約5000億ドルであることに鑑みると、原油価格が下落し始めれば負債総額が1000億ドルを超える可能性が高いだろう。

 ジャンク債市場は今年上期の発行額が6年ぶりの低水準となった。ジャンク債市場での資金調達が困難となったシェール企業は、株式を過去最速のペースで発行している(7月14日付ブルームバーグ)。年初以降に株式発行で調達した資金総額は160億ドルとなり、同業界がこれまで株式で調達した総額290億ドルの半分を超えるまでになった。だが、7月に入り株価が下落し、株式での調達が困難になりつつある。

 7月25日、米財務省は「英国のEU離脱決定により米金融システムの安定を脅かす潜在的なリスクが増大した」との見解を示した。原油価格下落によるシェール企業の大量倒産という悪条件が加わったとしても、米金融システムが悪化することを回避できるだろうか。

(藤 和彦)